08. もしかしてこのドラゴン、ちょろい?
――ええええええええええええッ!!!!????
驚きすぎて声も出ない。
赤く硬い鱗に覆われた爬虫類の身体。
蝙蝠のような大きな翼。
トゲトゲした太く長い尻尾。
長い鉤爪――。
ドラゴンだ! まごうことなくドラゴンだ!
伝説の存在が鋭い目でわたしたちを睥睨し、大きく開いた喉奥から溶鉱炉のように炎を吐き出している。
『随分久方ぶりではないか、ガイアスよ……』
ドラゴンがしゃべった。
腹にずしんと響く、老練を感じさせる渋い声だ。
一方、ガイアスの返事は軽い。
「すまねえな、爺さん。人の多い場所に移り住んだからなかなかあんたを喚び出せなかったんだ」
『我がどんなに退屈していたと思っているのだ……! 謝罪と賠償を要求する!』
「まあそう拗ねるなよ。今度全身のウロコをピカピカに磨いてやるから」
『約束だぞ!』
…………
あれ? もしかしてこのドラゴン、ちょろい?
見た目は威圧感あるけど、性格はかわいいところがあるみたい。
ガイアスはわたしにドラゴンを紹介した。
「ショーコ、この爺さんの名前はレッドラ。俺とはかれこれ30年の付き合いになる」
『む? なんだこの小娘は?』
「ショーコです。よろしくお願いします」
とりあえず思考停止することにしたわたしはドラゴンに頭を下げた。
「爺さん、ショーコを帝都まで乗せてやってくれないか? 彼女はもうすぐはじまる助聖女選抜試験の受験者なんだ」
『ほう? ……まったく、都合のいいときだけ喚び出しおって……。はちみつを一樽要求するぞ!』
「はいはい、あいかわらず甘党だねえ」
人間とドラゴンが軽口を叩き合っている。
そんなまさかの光景にわたしの顔は埴輪のようになってしまう。
そこにアイリスさんが駆けつけてきた。
「まあ素敵! レッドドラゴンですね!」
アイリスさんは恋する乙女のように目を輝かせながらドラゴンを見上げている。
そのとき喪女の第六感が働いた。
――この人、絶対ドラゴンフェチだ!
人間の男なんかよりドラゴンに性的興奮を感じちゃう人だ――!
ガイアスがんばれ!
いずれにせよ神と結婚している修道女への恋は前途多難だ!
「推薦状と、ささやかですが食料もお持ちしました。……あら、ショーコさん。砂まみれですよ?」
そう言われてわたしは全身を見下ろした。
ガーン……!
わたしの一張羅が……!
カーキ色のカーディガンも紺色のひざ丈スカートも、砂場で転がりまくったみたいに白くなっている。
肩くらいの長さの髪も乱れて砂でごわごわだ。
ドラゴン召喚のときに砂塵まじりの烈風波を思いっきり浴びたせいだ。
こんななりで帝都の大聖堂に行けというのかよ……!
一応TPOをわきまえてるわたしには無理な相談だよ!?
絶望する喪女にアイリスさんが微笑みかける。
「大丈夫。魔法ですぐに綺麗になりますよ」
そして両手を広げて詠唱しはじめた。
「精神の座に御わす光の神よ、たゆたう魂よ、我に力をお貸しください――
光よ清めて穢れを祓い給え――浄化!」
小汚い喪女の全身が幻想的な白い光に包まれる。
やがてイルミネーションのようなキラキラが消えると、わたしの全身の汚れはきれいサッパリなくなっていた。
「――すごい!」
「浄化は最も使用頻度が高い光魔法です。たとえば鍋や食器の汚れもこの魔法で取り除けるんですよ」
……マジか。
光魔法ハンパねえ……。
わたし絶対、小回復と浄化のふたつは試験中に覚えて帰ります!
人間たちのやりとりを空から見下ろしていたドラゴンがガイアスに声をかける。
『……おい、そろそろ出発するのか?』
「ん、そうだな。急ぐ必要もねえけど、ここに留まってる理由もねえからな」
「ガイアスさん、良かったらこちらの袋をお持ちください。推薦状の他に、干し肉、パン、水筒などが入ってます」
「さすがアイリスさん! 気がききますね!」
ガイアスはデレデレした表情でアイリスさんからショルダーバッグ(?)を受け取った。
「理想の嫁!」という心の叫びが聞こえてくるようだ。
『その娘は我が背中に乗れるのか?』
「……無理だな」
ドラゴンのツッコミに、ガイアスは真顔に戻った。
「ショーコの筋力じゃ振り落とされて死んじまう。風圧の凄まじさも、馬の二人乗りとは次元が違うからな」
『ならば我が腕に抱いて飛ぼうか?』
「爺さん、おまえどんだけ鋭い爪もってるか自覚あんのか?」
『むむ……。ならば、頑丈な箱にでも入れたらどうだ? 直接肌に触れなければ問題あるまい』
「箱ねえ……、人間が入れる大きさか……」
うーんと悩む人間とドラゴンに、アイリスさんが片手を上げて提案する。
「……あの、それでしたら教会がご用意できると思います。大変不謹慎なので、ショーコさんさえ良ければなのですが……」
アイリスさんが申し訳なさそうな表情でこちらを窺う。
え?
なんだか嫌な予感。
約1時間後――
ドラキュラ御用達みたいな黒光りする棺桶が、わたしたちのもとに荷馬車で運ばれてきた。