06. 助聖女選抜試験……?
「大丈夫です! あんまり記憶はないけど、わたしは確実に処女です!」
自分でこんな太鼓判を押すなんて悲しすぎるわ。
あ、婦人科検診でなんかの器具を突っ込まれたことはあるけど、それはノーカンですよね?
あと激しい運動をすると処女膜が破れることがあるって聞いたことあるけど、それに該当していた場合もノーカンでいいですか?
「では、信じます」
アイリスさんが深々と頭を下げる。
「突然不躾な質問をしてしまい申し訳ありませんでした。ショーコさんを助聖女選抜試験に推薦させていただくにあたって必要な確認でしたので……」
「――ジョセージョ、選抜試験……?」
「3年ごとに広く開催しておりますが、こちらもご記憶にありませんか?」
「はい、ないです」
「助聖女選抜試験は、次世代をになう助聖女の発掘を目的とした教会主催の試験です。受験資格は概ね15歳以上の処女。これは純潔でないと光魔法の会得が難しくなるためです」
「――ってことは、処女なら光魔法が使えるようになるんですか!?」
ワオ! はじめて処女で良かったと思った!
わたしも小回復とか使えるようになってみたい!
「残念ながら処女なら誰でも……というわけにはいきません。清らかな身であれば精神界に御わすバルドル神の御力を借りやすくなるというだけで……。光魔法を会得できる見込みがないと判断されれば、その方はその時点で試験終了となります」
なーんだ。
まあそんなに甘くはないよね……。
内臓ボロボロ血液ドロドロになりつつあるBBAの身で清らかといえるかどうかは謎だけど。
「バルドル神というのは?」
「私たちテオドア教徒が信仰している光の神です。見た者の話では、光り輝く美丈夫であらせられるそうです」
「見た人がいるんですか!?」
「ええ。物質界で天寿をまっとうした魂は精神界で輪廻を待つことになります。そのときに神の御姿を拝して、その記憶を持ったまま物質界に転生される方もいらっしゃるのです。生まれつき多大な魔力をお持ちの教皇様や聖女様がそうですね」
「アイリスさんも見たことがあるんですか?」
「いいえ、残念ながら私にあるのは自身が光の海でたゆたっていた記憶だけです」
なんだかスピリチュアルな話になってきた。
神だの天国だのなんて空想だけの世界だと思っていたが、異世界転移なんかに巻き込まれてしまったからには信じざるをえない。
「ところで助聖女の『助』ってなんですか?」
「そこに気づかれるとは、さすがですね」
アイリスさんがにこりと微笑む。
わたしはウヘへと不気味な照れ笑いを返す。
「助聖女は、聖女の代理職です。いつの世にも聖女が現れるとは限りません。そもそも聖女とは人間に選ばれてなれるようなものではないのです」
「なるほど?」
「聖女とは天啓を授かり、世界に平和の光をもたらす奇跡の存在です。神の声が聞こえなくてはどんなに強い魔力を持っていても聖女とはいえません」
――へー……
わたし、イケボの声なら聞こえたんだけどな……――。
でも「神ですか?」って聞いたら『名も無き魂だ』って否定されたもんな。
あとは『守護者とでも呼べ』って言われたな。
ってことは守護霊?
ガーディアンだと少し長いからガーディって呼べばいいかな。
あれから一晩たつけど、はたしてもう一度あらわれてくれるのだろうか?
アイリスさんの説明は続いている。
「現聖女のマリアンヌ様は御年268歳。光の加護をうけていたため見た目は20歳のころのままです。おひとりで帝国全土に防御の光網を張ることができ、魔物から民の生活を守ることに貢献されてきました」
「ええ――ッ! すごいな聖女!」
「ところが15年前、当時の皇太子殿下と密通して処女性を失ったことで、光の加護も徐々に失われていったのです。ショーコさんもここで野営されている方々が魔物に追われて逃げてきたことはご存知でしょう? 世界はいま、暗黒時代に突入しているのです」
な、なんだってー!?
……ドン引きするわぁ――……。
相手の男と愛しあってたのか犯されたのかわからないけど、ちょっと貫通しただけで世界が闇に包まれるなんて、どんだけ高齢処女は業が深いんだ?
2世紀半以上も処女やってたんだから許してやってよ!(血涙)
わたしは会ったこともない聖女に同情してしまった。
「その聖女様は、いまどうしてるんですか?」
「病床に伏せてらっしゃいます。光の加護を失くしたせいで老化がはじまって……。もう長くはないそうです……」
交尾したせいで死ぬとか……。
虫の一生かよ。
「相手の男はどうなったんですか?」
「元皇太子殿下は神の名において処刑されました」
「え!? 皇太子なのに!?」
「この国では皇帝よりも教皇様のほうが権力が上なのです。教皇様が即位をお認めにならないと皇帝にはなれませんから」
あー……。
なんか同じようなの学生時代に習った記憶がある。
神聖ローマ帝国だっけ?
教皇に即位を認められた皇帝を君主とした国家――みたいな……。
「それじゃあ帝国の権威はズタボロでしょうね? 真実はわからないけど、聖女は皇太子にそそのかされたことになってるだろうから」
「……ええ。それでも絶望の中に希望は残りました。おふたりはバルドル神の化身のように美しい御子を授かったのです」
「へー、子供ができてたんだ」
「もうすぐ15歳になられるでしょうか。黄金の髪を持つ美貌の少年で、頭も賢く、微妙なお立場にもかかわらず教皇様の側近として育てられているのです」
美少年か。
わたしには関係のない生き物だな。
「少し話がそれましたね」
アイリスさんは軽く咳払いをした。
「要するに、聖女マリアンヌ様の抜けた穴を補うためにはじめられたのが助聖女選抜試験です。聖女様のようにおひとりで帝国全土を守ることは無理でも、有能な助聖女を複数育てることができれば当面の守りは固められますから」
……うーん。
改めて聞くとなんだかすごそうな試験だ。
就活戦線でも婚活戦線でも負け組になったわたしには荷が重すぎないか?
「その試験、わたしなんかが受けても大丈夫なんでしょうか?」
「そんなに難しく考えないでください。皆様受けてますし、受験するだけで価値があると思いますよ。試験期間は数カ月にも渡りますが、期間中は食費、宿泊費、交通費などの経費がいっさい免除されるうえ、銀貨5枚の日当がでるのです」
……なんだと?
それは確かに魅力的かもしれない。
だってわたしは何にも持ってない。
着の身着のままで異世界に放り出されて、食べるものも寝る場所もなければ、ここで生きていく目標すらないんだから。
銀貨5枚の価値はわからないけど、試験中にお金が貯まっていくなんてありがたい。
それにもしかしたら魔法が使えるようになるかもしれない。
そしたら試験に落ちたあとでも、この世界で日銭を稼いで生きていくことができるんじゃない?
これはアレだな。
ハローワークで募集してる職業訓練っぽい感じだな。
失業中に給付金を受け取りながら資格の勉強をさせてもらえるやつ。
受験資格が無職じゃなくて処女ってところがなんとも言えないけれど。
よし決めた!
「アイリスさん! ぜひ助聖女選抜試験をうけさせてください!」
この年齢で処女の看板をぶらさげるなんて生き恥だけど、生きていくためには背に腹はかえられない!