09. 【おお もじょ よ! しんでしまうとは なにごとだ!】
ウォルフの先導で荷馬車はやってきた。
しかし空に鎮座するドラゴンに恐れ慄き、投げ捨てるように棺を置いて、難民キャンプの方角に引き返してしまった。
残されたわたしたちは六角形を伸ばしたような形のそれをとり囲む。
「こりゃあ立派な棺桶だな」
ガイアスが重厚な蓋を片手で持ち上げながら感想をのべた。
それにアイリスさんが家具屋の店員のように答える。
「外側は黒塗りで地味ですけれど、内側は綿の上に赤いビロードを敷き詰めているのでとても寝心地がいいはずですよ」
「やったな、ショーコ! 貴族の寝台みたいに豪華じゃねえか!」
…………
え、素直に喜べないよ?
信心深い人に比べたら抵抗感は薄いけど、生きながらにして棺桶に入れられるのはやっぱり気分が良くないよ?
そんなわたしの戸惑いをよそに、通販番組みたいな会話がはじまった。
「この棺をおすすめする理由はそれだけじゃないのです! 御覧ください、蓋に覗き窓がついているでしょう?」
「なるほど! これで窒息する心配はないな!」
「陽の光も入りますから、暗闇に怯える心配もありません!」
たしかに蓋の頭側に観音開きの小窓がついている。
小窓を開けたら喪女の顔が「こんにちは」してしまう誰得仕様だ。
「ショーコ! さっそく中に入ってみろよ!」
「これで快適な空の旅をしてくれたらうれしいわ」
「あ、はい……」
しょせんわたしに拒否権などないのだ。
言われるまま片足ずつ棺桶に入って仰向けに寝そべってみる。
……あれ? 意外と悪くない……?
「寝心地はどうだ?」
「ふわふわで気持ちいいです」
「じゃあ蓋を閉めるぞ」
「えッ!? ちょっ、待……!!」
――バタン!
わたしは音も光も届かない無の世界に閉じこめられた。
【おお もじょ よ! しんでしまうとは なにごとだ!】
でもすぐに光がさした。
例のごとく小窓が開いて「こんにちは」なのである。
おっさんと犬が覗きこんできて恥ずかしい。
「せっかくだからこのまま出発するか!」
「え、もうですか? わたしはともかく、ガイアスさんは大丈夫なんですか? この土地の護衛とか……」
「少しぐらいなら大丈夫だ。ウォルフに任せておけばなんとかなるさ」
「ガウッ!」
棺桶に前足だけ乗り上げているウォルフが得意気に吠える。
そして今度はアイリスさんが小窓を覗きこんできた。
「ショーコさん、お身体に気をつけて頑張ってくださいね。貴女の成功を祈っています。新たな旅立ちに祝福のあらん事を――」
「アイリスさん! 本当にありがとうございました!」
「きゅうーん……! きゅううぅーん……!」
「ウォルフもありがとう! ふたりに出会わせてくれたこと、頭を撫でさせてくれたこと、一生忘れない!」
棺桶の前で両手を組んで祈る修道女――。
棺桶にすがりついて鳴いている犬――。
これじゃ本当にわたしの葬式みたいだよ……!
いままで傍観を続けていたドラゴンがガイアスに声をかける。
『別れの挨拶はすんだのか?』
「ああ、そろそろ行こうか」
『承知した』
ドラゴンがわたし(inカンオケ)の真上に飛んでくる。
そして六角形のいちばん太くなっているあたりを前足で鷲掴みにし、そのまま腹に抱えこんだ。
もはやわたしの目には見えないが、おそらく戦闘機が核爆弾をつんでいるスタイルになっているだろう。
「爺さん! 俺の方も準備完了だ!」
『では、舞い上がるぞ』
バッサ、バッサと翼が上下する音がする。
同時に上昇中のエレベーターに乗っているような浮遊感を覚える。
「ガイアスさん! どうぞご無事で!」
「はい! 行ってきます!」
ドラゴンの背中にまたがり、キリッとした表情で想い人に一時の別れを告げるおっさんの姿が目に浮かぶようだ。
ドラゴンはぐんぐん空を昇っていく。
いまさら地面に落とされないか心配になってきた。
命の保証もない状態で空を飛ぶなんてやっぱり恐すぎるよ。
落ちて死んでも葬式の準備は終わってるから無問題って言わないでよね?