04. わたしって何歳に見えますか?
1時間ぐらい並んで、やっと先頭にたどりついた。
これが日本なら「行列の先にはどんなごちそうが待っているのかしら」と期待するところだが、異世界の難民キャンプで美食が味わえるはずもない。
そんなことわかってるし、むしろ食事を与えてくれてありがたいって思う。
でもなんかモヤッとする。
なぜなら盛りつけ方が下手すぎる。
さっき通りすがりに寸胴鍋の中身が見えたときは大きな具がゴロゴロ入ってたはずなのだ。
それなのにわたしの受け取ったスープにはほとんど何も入ってない。ほんのちいさな野菜クズが半透明の液体のなかにかろうじて浮いているだけだ。
みんなが早い時間から並んでた理由がわかる気がする。
きっと前のほうに並ばないと大きな具は食べられないんだ。
わたしたちの前に並んでた若者もそう言ってたじゃないか。
あれだけ大勢の人に平等に配るのは難しいだろうけど、もっと工夫しないと、あちこちから不満が出てくるんじゃない?
――なんて、ほどこしをうける立場でえらそうに言えないよね。
明日をも知れぬ身のくせに。
ていうか、ほんとにこれからどうしよう……?
スープとパンを受け取った人々は、思い思いの場所に座りこんで食事をしている。
わたしとガイアスも砂利の少ない地面を選んで座ることにした。
「なるほど、具が少ないな」
「でもそっちはお肉が入ってるじゃないですか」
「鍋底をかき回してなんとか掬いだしてたな。なんでこんな遅くに並ぶんだって顔見知りの修道女に怒られたよ」
ちなみにウォルフは一匹で荒野のほうに駆けていった。
自分で狩りをするからエサはいらないらしい。
いったい何を食べているのか――深く考えないようにしよう。
――そう。
生きていくためにはわたしだって食べていかなくちゃならない。
ここにいれば衣食住のうち「食」はなんとかなりそうだ。
だけど残りの「衣」と「住」はどうすればいいだろう?
とくに住む場所は大事だ。
住居は雨風や寒さをしのぐだけではなく、犯罪から身を守るために不可欠なのだ。
「あの……、今晩泊まれるところってないですか?」
「とりあえず俺のテントに来るか?」
「えっ!?」
思わぬ返事にうろたえる。
だって喪女は男の家に泊まったことなんかない。
誘われたこともない。
恋人でもない男と同じ部屋で寝るなんて貞操観念的にも無理すぎる。
「い、いちおう嫁入り前の娘なので……。それはちょっと……」
35歳のBBAのくせに我ながら痛々しいセリフだ。
するとガイアスはハッとした表情になって、あわてた様子で首と両手を左右にふった。
「いや! 俺は子供に手をだす趣味はねえから! 純粋に身寄りのない少女のことを心配してやってだなあ!」
――は? 少女?
このおっさん、わたしのこと何歳だと思ってんの?
「あの、わたしって何歳に見えますか?」
まさかこの喪女がモテ女にしか許されない質問をする日がくるとは――。
「15歳ぐらいだろう?」
――嘘だろッ!?
どんだけ若く見えてんだよ!
もしかしてあれか!? 外国人には日本人が幼く見える現象か!?
それとも異世界転移の影響で肉体が若返ったの!?
鏡がないから顔が見れない。小学六年生のときから身長が伸びてないから目線は違和感ない。
そういえば肌のきめが細かくなったような?
でももともと髪と肌だけは自信があるんだ。喪女だけどそこだけは頑張ろうと思って――。
――現実が受けとめきれないよ!
わたしの脳内、大恐慌!!!!
でも傍目には落ちついて見えるんだろう。
ガイアスに「自分の年齢も覚えてないのか……」と憐憫のまなざしを向けられる。
「じゃあアイリスさんに頼んでみるか? 教会ならひと晩くらい泊めてくれるはずだ」
え、教会なのにひと晩しか泊めてくれないの?
まあ仮にわたしの見た目が15歳になっていたとしても、教会の庇護を求めるには年齢が行き過ぎてるんだろう。
20歳若返っても年齢ではじかれるなんて悲しすぎるわ……。
とにかくいまのわたしはふたりのコネに頼るしかない。
「お願いします!」
「わかった」
ほとんど味のしないパンとスープを胃の腑におさめる。
そして炊き出し会場に戻った。
その場にいた修道女に空になったお椀を返す。
食器の汚れは魔法でキレイになるらしい。
魔法ってなんて素晴らしいんだ!
ぜひ、わたしも使えるようになってみたい……!
「アイリスさん!」
ガイアスが会場の後片付けをしていたアイリスさんをつかまえる。
わたしは宿の交渉をガイアスにまかせた。
だってアイリスさんと話せてうれしそうに鼻の下を伸ばしてたから。
「ショーコ!」
ガイアスが腕でおおきく輪っかをつくってみせる。
交渉は成立したらしい。
こういうときのジェスチャーって不思議と日本人とおんなじなんだね。
……ありがてえ……。
わたしは心のなかで拝みながら、ふたりに深々と頭を下げた。