異世界に来たら聖騎士にされたんだが
指揮と人事に関しては無策だが、労働の緩和策に関してはいろいろと考えていた。
なんといっても諸悪の根源は巡回だ。放火に備えて新人によって行われる巡回はすでに形骸化しつつあり、ただ決められたルートを往復し続けるだけになっている。これでは火災の前兆を見つけることはできないし、無駄に時間と体力を浪費しているだけだ。
確かに放火は恐ろしい。とはいえこの石造りの砦ではそこまで執拗な巡回を要するようには思えない。初日に疑問に感じたトーヤは、上官に理由を訊ねていた。
結果、放火は闇の炎で行われることが判明。闇の炎は石であろうと金属であろうと音もなく燃やし尽くす恐ろしいものだそうだ。消火するためには聖女の祈りが必要らしい。これまで帝国軍はこの闇の炎で砦をいくつか落とされているようだ。
ただ巡回を減らせば上手くいくということでもないのだろう。これは対策が必要だ。
火災対策と言えば、前の世界では本業だった。火災報知器の仕組みも知っているから、然るべき材料があればある程度再現することも可能だ。しかしこの世界に電子機械はない。再現できるのはバイメタルぐらいだろう。
知っている装置で一番現実的なのは空気管だ。聖剣の装飾などこの世界の技術レベルを鑑みるに、不可能ではないだろう。受信機側も、監視員をつけることを前提にすればいくつか代用品の案もある。しかし用意するのに時間がかかりすぎるだろう。
であれば、新しいものを考える他ない。
巡回の時間を使って三日ほど考えた結果、辿り着いたのが空気管の応用だ。
まず砦中の内壁に紐を張り巡らせる。固定はフックなどで行い、引っ張れば簡単に抜けるようにするのがポイントだ。その両端を司令室などに持っていき、片方を固定。もう片方に分銅を取り付ければ完成だ。紐が燃えてちぎれることで分銅が落下し、司令室に待機しているだけで火災発生を知覚できる。
原理が簡単なので改良も容易い。紐を増やすことで地区をわけることができるし、分銅の代わりに鐘でも取り付ければ音でも火災を覚知することができる。
画期的な設備だった。
※
結局人事権は貰えなかったが、異世界人であることは周知され、話ぐらいは聞いてくれることになった。都合のいい展開だ。
躊躇う理由はない。上官の集まる部屋で早速紐式火災報知器(さっき名付けた)を披露する。
「……というわけで、巡回に割く人員を最低限まで減らすことができます」
頭の固い上官でも、巡回は頭痛の種だったらしい。一部で謎の反対もあったが、次回の会議で採用が決定された。反対票を投じたのが誰かは不明だったが、新兵にマウントを取るために巡回業務を悪用していた層がいるので恐らくそこだろう。
問題はない。
壁に取り付けるフックの選定。丈夫かつ滑りの良い紐の選定。実際の施工までハードルは多かったが、それから一月で紐式火災報知器は実用化にこぎつけた。
施工の際に多少無理な人員を割いてしまったが、巡回がなくなる事実はそれ以上のモチベーションを与えていたらしい。それは結果にも反映され、ここ一ヶ月での脱落者は数年ぶりにゼロを記録した。
性能にも申し分なく、施工から二週間後の襲撃は見事に撃退。実績を積んだことで信頼性は更に増し、士気も著しい向上を見せた。
これで人材難に歯止めをかけることができる。巡回がなくなったことで兵士の休憩時間は格段に伸び士気が向上。紐式火災報知器は他の大隊が管理する砦にも広まり、帝国軍の慢性的な人員不足は大きく改善された。
トーヤの業績は帝国本体にも認められ、末席ながらも聖騎士団に電撃抜擢。短くても三年はかかるらしい砦勤務を、半年も経たずに突破することができた。
そして――
「……まさか君がここに来るとは思わなかったよ」
叙勲式を終えたトーヤを待っていたのは、待ちわびた再会だった。
「DランクのDはデラックスのDだからな」
式場の出口の壁にもたれた彼女は、トーヤがこの半年間会いたくてたまらなかった相手だ。弾む気持ちを誤魔化すように冗談を言ってみたが、きっと声のトーンでバレていただろう。彼女の言葉がその証左だ。
「照れなくていい。私もここでトーヤと会えて、嬉しいよ」
「ああ……君には敵わないな」
「これからは同じ聖騎士として、よろしく頼むよ」
彼女はトーヤの出世を心から喜んでくれているらしい。しかしトーヤには、手放しで喜べない事情があった。
「ああ、ただ……同じ聖騎士ってわけでもないんだ。どうにも俺には聖異物の適正がないらしい」
聖異物は聖騎士の証。それそのものが騎士の身分を証明し、命を預けるパートナーとなる。聖異物にはそれぞれ適正があり、これがなければ手に持つこともできない。
それがトーヤにはなかったのだ。
「……そうなんだ。それは残念。でも、それならどうして聖騎士に?」
聖異物が使えないのなら、そもそも聖騎士になる資格はない――基本的にはそうだった。しかし異世界人であり電撃出世を果たしたトーヤは、基本から外れる存在だ。
「お飾りだよ。帝国としては俺を英雄として祀り上げて士気の向上を図りたいらしい」
言いながら、トーヤは腰に提げた片手剣を鞘ごと手に取る。
「だからこれを賜った」
剣を見て、イグレットは大層驚いたようだ。言葉も出せずに凝視した後、トーヤの顔を交互に見比べる。
「魔剣カイザー……じゃないか」
呪いの魔剣、カイザー。建国の英雄であり初代皇帝でもあるヘルムジーコが振るった亜種聖異物。神から賜った普通の聖異物とは由来が異なるとされている。剣に選ばれし者のみがその使い手となり、そうでない者が一振りでもすれば魂を吸われてしまうそうだ。
「俺はこれを使えない。でも、これを渡された。その意味がわかるか?」
帝国はトーヤを祀り上げたい。つまり、トーヤに死なれては困るのだ。
「……お飾りの指揮官、かな?」
「大正解。配属される部隊も決まった。……君の異動先だよ」
少し前、怪我で退いていた聖騎士がひとり戦線復帰した。しかし傷は癒えても全盛期ほどの戦いぶりは見せられず、本人の希望で教導隊へ配属される予定だ。それと交代してイグレットは前線指揮官になる。式の前に言われたことだ。
「なるほどね。少し特殊な立場になるっていうのは、こういうことだったんだ」
名目上はトーヤが隊長であり、イグレットは補佐官ということになる。しかし実際は真逆。それも、トーヤはなにもしなくていいとまで言われた。
「今日から俺は、『一昨日召喚されたばかりのSSランクの異世界人』だそうだ。知る者には戒厳令が敷かれている。……大本営発表の先は暗い。俺は詳しいんだ」
仕方のない嘘もある。英雄が必要な時もある。帝国軍は半年前より遥かにいい組織になったと思う。しかしこの国の行く末を、トーヤは案じずにはいられなかった。
だが、イグレットはこう言ったのだ。
「なんだ、ようやくこの国はトーヤの実力を認めたんだね。やっぱり君はデラックスで収まる男じゃなかったんだよ」
もう少し頑張ってみようと思った。希望を持って、前を向いて歩いていける。彼女と一緒なら、それができる――そう思えたのだ。この世界に来て、彼女の言葉でどれだけ救われたことか。感謝してもしきれない中で、それでも出来る限りは形にしようと――思い思いに、言葉を紡いだ。
「……ありがとう、イグレット。君があの時声をかけてくれなかったら、俺はここには居なかった」
彼女は柔らかな笑顔を見せる。
「まったく大げさだよ、君は」
本当に感謝しているんだ。
君の言葉があったから、俺は前に進めたんだから。
続く