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ガラクタ  作者: くろうさぎ
第一章 Today he died
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第一章10 『とりあえず』

 世界が、『やり直し』を敢行している。その事実を、朔磨はどんな顔で受け止めたらいいのか分からなかった。


 この世界とは、数多の偶然が重なり合って出来た、まさに奇跡を体現したような存在であると、朔磨は無意識のうちに妄信していた。しかしその前提が根底からひっくり返るとなると、事は口に出すよりよっぽど重大だ。人はそう簡単に、自身が住む世界への勘違いを受け入れられるほど軽薄な心理を持っていない。


「まあ、理解も追いついとらんじゃろうが、本題はここからなんじゃぞなもし。気張ってこうぜい」


「もうすでにキャパオーバーだよ。俺が飽きないように簡潔に面白く説明してくれ」


 親指を立てて元気そうなドクターに、ぎゅうぎゅうに衝撃の連続を押し込まれた朔磨の頭では、茶々を入れるのが精いっぱいである。正直なところお手上げ、ただ一方的な聞き手の立場を呆然と享受している状態だ。


「これで大分気遣っとるつもりなんじゃがの。心配せんでも居眠りなんぞしおったら眼ん玉潰して起こしちゃるで安心せい」


「今のでばっちり目ぇ覚めたんで安心してください先生」


 安心できるか。起床と引き換えに目玉がなくなっていては大惨事だ。しかもドクターならば本当にやりかねないので怖い。ぶるりと背筋を震わせてから、朔磨は重い体に気を張りなおす。

 それを合図として、ドクターは話を再開する。


「世界がやり直しをしておる、つまり、おんしと同じ状態じゃ。いや、おんしが世界と同じと言ったほうが適切か」


「はあ……。なんで俺が、そんな状態に?」


 半ば惰性のように繰り出た疑問を含む相槌に、ドクターが目を見開き朔磨とあと僅か数センチというくらいまで顔を近づけてくる。微かに赤らんだ頬と熱を帯びた吐息から、彼女の抑えきれていない興奮が伝わってくる。


「そう、そこじゃ。詳しくは省くがその理由としては、おんしの周波が、世界の周波と『同調』しとるからと考えられる」


 同調。チューニング。その言葉に込められた意味を、間違うことのないよう知識と推測という名の歯で慎重に咀嚼する。完全に一致しているという意味ではない。目の前の少女は言葉遣いこそおかしいものの、恐らく言葉を間違った意味では使わない。


「……俺が世界に、合わせている、って言いたいのか?」


「その通り! 正しい答えを導き出せたようで何よりじゃ。そう、おんしの周波は今、世界と重なり合っておる。ほんで一体それの何が問題なのかというと、簡単に言えば、世界が、おんしの周波を自分のものじゃと『勘違い(ミステイク)』しとるちゅうわけじゃな」


 下を向いて、しばし考えを頭の中で巡らす。やがてそれは朔磨なりの一つの結論へと達した。物分かりの良さには定評がある。概ねこの解釈で間違っていないだろう。


「なるほど。世界は自らの失敗を打ち消すため『やり直し(リトライ)』を決行する。その世界にとっての失敗が、俺にとっての『死』。だから俺が死んだとき、それを世界が自身の失敗と勘違いして、強制的にある地点まで時間が巻き戻されたのか」


「満点、と言ってやりたいところじゃが、悪いがそれではまだ不十分。細かいことを言うようじゃが、時間が巻き戻されたのではなく、そのある地点まで、世界が再構築されたんじゃ。さっきは否定せんかったが、正確にはこれは時間遡行ではないんでの。いわば『新しい世界の構築』じゃ。おんしの感覚で言う『前回』と『今回』は、同じなようで実は全くの別物なんぞね」


「そうなのか。その時、古いほうの世界はどうなるんだ?」


 ドクターは片目を瞑り、握っていた手をばっ、と勢いよく開く。何かが爆ぜるのを表しているように漠然と読み取れた。なるほど消滅か。朔磨は苦い顔をする。


「正直、そいつの行方は儂もよう知らん。周波の変動の前の世界を観測する術を、未だ儂らは持っとらんでな。……で、間違いはもう一つある。おんしは再構成の起点が自分の『死』と思うとるようじゃが、実は違うんじゃなこれが」


「……ほう?」


 リトライには、死ぬこと以外にも条件があるというのだろうか。その条件によっては、朔磨が今後とるべき行動が大きく変わってくる。


「人間が発してる周波は、概してここから発生しとる」


 ドクターがぴんと立てていた人差し指の指先が、ゆっくりと朔磨の脳天へ照準を合わせた。自然と寄り目になる。


「頭?」


 ドクターはふるふると頭を振る。こつん、と朔磨の眉間が彼女の細い指に小突かれる。


「惜しい、脳じゃ。人間の周波は、例外を除いて全てここから発生しとる。世界の失敗に値するのは、おんしの死ではなく、脳の損傷じゃ。じゃから、たとえおんしが胴体の多量出血で死んでも、窒息して死んでも、世界は再構成されん。逆に言えばおんしがどれだけぴんぴんしていても、脳が傷つけられれば世界は再構成される。詰まるところ――」


 ドクターが、医師の忠告を真似る子供のように頬杖をつき、同時に自分の頭へ掌で形作った銃を当てる。


「――ドタマぶち抜かれんと、おんしはやり直せんちゅうことじゃ」


 完全ではないんじゃよ、とおよそ子供がするものではない歪んだ愉悦に浸るような笑顔を見て、朔磨は思わず渋面になる。


 それが本当ならば、思っていたよりも厄介な条件だ。ただの死を起点とした時間遡行かと思えば、脳が傷つくことによる世界の再構築とは。これで、リトライができる場合の数が極端に減った。脳を傷つけずに当人を葬り去る手段など腐るほどある。勿論朔磨とてそう何度も易々と死にたくはないが、何でもやると覚悟を決めた手前、このペナルティは非常に痛い。

 しかもそれ以上に懸念されるものもある。


「……利用される可能性もある、って考えても?」


「そうじゃな。儂が言ったことに、少ないながらも気付いている組織はある。いずれおんしがその周波を持っていると分かれば、躊躇なく脳だけぶんどりに襲ってくるじゃろうな。それをどう利用するのかは、知ったことではないし興味もないが」


 やはりか。

 特別な技術を持った組織やらが、脳を殺さず、その周波だけを奪えることが可能ならば。そしてそのような事例が発生し、公にこの現象の存在が知れ渡ったとしたら。


 世界は瞬く間に混乱に陥り、人類史に残るであろう狂乱へ足を踏み入れることが容易に予想できる。そうなれば、控えめに言って人類は終わるだろう。元々そんなものに大した思い入れもないが、かといって朔磨は厭世家ペシミストでもない。みすみす見逃しても気分は悪くなるだけだ。まあ実際そんな事態に陥った場合、朔磨はもうこの世にいないと思うけれど。


「なるほどな……とち狂ってるとしか思えない現象だ」


「その通り。しかしじゃからこそ面白い。研究し追及する価値がある」


「まあそれは一旦置いといて。ひと段落したんなら、俺から一つ言わせて貰ってもいいか」


 目を光らせ語りだそうとするドクターを遮り、朔磨はようやく、自分の本題に入らんとする。

 そう、彼女らはあたかもこれが本題のように話していたが、朔磨の中の本題はただの一つだけ。他は二の次だ。正直それをどれだけ深く穿ちこの世の真理に辿り着こうが、そんなものに興味はない。講釈を大人しく聞いていたのも、その本題という名の目的を達する打開策を探るために過ぎないのだ。


「ふむ。なんじゃ?」


 聞いてやろうという風に背もたれに寄りかかり足を組みなおすドクター。そんな彼女へ、朔磨は不敵に笑いかける。


 何をごちゃごちゃと言おうが知ったことはない。朔磨の頭の中にあるのは、いつかの決意と救うと決めた誰かの顔。周波だとか脳だとか世界の再構成だとか、そんな小難しい副産物は今はどうでもいいから――、



「――とりあえず、一人の女の子を、助けに行きたい」



 今はただ、それだけが朔磨の望みだった。


***


 月明かりが差し込む部屋には、インテリアなどが皆無であった。質素を通り越して、最早狂おしさすら感じるような雰囲気だ。

 ただの虫一匹さえもその場に音を介在させるのを恐怖しているかのように、不気味で作られたようなわざとらしい静謐が、その部屋を重く満たしていた。

 そこに、一つの声が響く。壮年の男のような印象を受けるが、その年齢に合わない、変な落ち着きを持ち合わせた声だ。


「……どうだった?」


「ご覧になっていたでしょう、今も」


 もう一つ、透き通っている、女性的な声が響いた。まだ成熟はしきっていないような、若さを含んだ声だったが。

 淡々としたその声に、男のほうは小さく笑って答えた。


「ああ。中々に面白い問答をしているよ、彼は」


 彼の前には、白い部屋が映った小さなモニターが。何か会話をしているようだが、男はヘッドフォンをつけて聞いているようで、女には何を言っているか聞き取れなかった。この場面においてそれを知る必要などないが、一方で少し彼とドクターとの会話が気になる女もいた。

 女は余計な考えを振り払うようにして、抑揚のない声で見解を並べる。


「……彼は、聡明です。頭の回転が速いし、軽薄そうに見えて冷静に状況を分析し対応する能力も備わっています」


「ほう。絶賛だな、君にしては」


「感じたことを申し上げたまでです」


 皮肉るような男の言葉を、女は軽く躱して話を切り上げる。どうやら女は男との会話を早く終わらせたがっているようだ。しかし男もそれに気付いているようだが何故か気分の悪いような声音ではない。


「では、私はこれで失礼します」


「もうか? せわしいな」


「まだ彼に説明していないことがありますので」


 がちゃり、と扉の閉まる音がして、部屋には静寂と重圧だけが取り残される。そんな中、男は何処か機嫌がよさそうだ。その視線は、女と話をしていた時から終始モニターから外れていない。


「こんな訳の分からない状況が幾重にも重なったような時に、冷静に状況を分析できる、聡明な少年か……」


 ふう、と男はため息を吐いて近くの椅子へ腰かけ、背もたれに体重をかける。

 そして誰にも聞こえないような声で、小さく呟いた。



「本当に、それだけなのかな……?」



 くく、と笑いを抑える声が、重苦しい部屋に跳ねる。



 ――得てして物語とは、主人公の知らないところでも、密かに進んでいるものだ。

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