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異世界に来ても俺は選ばれなかったんだが

 ハクトが魔剣カイザーを使いこなした――その報せを受けた帝国は、彼への態度を百八十度反転させた。なにやら大掛かりな人事異動が巻き起こり、帝国軍の編成すら一部変更になる。イグレット曰く 「異例の措置」 だそうだ。

 それと同時に、魔王軍への反攻作戦も大きく前進することになる。

 魔剣カイザー。それは戦局すら大きく変えてしまう帝国軍最強の兵器だ。既存の武具の概念から大きく外れたそれは、まあぶっちゃけて言えば核爆弾みたいなものだった。

 そんなものを手にしたのだから、帝国のやることは決まっている。

 一大反攻作戦だ。

 幸いにも、これまでの反攻作戦で帝国軍の前線は相当に前進していた。開戦前程度とまでは行かないが、魔剣の力も使って中央を一気に突破できる程度には押し返している。仕掛けるのには最善のタイミングだった。

 決行は一ヶ月後。

 図らずとも作戦の立役者となったハクトは大きく出世し、トーヤに続いて魔剣カイザーを操る聖騎士団の筆頭として大々的に発表された。因みにトーヤは負傷でカイザーを扱えなくなった……という筋書きである。大人はいつも嘘つきだ。

 久しぶりに帝都へと戻ったトーヤは、同じく帝都へと戻されたイグレットと共にゼーブック大隊への配属となった。こちらは正真正銘帝国最強の大隊である。

 ハクトの叙勲式が行われる裏で、トーヤは新たな剣を与えられることとなる。「上からの言伝だよ」 と前置きしたイグレットは、トーヤに一本の剣を手渡した。

「聖剣カラヴリア……使い手が居ないから君が持ってていいってさ」

 派手に装飾の入ったそれは、彼女の操るロンバルディアと同じ聖剣だ。無論、トーヤに扱える代物ではない。それは関わった全ての人間が承知していることだろう。

 身分の上では聖騎士だから――それは対外的なしがらみのため、形式的に与えられただけにすぎない。すべて承知したトーヤは、自嘲気味な笑みを浮かべてそれを受け取った。魔剣だって扱えなかったのだから、それが聖剣になったところで同じことだ。

「作戦内容、聞いた?」

 次いで彼女は小声で言った。周囲に人は居なかったが、あまり大声で話したいことではないのだろう。それにはトーヤも同感だ。

「ああ、聞いたよ」

 帝国軍の大半を動員して一気に進軍。その間にゼーブック大隊は別ルートで帝都に侵攻。更にそれを陽動とし、トーヤ、イグレット、ハクトの三名で魔王城に侵入。一気に駆け上がり玉座に居る魔王を討つ。

 少数精鋭に頼り切った無謀な戦略だ。しかしそれを現実的な作戦にしてしまう程に魔剣カイザーの力は大きいのだろう。

「ハクトは今年で十五歳。そんな子に、魔剣がどうこう程度でそんな無茶な作戦をさせるなんて……」

 彼女が一番気にかけているのはハクトのことだった。少し前までただの頼りない少年兵だったのだから、仕方のないことだろう。それに彼女は彼が魔剣を使うところを見ていないのだ。

「まあ、そこは引率の俺達が助けてやらないとな」

 城内への攻撃に他の聖騎士が同行しないのには理由がある。王都の魔王軍を蹴散らすために聖霊顕現を使うからだ。疲弊した帝国軍が魔王軍の中心部にカチコミを仕掛けるためには、多少なりとも無茶な方法を使わねばならない。

 帝国魔術師の考察によれば、魔王さえ討てば魔王軍の活動は停止するとのことだ。なにを根拠とした話なのかは知らないが、専門家がそう言っているのだからそうなのだろう。

「一応ハクトの訓練もするが、意味ないかもしれないな」

 彼はあの戦いで達人のような動きをしていた。これは魔剣に吸われた使い手の魂によるものらしく、歴代の使い手は皆このような卓越した技量を得ていたとのことだ。

 つまり彼に教えられることはない。せいぜい戦いへの心構えぐらいのものだろうか。

「俺にできることなんて限られてる。だから、できることは精一杯やらないとな」

 結局のところ、トーヤは英雄にはなれなかった。一度そう喧伝されてしまったが故にぞんざいな扱いを受けることはないが、今や帝国の興味はハクトに移っている。この聖剣カラヴリアは、トーヤの置かれた微妙な立場を如実に表していた。

 自分がそんな大それた人間だとは思っていない。しかし今のトーヤは、完全に自分のやりたいことを見失っている。

 そんな彼の様子を見かねてか、イグレットは言う。

「ウォッカの話、覚えてるかい?」



 国が用意してくれたトーヤの部屋は、未だ綺麗に残っていた。定期的に女将さんが掃除してくれていたらしく、ホコリが溜まっているようなこともない。

 以前トムソンとジェンソンがくれたウォッカをグラスに注ぎながら、イグレットは言った。

「ここで君と会ってから、結構経ったね。まだ一年は経ってないんだっけ?」

 この世界の一年は、元いた世界と変わらない周期だ。あれから大体八ヶ月。半年と少々が、この世界で過ごした日数だ。

「一年は経ってない。でも、本当にいろんなことがあったよ」

 召喚されて、落ちこぼれて、軍に入って、出世して……なんとなくで、ここまで来てしまったような気がする。

 次いでトーヤもウォッカを注ぐ。今日はロックの気分だった。

「そういえば、ジェンソンは実家を継いだらしいよ。武器職人としてそれなりに名も上げてるみたい」

「そうなのか。それは良かった」

 ジェンソンは砦勤務の途中で脱走していたのだ。それ以降の消息は知らなかったので、こうして教えてもらえて助かった。

 それと同時に、脱走した知人ですら地に足を付け実績を上げているという事実がトーヤの心を追い詰める。

 俯いたところに、彼女の優しい声が響く。

「どうしたの?」

 ここで彼女に吐き出すことができたのなら、どんなに楽になれるだろうか。

 今の自分が何物であるか。なにを成そうとしているのか。なにを求められているのか。

 見失ってしまったこと。見つけられずにもがいていること。自分の立場がわからなくなって、不安でたまらないこと。

 それをこの場で吐き出すことができたなら、どれだけ楽になれるだろうか。

「俺は……」

 口をついて出そうになった言葉を、しかしトーヤは引き止めた。

「……いや、なんでもない」

 ウォッカを飲み干し、椅子代わりにしていたベッドに寝転がる。こうして横になって目を閉じることで、幾分か不安が消えるような気がした。その目論見が上手くいったことなんて、今まで一度もなかったのに。

「……そ。私はもう少し飲んでいるよ」

「好きにしてくれ……」

 意識をストンと手放せば、それからはもう夢の世界だ。

 彼女の子守唄が聞こえた気がして、いつもよりは少しだけ寝心地が良かった。



続く

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