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異世界に来てもランクは覆らなかったんだが

「召喚、成功しました……!」

 東矢の登場と同時に、辺りは拍手喝采に包まれた。

「これで今度こそ世界は救われる。救われるんだ!」

「やはり天命は帝国の味方……」

 口々に発せられる歓喜の声。しかし東矢はチート能力を貰っていないただの一般人だ。救世主になどなれはしない。

 ……いや、待て。

 もしかすると異世界の人間はこの世界で羽の生えたロボットやら鳥に変形するロボットやらに乗って戦うことができるかもしれない。チート能力を貰っていないからといって、この世界でもただの一般人であるとは断言できないのだ。

 とにかく、話を――

「失礼します」

 占い師のような格好をした女性が東矢の前に立った。彼女は見定めるように杖の先についた水晶玉に東矢の姿を映すと、目に見えて落胆する。

「鑑定結果出ました……Dランクです」

 それがなにを意味するのか、東矢はすぐに察してしまった。大人だからね。

 一同に落胆が伝染し、盛り上がっていたこの場の空気は一気に白けてしまった。勝手に召喚されて勝手に絶望された東矢からすれば、少しぐらい怒っても良い光景だ。

 しかし声を荒げるよりも早く、占い師の女性が言う。

「あの、あなたが悪いというわけではありません。こちらの都合で召喚したものですし……こちらでの生活は保証しますので……申し訳ありません」

 下手(へた)を打ったら下手(したて)に出る。社会人の常套手段であるが、東矢はまんまと乗せられてしまう。見事に戦意を削がれ、無意識に頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそご期待に沿えずに……」

 そのまま体よく城を追い払われ、価値の高そうな紙幣数枚と共に城下町へ放たれてしまった。要するに厄介払いだ。東矢の冒険はここで終わってしまった。

 生活は保証する――言葉の通り、宿には無期限で部屋を用意してくれたらしい。女将さんに頼めば料理も出してくれるとのことだ。とりあえず宿に行って、それから考えよう。

 紙幣と共に渡された地図を頼りに見知らぬ街を歩く。仕事柄地図を読むのは得意だったので、案外早く景色を眺める余裕ができた。異世界の景色を、強くその目に焼き付ける。

 レンガ造りと木造が入り乱れる街並みは、どこか既視感のあるものだった。

 雰囲気が似ているのだ。

 太い街道とそれに連なる飲食店を始めとした店舗群。一見すると賑わっているが、その実人の気配は想定されるそれよりもずっと少ない。昔はきっと、この店々が活気にあふれるぐらいの人口を抱えていたのだろう。

 よく見れば、三店に一店は看板がない。残りの半分も、看板が撤去されていないだけで今は営業していないように見える。本当に人が減ったのだろう。

 しばらく歩いて宿につく。大きな建物だったが、整備が行き届いていないらしく看板の文字はかすれていた。

 他所の人間を召喚するような世界だ。こうなっているのも頷ける。

 宿の入口は大きなラウンジになっていた。しかし人影はまばらで、ここもまた寂れていることが容易に窺える。とりあえずカウンターまで行ってみたが、誰も居らず代わりにベルが置かれていた。これで呼べということだろう。

 東矢はベルを手に取る。と、不意に背後から肩を叩かれた。

「女将さんはしばらく帰ってこないよ」

 親切にそう教えてくれたのは、高そうなインナーに身を包んだ女性だ。東矢と同じ二十代後半だろうか。シュッとした西洋系の美人。リボンでまとめられたアッシュブロンドはへそのあたりまで伸びている。

「外出中ですか?」

「買い出しに行ってるよ。もう一時間ぐらいは帰ってこないかな」

 なるほど。それは理解したのだが、しかし腑に落ちないところがあった。

「他に従業員は居ないんですか?」

「今は女将さんしか居ないよ」

 人手不足はここまで深刻化しているようだ。なんだか親近感が湧いてきた。

「見ない顔だけど他所の人? 私で良ければ話し相手になるよ」

 言うなり彼女は近くのソファに着席を促す。東矢が座ると、彼女は向かい側に腰を下ろした。

「私はイグレット。君は? 違う国の人?」

 自分が何物であるか。それはとてもシンプルで、しかし今の東矢にはとても答えにくい質問だった。

「……何物なんでしょうねえ、俺は」

 草凪 東矢(くさなぎ とうや)。二十六歳独身。綜合火災株式会社の施工部で新人教育と五件の現場を任されていたエンジニアだ。

 原因は良くわからないが、ある朝死んだ。それからこの世界に召喚されて、Dランク呼ばわりされて城下に放り出された。

 思い返せば、悪い夢でも見ているようだ。いや、これで目が覚めたらまたあの地獄の日々――というのはお断りなのだが。

「……どうした?」

 彼女――イグレットは首を傾げ、怪訝顔で東矢を見つめる。ごく簡単な自己紹介もできない彼を訝しんでいるのだろう。

「私は聖騎士団をやっていてね。怪しい人間は逮捕しないといけないんだ」

 普通の不審者なら危機感を覚えるのだろうが、東矢は違った。

 聖騎士団だ。こんなの絶対国の抱える組織に決まっている。ならばこの国のプロジェクトであろう召喚儀式も知っているのではないだろうか。

「俺、実はこの世界の人間じゃないんですよ」

「冗談ばっかり言ってると逮捕しちゃうぞ」

 冗談じゃなかった。



続く

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