05. 高齢処女はコンプレックスの塊です!
――あたらしい朝がきた。
希望のない朝だ。
テントの隙間から零れる朝日の眩しさに目を覚ます。
わたしは木のベッドからむくりと起き上がった。
きのう治療をうけた救護所のベッドだ。
アイリスさんは「こんなところしか空いていなくてごめんなさいね」と申し訳なさそうに言っていたけど、他人と一緒の部屋だとなかなか眠りにつけないわたしにとってはむしろ好都合だった。
今晩もここに泊めてくれないかな。
テントから出て、女性たちのにぎやかな声がするほうに向かう。
朝の炊き出し準備はすでにはじまっていた。
――まずい!
あわててきょろきょろと首を巡らす。
そしてアイリスさんを見つけだすと彼女目指してダッシュした。
炊き出しの準備を手伝って点数稼ぎをして、なんとかここに置いてもらおうと、きのう眠りにつきながら作戦を立てていたのだ。
「アイリスさん! おはようございます!」
「おはようございます、ショーコさん。昨晩はよく眠れましたか?」
修道服姿のアイリスさんがふんわり微笑む。
その笑顔に一瞬だけ恍惚としてしまう。
「はい! おかげさまで! お礼になにか手伝わせてください!」
そして迷える子羊をお救いください!
「あら、手伝っていただけるの? ありがとう」
「はい! なんでもやります!」
「では、そうねえ……」
アイリスさんは左手を頬にあて、野外厨房と化している広場をぐるりと見回した。
わたしも一緒に見回してみる。
ある修道女は空中に野菜を放り投げ、見えないカッターで野菜を切っている。
ある修道女は両手から炎をだし、寸胴鍋を火にかけている。
ある修道女はおおきな包丁で獣を解体している。
――やばい! どれも手伝えそうにない!
ガーン……!
どうせわたしはなんのスキルもない非正規社員ですよ……。
どうせ嫁の貰い手も見つかりませんよ……。
わたしは暗黒面に落ちかけた。
それを救ってくれたのは女神の如きアイリスさんの采配だった。
「では、皆様にスープを配膳する係をしていただけるかしら?」
「!!はい!!」
それならデキる!
きのうの配膳係よりもデキるところを見せつけてやれるっ……はず!!
わたしは寸胴鍋が並べられた石のテーブル前に配属された。
目の前には行列の先頭。
みんなギラギラした目でこちらを見て、配給のはじまりをいまかいまかと待ち構えている。
まるでわたしはシャッター前大手(コミケ開場直前)のようだ。
「これより朝の炊き出しを開始いたします!」
修道女が開始の号令を出す。
わたしの脳内で戦いのゴングが鳴る。
わたしはお椀についだ。
おたまでスープをついで、ついで、つぎまくった。
待機列を少しでも苛つかせないよう早く!
汁がこぼれないよう正確に!
具の偏りがないよう均等に!
なんか途中にガイアスがいたような気がするけど、列をさばくのに必死でそれどころじゃない。
そして最後のひとりの配膳が終わった。
わたしの仕事は完璧だった。
最後のひとりまできちんとスープの具を行き渡らせることができた。
「やった……!」
わたしは心地よい達成感に浸った。
そこにはすでにアイリスさんに取り入ろうとした打算はなかった。
「ショーコさん! あなた、すごいわ!」
頬を上気させたアイリスさんが駆け寄ってきた。
「皆さん、今日のスープには具が入ってるって喜んでいらしたわ!」
「いや~それほどでも~」
わたしはまんざらでもない表情で謙遜した。
……でもさ、なるべく均等にスープをつごうとするのって普通じゃない?
日本人ならほとんどの人が当たり前にできることだよ?
もしかして日本の給食教育がすごいのかしら?
そんなことより、自分を売りこむなら好感度が上がったはずの今がチャンスだ!
「アイリスさん! もしよかったらわたしをここで使っていただけませんか!? 寝床さえもらえれば十分なんです!」
「あら、それはかまわないのだけれど……」
――やった!
わたしは心のなかでガッツポーズをつくった。
「でも、そうねえ……」
アイリスさんは何やら思案顔だ。
え、さっそく内定取消?
やっぱり魔法が使えないといけませんか!?(血涙)
「率直にお聞きしますが、ショーコさんは処女かしら?」
「ふァッ!?」
なぜ、そんなことを聞くッ!?
そんなデリケートな質問、婦人科の問診票でしかされたことないよ!?
そのときは恥をしのんで性交経験無しにマルを入れたよ!?
でもふだんは非処女ぶってるよ!
どうしても恋バナから逃げられないときは、学生時代につきあってたという設定の妄想彼氏の話をしているよ!
だけど修道女=処女ってイメージがある。
もしかして修道女は非処女と一緒に働けないとか?
今回ばかりは「処女ですが何か?」って開き直るのが正解なのかな!?
様々な憶測が頭の中を飛び交い、答えに窮する。
すると困り眉になったアイリスさんが謝罪してきた。
「……いやだわ。私ったら、ショーコさんが記憶をなくされていたことをすっかり忘れていたわ。それでしたらご経験の有無も覚えていらっしゃらないわよね……?」
アイリスさんの態度が一歩引いたのを感じた。
まずい!
このままでは採用への道が閉ざされてしまう!
「そうです! わたしは処女です!」
――35歳高齢処女です! コンプレックスの塊です!
わたしは婦人科医にしか打ち明けたことのない秘密を修道女に懺悔した。
アイリスさんは心配そうな顔でこちらを見ている。
「本当に……? 審査があるので嘘を言ってもばれますよ?」
え。審査って何それ怖い。
婦人科の内診台みたいのに乗せられて股を開けというのなら全力でご遠慮したい。
「それは……どんなものなんですか?」
わたしはごくりと唾を呑みこんだ。
アイリスさんもシリアスな表情で答える。
「ユニコーンに判定していただくの」
審査方法はまさかのファンタジーだった。
ユニコーンって白馬みたいな一角獣のことだよね。処女厨の。
動物に嫌われる体質&BBAなせいで、一応処女だけど、ツノで突かれて死にそうな気がする。