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晴れ後雨 雨後晴れ

作者: そうしょう

 この世界には、【ギフト】と呼ばれる、神の贈り物が存在する。三つを過ぎると、神は人間に贈り物を授け、その贈り物を生涯持ち続けるのだ。

 そんな、【ギフト】を持つ人間が存在する世界で――誰かの記憶から、いつしか薄れゆくような、日常の中に埋もれてしまう事件があった。人の記憶は整理され、やがて忘却の彼方へ消え去る。それはきっと、俺や彼女もまた、等しく平等だ。

 だから、これは俺が忘れても、そして、彼女が忘れても尚、失われないよう思いつづった記憶の物語。

 あの日、あの大雨の日。俺は確かに、馬鹿みたいに運命とやらに抗った、あの日の話。

 今日もまた、外では雨が降っている。


 *


 本日の天気は晴れだった。珍しい。

 俺は、外を眺めてしみじみと思った。近くの川は穏やかに流れ続けている。

「うっ……まぶしい……」

 天気を確認し終えると、俺は慌ててカーテンを閉めた。目元が熱い。日の光は、苦手だ。白すぎる髪や肌も、そこに映える赤い瞳も。日光は何の遠慮もなしに、照り付け焼き殺そうとする。

 所謂、アルビノ、と呼ばれる体質を持つ俺にとって、日光は天敵だった。

 いそいそと真っ暗な部屋に小さな光を灯してから、軽く体を解す。大分、今日は調子が良い。このぐらいであれば、学校に行くことができそうだ。体質による元々の病弱のため、学校へ通う頻度こそ少ないが、やはり、学ぶことは楽しいし学校にはなるべく通っておきたいと思う。

 簡単な軽食を食べ、身支度をする。手や顔に、紫外線を防止する日焼け止めを塗った後は、長袖の上着に腕を通す。玄関前の鏡には、相変わらず病人のような血色の悪い顔が映っていたが、いつもよりは、そこそこ赤みが差しているような気がする。うん、今日は一日元気で過ごせそうだ。

 傘立てから日傘を手に取る。雨時と兼用の傘は便利だといつも思う。どっちにも使えるって、何だかお得だ。

 やはり、ドアの外は眩しさに包まれていて、少しだけ顔を顰めた。傘を開き、肩に乗せる。

 そのタイミングで、隣の家のドアが開いた。ぱっちりとした、黒い瞳が俺を見つける。

 あ、やばい。長年の勘。咄嗟に思って、俺は天を仰いだ。

「――あーくん! おはよなの」

 ぱっ、と顔を覗かせた、カッパ姿の少女――幼馴染、うーちゃんは、笑顔を浮かべ、手を振って駆け寄ってくる。

 次の瞬間。

 晴天だった空は見る見るうちに真っ暗になり、音を立てて土砂降りの雨へと変わった。

 俺とうーちゃんの間に、沈黙が降りたつ。降り注いだ雨が、俺の傘と、そして彼女のカッパへ流れ、弾けては零れていった。お互いの荷物が防水加工してあるとはいえ、水滴に負けて水を被り色も変える。元気にぴょこんと立っていたうーちゃんの髪は、雨に打たれてしなしなと崩れていった。

 うーちゃんは、笑顔のまま、無言でカッパのフードを頭からかぶり、くるり、とまだ開いている家のドアに向かって、叫んだ。

「――いってきまぁす!」

「あんたまた雨降らせて‼」

 おばさんの怒号が響き渡る。ああ、いつもの日常、いつもの朝だなぁ、なんて呑気に思いながら、俺は頬を掻いた。


 彼女、うーちゃんの【ギフト】は雨降りである。

 雨降り、それは名の如く、雨を降らせる【ギフト】だ。本来であれば、自分の意思で降らしたり、止ませたりすることが可能な【ギフト】であると思う。大抵の【ギフト】は自分の力で操作させることが可能なのだ。

 だが、うーちゃんはそれができない。

 理由はよくわからない。単に、【ギフト】の制御が苦手だからか、うーちゃん自身が幼い為か。幼いといっても、俺と同じ高校生だから、どうにも曖昧な部分はある。ともあれ、うーちゃんは【ギフト】を、己の感情が高まってしまった時に発動させてしまうという――無意識に厄介な体質を持ち合わせているのだ。

 だから、うーちゃんは今日もカッパと長靴を手放せない。


 同じ高校へ向かう道、あれほど良い天気だったのに、今や大雨へと変わった道を、二人肩を並べて歩く。雑草が風に揺れ、自然の恵みをいっぱいに受けた花が道路の端で顔を覗かせていた。

「ふふっ、あーくんと会えてうれしくって、またやっちゃったなの」

「……うーちゃんははやく、【ギフト】使いこなせるようになろうね?」

 俺は空を仰ぎ、ため息をつく。雨は、そりゃ、日の光に比べたら嫌いじゃないけど、こうも毎日頻繁に雨が降るのだから、うんざりもする。

 隣を行くうーちゃんは俺と通学できることが嬉しいようだ。にこにこと笑顔を浮かべ、素直に感情を言葉に出す。そんな彼女を見てしまうと、どうにも、怒るに怒れない。世のママさんたちは怒り心頭だろうに。

 結局、俺は今日も怒れないで、嘆息と共に言うのだ。

「学校、ついたら晴らすからな」

「うん! よろしくねっ!」

 俺の【ギフト】は、彼女と全く正反対。俺の大敵。晴天だ。曰く、晴れ男というやつだ。俺はうーちゃんと違って、ちゃんと制御はできるから、自分の意思で空を晴らすことはできる。だけど、そもそも、自然の力に干渉することは、神の贈り物だからといっても容易くしてはいけないことだ。幸い、俺の【ギフト】も、うーちゃんの【ギフト】も一定距離間というやつがある。うーちゃんの周辺二キロ圏内。俺の周囲三キロ圏内。これが、今の俺達の【ギフト】の限界だ。もしかしたら【ギフト】を磨き、もっと強くなれば範囲は増えるかもしれないけれど、今の所それをするつもりはない。

 でも、うーちゃんはもう少し制御できるようになった方が良いと思う。

「どうやったら、あーくんみたいに制御できるようになるのかな。うーちゃんもちゃんと制御して、あーくんと晴れの中で遊びたいなの。嬉しいことあると、すぐ雨降ってきちゃうんだもの!」

 ややふくれっ面で、うーちゃんが顔を顰めた。くるくるの髪が逆立って、今日も肩の上ではねている。櫛を通しても直らないのだという。

 それにしても、無邪気に好意を素直に口にする。お互い、恋愛的意味を込めて想っていないだけに、他所からみれば奇妙に映るらしい。うーちゃんのことは好きだけど、それとはなんだか違うんだよな。

 さておき、うーちゃんの言葉には返答しづらい。どうやって、といわれても、意識的に、願うように祈るだけ。【ギフト】は自分の一部だ。ただただ、想うだけ。

「ううっ、うーちゃんも頑張ろう……水の神様にお祈りすれば、強くなれるかなぁ」

 項垂れるうーちゃんの頭を、答えの代わりに撫でておいた。水の神様。この世界には、神様と呼ばれる存在は不可欠だ。勿論、偶像として祀られている祠もある。俺は【ギフト】を与えた神こそ居るとは思うけれど、それ以上に、神とやらは滅法嫌いだ。理不尽だから。自分の主義をうーちゃんに押し付けるつもりはないが、進んで神を敬うようなことも、言いたくはない。

 雨粒で濡れてしまったカッパは、随分と使い古されていて、汚れていた。


 学校に着いて、【ギフト】を翳す。最初こそ、暗雲が空を覆っていたのに、徐々に動き、やがて晴れ間が差し込んだ。光が差し込みだすのと対照的に、俺は首のハイネックを引き上げる。ああ、暑い。熱い――日傘はそのままに、両手の黒手袋を付け直す。紫外線に弱い。体は日の光を嫌い、悲鳴をあげる。本当は、曇天の空とか、とにかく青空は嫌なのだ。でも、いつまでも雨なのは、それこそ周囲の迷惑だ。俺はうーちゃんの幼馴染だし、やっぱり、彼女が困るのも頂けない。だからうーちゃんの為に【ギフト】を使う。これは、結構慣れたものだ。

 うーちゃんは、ほぼ雨の気配がなくなると感心したように頷いた。

「あのねっ、あーくんの【ギフト】の使い方、盗めるかなって思ってじーっと見たんだけど」

「……うん」

「ぜんっぜん分からないなの!」

「……うーん」

 そっかぁ、うーちゃんがどうしてか嬉しそうに言うものだから、ゴロゴロとどこかで雷が鳴っている。ああもう、早々に俺の【ギフト】が打ち破られそうだ。互いに相殺するといっても、力加減と言えば、できていないうーちゃんの方が強いというのはある。

「あーくんっ、今日は一緒に買い物行かない? うーちゃん欲しいものがあるんだよ」

「前に言ってた、雑貨屋さん?」

 外を出歩くことは滅多にない。元々そんなに体が強い方ではないし、この体質だから、うーちゃんのように長時間走り回れない。元気溌剌なうーちゃんは色々と、外の話をしてくれる。この前は気になっている雑貨屋さんがあると言っていた。多分、一人で行って見てきたのだろう。

 俺も、もう少し元気だったら、こんな体質じゃなかったら、うーちゃんと一緒に着いていってあげるのに。

 そうすれば、【ギフト】を制御できないなんて気味が悪いと、周囲から言われることなんてないのに。

 ずっと歯がゆくて、それでも、ずっとうーちゃんの傍には居られない自分が悔しい。だけど、うーちゃんは気にすることなんてないよと言う。うーちゃんは、俺の幼馴染で、外だってあまり出歩けないような俺を友達と慕ってくれた。ずっとずっと、小さい頃から。それが、嬉しくて、それなのに、うーちゃんには何も返せれないのだ。こんな些細なことじゃ全く満たしてあげられない。

「いいよ、一緒に行こう」

 だからせめて、こんなふうに、体調が良い日なら。その日ぐらい、うーちゃんの願い事を。ちっぽけで、小さいものでも。叶えてあげたいのだ。

 きっと俺が付いていれば、胸内の暗雲を消し去る晴天を創り上げることができるから。

「……あれ? ちょっとまって、うーちゃん、体調悪い?」

 ふと、うーちゃんを見てほんのり紅潮した頬を見つけた。ちょっとだけ目も潤んでいる気がする。気のせいだろうか。当の本人は、きょとんとした表情で、そうかなぁ、と首を傾げている。

 思い過ごしだろうか。

「……まあ、あんまり無理しないようにな」

「うん! へーき!」

 そうやって、笑顔を浮かべるうーちゃんの様子はいつも通りで、きっと油断していたんだと思う。

 自然は、人の手に負えるものじゃない。例え、神からの贈り物でも。


 川は暴れ狂い、滝のような雨が降り続けている。風こそ少ないものの、とうとう地面の水溜りは池のように深くなり、人の足を覆いだしている。

 天気予報では晴れ。だが実際の外は、大雨だった。

 その、大雨の中を、カッパも着るのだってもどかしく、背中にうーちゃんを背負って、走っている。

 汗なのか、雨のせいなのか、きっとどちらも混ざっている水滴が白髪を伝う。べったりと肌に吸い付く白シャツは気持ち悪いし、首のハイネックも放り投げた。長袖しか持っていないから、腕をまくり、それでも暑くて息苦しい。外を出歩く時だって、雨の日も晴れの日も、こんなに肌を露出したことはなかった。派手な運動もしないから、心臓が口から飛び出してしまいそうなぐらい苦しくて仕方ない。

 それなのに、俺はうーちゃんを背負って、大雨の中を走っている。


 体調を崩したうーちゃんは結局その日のうちに早退した。放課後の雑貨屋、楽しみにしていたけれど、それ以上にうーちゃんの体調が心配だった。体が丈夫で、滅多に体調を崩すことはない彼女だから、やはり不安だ。

 その時点で既に、天気は崩れだしていた。

 午後の授業は滞りなく終わり、一人で帰る道、雨は降り注いでいる。川が増水しだしていた。そちらに目をやりながら、湿った草を踏みしめて歩く。一度、家に帰って彼女のお見舞いに行こう。そう決め、なるべく早足で家に戻った。

 異変に気付いたのはそれからだ。たまたま、居間で流れていたテレビニュース。気象情報。それを見ると、ここら一帯は晴れマークがついている。

 じゃあ、これは彼女の【ギフト】?

 天気雨にしては、長く降り注いでいる。雨粒が窓を容赦なく叩きつけ、大ぶりの雨は止まない。

 嫌な予感がした。急いで彼女の家に行き、おばさんに声をかけて上がらせてもらう。うーちゃんはベッドで寝ていたけれど、随分と苦しそうだった。

「この雨、やっぱりうーちゃんのギフトか……?」

 うーちゃんの部屋から見える川は、先程見た分の二倍にはなっているように見える。そろそろ、川が柵を越える。咄嗟に、俺は【ギフト】を掲げた。この雨は、危険だ。うーちゃんの【ギフト】の力を抑える。

「……あれ?」

 いつものように、晴れない。雨雲は途絶える気配を見せず、空は暗く空気は濡れていた。自分がミスった? 【ギフト】の行使を間違えたか? 【ギフト】は己の一部だ。思い、描き、願えば行使できる。それは変わらない筈だ。

 そこまで考え、もう一度、祈る。

 だけど、晴れない。雨雲が消えない。大嫌いな太陽が、姿を見せない。

「……どうして」

 窓に手を当て、不安が募る。水溜りが大きく深くなってくのを見ながら、いつまでも降り続ける雨を睨み付ける。

「……うう」

 うーちゃんが身じろいだ。汗が頬を伝っているのを、指先で拭う。

 これが、うーちゃんの【ギフト】のせいであれば。思うに、彼女も無意識に【ギフト】の抑え込みはできていた。今は、熱に浮かされ、それさえままならない。

 このままだと、本格的な洪水が起こる。

「……だめだ」

 こういった【ギフト】の問題ごとを専門的に対処する組織がある。警察と連携したその組織に連絡すれば、滞りなく、現状を収めてくれることだろう。

 けれど、解決しても。このまま、彼女の体が治り、一時的な平和が戻ってきたとしても。先行く不安が過ぎり、雨を降らせる厄介な体質のせいで、ひとりぼっちな彼女を思う。自分の【ギフト】を使いこなせないから、人とは違う人間だと遠ざけるクラスメイト。自分やみんなと違う人間を、余りにも、人は受け入れることができない。故に、接し方が分からず遠ざける。人の事を何も知らないで、怖いのだと。それでも、まだうーちゃんは人柄から疎遠されることはなかった。少しだけ、ひとりの時間が多いだけ。彼女の明るい性格が、彼女を孤独から遠ざけている。

 それは、彼女の【ギフト】が雨を降らせるということだけだからだ。人と違っても、まだ、その程度で済んでいたからだ。

「この子を、化け物にさせちゃ、いけない」

 けれど、人の生活を脅かし、人から畏れられる存在になってしまえば、それはもう、人ではない。みんなとは違う――人、ではない。

 それは、化け物と言う。

 そんなの――駄目だ。

 うーちゃんの髪は綺麗な栗色だ。肌は血が通った白人らしい肌色で、体は人よりも丈夫で、笑顔が可愛い。

 白すぎる髪でも、死人のような肌でもなく、元気に遊びまわれないような体ではない。いつだって太陽みたいに輝く子を、化け物などと呼ばせてはならない。

 この大雨は、止めないといけない。秘密裏に、組織に通達することもなく、早々に。苦しそうに汗を掻くうーちゃんを見詰め、彼女の横に置かれたカッパを手に取った。

「……だったら、そのため、なら」

 大嫌いな神様にだって、祈ってやる。


 ざぁざぁと音が煩わしい。うーちゃんを連れてきたのは、祠の入り口で、俺だと突き放される可能性が高いからだ。本当に神とやらが居るのであれば、太陽に好かれ、空を水から奪う【ギフト】を持つ俺は入ることを許されない。

 神様なんて、嫌いだ。理不尽で、こっちが困っている時に助けてくれない。

 それでも、今はただ、これしかなくて。

 だから、走っている。苦しくて仕方ない、走りたくない、もう、逃げたい。背中に背負った体はまだ発熱しており、今はせめて抗う為に、うーちゃんの周囲にだけ、【ギフト】を発動させている。小規模であれば可能なようだ。それでも、未だ熱と戦い続けるうーちゃんの命は危険かもしれない。

 この選択は間違いかもしれない。だけどさ。

 この子を助けたいって気持ちは、本物だ。

 祠は茂みの奥にあった。この大雨で、誰も外を出歩く姿は見当たらない。霞む視界に頭を振り、祠の入り口に足を踏み入れる。

 拒絶は、されなかった。

 背中のうーちゃんを背負い直し、よろめきながら、祠の前へ進む。

「……神様なんて、大嫌いだ」

 吐かずには居られなかった。この世に【ギフト】がなければ、と、思わなかったことはない。俺の【ギフト】はまだ、日照りを与えるものだ。けれど、うーちゃんの【ギフト】がなければ、きっと、今までの彼女の生き方は変わっていた。

 神が、【ギフト】など与えなければ。

 こんなことにも、ならなかった。

「――でも、さぁ、でもさぁ、仕方ないよね、仕方ないよな、しょうがないんだよ!」

 祠に、本当に神はいるのか。それさえ、曖昧で、あやふやだ。世界が決められたルールに従い、【ギフト】を与え、【ギフト】を持って生きていかねばならないのなら、それは仕方のないことだ。

 それでも抗うことぐらい、人間にだってできるのだ。

「あんたが――あんたが本当にっ、神様だっていうんなら! この雨をとめてくれ、水をせき止めてくれ……」

 【ギフト】という神の力で引き起こされたもので、それが運命と呼ばれるのなら。それを捻じ曲げるのもまた、神の力だ。

 それでも雨は止まない。降り続け、轟々と川の濁流が迫る音が聞こえてくる。今の俺には、それしか聞こえない。

「神様だっていうんなら、たまには、【ギフト】を宿した人間の――神様のまがい物である人間の‼ 言葉の一つぐらい、聞けよ‼」

 振り絞った絶叫が、雨音をかき乱して響いていく。反響した声は、自分の中で息遣いと交わり、祠に手を当てたまま、ずるずると蹲った。体に力が入らない。雨粒は容赦なく、体に打ち付けてくる。背負った彼女の体が冷えないように。どうか、どうか彼女が、せめて無事であってほしいと。

 【ギフト】に祈りながら、目を閉じた。最後まで、耳元に雨音が残ったまま。


 *


 そうして、一週間が経った。


 あの後、目を覚ましたら真っ白い病室の中に居た。近所の人が祠で倒れている俺達を見つけ、救急車を呼んでくれたらしい。お陰で命拾いをした。

 それでも、病室から出るまでに三日が掛かり、両親には散々怒られ、おばさんたちにも心配され。

 そして、うーちゃんもまた、怒って笑っていた。


 俺が意識を失って、結局のところ、雨は止み、日が差し込んだ。それが、本当に水の神によるものなのか、それとも、ただ単純に俺の【ギフト】が彼女に打ち勝ったのか、分からずじまいだ。話しに聞いたところによると、解決のために駆り出される組織も来ることはなかったようだ。つまり、本当に天気雨――うーちゃんを知っている人も、また、うーちゃんの【ギフト】がちょっとやらかしてしまった、というだけにとどまったらしい。俺は間に合ったのだ。

 ……まぁ、理由はどうでもよくて、うーちゃんは今日も元気である、それだけは確かだ。


 体の調子が良い。起きて、まず、そう思った。カーテンの隙間から見える空は青く、川は穏やかに流れている。それだけを確認すると、上着を羽織った。手早く身支度を整え、日傘を手に持つ。

 外へ出ると、やはり日差しは強く眩しい。目を眇め、歩き出そうとした。

「じゃあ、いってきまぁす!」

 隣の家のドアが、まるで見計らってでもいたかのようなタイミングで開き、彼女の瞳が俺を捉えた。あ、と彼女は笑顔を浮かべる。

「あーくんっ! おはよ、ねぇねぇ、今日、雑貨屋さん行かない……」

 途端、駆け寄ってきた彼女の足元に水滴が零れ、刹那、大雨へと変わった。

 音を立てて降り注ぎだした雨。うーちゃんは、うう、と顔を顰め、カッパのフードを被る。俺は、ほんの僅かに笑みを湛えて、彼女に言った。

「おはよう、うーちゃん」


 これが、俺と彼女の日常だ。もう少しだけ、【ギフト】の制御は出来るようになってほしいと思うけれど。

 そして今日も、きっと明日もこれからも、俺達の日常は続いていく。【ギフト】は絶えず俺達の周りにあり、なくなることはない。俺と彼女はずっと、晴れ男であり、雨女である。

 これは、俺という、一人のちっぽけな人間が、ほんの僅かな私利私欲の為に抗った運命の、短い記録。誰かの記憶には、「それだけ」としか済まされないだろう記憶。でも、俺にとっては大事な記憶の、物語。


 雨道を行く俺とうーちゃんの日常は、今日も【ギフト】と共に続いていく。


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