異世界に来たら閑職に飛ばされたんだが
トーヤとイグレットが配属されたのはフェルトベルク大隊。名実ともに帝国軍最強の部隊だ。
……というのは喧伝用の姿で、実態ははみ出しものの流刑地である。お飾り英雄の率いる部隊として、これ以上にないほど相応しい。
案の定……といった扱いだ。トーヤが露骨に肩を落としていると、イグレットは励ますように言う。
「昔は本当に強かったんだよ。それこそ帝国軍最強と言っても過言ではないぐらいにね」
帝国軍最強の部隊はいかにして落ちこぼれの巣窟と化したのか。彼女は流暢に解説する。
「でも癖のある人が多くてね。世代交代の最中で、強くて癖の強い集団だったのがただ癖が強いだけの集団になっちゃったってわけ」
悲しい話だった。きっと名声に胡座をかいて様々なものを怠ったのだろう。過去の栄光にすがりつく姿はトーヤにも覚えがあった。弊社のことです。ああ、元でしたね。
それと同時に、そんな部隊に配属されてしまった彼女が気の毒になる。人事異動の関係もあるだろうが、おそらく本命はトーヤと親しいが故の採用なのだろう。悪いことをした。
「すまない。本当なら君はもっと優れたところに着くべきなのに」
しかし彼女は嘆くこともトーヤを責めることもしない。
「気にすることじゃないよ。私にはちゃんと目標がある。フェルトベルクが最強の部隊に返り咲けるよう導くんだ」
それまで教導隊をやっていたからか、彼女は気合いが入っていた。きっと誰かを導くのが好きなのだろう。ならトーヤが目指すことはひとつだ。
「……そうか。じゃあ俺も協力するよ」
※
帝国軍の当面の目標は奪われた砦の奪還だ。防衛ラインを押し上げ、反攻作戦への礎にする。補給ラインの確保は戦争の常だ。SLGで習った。
状況は整っている、慢性的な人材不足は解決の兆しを見せ、士気も十分に高い。トーヤという英雄の登用で更なる士気の高揚と、それを利用しての反撃を目論む。
実のところ、長期化した戦争に疲弊しているのは帝国だけではなかった。
魔物化による国民総動員体制を敷いているとはいえ、そもそもシンラドゥ王国は国力に劣る。優勢とは言え決して気の抜けない戦闘を繰り返した末に待ち受けるのは戦力の消耗。魔に染まったシンラドゥからは新たな生の営みも失われ、時間をかければかけるほど不利になっていく。らしい。
事実、襲撃の回数は減っている。開戦当初は毎日のように攻めてきた軍勢も、今は一ヶ月に一度あるかどうか程度のもの。それがなんらかの罠でないことは斥候によって確認済みだった。
機を逃せば帝国軍はまた疲弊する。士気は高め続けなければあっという間に萎んでしまう。だから仕掛けるなら今しかないのだ。
で、そんな状況でフェルトベルク隊に与えられた使命はというと――
「偵察戻りました! 異常ありません!」
「お疲れ様。控えと交代するように」
「はっ!」
滅多に魔物が来ない砦の防衛だった。
ここは国境の最南端。魔王軍が大回りをして進軍してきた時ぐらいにしか通らないルートで、どちらかと言えば外海からの脅威に備えて建てられた砦だ。そして建立からこれまで外海から現れたのは海賊船が一隻のみ。
建前の上では最前線ということになっているが、事実上の閑職だった。
「開戦から今日まで、この砦が攻められたのは二回。本当に偵察する必要があるんですか?」
疑問を呈したのはブリギール。大隊で一番のひねくれ者だ。物臭で意欲がなく、軍に入った理由も両親に勘当されたから……という、どこまでも不純な男だ。
「それは俺も疑問だがな。まあ美味しい仕事は真面目にやっとくもんだ」
その不純さに釣られ、ついついこちらの言動まで不適切なものになってしまう。予定外の祀り上げに、トーヤの調子も狂っていた。
大した力がなかったから、せめて誰かの為になれるよう軍隊に入ったのだ。それが今はなにもせずとも軍の士気向上に役立つお守り状態。地道に働くより何倍も人の役に立っているが、果たしてこれが目指したものだったのか。
とりあえず、今はイグレットの手伝いをしているのだが……。
フェルトベルク大隊は、トーヤの予想を遥かに越えていた。
普通、変わり者の集団と言えば性格に難はあれど優秀な人材が揃っているものだ。ハリウッドは常にそうしているし、ナデシコやゴジラも……ガンダムだってそうだった。
が、ここはそんな生易しいものではない。
たとえばブリギール。ひねくれ者で物臭と言えば、やる気さえ引き出せれば優秀な人材になるものだ。しかし彼の場合は違う。彼の訓練兵時代の成績は至って普通のものだった。要するにただの怠け者である。
他にも、ルッコラと言う美味しそうな名前の女性。彼女はとても生真面目で、成績も上から数えたほうが早かったという。しかしその生真面目さが問題だった。彼女のそれは、明らかに度を越している。
彼女の机は常に整理されていて、傍目から見ても綺麗だ。しかしそれは彼女が物を置くたびに定規で定位置を測っているためであり、そのため非常に時間がかかる。そこまでこだわるなら机に線でも引いておけばいいと思うのだが、共有物に傷をつけるのは彼女のポリシーに反するらしい。
多分アホなんじゃないかな。
「あんな連中をどうやって最強の集団にするんだ……」
指揮官室で、トーヤはひとりごちる。イグレットはああ言っているが、彼女もなかなか無茶を言うものだと思う。
と、ベッドからムクリと起き上がる人の影。トーヤ以外でここに入ることができるのは――イグレットただひとりだ。
「ああ、居たのか。起こしたのなら悪いな」
「少し仮眠をね。ちょうど起きようと思っていたところだよ」
大きく伸びをし、彼女は言う。
「知ってるかい? 『ボンクラだろうが天才だろうが、それを使いこなしてこその指揮官じゃないのか』……どこかの砦で新兵がこんなことを言ってたって、噂になってたよ」
それが誰の言葉なのか、トーヤは誰よりもよく知っていた。彼女の耳に届いていることが恥ずかしくて、ついつい視線を逸してしまう。
「あれは……その、鬱憤が溜まってたっていうか、なんだ……前の会社と状況が重なったから、つい……」
情けなく言い訳をするも、彼女は笑うことも怒ることもしない。代わりに窓外を眺め、休憩時間に羽根を伸ばす大隊員に思いを馳せた。
「気持ちはわかるよ。でもね、意外となんとかなるものだから。とにかくやれるだけのことはやってみるよ」
それは多分楽観などではなく、経験から来るものなのだろう。
思い返せば、トーヤが見てきた新人もそうだった。業界知識の全くない素人でも、ちゃんと教えれば仕事はできる。意欲のない奴でも、動かし方を工夫すれば人並みの仕事は任せられていた。
「最強の部隊は難しくても、前線を支えられるぐらいまで育てることは、多分できるんだよ」
それは彼女のプライドなのか。
「君がそう言うなら、俺も頑張らないとな」
「頼りにしているよ」
なんであれ、今は彼女の助けになりたかった。
続く