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異世界に来ても別れは避けられないんだが

 盾がない場合、一番斬撃を防ぎやすいのは槍だ。長い柄はそれだけで頑丈な盾の代わりになる。

 しかし相手の得物が極めて切れ味のいいものだったら話は別だ。特に木製の柄は聖剣クラスの刃があればバターのように斬ることができる。

 そんな時、一番早く相手の一撃をできる限り安全に受けることができるのは剣だ。

 天高く飛び上がったイグレットが、逆手に構えた剣を振り下ろす。体重が位置エネルギーに加算され、その一撃は重い。また、自身の体がそのまま鈍器となるため攻撃範囲が広くなる。真正面から受けるのは危険だ。

 しかし馬鹿正直に回避行動を取れば彼女の思う壺。振り下ろされた逆手の剣は振り上げることで素早く次の攻撃に移ることができる。ならそれより早く反撃を叩き込むしかない。

 ならば肝要なのは機敏な動作。鋼の刃で斬撃を受け流し、刃を刃で滑らせながら反撃の所作に転じる。受け流しきった暁には、立派な反撃の型が出来上がるのだ。

 反撃。回避される。わかっていた。だがトーヤはひとりではない。

 多対一の戦いで、回避行動は大きな隙になる。攻撃は位置取りかカウンターで凌ぐのが望ましい。

 だから、回避でしか凌げない状況へ持っていくのだ。

「でぇやあ!!」

 イグレットはジェンソンの一撃を蹴り飛ばし――

「せい!!」

 トムソンの槍に胸を貫かれ――なかった。 彼女の鎧は、彼のひと突き程度ではびくともしないのだ。

「当たったのに効いてねえし!?」

 悲鳴を上げるトムソン。彼を尻目に、イグレットは高笑いした。

「そうでもなければ刃も潰してない武器を使わせたりしないよ。つまり、合格」

「そんな気はしてたけどね……」

 苦笑するジョンソン。トーヤもなにかしら対策しているだろうとは思っていたが、まさかこんな強硬手段だったとは。

「お前わかってたのか?」

 トムソンの問いにジョンソンは答えた。

「この武器も確かに悪いものではないけどね。聖騎士の鎧を貫ける代物ではないよ」

 なるほど鍛冶屋の息子なだけのことはある。素晴らしい見立てに舌を巻くと同時に、トーヤはある疑問に辿り着いた。

「トムソンはなにも対策してないと思ったのか?」

 ならば本気で殺すつもりだったことになる。それほどまでに、あの突きは殺意が高かった。

 トムソンは答える。

「いや、そもそも一撃が入るとは思ってなかった。なんだかんだで良いとこまで行って合格になるもんだとばかり」

 彼にしては謙虚な答えだ。イグレットは苦笑する。

「基本的にはそうなることの方が多いんだけど、君達は優秀だったからね。そして、私の期待に応えてくれた」

 トーヤは込み上げてくる笑いを抑えきれなかった。他の三人もつられて笑う。ひとしきり笑ったところで、トーヤは言った。

「流石だよ、君は」

 こちらの成長度合いを推し量り、効果的な教練を行う。理想の講師と言えるその手腕は、褒め称えざるを得ない。

「君達三人の成長があってこそだよ」

 照れ臭そうに彼女は言った。

 入隊式は三日後に控えている。訓練の時間ももう終わりだ。いよいよトーヤは戦場へ出ることになる。

「君達の成長を祝して、今晩は私が奢ってあげるよ。なにがいいかな?」

 その日の夕食は、山盛りのパスタだった。



 入隊式はあっさりと終わった。

 昔はもっと派手な行事だったらしいが、戦争に入って以来開催頻度が増し、回を置くごとに簡略化が進んだのだという。柔軟な姿勢は元居た企業にも見習って欲しいところだ。もっとも、もう関係ないのだが。

「おめでとう。これで君達も帝国軍の兵士だ」

 イグレットは自分のことのように喜んでくれた。それぞれの手を取り賛辞の言葉を投げかけ、餞別としてナイフを手渡す。

「でも少し寂しくなるかな。しばらくこっちには戻ってこれないだろうし」

 トムソンもジェンソンもその言葉にわずかながらの寂しさを覚えていただろう。しかしトーヤの胸に残ったのは、寂しさどころの思いではなかった。

「ああ、そうか……確かに、そうだな」

 短い間だったが、トーヤが過ごしたこの時間はここ数年で一番充実した一ヶ月だったように思える。それはきっと、誰よりも彼女が公私に渡り目をかけてくれたからだ。

「なあ、教導隊ってどうやってなるんだ?」

 口をついて出た言葉は、思いもよらないものだった。それを聞いた三人はキョトンとトーヤを見つめると、口々に吹き出す。

「おいおいアホかお前」

「いくらなんでも、ねえ」

 からかうように言う同期二人に、トーヤはむくれて返す。

「な、なんだよ。悪いか」

 最後まで笑っていたイグレットは涙まで出てきたらしく、目元を拭いながら答えた。

「しばらくは無理だよ。実力と実績がなくちゃ。そうは見えないかもしれないけど、こう見えて私は上から三番目だからね」

「あ、そうか……」

 確かにそうだ。普通に考えれば指導者はベテランの仕事なのだから。入社一年に満たない間に中途の教育をやらされた前の会社がおかしいだけだ。

「まあでも、ここを目指して戦うのは良いかもね。その頃には私も引退してそうだけど」

 同期の二人がまたしても吹き出す。対するトーヤはガクリと肩の力が抜け項垂れていた。その姿を見かねてか、イグレットは顔を覗き込んで言う。

「砦の勤務が終わればまたすぐに会えるよ。そうしたらまた、花畑でも見に行こうか」

 その言葉が、今はどんな賛辞よりも嬉しかった。



続く

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