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異世界に来てもチートもらえなかったんだが  作者: あざらし
フェルトベルクの木々達よ
12/30

異世界に来ても朝は早いんだが

 大隊長の朝は早い。日が昇る前に目を覚ましたトーヤは、朝食前の運動を兼ねつつ砦の巡回を行う。設備ヨシ! 今日も一日ご安全に! 因みにイグレットは非番なので居ない。

 それから食道で朝食。海が近いので毎日魚が食べられるのは嬉しいのだが、そうなってくると味噌汁が恋しくなってくる。残念ながら味噌の作り方は忘れてしまったのでこの世界で転生者特有の革命を起こすことはできなかった。

 そもそも大豆がないし。

 朝食の次は事務処理だが、それは昨日終わらせてしまったので今日は部下の様子を見に行こう。昨日モドレードが練習場で変な素振り(すぶり)をしていた。本気であの構えをしているならいつか死ぬので是正しなければならない。

 彼は今日も変な素振りをしていた。かっこいいのだろうか。とにかくよくない構えなので、挨拶もそこそこに指摘する。

「どうしたモドレード。背筋が曲がってるぞ。太刀筋が悪い」

 しかし彼は指摘を認めず、その姿勢を頑なに続けた。かっこいいのだろうか。

「この方が次の動きに繋がりやすいんですよ。実戦に即した練習です」

 彼に実戦経験はないはずだった。多分かっこよさ重視だ。しかし真正面から指摘すると絶対に拗ねるので、彼の流儀に合わせてやる。

「ああ、確かにそれは有効だったが……最近の魔物はその動きを学習して先回りしてくるそうだぞ」

「なんだって!?」

 一から十まで真っ赤な嘘だ。しかし彼はあっさりと信じた。辿り着いた結論は正しかったが、しかしそれは過去のものである……これなら彼のプライドを傷つけずに修正することができる。

「今は一周回って基本の型が有効だ。ところでさっきの動きは誰に習ったんだ?」

 あのダサい構えを格好いいと感じるのは彼ぐらいのものだ。だからオリジナルなのだろうが、しかし万が一に備えてこその指揮官である。それにここからヨイショに繋げる構えもあった。

「自分で考えたんですよ」

「そうか、それは凄いな。自分であの動きに辿り着ける奴はなかなかいないぞ。これからも鍛錬を怠らないようにな」

 訓練が気持ちよくできるならそれに越したことはない。とんでもない社交辞令を残し、トーヤはその場を去った。

 彼は能力的には優秀な部類なのだが、それを貶めて余りある反逆の精神がネックだ。そのうえで正論をぶつけられると自分を貫き通すことができなくなり、拗ねる。面倒くさいやつだ。

 お上の指示に疑問を呈し具申する。それ自体はどんな社会でも必要で貴重な才能であり、それを蔑ろにする社会は須らく滅ぶ。しかし全ての指示に無条件で逆らうのはただの思考停止であり、なにも考えずに従っているのと変わらないのだ。

 だから彼にはもう少し考えて行動して欲しい。すぐには無理でも、そのうち。

「お、隊長。サボりなら俺も混ぜてください」

 そして一生考えないで暮らしていそうなのがこいつだ。

「ブリギール、懲罰部屋が恋しくなったか?」

 彼はすぐサボる。別に結果が出ていればサボってくれても構わないのだが、彼の場合はそのせいで仕事が遅れるので度々休憩時間に食い込んでいた。目に余る頻度だったので、一時期は懲罰部屋で監視しながら雑用をさせていたのだ。

「あーいやいや、冗談ですって」

「もう少し面白い冗談を考えてこい」

 しばらく指導していて思ったのだが、彼のサボり癖は多分治らない。注意したり諭したり指導したりといろいろ試したのだが、駄目だった。緩めの業務をやらせてもサボるので、人格矯正でもしない限りは治らないだろう。それはめんどくさいしやりたくない。

 ならばそれを見越した上で配置するべきだ……と、イグレットは言っていた。概ね賛成なのだが、しかしサボられても支障のない業務は今のところない。それに堂々とサボられては他の隊員にも示しがつかないだろう。

「で、大砲の整備は終わったか?」

 今の彼の仕事は設備の保守だ。点検が終われば休憩に移っていいと命じてあるので、手早く終わらせてくれることを期待していたのだが……。

「さっき終わったところです。なんで今から休憩ですね」

「そうか。お疲れ様」

 彼が部屋に戻るのを見届けてから、トーヤは大砲の確認に移る。ここ数日のブリギールは異様に早く仕事を終わらせていた。効率的なやり方を見つけたならそれは結構なことだが、しかし――

「……あいつはどこをどう見てたんだ!?」

 導火線の差込口に灰が詰まっていた。この前の演習からだろう。それはいい。……問題は、先程整備が終わったところだ。これでは整備の意味がない。

 彼の仕事が異様に早いのは、マトモにやっていないからだ。

「横着してるだろうなとは思ってたが、まさかここまでとは……」

 トーヤが頭を抱えていると、偶然通りかかったルッコラに声をかけられた。

「どうしました?」

「ああ、それが……」

 話すと、彼女はうんうんと頷く。

「やっぱりそうだと思っていました。こちらは私がやっておきますから」

「ありがたいが……今から休憩じゃないのか?」

 隊員のシフト把握は指揮官の義務。トーヤが訊ねると、しかし彼女は首を横に振る。

「これぐらいなら構いません。いざという時に使えないほうが問題です」

「そうか……じゃあ、お願いしよう」

 確かにこれを放置しておくのも問題だ。ここは彼女に任せて、トーヤは他の設備の確認とブリギールの指導に向かう。



 ブリギールへの指導を終え、手を抜いた整備を再度行うよう命じてから、トーヤは大砲のところに戻ってきた。

 予想が正しければ、ここでまた問題が発生しているはずだ。

「……まだやってたのか」

 案の定、ルッコラは整備を続けていた。

「はい。始めるとなかなか終わらないもので……」

 彼女はいつもこうだ。業務の細部、隅から隅まで大きなこだわりを見せ、完璧に到達するまで絶対にやめない。仕事が丁寧……と言えば聞こえはいいが、いくらなんでもやりすぎだ。

「ああ、もう大丈夫だ。残りは俺がやっておく。ルッコラはもう休憩に戻れ」

 無理やり引き剥がし休憩を命じる。人間は適度に休まなければ死ぬ生き物だ。俺みたいに。

 やはり一筋縄ではいかないこの大隊をどうまとめるか。鏡面仕上げを施された大砲を眺めつつ、考えるのだった。



続く

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