とある日、ふたりで
【3ーD ふたりで、とある休日】
何でこう、下界の民は休みの日に人を呼び出すのか。ああ、前回は下界の民ではなかったか。さすがに今回は駄菓子屋へ行くことはなかろうが。
葵副店長に呼び出された。断っておくが仲良くなった覚えはない。共に夜勤で働いている葵副店長。性格は底抜けに明るく、見ようによっては阿呆に映るがIQは高いという話。今の所その片鱗は見られないが仕事は真面目にこなしている。本部社員の勤労として問題ないだろう。アルバイトの俺様と同様の業務をこなしながらPC等を使って社員の仕事も行っている。指導力というかコミュニケーション能力も低くはない。深夜勤務初日の俺様に対する教育も非常に丁寧なものだった。ただ如何せん、喋りすぎだ。叫ぶな。とりあえず気が付くとうるさい。本当に賢いのかと疑ってしまう。元気が一番という年齢でもあるまいて。そんな葵副店長が、今度の休み空いていますかと声をかけてきた。いつもより声のキーが少し低く、真剣な眼差しで。どうした、仕事中よりも集中した顔をしてと突っ込もうかと思ったが、特に理由を尋ねることなく承諾した。
金曜日の勤務を終えて家に着いたのは土曜日の朝6時30分頃。そこから24時間、日曜日の早朝6時半が集合時間だった。やっぱり馬鹿なのか。はたまた嫌がらせか。何が悲しくてこんな朝っぱらから男同士で待ち合わせをしなくてはいけないのだ。何をするつもりなのだ、こんな時間から。何もすることがなかろうて。周囲を見回したって開いている店などない。それこそコンビニくらいだ。遠出するにも車で来ていない。何も言われていないからな。そして、葵副店長も姿を現した。43メートル先で元気に手を振りながら走ってくる。息を弾ませながら満面の笑みで・・・デートではないのだぞ。繰り返す。現在時刻午前6時30分。どうやったらそんなテンションになるのやら。断ればよかった、か。
「タッケダさ~ん!お待たせして済みません。ごめんなさい、お休みの日に呼び出して。」
「いえ、ただ、どちらに。まだ店なんか空いてませんよね。
「えっへっへっへ・・・楽しみにしていて下さい。本日は私目がエスコートさせて頂きますので、なんちって。」
「は、はぁ・・・」
消しても飛ばしても笑って戻ってきそうなので黙ってついて行くことにした。興味がないわけではない。
「・・・ってな風に谷口店長もベタ褒めっスよ。ちょっとジェラシー感じちゃうくらいに。実は最初、俺、竹田さんの事疑ってたんですよ。そんな優秀なバイトいないっしょ、って。だって谷口店長の話を聞く限りではほとんど神憑ってますもん。」
「(正解)。」
「まぁ、谷口店長も凄いんですけどね。何て言うかな、先見の明があるというか・・・違うな。見透かしているというか、お見通しというか・・・う~ん、抽象的で申し訳ないですけれど、いい目を持っていますよね。」
「(それも正解)。」
「それは置いておいて、実際に竹田さんと一緒に仕事をしてみて、失礼ですけど、お、やるなーって、素直に思いました。仕事は正確で早い。新しいことでも一度の説明で覚えてしまうし、イレギュラーにも落ち着いて対応できるし。凄いっスよね。何でアルバイトなんですか。竹田さんは社員になるつもりはないんですか。」 唐突に質問を投げてきた。これが本題なのか。
「実は2年後位を目処に留学といいますか、日本を出る予定でして、その為の資金稼ぎを―」
「うおー!かっこいいっすねー。じゃあ、英語とかペラペラな感じっすか?そうかー、コンビニの店舗に収まる器じゃなかったか~。」
下らない会話をしながらいつの間にか横並びで歩いていた俺様と葵副店長は目的地に到着した。その場所は、なんて事はない。いつもの勤務場所である。立ち止まる俺様の前方を迷いなくサクサク歩き続ける葵副店長。そんな副店長に声をかける。
「入るんですか?何か買うものでも?」
「はい、ちょっと寄っていきましょう。竹田さんに見て頂きたいものがあるんです。」そう言って振り返る葵副店長の目付きは変わっていた。声のキーも幾らか低い。意図したものか無意識なのか、どちらにしても普段とのギャップに不快感を覚えていた。
時刻は7時少し前。まず葵が、続いて俺様が入店した。副店長はどこか従業員から隠れるようにして、従って店員に挨拶することなく、レジから死角になるゴンドラに姿を消した。俺様も倣う。店内では2人の従業員が接客しており、そのうちのひとりが佐々木 富子。御年68才。シフトの入れ替わりで挨拶くらいは交わしたことがあるが、あとは関わりなし。定年がないとは言え何故こんな媼を雇っているのか理解に苦しむ。早朝は人が集まりにくいとはよく聞くが、これでもかと効率を優先するコンビニエンスストアだぞ。そいつを見て欲しいという依頼なので要求通り店内の片隅から観察してやった。もしも佐々木のばぁばをやめさせる理由であれば10でも20でも指摘してやれるのだが。
思った通りというかそれみたことか、俺様の本職に招かれてもおかしくない年齢の佐々木 富子。動作は遅くお世辞にもテキパキという形容はできない。本人はのんびりしているつもりはないのだろうが、少々機嫌の悪い客からしたらダラダラと見えてしまうかもしれない。幸い早朝の仕事はレジ回りの整頓とレジ打ち、FF商品の仕込みがメインなので相方がフォローすれば問題ない。加えて今日は日曜日で出勤前のビジネスマンがほとんど見られない。ばぁばのペースに合わせて店が回るかとも思われたが、残念なことに運がなかった。学生のラッシュっだ。野球部、サッカー部、バスケ部にバレー部。男に女。買っていく物はドリンク、おにぎり、ウィ○ーインゼリーが主で買い上げ店数が少なく温める必要もないとはいえ、店内の人口密度が一挙に上昇した。終わりだ。瞬く間に行列ができ、その混雑が満足に消化できず―
決して円滑とは言えぬ朝帯の店舗運営を観察して葵副店長と別れるものだと思っていた。結局何の為に待ち合わせたのかも分からぬままに。すると死神の耳に人間族の会話が飛び込んできた。コイツらが土、日の常連客であり、固定客。もっと言えば、佐々木のばぁばの客だと教えられたのはもう少し先のことだった。
「今日、先発なんだ。緊張しちゃって。」
「緊張しないよりもずっといいですよ。いってらっしゃい。」
「最近ずっとスリーポイントの調子がいいんだっ。」
「好事魔多しと言いますよ。」
「コウジ・・・が、えっ?」
「辞書を引きなさい。いってらっしゃい。」
「佐々木さん、おはようございます。」
「おはようございます。今日はお勤めですか?」
「ええ、午前中だけですが。」
「ご苦労様です。いってらっしゃいませ。」
「トミコさ~ん。試験勉強が全然進んでないよ~~~。」
「その自覚があればまだ間に合いますよ。」
「今日、お母さんの誕生日なんです。」
「あら、おめでたい。こんな所にいていいのかしら。」
「親父と喧嘩しちまって・・・」
「男子たるものそれくらいがちょうど良い。ただし、お父様への尊敬の念を忘れずにね。」
はっきり言って仕事は遅い。新しく仕事を覚えることもできない。できる仕事はレジ打ちと、割り箸やレジ袋の補充、整頓くらいのもの。いや、レジ打ちですら、インターネットショッピングなどの対応はフォローが必要である。それでも佐々木のばぁばを悪く言う仲間はいない。客から感謝の言葉をもらたっことはあってもクレームをもらったことはない。皆が佐々木のばぁばに合わせるのだ。谷口店長ですらも。年齢を理由に辞めようとしていた佐々木のばぁばを谷口店長が引き留めたという。佐々木さんが抜ければ、佐々木さんを目当てにウチの店を選んでくれていたお客さんがごっそり抜けてしまうと。勤務日数などの調整が必要であれば相談に応じるので考えてくれないか、と。
今日は日曜日で部活に行く学生が多かったが、平日はビジネスマンやOLが行列を作る。無論、通学途中の学生も加わる。別に佐々木のばぁばと話せなくても良いそうで、レジで元気な姿を見られれば満足だそうだ。こんな好都合な客寄せが可能だとは思わなかった。確かにこんな便利な従業員を利用しない手はない。置いておくだけで客が寄ってくる。招き猫なんぞよりよほど効果があるようだ。これが、葵副店長が俺様に見せたかったもの。
レジ打ちが速いに越したことはない。言うまでもなく正確に、テキパキテキパキと客を処理していく必要がある。それが客へのサービスであり礼儀であり、客から求められているということは間違いあるまい。コンビニに限らずスーパーだろうがドラッグストアだろうが、レジに長蛇の列が出来ているのは宜しくない。急いでいる客からすればそれだけで不快この上ない。近年インターネットで購入した商品をコンビニで受け取るというサービスが一般化してきているが、その受け渡しに手間取っていばかりの店はいずれ客に諦められてしまう。この店は駄目だと。
けれども、目の前の光景もまやかしではないようだ。温かく迎えて、送り出してくれるばぁばのような存在に需要があって、それを目当てに、その人がいるからこの店を選ぶ。これも立派な店への貢献である。しかも最も模倣の難しい経営資源である。ちょっとした人気商品や話題になった商品は、気が付くと類似品が他のチェーンに堂々と並べられている。例えばとあるチェーンで、スプーンで食べないと崩れてしまうくらいに口溶けが柔らかいロールケーキが大ヒットすると、他チェーンも挙って同様の商品を開発した。どういうわけかパッケージまで似た感じで。そういうことが出来てしまうのだ、今の人間族の技術を持ってすれば。また、ものすご~く仕事のできる従業員というのは重宝するし貴重ではあるが、探し育てることがS級に困難かといえばそこまではいかない。どちらかといえば育てる側の問題、育て方の秀逸な人物こそが大きな可能性を秘めているのだが。では佐々木のばぁばのような人材は。周囲を見回せばいかに稀覯の存在か分かるはずだ。見様見真似でどうにか造り出せるというレベルの話ではない。
葵服店長は、これを見せたかったのだろうか。
バタンッ!!
「!!!」
「いや~、危なかったっす。決壊寸前でしたよ。もう、漏れそうで漏れそうで―」
どうやら無事のようだ。・・・いやそういう問題ではない。一体いつの間に便所へ駆け込んでいたのだ、コイツは。騒がしいというか下品というか、全く・・・
「ん、どうしたんすか、竹田さん。さ、行きましょう。あっ、何か買っていきます?別にいいっすか。え、トイレ行きます?行かない。分かりました。そしたら表に出ましょうか。僕の用事は済みましたから、無事にね。」
その後、喫茶店に入った。朝食を摂るという習慣はないのでコーヒーだけ頼んだはずなのだがパンと目玉焼きまでついてきた。へんてこりんなパンでこれはサンドイッチなのだろうか。マーガリンとあんこが挟んである。頼んでもいない物が出てきたのでマスターに下げさせようとすると、
「サービスですよ、食べちゃっていいんです。」と葵服店長。仕方なく食したのだが、その間も葵服店長は喋る喋る。仕事の話、テレビゲームの話、芸能、スポーツ、株、政治にテレビドラマ。沈黙を嫌ってのことか性分がそうさせるのかが知らないが、マホトーンを使っても封じ切れまいて。話の内容はともかくコーヒーのおかわりが自由というのは良いサービスである。そして、コンビニのコーヒーよりも美味であった。
で、行列に並んでいる俺様と葵服店長。何の行列かも分からぬままに。先日ワイドショーでやっていたのはパンケーキ、特番でやっていたのはラーメンだが、まだ、8時半・・・両者のどちらかであれば帰らせてもらおう。腹は減っていない。むしろパンパンだ。喫茶店のサンドイッチは思った以上にボリュームがあった。
「牙狼と北斗、どっち打ちます?」
「は?」
人間族の財布の紐が緩むのはいつだと思う。
「ルパンもいいっすね。結構連チャンするらしいっスよ。」
景気の良い時か、増税前か、給料日直後か。どれも正解だろう。
「100%(ヒャクパー)STならエヴァっすかね。」
心理を考えれば、予期せぬ臨時収入があった時に金を快く差し出す。
「俺は今日、『北斗』でいきます。甘じゃないっすよ、MAX勝負っす!」
例えばギャンブルでの勝利。そしてお手軽に楽しめるギャンブルの代表格がパチンコ、パチスロである。
「最近牙狼の50パーセントの壁が破れなくて。」
何故、コンビニのマガジンラックにはあんなに沢山のパチンコ雑誌が並んでいるのか疑問に思ったことはないだろうか。パッと見、同じような雑誌が4種も5種。その理由を説いてやろう。
「あのキュキュキュキュイーンの瞬間を―」
・・・
【3ーD ふたりで、とある休日 終】