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異世界に来てもチートもらえなかったんだが  作者: あざらし
フェルトベルクの木々達よ
15/30

あゝわが愛しきロンバルディアの湖よ

 まばらになった魔王軍を聖剣ロンバルディアで切り伏せ、イグレットは一際強い魔力を放つ背の高い魔物と対峙した。

「私はシュヴァル帝国軍(シュヴァルツバルト)所属聖騎士(セイクリッド)、イグレット。この聖剣ロンバルディアの名に懸けて、貴殿に一対一の決闘を申し込みたい」

 帝国魔術師の連中曰く、極めて保有魔力の高い魔物であれば言語が通じるらしい。今後の研究発展のためにも、イグレットは果敢に挑んだ。

「ほう……。俺はシンラドゥ王国軍が四覇忠(しはちゅう)、猛将バッツだ。その決闘、受けてやろう」

 ――通じた!!

 バッツと名乗った巨体は、背負った大斧を片手で引き抜く。女性としては長身なイグレットであったが、バッツの巨体はそれ以上のものだった。およそ元が人間だったとは思えない、イグレットの二倍近くはあろう体躯だ。

 それでも負けるわけにはいかない。先手を取るべく、イグレットは駆け出す。

「では、いざ尋常に……参る!」

 その巨体は予想の通りに鈍重で、力強かった。

 大斧の一薙ぎで大きく大地をえぐり、風圧で吹き飛ばされそうになる。しかしその程度の動きではイグレットを捉えることなどできない。

 飛び上がって一撃を回避。そこから位置エネルギーを駆使した、中空からの反撃だ。狙いは顔。一撃で決める!!

 逆手に持った剣は――しかし大きな斧に阻まれた。それほど甘い相手ではないらしい。距離を置いて着地。次いで投擲された大斧を渾身の力で叩き落とした。

 今のは危なかった。一息つく間もなく、バッツは二本目の大斧を抜き放つ。

 それにしてもとんでもない怪力だ。猛将の名は伊達ではない。マトモに一撃を喰らえば生きてはいられないだろう。

 大振りな一撃をかわしつつ、もう一体の魔物に目をやる。あちらはトーヤと大隊でしっかり引き付けてくれているようだ。それならこちらに集中できる。

 一撃。またしても回避。しかしそれはバッツの術中だった。叩き落されていた大斧を拾い上げ、両手に構える形となる。これが狙いだったのだ。

 得物の数は戦術の数に直結する。一本の聖剣と二本の大斧では使える戦術に三倍は差があるのだ。実戦では戦術の数が勝敗を決める。

 回避、回避、回避――巨躯から繰り出されるその攻撃は一撃一撃が致命傷に繋がるもの。四覇忠なる肩書に恥じない、確かな強さが彼にはあった。

 しかし戦術は、使いこなしてこそ意味がある。百の戦術も適切な取捨選択ができなければ無意味だ。いくら二本の斧があっても、それを使いこなせなければ結局素手と変わらない。

 それを踏まえた上で、彼我の戦術差は――

「ちょこまかと!!」

 バッツはまたしても大斧を大きく振り上げた。律儀に足を前に出し、乱暴に得物を振り上げるその動きを、戦闘が始まってから少なくとも二回見ている。だから次の瞬間に得物をどのように振り下ろすのか、どんな角度で地面を抉るのか、手に取るようにわかるのだ。

 予測と寸分も違わぬ構えで振り下ろされた大斧。

 イグレットはその動きに対する有効な回避軌道をあと三百は知っていた。そこから適切な戦術を選択し、効果的な反撃に繋げることも――容易にできる。単調な攻撃は脅威ではなく好機なのだ。

 だからこの戦いは、不利でも互角でもない。


 彼我の戦術差は―― 一対ニ千七百だ。


 圧倒的な戦術差。しかしどんな相手にも万全を期すのが聖騎士の流儀。イグレットは聖剣を天に掲げ、叫んだ。

聖異物(サンクチュアリ)、ロンバルディア――聖域準霊(せいいきじゅんれい)!!」

 聖剣の力を解放することで刃の切れ味と破壊力に補正をかけた。大きく劣る腕力はこれで十分に補うことができる。長く戦うと負担がかかるという欠点はあるのだが。

「小細工を!!」

 バッツは両手の大斧を一気に振り下ろした。イグレットはそれを聖剣で受け止め、左に受け流す。右にステップし顔面に飛び蹴り。反動で距離を置いて、大ジャンプ。

 剣を逆手に構える。バッツは素早い動きに対応できず、斧を振り上げるだけで精一杯だった。ガラ空きになった左腕に剣を突き立て筋を切る。これで片腕を封じた。

 返し刀で右の一撃を弾き、無防備な左半身に追撃。

「終わりだ!!」

 そのままの勢いで左胸に聖剣を突き立てた。必殺の一撃だ。それは確実に心臓を貫いたのだから。

 しかし、バッツは倒れなかった。

「ただの人間如きが、貴様ぁ!」

 斧を捨て、空いた右手で聖剣をイグレットごと引き抜く。傷跡からは激しい出血が確認できるが、それだけだ。

 心臓を貫いても死亡ないし致命傷にならない。それは彼女の認識を遥かに超える出来事だった。

 地面に叩きつけられ、激しく咳き込む。その間にバッツは大斧を拾い上げ、大きく振りかぶった。我に返ったイグレットは咄嗟に転がり回避。合わせて聖剣を拾い上げる。

「心臓を貫けば死ぬとでも思ったか?」

 イグレットの動揺を嘲笑うかのように、余裕の表情で彼は言う。

「残念だが、俺の心臓は七つある。どこにあるかは教えないし、知ることもないだろう」

 あの巨体に、七つ。いちいち探して破壊している余裕はない。細切れにしてやるほどの時間も残されていなかった。決めるなら、一撃だ。

 ならば、最善手はアレしかないだろう。

 まずは動きを止める。

「死ね!!」

 バッツはまたしても大きく振りかぶった。動きを完全に読んだイグレットは、それを真正面から受け止め――弾き飛ばす。聖剣の力があってこその荒業だ。

 得物を失ったバッツ。振り下ろしの動作で前屈みになった巨躯に、砂を蹴り上げ目眩まし。彼は大きくのけぞり悲鳴を上げた。

「コケにしやがって、必ず殺す!」

 激昂したバッツは、しかし砂に阻まれイグレットの姿を捉えていない。わずか二秒にも満たない刹那の出来事であったが、これが最初で最後のチャンスだ。

「ロンバルディア、聖霊顕現(せいれいけんげん)!!」

 魔の力と対になる、太古の昔に神より授けられた聖の力。聖異物(サンクチュアリ)は、異世界からそれを引き出す井戸のようなものだ。

 引き出された力の濁流は、圧倒的な暴を伴いこの世界に顕現した。

 砂を払ったバッツは、次いでその暴を目にして狼狽える。眩いばかりの輝きは、魔物の瞳を鋭く貫く。

「なんだ……馬鹿な、その輝きは!?」

 集積した魔の力が力場を生み出すように、聖の力もまた大きなうねりを起こす。光となって可視化されたそれは、剣から解き放たれバッツの肉体を包み込む。

 全てを消し飛ばすほどの力の濁流。

 細胞のひとつすらも残さず、彼の痕跡はこの世から消滅した。これが聖異物最強最大の能力、聖霊顕現だ。どんな相手であろうとも、この輝きから逃れることはできない。

 しかしそれは諸刃の一撃。異界との接続は急速に使い手の体力を蝕み、行動不能に陥れる。

「だから、使いたくなかったんだけど……」

 体の力が抜けたイグレットは、地面に膝から崩れ落ちる。彼らの戦いを見届けられるほどの余力は残っていなかった。トーヤの成長を計る絶好のチャンスだったというのに、今はそればかりが口惜しい。

「後は、任せたよ」

 きっとこの声も届いていないだろう。

 それでも、目をさます頃には彼らの戦いが終わっていると信じて。イグレットは意識を手放した。



続く

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