しばしの別れ
【3ーG しばしの別れ 】
程なくして深夜勤務から日中の勤務へ戻ることとなった。俺様も、葵副店長も。俺様に夜勤を経験させたのはコンビニ業務の一日の流れを覚えさせたかったようだ。何の為に?どうやら谷口店長が上に上がるようだ。つまり、店長を卒業してSVへと昇進する。・・・?おいおい、谷口よ、お前はどこへ向かおうというのだ。死神の世界へ戻るのではないのか。わざわざ人間界を離れにくくする行動を選択しなくても良かろうて。もっと言えば何で社員になっているのだ。理解できない。何を企んでいるのやら。加えて次の店長が葵副店長だという。店の表情が大きく変わることは間違いない。
商圏調査。
殊にデイリー品の発注を行う上で、闇雲に数字を決めていたのでは納得のいく精度は得られない。弁当で大体40個位、のような総数合わせだけの、発注時間を短縮する為だけの発注では成長はない。そう、幾度も繰り返すが仮説を持った発注とその検証。これを毎日意識することで発注の考え方と制度が向上する。仮説あってこそ、前年比も比較対象とすることが可能だ。天候や曜日特性も然り。そしてその仮説の礎となるものそれが、商圏に関しての知識である。言わずもがな、極力最新の商圏。商圏知らずして経営を語るなかれ。経営者たるもの誰よりも商圏を熟知していなければならない。知っていて当然だろうということで、新店長は上長へ業務日報で報告するのが通例というか、提出していないと必ず催促される、何やっとるんじゃ、と。ということで―
「そんじゃ店長、商圏調査に行ってきま~す。」
「はい、行ってらっしゃい。」
葵副店長は店長へ昇格するに当たり改めて自店の商圏調査を行う。現状の問題点や課題を洗い出し、新しいスタートを切るべく自身の、引いては店の方針を上長へ報告するそうだ。コンビニエンスストアの商圏ははっきり言って狭い。基本的には徒歩の範囲。市役所などでの調べものも大切だが、最も重要視すべきは自分の足と目で獲得した情報。そんなわけで、葵副店長は商圏調査へと出かけていった。俺様を連れて・・・全く。独りで行けば良かろうて。
「いや~スンマセンです、竹田さん。わざわざ付き合わせてしまって。」
「いえ・・・お手伝いできることがあるかは分かりませんが。そんなに大変なんですか、商圏調査というのは。人手が必要ということでしょうか。」
「いえいえ、商圏調査は終わってますよ。以前店長が作った資料もありますし、調べ物は終わってますし、提出書類も作成済みです。エッヘン!」
「では、これから・・・」
「ちょっと寄りたい所がありまして。どうしても今日じゃないといけなくて。」
「はあ・・・そうですか。」
相も変わらず訳の分からぬ男である。それならば一体どこへ赴くというのやら。
トコトコ歩くこと15分。さすがに着いたのはパチンコ店ではなかったが。
「ここです、ここです。さ、入りましょう。」
連れてこられたここはコンビニ・・・だろうか。有名なチェーン店ではなく、いわゆる個人商店と言ったほうが正しかろう。パッとしない。明かりはどこか薄暗く看板は汚れていて、外から見ても活気の無さが伝わってくる。それこそ人間族ではなく死神を迎え入れるべく店を開けているような。人間族からすれば入りづらい店ということになるだろう。今や企業の大きな力無くしてはコンビニが成り立たない時代であることを実感させられる。自店の商圏内に存在しているにも関わらず、俺様の中では競合店の類にすら入っていなかった。はっきり言って立地も悪い。リクルートが苦心して選択した場所ではあるまいて。そんなどうでも良いことを考えていたからだろう。表の張り紙にも全く気が付かなかった。
案の定、店内に客はゼロ。デイリー、非デイリー問わず棚はスカスカ。一段丸々何も置いていない棚まで存在する。言っては悪いが、とても客を迎えられる状態ではない。よくもまぁ、経営が成り立つものだ。そんなことを考えていると葵副店長が店の女性と話をしていた。知り合いなのだろうか。
「ありがとう、総ちゃん。わざわざ来てくれて。仕事中でしょうに。」
「平気、平気。って言うか、総ちゃんはもうやめてよ~。」
「総一朗くんはいくつになっても総ちゃんよ。」
「へいへい・・・分かりました~~~。そうだ、メロンパン、2つありますか?」
「はい、ちょっと待っててね。」
どうにも話の展開が見えてこないのだが。
今日で閉店するそうだ。表の張り紙はそういうことだろう。この店、昔は地域の便利屋さんとして繁盛していたそうだが、現在は時代に取り残された多くの店の一つとして数えることができてしまう。共存共栄を謳うだけならば難しいことはない。しかしながらこの店を、言ってみれば閉店に追い込んだのはウチの店である。共存共栄など差し詰め理想論。競合するというのはこういうことである。利益を上げ続けられる店があれば、敗れ、潰れ、消えていく店もある。
メロンパンは美味かった。なんでも店内調理だそうで(多分、温めただけだと思われるが、それでも)、売り方によっては随分な可能性を秘めていたろうに。
30分程、店内で雑談していただろうか。最後は店の外まで見送りに来ていた。
「閉店するようですね。」
「そうなんです。寂しくなりますね。あそこのメロンパン、好きだったのに。」
「ただいま戻りました。」
その店を出てすぐに自店へ戻った。無論、商圏調査など欠片も実施していないが、本人が終わったというのだから大丈夫なのだろう。
「あら、お帰りなさい。早かったですね。ちゃんと商圏調査してきたのかしら。」
谷口店長なかなか鋭い。
「はい、バッチリっす!」
嘘だ。何一つ調査などしてはいない。メロンパンを食べただけだ。
「明日には提出できますので、店長も確認の方お願いします。」
「はい。もう確認しておきました。問題ないと思いますので、なにか追加修正するのであれば手直しして、業務日報で提出して下さい。」
「ゲゲ・・・」
どうやら谷口店長の方が一枚上手のようだ。そんな話をしている時だった。
「あーっ、タケしゃ~ん!ひっさしぶり~~~。」
ふむ、誰かと思えば剛、翔、拳の3人組。さすがに22時から始まる深夜勤務中に小学生の3人組に会うことはなかったが、日光のせいだろうか、ガキんちょの笑顔が眩しく映った。うるさいには違いないのだが。
「いや~ん、竹しゃ~ん。会いたかったよ~ん。」
何故ちょっと女言葉が混ざるのだ。あろうことか死神に抱きついてくる子供達。俺様の正体を知ったら泣き出すか、卒倒することだろう。全く、無知というのはある意味大層な武器であることよ。
「何だよ、竹しゃ~ん、ボーとしちゃってさ~。竹しゃんは寂しくなかったの~?」
そうか、人間族は束の間人に会えないと悲しみを覚えるのか。永遠の別れということでもあるまいし。やはり弱い種族であるか。そんなことを考えていると谷口店長が肘で脇腹を突っついてきた。
「俺、いや僕も寂しかったぞ。久し振りだな、剛、翔、拳。」
「やっぱりねー、そうだよね~~~。」
隣で谷口店長は腕組みをして満足そうに頷いていた。そんなこんなで谷口店長が店勤務を卒業した。
【3ーG しばしの別れ 終】