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異世界に行くならチートが欲しかったんだが

 綜合火災株式会社施工部の業務はすでに破綻していた。

 連日の超過勤務で疲弊した作業員。取るアテもない振替休日ばかりが積み上がり、比較的出勤の少ない東矢ですらすでに一月丸々遊んで暮らせるだけの休暇を手に入れていた。

 気付けば今日も日付が変わる。明日の朝礼を鑑みるとそろそろ業務処理を中断して睡眠時間を確保しなければならない。

 ふらつく足でデスクから立ち上り、背後に佇む寝袋を広げる。最後にキャンプに行ったのは何年前だったろうか。時間も友達も、もういなくなってしまった。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 不景気、人材難、時流……外的要因を挙げればきりがない。しかし問題の本質は、きっとそうではないのだ。

 会社が――東矢を含めたこの会社が、現実から目を背け続けた結果がこの有り様なのだ。

 あいつは向いていないから。あいつはやる気が足りないから。あいつは根性がなかっただけだ。

 誰かが会社を去る度に、口を揃えてそう言った。選り好みができる立場ではない。人が来るだけでありがたいのに。過労に耐えられなかった人間を嘲笑い、教育に費やした時間とカネをドブに捨てていく。そうしてじわじわと進行した人材難は、国体の誘致で遂に牙を剥いた。

 そう遠くない間に、きっと悲劇は起こるだろう。賭けたっていい。こんな無茶なサイクルが、そう長くもつはずがない。

 そう思い続けて一ヶ月。遂に悲劇は起きた。

 いつものように寝袋に潜り、目を閉じる。こうすることで漠然とした不安や苛立ちが少しでも消えるような気がするから。

 しかしそんな目論見は、いつだって上手くは行かなかった。

 翌朝目覚めた東矢が立ち上がると、不意に視界が赤く染まる。疑問を抱く間もなく身体は意識を手放しその場に倒れ込む。


 死んだ。


 遠くなっていく意識だけが、自らの身に起きたことを知覚していた。

 先月辞めたあいつは賢かった。一昨日逃げた先輩はどうしているだろうか。そんなことを考えながら、遂には意識も混濁の闇に飲み込まれた。

 せっかく買ったスポーツカーにもまだ三回しか乗っていないのに。

 せめて、来世ではもう少しマシな人生が送りたいな。



 目が覚めた。

 おかしい。絶対に死んだはずなのに。周囲を見渡すと、自分がなにもない空間を漂っているのがわかった。

「目が覚めたか」

 不意に目の前に薄緑色の巨大な人影が現れる。東矢はわけもわからず喚いた。

「おい、俺は一体どうなったんだ」

「死んだ」

「やはりそうか……」

 ならばここは地獄だろうか? 死後の世界など信じていなかったのだが。

 人影は脳髄に響くような声で言う。

「お前は若くして死んだ。これは世界の損失だ。将来のある魂は無駄にしてはならない」

「どういうことだ?」

「魂は有限。無駄に消滅させられない……ということだ」

 エコ志向だ。

「なら生き返れるのか?」

「それはできない。転生……という形になる」

「そうか……」

 前世の記憶はない。恐らく転生したら新しい人生を歩むことになるのだ。今までの経験が消えるのは惜しいが、仕方がないだろう。

「だが、お前は運がいい。今望めば異世界に魂を送ることができる」

「ほう」

「今、召喚の儀式が行われた。異世界人であるお前を求めて彼らは祈っている。応えるつもりはあるか?」

 なるほど、異世界転移というやつか。ならば相場は決まっている。

「質問がある。召喚に応じた特典はあるか?」

「あるぞ」

「なら乗った!!」

 チートの力で異世界で第二の人生を送る。神はまだ人を見捨てていなかったのだ。

「わかった。なら与えよう。肉体強化だ。お前の肉体が一番優れていた時期――十九歳の時の身体能力を、今のお前に与えよう」

 ベラベラと喋る人影。確かに身体が軽くなったが、それだけだ。肉体強化……看板に偽りはない、が、東矢が望む特典はそういったせせこましいものではない。

 東矢がなにか言いたげなのを察してか、人影は追加でこう言った。

「あとは言語知識を与えよう。幸運を祈る」

「は?」

 それだけ?

「なにか不満か?」

 オイオイオイ。

「もっとこう、ドーンと激しい能力とか、ないのか!?」

「そんなものはない」

「謀ったな!? 貴様……っ」

 もっと罵ってやろうと思っていたのだが、間に合わずに東矢は異世界に転移してしまった。

 一体彼はどうなってしまうのか!?



続く

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