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ガラクタ  作者: くろうさぎ
第一章 Today he died
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第一章11 『トライアル』

 一瞬、場に沈黙が降りた。にへらにへらと薄っぺらそうな笑みには、俺にとってはこれがメインなんだよ、という念押しの毒が盛ってある。実際、それを忘れてもらっては困るのだ。目的を見失ってしまえば、それこそ本末転倒どころの騒ぎではない。今までの時間が如何に朔磨にとって有意義だったかは、あの惨状を救えるかという観点に大きく依存する。


 ドクターの余裕そうな表情に少しだけ驚きが現れる。が、それは一瞬の出来事だった。またもその顔はいつもの不敵なものに戻る。まだ出会って間もない朔磨がいつものなどと形容できるのは、彼女のその表情がまるで喫煙者についた消えない煙草の匂いのように染みついていることが伺えたからだ。


「一人の、女の子かの」


「そうだ。あんたはどうか知らないけど、組織は知ってるはずだ。しかももう、彼女は死んでる。助けるには、俺が『やり直し』しないといけない」


「儂も少しは知っとるよ。というか話を聞くに、おんしはやり直しの原理がまだ分からないでいたから、助けるっちゅう最終目的のためだけに今まで大人しく聞き手に甘んじとったんじゃろ? それを聞き出したら、もう儂らは用済みかえ? ちと寂しいのう」


 斜め下を見て、頬に手を当て悲しそうな顔をするドクター。わざとらしいその仕草に、朔磨はげんなりしたように目を瞑った。


「『現時点』では、用済みだ。けど逆に言えば、その俺の最終目的を達成すれば、俺はこの力で特にやりたいこともない。お互いまっさらな気持ちで交渉に持ち込めるわけだ」


「つまり、本格的な交渉に入る前に、余計なわだかまりはなくしておきたい、とな?」


 勿論朔磨の目的はそんなものではない。ドクターもそれは承知しているだろう。今のはあくまで、朔磨の目的を達成したことによって生まれる副産物、更にその中の組織にとってのメリットを分かりやすく提示しただけだ。こんな場で自分の要求と気持ちだけを伝えても時間の無駄。

 厳選し、どれだけ高く『売る』かが重要なのである。


「そうだ。悪くないだろ?」


「ふむう……儂はそこら辺ようわからん、というか一任されてないんでの。あとはそれに通じとるもんにバトンタァッチじゃ」


 パァン、とドクターは手を叩きその様子を一人で演じてみせる。しかし生憎、この部屋にいるのは二人だけだ。彼女と話しているとき、ガスマスクはいつの間にか部屋を出て行ってしまったようなのだ。使用者をなくした椅子が静かに佇んでいるのがドクターの後ろに見える。


「いやでも、ガスマスクは知らない間にどっか行っちゃったし――」


「ただいま」


「ぎいやああああああぁぁぁっ!!?」


 ドクターが映っていた視界突然、漆黒のガスマスクで埋め尽くされた。身体が反射的にそれから遠ざかろうとして胴体を無理な方向へ捻ったことにより、朔磨は椅子ごと大きな音を立て横倒しになってしまう。涙目になりながら苦痛を訴える朔磨に、上から声が降りかかる。


「ださっ……」


「なんだこの既視感……ひょっとして、俺はもう既にリトライを――!?」


「あんたが飽きもせず二回もビビっただけよ」


「わあってるよ! ほんとぶち殺すぞ!?」


 どうやら、再び真上の通気口から登場したようだ。傍迷惑と言わざるを得ない。前回と合わせて寿命がいくらか縮まった気がする。

 二人の少女が、朔磨の負け惜しみのような言葉をさも面白そうに笑う。どう考えても自分の口から出る文句が遠吠えにしか聞こえないような体勢でも、朔磨はそんな遠吠えしかできなかったのだった。


***


 この部屋の空気は張りつめたり弛緩したりを繰り返していて、常にその渦中にいた朔磨は、正直もう精神的に限界が近づいていた。


「なるほどね、まずは女の子を助けて、それから交渉に移りたいと。はあ」


「なんだよ」


「倒れてる状態でそんな恰好いいこと言われてもね……」


「起こしてくんないからだろ! 俺にどうしろってんだ!」


 自分で倒れたと言われればどうしようもないが、そもそもそんな行為を誘ったのはガスマスクである。それでこの言い草は流石に酷いと思う。

 どっこいしょと面倒くさそうに椅子を起こすガスマスク。話が途切れてしまったので、朔磨は一つ咳払いをして仕切りなおす。


「……で、その目的を達成するうえで、俺からお前らに頼み、というか提案がある」


「もうあんたの中ではその目的に取り掛かることは決定なのね。拘束されてるのに」


 揚げ足をとるようにガスマスクは呆れた声を出す。朔磨としてはいちいちそれに構うのも面倒なのだが、出来るだけ自分を高値で売るためには、一からの説明は必須と言える。この会話で朔磨の思慮の深さが測られるのだ。実際には物差しで測り切れてしまうものを随分無理に伸ばしている状況なので、朔磨は彼女らとの対話が始まったときから内心気が気でない。


「これまでの話を鑑みても、組織は俺の要求を可能な限り呑んでくれるはずだ。その要求が組織の目的に影響を及ぼさないなら尚更。今回の件はその根幹を直接揺るがすようにゃ思えない。決定って考えて不思議はないだろ」


「そうね、話を続けて。提案っていうのは?」


 いくら朔磨がリトライのようなチートじみた能力を持っているとはいえ、一人では、どうも心もとない。


「組織と、一時的な協力関係を結びたい」


 朔磨は、この組織は中々に大きいものなのではないかと踏んでいる。それが簡易的にも協力してくれるとなれば、今の朔磨にとってこれほど心強いことはない。


「仮にその要求を呑んだ時、こちら側にとってのメリットは?」


「安心しろ、それもちゃーんと折り込み済みだ。いわばお試し期間だよ。まあ敢えて提示すると、俺に貸しを作れる、俺のポテンシャル、つまり有用性を早いうちに知ることができる、そして目的を達成した場合、俺は組織の要求を前向きに聞く。こんな感じでどうよ」


「一つ目と三つ目は殆ど同じじゃないの?」


「そう聞こえるかもしれないけど、案外そうでもない。一つ目は俺に事実上の形式的な枷を植えつけるもの。三つ目は、単純に組織に対しての俺の胸の内がプラス方向に変わる。詰まるところお前らは、否定的な面と肯定的な面、両方の面で優位な立場に立てるわけだ。わお、おっとくー」


 笑いながらつらつらと並べ立てる朔磨に、ガスマスクは押し黙る。

 これまで散々メリットを列挙したが、朔磨の言葉には、指摘せざるを得ない明確な穴が存在するのだ。それが解決しなければ、話は前に進まない。


「……メリットは理解した。で、あんたがそれを守る保証は?」


「ま、やっぱりそこだよなあ……」


 淡々としたガスマスクの声に、朔磨は頭をぶんぶんと振る。そう。これらの説得材料には、それら自体が確実になされるという保証がない。朔磨が『やり直し』を敢行し、そこで前回の記憶を持っているのは朔磨一人だ。

 部屋に、どんよりとした重い空気が這い寄ってくる。その問題に対する正しい答えを、朔磨はまだ準備出来ていない。


「こうしてお願いしてること自体が根拠、とかダメ?」


「却下」


「あいあい、分かってましたよー……」


 ぶうたれる朔磨の前で、ガスマスクは、慎重に値踏みをしているようだ。とんとんと硬いマスクを指で等間隔に叩いている。それはそうだ、いくら彼女が重要な立場にあったとしても、流石に彼女一人の一存では組織は動かないだろう。


「……あんたの主張は分かったわ。取り敢えず上に伝えに行って――」


「ああ、いい。そんな面倒な手順踏まなくても。どうせ見てんだろ上の人。そこの固定電話から確認とれよ」


 くいっと顎で部屋の端の固定電話を指し示すと、ガスマスクはやれやれといった感じに両手を上げ首を振った。そりゃあこれだけあからさまな『俺は分かってるアピール』を重ねていたら呆れたくもなるだろうな、とある種の同情を交えて朔磨は片目を瞑った。しかしこのあからさまなものが重要なのだ。推し量らせるには、量られる側も素材を提供しないといけない。三文芝居と言って差支えない茶番に、そろそろ役者たちも飽きてきているけれど。


「もしもし。お聞きになりましたか? ……ええ、ええ、そうですか」


 上司に向けるには些か不機嫌さが目立つ声でガスマスクが受話器をとっている。


「あ、そうだ。ドクター、もう一つ聞きたいことがあった」


「ん、なんじゃらほい?」


 ガスマスクが話をしているのをこれ幸いと、先程の話で聞き忘れていたことを暇そうに欠伸をしていたドクターに尋ねる。ある意味一番重要なことだった。何故忘れていたのか不思議なくらいだ。


「リトライの、時間制限についてだ」


「ほう、時間制限とな?」


「正確に言うと、旧世界と再構成された世界の時間的な差異。それの長さに関わる条件を出来るだけ詳しく聞きたい」


 ある地点を不動のセーブポイントとして何年経とうがそこまでしか世界は再構成されないのか、何か明確なルールに則ってその地点が決められるのか。

 ガスマスクの「時間はある」という発言の、『何をもって』にまだ答えて貰っていなかった。それをふと思い出したのだ。


「……断言はできん。が、推測はできる」


 ドクターは人差し指を立てる。


「条件は憶測じゃが一つ、『脳漿のうしょうの量』」


「のうしょう?」


 言葉の響きから、何やら嫌な予感が背中を這う。ドクターは朔磨の頭を両手で掴み、ぐりぐりと力を入れてくる。傍から見れば微笑ましい光景に見えなくもないが、朔磨に走る悪寒はそんなに世界を綺麗に見せてはくれなかった。


「簡単に言うと、脳の中の汁じゃ。それが脳の損傷から十分の間に流れ出た量によって、どれだけの時間分世界が再構成されるかが決まる」


「うっへ、やなこと聞いた。ん? ていうか、その脳漿が蒸発したり、そういうのはカウントされないのか?」


 思い出したくもない記憶だが、朔磨は爆炎で死んだ記憶があった。


 ――あの時の光景が、自然と朔磨の頭の中で再上映される。胸が張り裂けそうなほど締め付けられるのと同時に、自分の覚悟を改めて思い出した。

 次は絶対に助けると、今度は『胸を張らずに』そう言える。自分の心の中で、小さく唱えてそれを勇気に変えることができる。決意というものの本当の姿は、普通そういうものであるべきなのだ。やたらと表面にそれを押し出して、自分を覆い隠してしまうのは、それはきっと決意ではない。都合よく自分を飾る、本当は惨めで小さい自分にとっての隠れ蓑だ。


「あー、言い方が悪かったの。流れ出たと言ったが、注目すべきは脳がどれだけ脳漿を失ったかじゃ。蒸発にしろ何にしろ、脳という器から中身である脳漿がなくなればそれだけで世界は再構成される」


「なるほど。で、それによって時間はどう変わってくる?」


「全て、或いは殆どの脳漿をなくした場合、振り出し……つまりおんしが『同調』した瞬間に戻される。そっからどんどん死んでからの間隔が短くなるわけ……ん? どしたいや」


「あ、いや……あんな何でもない瞬間に『同調』してたなんてと」


 ポカンと口を開けていたのをドクターに指摘される。確かあの時は、宗太郎が部活に関して聞いてきた時だったか。朔磨は恐らくこれまでの全てのパターンで殆どの脳汁を無に帰したのだ。それでその地点に戻ったのなら、つまりそういうことなのだろう。


「取り敢えず、今はそれだけ分かれば十分だ。ありがとな」


「お安い御用じゃぜの、こんくらい」


 ドクターが得意気にない胸を張る。聞きたいことはまだ山ほど残っているが、今はまだ絶対に必要ではない。『何をもって』に対する答えが聞けて、朔磨は小さく安堵する。やりようによっては大分時間が残されている。

 とそこで、丁度ガスマスクの通話が終わったようだった。つかつかと、無骨な足音を部屋に響かせながら朔磨に歩み寄ってくる。


「どうだった?」


「まだ決めかねてる感じよ。あと一押しが欲しいらしいわね」


「それがメリットの確実な保証か。一押しっていう割にはでっけえ課題だな」


 朔磨は大きくため息を一つ。頭を抱えたいが、抱える手は封じられている。ガスマスクは元の席に再び腰かける。一仕事終えたように、だらりと体勢が崩し気味になるのが見て取れた。


「ま、それについては上も考えてくれてる。その間あんたに、ちょっと組織について教えとこうかしらね」


 長い髪を弄りながらガスマスクが呟く。まるで四方山話でもするかのようなトーンで言ったので、朔磨は少し反応が遅れた。


「え、話していいのか?」


「上が確実性で悩んでるってことはもう半決定みたいなもんよ。暇潰しがてら、ね」


 そしてガスマスクは座り直し、又もや朔磨を見下ろすような体勢になる。それならばまだ先程のだらけた感じのほうが良かったと朔磨が口を尖らせるも、彼女はその姿勢を崩そうとしない。仕方なくそのまま耳を傾ける。


「まず、組織にはこれといった名前はないわ。強いて言うなら――」


 静かに息を吸い、そして吐く音が聞こえた。



「――私達は、『猫』って呼ばれてる」

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