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異世界に来ても人付き合いは難しいんだが

 彼女の言う通り、兵舎には先客が居た。

「まさか俺がここに居る間に新入りが入るとはな」

 先客は二名。いずれも二十代前半の男だった。二人はそれぞれトーヤに名乗る。

「俺はトムソン。聖槍の使い手候補だ」

「僕はジェンソン。実家が鍛冶屋だから、武器の特性には詳しいんだ」

 自己紹介というのは昔からどうも苦手だった。趣味や特技を問われると本当になにも言えない。特技といえるような大層な技量は持っていないし、ゲイポルノの編集動画を見て笑うのが趣味などと公衆の面前で言えたものではなかった。それにこの世界だと通じない。

「俺はトーヤ。特に取り柄はないけどよろしく」

 いろいろ迷った末に茶化しながら言うと、二人は笑ってくれた。ジェンソンは少し苦笑が混じっていたようだが、とにかくスベらなかったのでヨシとする。自己紹介ヨシ!

 終わったタイミングを見計らってか、イグレットがポンポンと手を叩く。トーヤは空いた席に腰を下ろし、机に置かれた教本を開いた。

「さあ、お勉強の時間だよ。今日は二十九ページ、帝国軍の基本戦術から――」

 淡々と講義は進む。彼女の指導は簡潔で、とてもわかりやすかった。一昨年まで居た上司も説明が上手かったが、それ以上だ。

 恐らく、素人がどの情報を欲しているのかわかっているのだろう。疑問は訊ねる前に解消され、講義と理解の進行速度がシンクロしている。

 久しぶりに勉強を楽しいと感じた。

「さ、今日はここまで。トーヤは今までの分流すから、これから別室ね。他の二人は解散」

「お疲れ様でしたー」

 それぞれ立ち上がり、別の場所へと向かう。トーヤはイグレットについてもう少し小さな部屋に通された。

「さあ、ここからは居残り個別指導の時間だよ。どうせ帰ってもやることないでしょ?」

 以前の世界で言われていたら、怒りのあまりオフィスを破壊していたところだ。しかし今は図星だったし、彼女もそれをよく知っている。

 が、それはトーヤの話だ。この世界でずっと暮らしてきた彼女には、趣味のひとつくらいあるだろう。

「君はあるんじゃないか?」

 試しに訊いてみる。彼女のプライベートに少なからず興味がある……というのもあった。それってセクハラでは?

 が、彼女はトーヤのセクハラなど意に介さず答える。

「それが特にないんだよね。忙しくて、やめちゃった」

 彼女はケラケラと笑いながら言う。自嘲にも似たその笑みは、見ていて少しだけ心が痛む。それもこれも魔王軍のせいだ。

「じゃあ、お願いしようかな」

 所詮はDランクのトーヤになにができるのかはわからなかったが。今は少しでもできることをやっておきたかった。



 それから一ヶ月。トーヤはがむしゃらに努力した。

 イグレットとはオフの日に何度か一緒に出かける仲になったし、同期とも上手くやれたと思う。

 同期のトムソンとジェンソンはとても人が良く、得体の知れない存在であるトーヤとも仲良くしてくれる。異世界人であることは話さなかったが、出自が帝国にないことはなんとなく察していたようだ。オフの日は積極的にいろいろなところに連れ出してくれた。

 特に帝国唯一の混浴温泉は最高だった。あまりにも最高だったので二人がのぼせて出ていからもずっと入っていたほどだ。日が暮れて出たところで近くで買物をしていたイグレットと鉢合わせ、白い目で見られた。次の日の訓練がやけに厳しかったのも記憶に新しい。

 どうやら今期の三人は歴代でも優秀だったらしく、イグレットの教鞭にも力が入っていた。万能ではないが、それぞれ光るところがある――というのが視察に来た筆頭聖騎士の見立てだそうだ。その影響もあってトーヤ達はとても優秀な訓練兵として、ささやかながら表彰までされた。

 苦労もあったが、充実した日々だったと心から思う。気持ちのよい汗を流したのは久しぶりのことだ。

 そんな訓練も、いよいよ大詰め。

「さあ、最後の訓練だ。私が相手をしよう。君達三人で、殺すつもりでかかってこい」

 そう言ったイグレットは聖剣を抜き放つ。対するこちらは訓練用の鋼の武器だ。視線で訴えると、彼女は見越していたようにフッと笑う。

「勘違いするな。私がこれを使うのは、振り慣れているからだ。力を使ったりはしないから安心するといい」

 つまり、三対一で彼女を制すればいい……ということだ。

「もうなにが試されているかわかるだろう。さあ、かかってくるといい」

 彼女の言葉がゴングとなった。必要なのは、総合力、そして――チームワークだ。この聖剣使いを新兵三人で制するためには、それしかない。

「行くぞ!」

 トムソンが槍を携え先陣を切る。槍兵がこの構えで先頭に立つのは帝国戦術二十三、トライアド――三人で一斉攻撃を仕掛けると見せかけて、ひとりだけテンポをズラす――だ。二人は瞬時にそれを理解し、動く。

「……私の教えた構えで不意が突けると思ったか?」

 彼女は左手でトムソンの槍を掴み、右手の聖剣でジェンソンの斧を叩き落とした。トライアドを見切られた時は反撃に備えステップ回避しカウンターを仕掛ける――彼女にはそう習った。

 だからトーヤはそのまま押し切る。

「――っ」

 イグレットはカウンターに備えていた。故に、トーヤの一撃は彼女の鎧に届く。――が、ギリギリで身を捩られて剣は曲面を滑り落ちる。しかしここに居るのはトーヤだけではない。

「喰らえ!」

 ジェンソンが拾い上げた斧を振るう。イグレットは回避するためにトムソンの槍を手放した。トーヤが目眩ましに砂を蹴り上げ、一旦引く。

「なるほど、私が教えただけはある。なら今度はこちらから行くぞ!」

 聖剣を逆手に構え、彼女は駆け出す。

 訓練中に何度か見た、本気の彼女の構えだった。



続く

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