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異世界に来ても飲み会は強制参加なんだが

 入社一年目の飲み会は楽しかった。参加者も平社員だけだったし、話しやすい先輩も多かった。

 それが三年目からだだったか。懇親会という名目で部内のほぼ全員が参加することになった。最初はそれはそれで楽しかったが、徐々に面倒臭さの方が勝ってしまう。役職を意識するのは面倒臭いし、上席のジョークにはどう返せば良いのか未だに思いつかない。

 仲のいい友人と飲めば良いのだろうが、社畜の交友関係はあっという間に消滅してしまう。飲み会には嫌な思い出ばかりが残っていた。あんな悪夢のような儀式には、もう二度と参加したくない。

 しかしそんな悪夢は再びトーヤの前に姿を現したのだった。

「ハクトとトムソンの聖騎士歓迎会?」

 イグレットの言葉を思わず復唱する。

「そう、歓迎会。新しく聖騎士になったから、やろうってことで」

 トーヤも聖騎士だったはずだが、そんな話は初耳だった。

「俺やってもらってないんだけど」

 別にやって欲しかったわけではないのだが、ハブられているようであまり気分が良くない。やはり飲み会はクソ。

「ああ……ごめんね。あの時はいつも幹事やってる人がちょうど忙しかったからさ」

 ああ良かった。どうやらハブられていたわけではないようだ。てっきり聖異物が使えない半端者は認めないという方針でもあるのかと思った。

 トーヤがもやもや考えていると、イグレットはグイグイ迫ってくる。

「というわけで……来る? 来るよね? 来て」

 トーヤが飲み会に話の合う同期を誘う時の仕草に似ていた。もしかすると彼女もあまり得意ではないのかもしれない。妙な親近感を覚えつつ、トーヤは頷いた。



 歓迎会は大いに賑わった。

 幹事でありイグレットの友人でもあるというアルバトロは大変に話がうまい。今回の主賓であるハクトはコミュニケーションもあまり得意ではないのだが、彼女の手にかかればスラスラと話題を引き出されている。因みにトムソンは勝手に喋るのであまり関係なかった。

 トーヤも適当に相槌を打って会話に参加しているフリをする。ハクトもトムソンも席が離れているせいでまともに話せるのがイグレットだけだった。独りだけ料理の進みが早い。

 会場に十分なアルコールが回り始めると、場の空気は更に盛り上がる。疎外感もマシマシだ。

 会場の空気は遂に大サビを迎え、ベテラン聖騎士が新人に餞別を渡すという催しが始まった。付け加えるとトーヤはなにも貰っていない。

 最強の聖騎士ことロンベルクはダンベル。アルバトロはロケットチャーム。トーヤをDランク扱いした女性も聖騎士だったらしく、保存の利きそうな菓子を渡していた。

 で、イグレットはというと……。

 ナイフだった。それもトーヤ達が入隊式で貰ったものと同じものだ。トーヤはアレを未だにお守り代わりに持ち歩いていた。

「あーイグちゃんまたナイフ渡してるし」

 アルバトロが腹を抱えて笑う。トムソンも口を尖らせた。

「そうだよもー。入隊式で俺貰ったじゃーん」

「イグちゃんプレゼントに困るとす~ぐナイフにするもんだから、アタシの部屋ナイフだらけだよ」

 付き合いの長い彼女は幾度となくナイフを渡されているらしい。一躍話題の人となったイグレットは言い訳がましく呟いた。

「いや、だって……義理で渡すなら無難だし?」

 会場にどよめきが走る。

「えっ!? じゃあ本命はなんなの!?」

 誰かもわからない質問で、会場は更にヒートアップした。イグレットもイグレットで、酔った勢いのままに答える。

「えー、お酒とかかなぁ。こういう場じゃなくて直接部屋に持ってくけど」

 正直なところロクでもない飲み会だと思うのだが、棚ぼたで耳寄りな情報を手に入れることができたので良しとする。



 一次会が終わったのでこっそり帰ろうと思ったのだが、イグレットに捕まってしまった。

「二次会行かないの?」

「ああ、なんか疲れたし……」

 いくら彼女の誘いとは言えあまり乗り気にはなれない。そもそも一次会ですらマトモな会話ができなかったし。

 が、彼女の反応は意外なものだった。

「そ。なら私も帰ろうかな」

「行かないのか?」

 夜道を歩きながら訊ねる。夜の風が火照った顔に吹き付け、わずかながら冷静さを呼び戻す。

「私もそんなに得意じゃないから。アルも帰るって言ってるし」

 しかし、次の言葉でトーヤはとても冷静ではいられなくなった。

「あ。それじゃ、二人で二次会しようか?」

「お、おい、それは――」

 マズいだろ――言いかけ、ふと思う。一体なにがマズいというのか。別に同じ屋根の下で二人きりで酒を飲んだ男女が、必ずしもどうにかなるわけではない。

 それとも――

「なにか、期待してるの?」

 気づけば彼女の顔は目と鼻の先にまで近づいていた。

 衝動に突き動かされるまま、ここで彼女を抱き締めたら……一体、どうなるのか。

 漠然とした不安は日に日に渦を巻いてトーヤの心を蝕み、着実にその大きさを増している。これから自分はどこへ向かうのか、なにを成すべきなのか。一体なにがしたいのか。

 この悩みを彼女は受け止めてくれるだろうか。

 きっと彼女は断らないだろう。あるいはそれ以上のことも、あるかもしれない。


「……いや、俺は帰るよ」


「そ。じゃあ、また明日訓練場で」


 今の自分では、とても彼女の隣には立てなかった。

 胸を張って生きることも叶わないようでは、とても。



続く

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