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異世界に来てもチートもらえなかったんだが  作者: あざらし
フェルトベルクの木々達よ
13/30

異世界に来ても活躍が地味なんだが

 急ピッチで進められた改革は、概ね上手くいっていた。

 特に配置換えの成果はイグレットの目論見すら越えていたらしい。二人で飲むと彼女はしきりに 「やっぱりこのメンバーはただの変わり者じゃなかった」 などと喜んでいたし、その後の改革にも一層気合が入っていた。

 無駄を排し、活かせる長所は活かす。イグレットの簡潔な方針は現状と上手く噛み合い、二月も経つ頃にはフェルトベルク大隊は立派な戦力となっていた。

 トーヤも彼女に指揮官としての教育を受けつつ、いろいろ試行錯誤して結果を出していた。彼女の見落としを目ざとく拾い上げるその観察眼は隊の中でも一目置かれている。ブリギールをルッコラの部下にしたのも彼だ。

 ルッコラは偵察班のリーダー。その几帳面さでどんな変化も見逃さない。対するブリギールは早く帰るために彼女を急かすのだが、これが絶妙に空回りを防いでいた。ルッコラはひとりで偵察に出すと細かい変化ばかりを追い続け、呼び戻すまで戻ってこないのだ。

 そんな彼女が、今日は重要な情報を持ち帰ってきた。

「塹壕を見つけた?」

「はい。誰も居ませんでしたが、中規模のものが複数」

 この世界では職人不足からか銃火器の技術が未熟で、まだ量産体制が整っていない。また魔物に致命傷を与えるための銀加工はコストが高く、使い捨ての銃弾に多くを割けるほどの余裕がないのだ。

 幸いにも魔物が近接戦闘しか仕掛けてこないので、帝国軍の主兵力は近接部隊が殆どを占めていた。

 それは魔王軍も理解している。だから、この世界の塹壕は違った意味を持つ。

「大砲に備えている……。こちらにそれなりの数を進軍させる予定がある、ということか」

 状態の悪い銀の破片を混ぜこんだ爆弾。それが帝国軍の砲弾だ。その威力は折り紙つきで、魔物の大群に大きな打撃を与えることができる。

 大砲の登場で一時的に盛り返した人類は、しかしまたすぐに押し戻されてしまう。塹壕が登場したからだ。

 飛散する銀の破片も、身を隠されては意味がない。

 だから魔王軍は、大群で押し寄せる際には事前に塹壕を用意するのだ。

「不味いな。まだ屋内戦の訓練が終わっていない……」

 トーヤが状況を反芻するように呟くと、不意に背後から声がかかる。

「どうしました?」

「うおっ。……なんだハクトか。真後ろに立つなって言ってるだろ」

「あ、ごめんなさい……」

 彼はハクト。二週間前にフェルトベルク大隊に配属(たらい回しの末のことである)された若い兵士だ。取り柄がないのが特徴で、イグレットは彼の配置に未だに頭を悩ませていた。なんとかならないものかとトーヤが積極的に面倒を見ているのだが、一向に実りはなかった。

 どうにか活かしてやりたいのだが。と、ひとまずの手番を思いつく。

「ああ、そうだ。敵が来るかもしれないから戦闘に備えろと、他の奴にも伝えておいてくれ。正式な命令は追って出す」

「わかりました!」

 一仕事頼むと、彼は嬉しそうに駆け出す。意欲はあるのだ。ただ技量が致命的に足りないのと、抜けた部分が多い。育てるにしても生来であろう鈍さが足を引っ張っている。こんなことを言うのは誠に遺憾だが、あまり軍に向いた人間ではなかった。

 誰にでも活躍の機会はきっとある。そう信じたいのは山々だったが、意欲以外に取り柄のない部下というのは本当に扱いづらい。新人教育をやっていた頃も似たような奴が居たが、理想と現実のギャップに耐えられず辞めてしまった。

 さて、とりあえずイグレットにも周知しておこう。彼女は休憩中だが、緊急事態なので致し方ない。多分指揮官室で仮眠しているだろう。ルッコラには塹壕内の破壊工作を命じ、指揮官室へ向かう。

「入るぞー」

 勢い良く扉を開ける。何者かの影が目に入った。逆光でよく見えないが、このシルエットは――

「……えっち」

 女体だった。イグレットは着替え中だったのだ。腹筋割れてた。慌てて扉を閉め、壁越しに謝罪する。

「わ、悪い! 寝てると思ってたんだ! まさか着替えてるなんて!」

 すると彼女は扉から顔だけ覗かせて言う。

「別にいいけど、ノックはしようね」

 当然の指摘だった。指揮官が二人いる都合上、半分は自分の部屋だという認識だったのですっかり抜けていたのだ。

「で、なんか用事?」

「ああそうだ。敵襲があるかもしれない。塹壕があったんだ」

 それだけで彼女は理解した。それもそのはず。このロジックをトーヤに教えたのは他ならぬ彼女なのだから。

「陽動の可能性は?」

 こちらに兵力を割かせ、その間に手薄になった部分を襲撃――典型的な陽動作戦だ。今回、塹壕以外の痕跡は確認されていない。しかし複数の塹壕を一晩で用意するにはそれだけで人手が掛かる。断定するには判断材料があまりにも少なかった。

「今のところはわからない。だがただの陽動にしては凝りすぎている」

 用意はした方がいい……トーヤは言外に付け足した。イグレットは腕を組んで少し考える。選択肢はそう多くなかった。

「警戒しておくに越したことはないか……レベルを四に引き上げよう」

 警戒体制を敷けば敵の発見が早くなり、速やかに先制攻撃を行うこともできる。しかし同時に兵達にプレッシャーを与えることになり、そう長く敷いていられるものではない。

 できれば杞憂であって欲しいのだが。

 それから程なくして対応を周知。二日後に魔物の進軍を確認。かくして新制フェルトベルク大隊は初の防衛戦へ挑むのだった。



続く

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