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異世界に来たら常識が通じなかったんだが

「異世界人召喚計画……まさか実行されていたとは」

 戦々恐々とした様子で言うイグレット。それほどのものなのかと東矢は訊ねる。

「そんな……スゴいヤバい計画なんですか?」

「ヤバいなんてもんじゃないよ。普通に考えて頭おかしいでしょ」

 まあ、そうなるな。

「まずどこの人かも分からない相手を勇者として祀り上げるのが異常だし、そもそも由来がどこのものかもわからない古文書だしね。相手に断られた時のことも考えてない。これを真剣に魔王軍への対策として考えていたっていう事実がもうこの国もマズいな~って」

 ひとしきり計画の欠点を挙げてから、最後に彼女はこう〆た。

「まあでも、君が第二の人生を歩むことができたなら、それでいいのかな」

 この世界に来て、ようやく存在を肯定してもらえた気がした。こういった細かな気配りができる人材は貴重だ。

 心に余裕ができたからか、流していた疑問も気に留まる。

「あの、イグレットさん」

「イグレットでいいよ。堅苦しい喋り方もナシで」

 女性を呼び捨てにするのは妹以来だった。

「その……イグレット、君はさっき、魔王軍って言ってたよね。一体それって何物なんだい?」

 すると彼女は呆然と目を瞬かせる。そんなこと訊かれるとは思っていなかったとでも言いたげな顔だ。魔王軍というのはこの世界では常識なのだろう。

「ああ……そっか、君の……クサナギトウヤの世界には存在しなかったんだ」

 先程フルネームで名乗ったのがまずかったのだろうか。彼女がイグレットとしか名乗らなかったのを思い出す。センシガルシアノムスコロス。

 決めた。これからこの世界での俺の名前はトーヤだ。

「ああ、俺も……トーヤでいいよ」

 すると彼女は驚いたように言った。

「あれ、クサナギってファミリーネームだった? もしかして王族?」

 どうやらこの世界で名字を持つのは王族だけのようだ。日本だって昔は似たようなものだったのだから、不思議な事ではない。

「いや、俺の世界ではみんな持ってたんだ。もう使わないから、忘れてくれて構わないよ」

「へえ、意外と噛み合わないものだね……話を戻そうか」

 彼女は間をつなぐように胸の前で指を組み、話を続けた。

「昔々、この国……シュヴァル帝国から独立した、シンラドゥ王国っていうのがあってね。二十年ぐらい前まではとっても仲良くやってたらしいんだけど」

 実はトーヤは帝国と王国の違いをよく知らないのだが、話の内容は大体わかる。

「でもシンラドゥの国王が五年前に魔の力に手を出して魔王になったの。国民も全部魔物になっちゃって。それでこっちに戦争を仕掛けてきたってわけ」

「魔王の軍勢だから魔王軍……と」

「そゆこと」

 要するにこの国は魔物と戦争をしているのだ。

 外の街並みを思い出す。人が少ないのは、そういった経緯があってのことだろう。

「それで形勢が悪くなって、俺みたいな異世界人に頼り始めたと」

 状況が悪化し人手が足りなくなって、藁にもすがる思いで外部の人間に頼る。トーヤにとっても身近な話だった。掴んだ藁が大して頼りにならないところも含めて、だ。

「去年まではなんとか戦えてたんだけどね……。聖騎士団で一番強かった人が戦死しちゃって、それからかな」

 主戦力の欠員が致命傷になる。あまりにも身に覚えのある話だった。もしかしてこの国は綜合火災なのだろうか。まあ、あの会社は流石に死者は出ていなかったが……つまりトーヤは記念すべき死者一号だ。俺の死で潰れねえかなあの会社。

 閑話休題。

「このままだと多分この国は駄目だね。私は諦めたくないんだけど……現実は難しいよ」

 彼女はその端正な顔にそっと影を落とす。敗戦国の末路は……どうであれ、ロクなことにはならないだろう。それはトーヤもよく知っていた。

「……暗い話になっちゃったね。でも君は気にしないでいいよ。もう無関係なんだし」

 無関係。確かにトーヤはもうなにも期待されていない。虎の子の異世界人ではあったが、結局はただの凡人だった。

 しかし、彼女の話はそこで終わらなかった。

「……でもね」

 イグレットは優しい瞳でトーヤを見やると、懐からメモ帳を取り出しなにやら書き込んだ。

「……もし、この国で君の生きる意味が見つからなかったら、ここにおいで。帝国軍は来るものを拒まない」

 ここから少し離れた位置に、帝国軍の教導隊があるらしい。きっとそこで新しい聖騎士を募集しているのだろう。

「無理強いはしない。気が向いたらで構わない。この国は君に酷いことをしたと思うから、恨んでくれても構わない」

 彼女はなにもしていないというのに、詫びるように言った。

「でも……。もし君が、それでも一緒に戦ってくれるなら……私は君を歓迎するよ」

 トーヤが言葉を返すよりも早く、彼女は立ち上がる。

「クサナギ・トーヤ。縁があったら、また会おう」

 そうして彼女は風のように去っていった。



続く

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