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Trans-Strands―変態と変身で変化する日常―  作者: i'm who ?
一章 【変態と変身で変化する日常】
2/11

一章……(1) 【神波鳴さん】



 ――さてさて幕開け早々、早速だが凄い状況。


 こうは恐らくその瞬間、自分でも本当に信じられない程に取り乱し困惑し混乱していて、どうしようもなく“ある存在”に釘付けとなってしまっていた。


(――ある存在って……?)


 頭の中で自問自答。なおも心臓はドキドキ。

 だから目を閉じて、深呼吸しておく。


 幾分か鼓動は治まったか。よって平静を装い。

 そっと目を開いて、前方を見遣る。


「ぅ……ぁぁ……」


 ある存在とは……。そうやって熱を帯び、苦しそうに上気した顔をしていて、言葉にならない声をもらしている目前の“彼女”のことである。


(――彼女……との関係性は浅い、ね)


 ベッドの上で、共に向き合うような位置関係で座っているクラスメイトという以外には今まで特にこれといった面識の無かった女子生徒。

 その女子生徒、なのだが……“彼女”の制服を内側から押し上げて自己主張をする“彼女”の“身体の一部”に孝は釘付けとなっていた。


(――釘付けというか、触れているというか)


 モニュ……モニュと。そのような“けしからん擬音”が付きそうな感じに、ついつい指を動かして握ったままの状態だった彼女の“身体の一部”を本能のまま貪るように揉み拉いてしまう。


 ――え、表現がいやらしいって?

深く気にしてはいけない。文法表現的な物語の天の声(ナレーション)のようでいて、そのじつコレは孝が自分自身を客観的に認識する為の深層な心の声(モノローグ)だから。


「――ぁっ、アッ……!」


 彼女は耐え兼ねか、堪らずに、だろうか。

喘ぎ声にも聞こえる、少し官能的な声を出した。


(――やわら、かい……)


 さっさと手を離せば良いのに。孝の頭中はこんな有り様なので、暫くは使い物にならないだろう。


 ……彼女のそんな感触。

 彼女のその生物的な温もりが、よりいっそうに孝から正常な思考能力を奪い取って行く。生物の根源的欲求への誘いと表すべきか。微睡んだ思考と壊れた常識の境界が、刹那の須臾で瞬く。はたして現状が夢か現かを曖昧とさせてくるのだ。


(……はっ!! じゃなくてッ!! いやいやいやッ!! そ、そんな、バカなっ――ッ!?)


 ギリギリの所で、理性が身体を動かした。

非常停止機能的なヤツだ。孝は空いた片手に握り拳を作り、渾身の一撃で自分の頬を殴りつける。


(……グハッ――!!)


 ――その事実は孝本人とって到底信じられる事ではなかったが、認識するしかない。触って解ったのだ。それは疑いようの無い“本物”だと。孝は頭に血が上り思考が定まらず、激しい動悸に襲われ、今どんな行動をする事が最善なのかの判断が出来なくなっている暴走状態。だからこんな事をした。


 痛みに上体を仰け反らせながら、正気に戻れと理性が訴えているが、思考が切り替わらない。……そして、ついに現実と空想の境界が壊れたような錯覚さえも感じてしまっていた――。


 ――そこは、とある高校の保健室。


 ――時間帯は昼過ぎであり。


 現在この学校の小休憩。授業と授業の間に設けられている15分の短い休憩時間中だ。

 この部屋に居る人間は、孝と……孝のクラスメイトの女子生徒が二人きり。孝は、限りなく素肌に近いと言える彼女の身体の一部を握り、何度も何度も揉み拉いていた。現状を客観的に詳しく描写するとそんな状況。実に最低で卑猥で犯罪的だ。


「いやっ、離れて……っ」


 彼女はついに限界が来たのか。消え入りそうな声でそう発してから手の平で押し、タイミング良く反っていた孝の半身をベッドの外へと突き飛ばす。


 ベッドからゴロゴロと転がって、


「……ごっ、ごめんっ!!」


 すぐに起き上がり、謝罪する孝。


 そこで、ようやっと我に返った。

その瞬間、急速に孝の興奮は冷めて。直ぐに五、六歩ほど彼女から距離を取った。けれども、その行動を取るのはとっくに遅過ぎたかも……。いや、明らかに遅かった。とても短慮だった。考え無しに引いてしまった引き金は、想像以上の“代償”という弾丸を打ち出す為の物であり、結果……。


「ぅ……うぅぅ!」


 彼女の切れ長で凛とした瞳が潤み、ぽたり。

落涙だった。その瞳から水玉が、一筋の跡となって彼女の頬を流れ落ちて行くではないか。


 ――そうして、


「…………う゛ぅ……!」


 彼女の涙に、戸惑う考。


「うう゛ぅ……うぅ……なん、でっ!!

なんでっ!! なんでっ!! うわぁぁぁ!!」


 女子生徒は、自身の頭に身に付けていたヘアバンドを考に向かって投げ捨てて、両腕で頭を抱えて「うわーん、うわーん!」と泣き叫び出す。……例えるなら『この世界の全てに絶望した』ような尋常じゃない取り乱し方をしながら。


「ええっ!? ……かみみかみっ!! かみかなみっ!! かみかみッ!! じゃなくて。言い難い名前だなもうっ! えっと確か【神波鳴かみなみな】さん、だったね。ちょっと落ち着いて!」


 これには、また驚くしかない。


 孝は非常に言いにくい彼女の名前を呼びかけるのに苦労しながら、ひとまずは落ち着いてもらおうとして再びテンパるのだった――。


 どこかより『ピピピ、ピピピ』と。

空気を読まない電子的なアラームの音が、混迷を極める保健室内に響き渡る。そう……。事の始まりはそのアラームを鳴らす体温計に由来する。たった数分程前の、孝の小さなお節介……。






 ◆◆◆






 ――悲劇の数分前のこと。


「んー……なんとか乗り切れた……。

モチベーションの上がる言葉を現代に残してくれた哲学者の人に感謝だ! 昔の人だけど、人間も捨てたもんじゃないねっ!」


 机に座ったままで、手足を大きく伸ばしてリラックスする孝。今しがた、昼休み明け直後という個人的に最も億劫な時間の授業が修了したところ。

 これで学生としての職務も本日は残すところ一時限だけとなったわけだ。ラストスパートだ。


(うん。後一時間で、僕の憩いの時間なんだ。

だから、今は、なんとか……。そうだ、なんとか眠気を退けて頑張らなければねっ!)


 孝は最後の授業を乗り切る為、未だに宿主を睡眠に沈ませようとする眠気を吹き飛ばそうと「眠気退散」やら「夜に飛んで行け」と。気合いを入れて自分の頬を数回叩く。


 の、だけれども……。


 …………無念。


「は、ふわぁ……。

やっぱりダメだ、顔洗ってこよう」


 間髪を入れずに、自分の口から不意に出てきた情けない欠伸により。事態は深刻で、簡単に眠気に勝つ事が困難だと悟る。だから休憩中のうち、どこかで顔でも洗ってくる事に決めた。


 そのまま近くの体格の良いクラスメイトに、

冗談交じり「狩仁号・トイレに発進!」と軽く声を掛けて席を立つ。いざ出撃。

 孝が教室の後ろ側の扉から廊下に出て、数歩ほど進んだところで、件の運命に繋がる切っ掛け。


「――あの……すいません」


 突然、孝の背後からの声であった。


「ん、はいはい? 誰か、僕を呼んだ?」


 どこから? 誰が? 考はその場できょろきょろと辺りを見回してみるのだったが、


(あらら。おっと、なんだ。僕に向けてじゃなかったのか返事しちゃったよ、恥ずかしいね……)


 と、すぐに理解した。


 孝が利用したのとは反対の前側の扉。

 そこで、次の授業を担当する考の見知った初老の男性教師と、きっとクラスメイトだろう女子生徒が会話しようとしているのが目には入ったから。

 背後からの声は、その女子生徒が教師に対して発したものだったのだ。


「――鈴隣すずどなり先生。

あの……。申し訳ないですが、私……なんだかとても体調が優れないので。ここで今日は早退する事にします……すみません……コホッ、コホ」


「そうかい、了解したよ。

確か君は【かみなかみ】さんだったね?」


「いえ……【神波鳴かみなみな】です」


「あぁ失礼した。では、神波鳴かみなみなさん。早退の件はもう保健委員の子か担任の先生には伝えたかい? もしまだというなら……わたしが後で伝えておくが、どうする?」


「では……鈴隣先生、お手数ですが。

お伝え、お願いできますか……?」


「よし、そちらも了解だ。わたしからこのクラスの担任に伝えとこうな。それでは、くれぐれもお大事にな【かなかなみ】さん!」


「……神波鳴かみなみなです」


「すまない、また間違ってしまった……」


 …………という会話に聞き耳。


 ふむ。どうやら、あの女子生徒……かみ、なんとかさん? は体調不良で早退しようとしていて、次の授業の為にこの教室に訪れた教師に自身が早退する事の連絡と、その言伝を頼んだようだった。


(……ん?)


 何となく、その会話を聞いた孝は、


(んー、んーん?)


 何か、少々引っかかる気分。


(……あっ、僕が保健委員じゃんか!)


 と、気が付いてしまった。


(保険委員というと……。

あーそうそう、そういえば思い出した。しばらくの間は欠席したり早退するクラスメイトの記録とかを残さないといけないんだっけかぁ……)


 そう気が付いてしまったなら仕方ない。保険委員だから仕方ない。そんな理由から、考はとりあえずに二人の方に歩を向ける事にした。


「それでは失礼します……」


 会話が終わり。教師に一礼して、おぼつかない足取りで廊下を歩き出す女子生徒。


「――あっ、ちょっと待って!!」


 孝は、彼女に制止を求める声を掛けた。


「……何、かしら?」


 振り返って、孝を睨んでくる彼女。


「お話し、たまたま聞いてました。僕が一応はこのクラスの保健委員なんですけど。……えーと、うーんと。君の名前は、カミ……カミ……たしか、そう【カミマシタ】さんだ。カミマシタさん、体調不良なんだよね?」


「――はぁ、だから、神波鳴かみなみな

神波鳴かみなみな 美歌みか】よ。流石に『カミマシタさん』は無いでしょ、わざと? もう、なんで誰でも一回は私の名前を間違うの? コホッ、コホッ!」


「ははっ、ごめんなさい。

求められるなら土下座まではするよ」


「謝らなくても、別に。まぁ……ちょうどいいわ、保険委員の狩仁かりひとくん。私、体調不良で早退するから、あなたからも担任の先生に連絡してもらうの……お願いしていいかしら?」


 孝は名乗られてやっと、インプットしていた女子生徒の詳しい情報を頭の中で発見する。


 彼女の名前は――【神波鳴かみなみな 美歌みか


 人間嫌いで“変身・変化する異性萌え”である孝にとって、それまで“他と変わらぬ”クラスメイトの女子生徒の一人に過ぎない。そんな存在だった。


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