異世界に来てもなんとかなるもんなんだが
戦況は芳しくなかった。
四覇忠の群将ガレリィアと名乗った魔物は身体能力こそ他の魔物と大差のないものだったが、しかし非常に厄介な能力を持っていた。
魔物の死体を手足のように操る――それが彼の能力だ。まるでゾンビのようなそれは頭を潰さない限り動きを止めず、接近戦に慣れない大隊員は苦戦を強いられていた。
大隊員が魔物の死体を相手取る中、トーヤはひとりでガレリィアを押さえる。
技量は互角。そして援護はアテにできない。苦しい戦いをだった。
そんな中で、イグレットが決着をつける。論ずるまでもない、彼女の勝利だ。これで援軍を――
しかしそれは叶わない。彼女は魔物を倒すなり、その場に倒れ込んでしまった。
「イグレット!?」
彼女の安否が心配で思わず駆け出してしまいそうになったが、状況がそれを許さない。すぐさま叩き込まれる剣戟を、トーヤはひたすら受け流す。
「他所を見ている暇があるのですか!?」
「うるさい!」
駄目だ。彼女の安否がどうであれ、こいつをどうにかしなければ全滅だ。
右、左、右、上、左、左、前、回避。激しく切り結ぶ両者の剣は火花まで散らし、いよいよ死闘の様相を呈していた。
しかし――
「ふんっ!」
トーヤの剣先がガレリィアの頬をかすめる。――読めた。
彼の攻撃は確かに鋭いが、しかし動きのパターンに乏しい。以前にイグレットの言っていた戦術というものが、ようやくわかったような気がした。
多彩な攻めで翻弄し、隙をついては一撃。流れる剣戟の中でトーヤは完全にイニシアティブを握っていた。
「行くぞ!!」
さあ、トドメ――しかし、ガレリィアは不敵に笑む。
「やりますね、ではこれなら!!」
刹那、彼の姿が二つに増えた。左右から同時に迫る剣戟を、トーヤは咄嗟の動きで回避する。分身――四覇忠などという仰々しい肩書を持っているだけのことはあった。
「ただの魔物じゃないようだな」
「そちらもただの騎士ではないとお見受けしますが」
「なんだと?」
異世界人であることを見抜かれたのだろうか。トーヤが身構える。
「その腰の魔剣、私の知識が正しければカイザーであると思われますが」
「そんな業物を持ちながら、どうして抜かないのです?」
「――!」
トーヤが腰に提げているが、手を触れてすらいない剣。魔剣カイザー……トーヤの身に余る業物。それを指差し、二人のガレリィアは不思議そうに言う。
「私とあなたの実力は良くて五分」
「この戦いでそれを用いない理由がわかりません」
ああそうだ。使えるものなら使っている。これがどれほどのものかは知らないが、きっと立派な武器なのだろう。
「うるさい!」
トーヤの一振りを、ガレリィアは軽々と回避した。二兎を追う者は一兎をも得ず――二人の姿に翻弄され、狙いが定まらないのだ。
それどころか隙を突かれてカイザーを弾き飛ばされてしまう。
「使われても困りますからね」
使わない。が、それがトーヤへの強烈なプレッシャーになる。わざわざ相手の装備だけを弾き飛ばすほどの余裕は、今のトーヤにはないからだ。
追撃に継ぐ追撃。形勢はじわじわと不利に傾き、トーヤは焦りを露わにする。ここから先、どう戦えば良いのか。完璧な連携を行う二人のガレリィアに、ただただ翻弄され続けていた。
次の手を、次の手を――焦燥は精神を蝕み、徐々に動きからも精彩を奪い去る。あわやこのまま敗北か――そんな時、声が聞こえた。
「隊長! 大丈夫ですか!?」
ハクトだ。彼には砦内で大砲の整備をやらせていた。意欲だけはある男だ。戦況を見かねて飛び出してきたのだろう。
「下がれ、ハクト!」
しかし彼は聞かず、あろうことか魔剣カイザーに手をかけた。それを使わせてはならない――トーヤは必死の思いで叫ぶ。
「駄目だ! 使うな!」
「愚かな!」
「死ぬ気ですね!」
怒号にもにた多くの言葉がその場を飛び交った。時を止めて、彼の手から魔剣を奪うことができればどれだけいいだろうか。しかし時間は残酷なまでに正確に流れていく。彼は魔剣を離さない。
アレは魂を喰む魔剣。適正のないものが迂闊に触れていいものではない。しかしハクトはあろうことか鞘から抜いてしまった。それを振るえば、彼に待つのは死――
「お、おお!?」
しかし、彼は死ななかった。
たまたま近くに居た魔物を一閃。なにもできない落ちこぼれの姿はそこにはない。それはまるで、歴戦の勇士のような見事な太刀筋だった。
「なんですって!?」
「あんな少年兵にカイザーが……!?」
驚愕する二人のガレリィア。トーヤは彼より少しだけ早く我に返ることができた。今起きているのは多分アレだ。落ちこぼれだと思われていた奴が実は稀有な才能を持っていたみたいなアレだ。ならば受け入れるしかあるまい。
暴れだす未知の力をねじ伏せろ!
「ハクト! 使え!! その剣を使え!!」
「は、はい!」
先の台詞から百八十度反転したトーヤの態度に困惑しつつ、ハクトは魔剣を見事に振るった。トーヤもまたそれに続く。
彼の動きは鮮やかだった。トーヤと組んだのは初めてのはずなのに、華麗な連携――いいや、違う。彼はトーヤが合わせやすいように動いているのだ。これも魔剣の力なのだろうか。とにかくそれは圧倒的で、先程まで圧していたはずのガレリィアを相手にしても一歩も引かずに戦った。
「こ、こんなはずでは……ならば!」
分身体が更に増える。しかしハクトは一撃でそれを切り伏せた。動揺するもう一体も、トーヤが剣を突き立て撃破する。
「かくなる上は……撤退です!」
引き際を弁えているのだろう。魔物ゾンビを囮に残し、一目散に逃げ出すガレリィア。しかしハクトは止まらなかった。
「逃がすかぁ!!」
彼が天高く魔剣を抱えると、その身を漆黒の鎧が包む。赤と銀を差し色にした鋭角的なフォルムは、どこか悪魔を連想させるものだ。起きた変化はそれだけではない。
「喰らえ!」
魔剣の周囲に力場を伴う魔力が発生。それはあっという間の出来事だ。赤熱化した魔剣が、闇と共に逃げ出すガレリィアをも切り裂いた!
「馬鹿なぁぁあああああ!?」
断末魔と共に彼は消滅。ゾンビ化した魔物達もその動きを止める。
絶体絶命のピンチは、偶然居合わせた落ちこぼれの手によって救われたのだった。
続く