07. 試験会場はどこですか?
わたしの決意にアイリスさんがにっこり笑う。
「かしこまりました。では急いで推薦状をつくりましょう。実は試験は7日後に迫っているのです」
え、急すぎない!?
それともタイミングが良かったのかな?
試験日がずっと先だったらそれまでの身の振り方を考えなくちゃならなかったし。
わたしたちは簡単な朝食をすませたあと、事務所代わりだというテントに移動した。
そして真ん中に置かれた4人がけのテーブルに向かいあわせで座りあう。
アイリスさんが半紙サイズの羊皮紙(?)にペンで『推薦状』と書きつける。
不思議なことにわたしは文字が読めていた。
「まずは改めてお名前をうかがってよろしいですか?」
「モリ・ショーコです」
あ、もしかして名字と名前は逆の方がよかったかな?
と思ったらすでにアイリスさんは『受験者氏名 モリ・ショーコ』と書いていた。
……ま、いいか。
「年齢はおいくつ?」
「実は記憶にないんです。アイリスさんから見てわたしは何歳くらいに見えますか?」
「そうねえ……。17歳くらいかしら?」
「じゃあ17歳ってことにしてくれますか?」
ガイアスは15歳くらいに見えるって言ってたけど、おっさんよりも同性の審美眼を信じよう。
「わかりました。ご出身も記憶にないかしら?」
「はい。たぶん田舎の方だと思うんですけど……」
「では帝国領辺境と書いておきますね」
「結構いいかげんに書いても大丈夫な書類なんですか?」
「そういうわけではありませんけど、貴族のように出自がはっきりしている方ばかりでもありませんから」
話しながらアイリスさんは『性交経験なし』と書いている。
ああ――居た堪れない。
最後にアイリスさんは推薦人として自分の所属と名前を書き連ねた。
「では出発前に封蝋したものをお渡ししますね」
「ありがとうございます。ちなみに試験会場はどこですか?」
「帝都にある大聖堂です。ここからですと馬車で7日の道のりですね」
「それって間にあうんですか?」
「いまから腕のいい御者を探します。それに道中物騒ですから何人か護衛もおつけしますね」
「うわ、なんだかすみません……」
「ショーコさんはお気になさらず。受験者を無事に試験会場まで送り届けることが私たちの職務ですから」
こんな身元の怪しい喪女にそこまでしてくれるなんて……。
ありがたい。
助聖女選抜試験にかける教会の意気込みを感じる。
これは序盤ですぐにふるい落とされて、のこのこ帰ってくるわけにはいかないな。
少しでも恩に報いれるようにがんばろう。
「では移動の手配がありますので私はいったん失礼しますね」
アイリスさんがテントから出ていく。
わたしは席に座ったままぼんやりと宙を見つめた。
目まぐるしく変わっていく状況を頭のなかで整理しようとした。
でもほとんど整理がつかないうちに、アイリスさんはガイアスをつれて戻ってきた。
「聞いたぞショーコ! 助聖女選抜試験をうけるんだって!?」
「ショーコさんお喜びください! ガイアスさんが試験会場までつれていってくれるそうですよ!」
「は、はあ……」
わたしはちょっと面食らっていた。
ガイアスはともかく、どうしてアイリスさんのテンションはそんなに高いんだ?
「馬車の手配に出かけようとしていたら偶然ショーコさんを探していたガイアスさんとお会いして! 事情を説明したら喜んで引き受けてくださったの!」
「馬車なんかでちんたら行ってたら試験に間にあわないもんな。俺がひとっ飛びで送ってやるよ」
「頼もしいですわ、ガイアスさん!」
「いや~、それほどでも! ガッハッハッ!」
アイリスさんのキラキラしたまなざしをうけて、おっさんは首の後ろ側をかきながら盛大に照れ笑いしている。
なんだこの茶番?
まあ人見知りする方なので、すでに旧知の仲のようなガイアスに同行してもらえるのは素直にありがたい。
「じゃあひさしぶりにアイツを喚び出しに行くとするかな!」
「まあ素敵! ショーコさんもぜひ一緒に見に行かれるといいわ! 私はここで封蝋作業をしてから参りますから!」
「……えっと、はい」
なにがなにやらわからないまま、上機嫌に荒野に向かうガイアスの背中を追いかける。
「ガウッ」
荒野に入ってしばらく進むと犬の鳴き声がした。
双頭の犬――ウォルフだ。
どうやら難民キャンプのまわりを警備中だったらしく、わたしたちに気づいて猛スピードで駆け寄ってきた。
「ウォルフ! 止まれ!!」
「ふギャアああッ!」
主人の制止も聞かずに、またもやバカ魔犬は尻尾をフリフリしながらわたしに襲いかかってきた。
今度は正面から。胸のあたりに飛びこむように。
幸いガイアスにかばわれて怪我はなかったが。
「おいおい! なんだってコイツはショーコにだけ飛びつくんだ!」
「そんなのわたしのほうが聞きたいよ!」
主人に怒られた魔犬はしょんぼり双つの頭をうなだれさせている。
哀愁漂うその姿を見下ろしながらわたしは考える。
……この犬、なんなの?
わたしのこと馬鹿にしてるの?
それとも好きなの? モテ期到来なの?
わたしはウォルフの頭に恐る恐る手を伸ばしてみた。
右側の頭を撫でてみると嬉しそうに尻尾をふり、左側の頭も『こっちも撫でて!』とばかりに右側に頭を寄せてくる。
わたしが犬の頭を撫でることに成功したのはこれが生まれてはじめてだった。
「うほおおおぅ!」
感動のあまり双つの頭を両手でわしゃわしゃ撫で回す。
思えばウォルフが襲いかかってこなけりゃ、ガイアスやアイリスさんとの出会いだってなかったんだ。
なんて良い犬なんだ。恐いなんて思っててごめんよ。
「おい、行くぞ」
ガイアスはやれやれという表情をして歩を進めた。
そして難民キャンプからだいぶ離れたところまでやってきた。
わたしが異世界転移してきたあたりだ。
「ここらでいいか……。ショーコはそこから一歩も動くなよ」
「え、はい」
ガイアスの3歩後ろを歩いていたわたしは言われたとおりその場に直立した。
ウォルフもわたしの足元におすわりをする。
ガイアスはわたしからさらに10歩距離をとると、両手を天に掲げて大声を張り上げた。
「炎を統べし竜よ、不浄を焼夷し精神の座に還す者よ、契約に従い顕現せよ! ――炎竜召喚!!」
晴れていた空にフレアのような爆発が起きる。
強烈な閃光と砂埃に一瞬目をそむけたわたしが次に目撃したものは――。
翼を上下させて空に浮かぶ赤いドラゴンの姿だった。