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異世界に来たら最終決戦に巻き込まれたんだが

 時は流れ、作戦前日。

 隊列を組む帝国軍を見て、凄いことに巻き込まれてしまったことを改めて自覚する。偉い人の訓示なんてまったく頭に入らなかった。

 仰々しい式典を終えて一旦解散となる。イグレットと明日の予定を少し話してから、トーヤは宿の一室へと戻った。

 明日は早い。今日はもう寝てしまおうかとも思ったが、流石に日の出ている内から眠っていられるほど肝が大きくはなかった。

 しばらく天井のシミを数えてから、寝返りをうつ。結局この世界で新しい趣味は持てなかった。仕事や訓練のない日は、トーヤにとってただただ退屈な日々となる。

 よくない傾向だ。なんでもいいから気分転換しよう。まずは街に出て外の空気を吸うところからだ。

 改めて巡った街の景色は、最初に見たものより活気づいているように見えた。魔王軍に勝てるかもしれない。胸をすくような逆転劇は、国民の心に明日への希望をもたらすには十分な出来事だったのだろう。

 そこでふと、思い立つ。

 明日の作戦、もし生きて帰ることができたのなら――トーヤはこの先どう生きるのか?

 これまで状況に流されるままなんとなく生きてきた。その場その場でやれるだけのことはしてきたつもりだが、しかし本当に能動的に動いたことなど数えるほどしかない。帝国軍に入った時だとか、上官に逆らって火災報知器を考えた時だとか、それぐらいだ。

 もしものことを考えても仕方がない。しかし、生き残る可能性を "もしも" のことだと断じて切り捨ててしまうのは、あまりにも無情なことだろう。

 元の世界に帰ることは多分できないし、今更帰りたいとも思わない。ならトーヤはこの世界でなにを目指し、なにを成して生きるのか。

 なんなら、明日死んでしまっても構わないのかもしれない。壮絶な散り様を歴史に残し、英雄として名を馳せる。どうせ一度は死んだ身なのだから、それを目指すのも悪くはない……かもしれない。

 ……まあ、その時はその時だ。

 無常観を噛み締めていると、背後から声をかけられた。

「あ、やっと見つけた!」

 振り返ると、そこには久しい知人の姿があった。ジェンソンだ。脱走した彼は実家の鍛冶屋を継いだらしいが、どうしてこんなところに居るのだろうか。

「ジェンソン。久しぶりだな」

「うん、久しぶり」

 彼は言うなり、背負っていた小包を差し出した。トーヤが受け取ると、彼は嬉しそうに言う。

「これ渡そうと思ったんだけど、部屋に居なくて探しちゃったよ。開けてみて。」

 促されるままそれを開けると、なにやら立派な片手剣が入っていた。手に取ると、彼は目を輝かせながら言う。

「トーヤが聖剣使えないって聞いたから作ってきたんだ。気休めにしかならないとは思うけど」

 言われてみれば、装飾は件の "カラヴリア" を模しているようにも見える。

 トーヤはそれを鞘から引き抜き構えた。取り回しと威力を両立した絶妙なサイズに、握りやすい柄の形状。磨き抜かれた刀身は以前に博物館で見た日本刀にも似た輝きを放ち、彼の鍛冶屋としての実力を垣間見せていた。

「ありがとう。悪いな、こんないい剣を」

「気にしないで。僕はもう一緒に戦えないから、これぐらいはね」

 彼なりに脱走のことを気にしてはいるようだ。帝国軍は脱走兵でも受け入れてくれるのだが、多分もう嫌なのだろう。

「任せておけ。お前の分も立派に戦ってくるさ」

 死んでもいいと思っていたが、こんなものを貰って死んでしまっては彼の名が泣く。少なくともこれを握っている間は生き残ろうと思えた。

 もう少し話したかったが、次の仕事があるとのことだ。トーヤに別れを告げて走り去ったジェンソンの背中は、立派な鍛冶職人のように見えた。他の鍛冶職人の背中など、微塵も知らないのだが。

 それから日が暮れるまで街を練り歩き、たまには良いだろうと高い店で夕食を取り、冷え込む前にまっすぐ返った。



 来る作戦当日。今日で運命が決まるだのなんだのと長々しい訓示が行われていたが、ほとんど聞き流していた。なぜ偉い人は訓示をしたがるのだろうか。

 やたらと豪華な装飾が施された聖騎士の鎧は、この日のために作り起こされたものらしい。しかしイグレットを始めトーヤ以外の聖騎士は皆いつもの鎧だったので、まあそういうことなのだろう。要するに、戦力外通告。

 ハクトも新しい鎧ではあったが、彼の場合は新人であり、かつ魔神の鎧がある。トーヤとは事情が百八十度違った。

 ゼーブック大隊は本隊に先駆け今から出発する。聖霊顕現のために聖騎士の大半はこの大隊に配置されていて、一際目を引くな集団となっていた。本来なら陽動隊の方が派手な装備を身に着けた方が良いと思うのだが、しきたりの問題なのだろう。

 やはり伝統はクソ。

「僭越ながら、指揮を執ることになりました。イグレットです。よろしく」

 簡素な挨拶。彼女は途中で指揮官の座を降りることになるので、当然といえば当然だ。潜入後はロンベルクがその座を引き継ぎ、事実上の王都攻略が始まる。

 各員意気込みは十分。悲願の魔王討伐に向け、各々の士気は過去最高に高まっていた。

「ではこれより、王都攻略及び魔王討伐――ムサシ作戦を開始する」

 ムサシとは神話の英雄。人と竜の争いよりも更に昔、神々と竜神が争っていた頃の人物だそうだ。真偽は定かではないが、敵陣内部で壮絶な戦いを繰り広げたとのこと。神話だし多分フィクションだろ。

「ゼーブック大隊、巡航速度にて進軍。帝国軍本隊に継ぎシンラドゥの王都を叩く!!」

 かくして、帝国軍の一大反攻作戦は遂に始まるのだった。



続く

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