おにぎりセールの限界
【3ーC おにぎりセールの限界】
『おにぎり100円セール』については以前も触れたことがあっただろうか。客に対して最も響き、店の売上に最も貢献するセールである。コンビニでは日々様々なセールやキャンペーンが実施されているが、おにぎりセールほど数字の動くものはあるまい。これを考えた人物はなかなかの切れ者かもしれない。おにぎりが手に取りやすい商品であること、100円という価格、朝食にも間食にも使える用途の広さから5日間のセール期間中、大きく販売が伸長する。加えてうちのチェーンでは前日から期間中にかけてテレビCMが流れるので普段おにぎりを買わない客や、そもそもあまりコンビニを利用しない顧客に対しても需要を喚起できているのかもしれない。
そして客は、丹念に品を見ている。セール中は150円未満のおにぎり全部が100円(税抜き)で買うことができる。
ここで余談というか、豆知識をひとつ。おにぎり100円セールの差額分、これは誰が埋めているのかということなのだが・・・つまり通常100円以上の値段で販売している商品を値下げして売ればその分利益は減ってしまう。セール期間中だけおにぎりの原価が安くなるなどということはない。それでは誰が補填しているのかということだが、実はチェーンによって異なる。うちのチェーンでは100パーセント本部が負担するという契約だそうで、100円で売っても定価で売った時と同じ利益となる。一方で差額を店と本部で折半するチェーンもある。どちらにしてもセールとはいえ好き放題に廃棄を出していては利益なんぞ出るはずもない。
手を抜いているわけではないし、特別客数が少ないわけでもない。弁当ケースの最も目に付く目線の棚を中心に展開。POPも忘れていないし、声かけ、おすすめ販売も実施している。しかしながら今回のおにぎり100円セール、売上げが芳しくないようだ。日中はどうだが知らないが、深夜帯で廃棄処分するおにぎりが相当な数(もうすぐ100ということもあった)に上っていることからも、発注と販売にかなりの乖離があることは間違いない。そしてどうやらこのおにぎりセールの不振は自店の前年比だけが悪いということではなく地区、ひいては全国的にセールの状況が悪いとのこと。自店前年比95.2パーセント、全国前年比93.7パーセント。一・大・事!だそうだ。ちなみに昨年も今年も雨は降っていない。それでこの前年比では頭を抱えるしかない。
夜、出勤すると定石通りボリュームを持った売場が飛び込んでくる。けれどそれも限度を超えると新しく納品があっても前の便の在庫が多すぎて売場に並べられないという事態に陥る。自店とて例外ではない。もちろんその後の発注で調整しているだろうが、これがやはり難しい。過剰廃棄は悪に違いないが、発注を減らしすぎれば店の電話がうなりを上げる。去年よりも少ない発注数でどうやって前年を上回るのか、と。だって・・・などということは許されない。深夜に捨てるおにぎりの数でその苦心が、文字通り手に取るように分かるのだ。
セールやキャンペーン、ことに売上げ貢献度の高いおにぎりセールともなれば、織田SVとの打合せや検証に多くの時間が費やされる。その打合せの時間、今回のように結果がついてこない時は実に長く感じることだろう。セールを前に日程の確認に始まり、品揃えの見直しや発注総数や販売目標を決め、前年比100パーセント超えを目指す。そんな準備の甲斐無く廃棄金額は嵩み、売上は前年を割り込むという始末。
この度は地獄を見ているはずだ。ざまぁみろ、と言ってやろうか。俺様を騙していた罰だと思って甘んじて受け入れるがいい。
「全国的に・・・ですか。」谷口店長は静かに聞き返した。その音吐はセール状況が悪い為か、はたまた自店だけではなかったという安心感のせいか。
「そうなんです。店舗とか地区というのではなく全国的におにぎりの販売が悪くなっています。」
「原因はなんでしょうか。テレビCMの本数が減ったとか・・・」
「いえ、これまで通りです。会議でも今回のセールに関して検証があったんですけれど、『飽き』に要因があるという結論に達しました。」
「毎月やっているわけでもないのに『飽き』ですか。」
「言い方を変えると『慣れ』ですかね。早急に手を打たないと、これまで以上にセールで売上を作ることは難しいというのが会社としての見解です。」
「手を打つ・・・ですか。宣伝を増やしたり、ですか。」
「いえ、宣伝、特にテレビCMはこれ以上増やせないと思います。現状あのシンプルこの上ないコマーシャルで1億円かかっているという話ですので。打開策としては売り方の工夫と、販売力のある新商品の投入というのが現実的な所だと思います。ボリューム陳列プラスアルファの売場作り、そして黙って置いておいても売り切れてしまうくらいの商品開発が急務だと言われています。現場、店勤務の皆さんの仕事としてはセールに限らず、日々の商品で売場作りの開発・研究といった所でしょうか。」
「現実は厳しく難しいですね――」
「そうですね・・・」
「い~らっしゃいませー!おにぎり100円ですよー。お買い得っ。いかがっすかー!」
無論、葵服店長の声である。
「お~、米山さん。酒のつまみにおにぎりはどうっすか。は~い、またお願いします。」
「さぁ、夕食、明日の朝食におにぎりはいかがっすか。今だけ100円、お得っすよ~!」
「普段は置いていないおにぎりもあります。どうぞ、ご利用下さーい!」
レジ打ちしながらおにぎりセールの声かけを欠かさない。どこで息継ぎをしているのやら。偉いと思う。いくら社員とはいえ、いくらおにぎりの在庫が多いとはいえ、22時から23時までの小一時間で若干声が枯れたのだから。俺様も釣られて声をかけてはいるが、凍てつく波動のようにかき消されてしまっていたことだろう。それほど店内に、22時を過ぎた小さな小売店に宣伝の声が響き渡っていた。それでも、大量に陳列されたおにぎりが満足いくレベルまで捌けることはなかった。それでも。それでも、である。
繰り返しになるが、俺様だって大なり小なり声は出している。嘘ではない。今だって――
「いらっしゃい・・・ま・・・せ・・・」
ズドゥンという音で、カウンターに置かれたカゴに相当の重量がかかっていることは見るまでもなく見当がついた。目の前にはカゴ一杯とまではいかないが、かなりの数のおにぎりが乱雑に入れられていた。早速会計を始めるのだが、全部100円(税抜き)の同じ値段だからといって1個だけスキャンして×(かける)○○個というようなレジ打ちはできない。これをやってしまうとおにぎりの在庫がおかしなことになってしまうのだ。つまり、何のおにぎりが何個売れたのかが分からなくなってしまう。ツナマヨが売れているのか鮭が好調なのか、はたまた梅かおかかか。どの具が売れていて、どのおにぎりがイマイチか。それがひと目で分からなければ検証ができないし、発注精度も著しく低下してしまう。だから、カゴに詰まったおにぎりを1個1個、ひとつひとつ手に取りながらスキャナーでバーコードをピッ、ピッ、ピッ・・・・・・・・・メンドイ、メンドイ、メンドイ・・・・・・
ただ・・・隣のレジに立っている葵服店長の嬉しそうな表情を見ると、仕方ないかという気にならんでもない。心の中でガッツポーズでもしているのだろう。努力が微細ながらも実るということは、人間族にとって良きことなのだろう。
消費者の飽きや慣れという習性はメーカーや小売りにとって恐怖の対象であると共に、逃れることのできない宿命である。既存の商品が、否、自社の柱や定番と言われる商品が他社の商品に取って代わられることはこの上なく恐ろしい。近年、コンビニの『棚』争奪戦は熾烈を極めている。狭い店舗の小さなスペースを我が手中に収めたい。できれば収め続けたい。だからマイナーチェンジを繰り返したり、新規商品を出して他社商品の入り込む余地を掻き消そうとする。消費者からすると何が変わったの?という変化でもパッケージに「NEW」というシールが貼ってあったり、
「○○○が生まれ変わりました。」と宣伝したり。なるほど、先日あった酒の新商品の狙いもそういうことか。セールやキャンペーンも同じこと。目新しさがなくなり、興味が薄れ、価値水準が下がる。そこに対して何も手を打たずこれまで通り、あわよくば大した努力もしないで(沢山のお金をかけないで)前回以上の売上げを目標にしたりすれば痛い目を見るのは予想に難しくない。それでもセールを打ち切れば前年比がガクンと落ちてしまう。それだけは避けねばならない。だから客の飽きが明らむ前に手を打たなくてはならない。失敗を恐れず、時にはダメと分かっていながらも手を打ち続けなくてはならないのだ。あのビールメーカーの様に。
【3ーC おにぎりセールの限界 終】