01. もしかして地獄かな?
会社のうえに隕石が落ちて、なにもかも消えてなくなっちゃえばいいのに――。
……正直言って、そんな妄想をしたことは何回もある。
でも本気でそう思ってたわけじゃないの!
ちょっと人生に疲れてただけだから!
最近は本当にミサイルが飛んできそうな世の中になったから不謹慎ネタとして心のなかで封印しつつあったし!
雲ひとつない5月の早朝。
会社の屋上に観葉植物をだして水を浴びせていたわたしは。
突然白い閃光を浴びて反射的に空を見上げた。
頭上には太陽が落ちてきたとしか思えない恐怖の光景。
力の抜けた手からすべり落ちたホースが水しぶきをあげながら屋上の床で踊り狂う。
わたしの断末魔の叫びは、まばゆい光のなかに呑みこまれた。
◇◆◇
――死んだ。
確実にそう思った。
わたしの名前は、森 聖子。
ブラック企業で非正規社員としてこき使われる、格差社会の下の方で生きてきた高齢処女35歳だ。
まさか処女のまま死ぬとは――いや、予想はしていた。
ただ王子様を待っているだけで、自分から出会いを探しにいく努力をしなかった。
それどころか男に対して壁をつくっていた。その壁をぶち壊してくれる勇者もあらわれなかった。
たぶんわたしは傷つきたくなかったんだと思う。
「どうせモテない」と思ってるから、わざわざ合コンやお見合いパーティーに行って、自分の喪女ぶりを再認識したくなかった。
わたしに需要があるとすれば処女厨といわれる人種だろうけど、そういう人たちは若い美人の処女が好きなだけでわたしみたいなBBAはお呼びじゃないんだろう。
なかにはBBAでも可と言ってくれる人もいるかもしれないけど、顔や背中に『処女です』と書いて歩けるわけでもないし、アピールのしようがない。
自分ではフツーの見た目だと思ってたんだけどなあ。
身長160センチ。丸顔の二重。
女友達から美人だねって言われたことはないけど、かわいいとは言ってもらえる、そんな雰囲気。
だけど男からはかわいいと言われたことも好きと言ってもらえたこともない。
男と相思相愛になったことがないから自分の女性性に自信がもてない。
わたしよりおブスな人でも結婚できている事実を考えると、わたしには圧倒的に色気が足りないのかもしれない。
それ以前に性格の問題?
自分のこじらせ女子ぶりが泣けてくる。
そんなわけで孤独死は覚悟していたけど、まさか天変地異に巻きこまれて死ぬとは思っていなかった。
救いはいっさい痛みを感じなかったことだ。
老後の蓄えなんかないから政府は早急に安楽死を認めるべきだ――と、痛みに苦しみながら死にたくないわたしは常々思っていたから。
ところでなんでまだ意識があるんだろう?
まさかまだ生きてんの?
光に呑まれて一瞬で身体が蒸発したと思ったのに……。
おそるおそるまぶたを開けてみる。
目の前にあったのは知らない天井――ではなくて、赤黒く濁った空だった。
上半身を起こしてみる。
わたしは五体満足な状態で、赤茶けた荒野に寝そべっていた。
着衣の乱れもない。
白いブラウスのうえにカーキ色のカーディガン。
紺色のひざ丈スカートにぺったんこの黒いバレエシューズ。
今朝着てきたままの地味なオフィスカジュアルだ。
遠くを見やれば、赤い砂煙の向こうに無数の人影がうごめいていた。
まるで亡者の群れのように――。
「……もしかして地獄かな?」
『いや、そうではない』
「――!!??」
わたしのひとりごとに男の声が応えた。
お尻が宙に浮く。
とっさに中腰になってあたりを見回すが、小石が転がっているだけで人の姿は見あたらない。
「え!? だれ? どこにいるの!?」
『我の姿は君には見えない。この声は君の脳内に直接語りかけている』
…………
――え? 変な電波受信しちゃった?
やっぱりわたし、おかしくなっちゃったの?
『すまない。君をこの世界に転移させてしまったのは我だ。魔力が暴発して思わぬ作用がおきたのだ。我自身も驚いている』
そんな脳みそが蕩けそうなイケメンボイスで謝られても全然理解が追いつかないんだけど。
「えっと、あなたは神様ですか?」
『我は神ではない。名も無き魂だ。そうだな――便宜上、守護者とでも呼べばいい』
魂? 幽霊かな?
だんだん麻痺してきた。もうなにを言われても驚かないぞ。
「では守護者さん、ここはいったいどこですか?」
『ここは君のいた世界とはまったく別の構造をもつ世界だ。この世界は物質界と精神界に分かれている。君の現在地は物質界。もっと詳細に言うならば神聖帝国テオドロスの辺境だ』
まさかの異世界転移かよ。
「……あの、わたし、もとの世界に戻れるんでしょうか?」
『極めて難しいと言えるだろう。望みは捨ててこの世界で生き抜いてくれ』
「えっ!? どうやって!?」
『なるべく我が支援する。ただいつもつきそえるわけではない。いまは立て込んでいる。また後で説明させてくれ』
「え? ちょっ、もしもし!? もしもし!?」
突然あらわれた自称ナビゲート役は音信不通になるのも突然だった。
イケボの響きが脳内から消えたかわりに、びゅうびゅうと風の音が耳を突いてくる。
風に舞う肩につく長さの髪を片手で押さえつける。
自分のせいで異世界転移させてしまったと謝っていたくせに途中でほっぽり出すとはどういう了見だ?
見知らぬ異世界にひとり取り残されたわたしは、アメリカの原風景みたいな赤土の大地にボーゼンと突っ立っていた。