死神の俺様がコンビニでバイトしているが、何か
【3ーB 夜勤への宿題】
「竹田さん、葵くん、おはようございます。」
谷口店長が珍しく22時まで残っているということで嫌な予感はしていた。会社として過度な残業はNGということになっているはずだし、そもそも仕事が終わらないということはありえない。人間という低級種族ではないのだから。またひとつ面倒が増えるなと、上から何か指示があったなと、その勘が見事に的中した。あの谷口の全てを包み込むような笑顔ほど恐ろしいものはない。まずは社員同士で打合せ。PCの画面と紙ベースの資料も使いながら2人で何やら話している。谷口店長から葵服店長へ、日中織田SVから与えられた指示を伝えているようだ。淡々と話を進める谷口店長に対して、はい、はい、と素直に指示を脳内に消化していく葵副店長。打ち合わせは滞りなく進んだ。一応俺様にも、残念ながら関係することなので人間族とは比にならない聴力で盗み聞き。驚きはしない。小売業として当たり前のことだ。
「タッケダさ~ん!」
人の名前に小っちゃな「つ」をいれるんじゃないと思いつつ返事を返す。
「はい、どうでしたか、打合せは?」
「売上げ上げろ、だそうです。休憩時間の時にでも詳しく話しますね。資料もありますんで覚悟しておいて下さいね。は~~~、メンドイ、メンドイ・・・」
最後の一言は副店長の口癖で『面倒臭い』の略らしい。社会人としてあるまじき発言なのだが、さすがに店長やSVの前では使っていないので聞き流してやろう。俺様のことを信用しているのか舐めているのかは知らんが、社会人としてはまだまだ半熟だ。それはさておき、売上げを上げろ、か。言うは簡単だと谷口店長自身も分かっているはずだが、それをわざわざ夜勤に伝える。いい予感が働くはずはない。
「タッケダすぅわ~~ん。」
最早、文字で表すことすら困難な発音だ。ついでに言えば僅かにビブラートまで効いている。泣きそうな声で助けを求めるようにバックルームへ侵入してきた。俺様は休憩中だったが、別に飯を食うでもない。何をしていたわけでもないので、
「今、大丈夫っすか?休憩中申し訳ないんスけど。客もいないんで。」
「構いませんよ。売上げ上げろの件ですよね。」
「あざす(ありがとうございます)。したら(そうしましたら)、手短にいきゃすね(いきますね)。」そして俄かに目色が変わるのだ。これまでに幾度か目にしているのだが、人を惹きつけうというか、敵対している者までも引き入れてしまう不思議な目ヂカラがある。普段が普段なのでそのギャップから、スイッチが切り替わると回りの人間を大いに巻き込めるだけの空気を纏う。意図してかしないでかは分からんが、ようやく仕事モードへと切り替わるのだった。
「地区の取組み課題として、夜帯の売り上げがテーマとして挙げられました。客単価の高い夜帯の売上げを上げることで全体の底上げ、前年クリアを目指すということなんですけど・・・具体的な指示が少ないんですよね。弁当の品揃えを見直すとか、朝食需要を見込んでサンドイッチを充実させるとか、米離れの分をペストリーで補うとか。ほとんど思いつきですよね、織田SVの。上としてはこれで具体策を授けたつもりなんだろうけど、現場から言わせてもらうと武器としては脆弱なんですよね。こけたら全て廃棄になるの、分かってるのかな。分かっててリスク背負ったアドバイスしかできないんだろうな。売切る努力っ言ったって夜中は客がいないし、昼間の接客を夜にって言ったって、誰もいない店の中で声かけしてたら単なる馬鹿ですよ、ホント――でも自店の取り組みとして資料を提出しなくてはならなくて。そこで竹田さんに協力して頂きたいんです。谷口店長が、竹田さんに相談すれば何かアイデアを出してくれるかもしれないと言っていたので・・・というわけで、何かいいアイデアないっすかね~~~。」
最後まで集中力が続かなかったか。言葉遣いに途中からボロが出てしまった。
「そうですか。少し時間を頂きたいですね。資料提出の期限はいつですか。」
「月曜に提出なので今週いっぱいです。」
3日か・・・本部も随分と焦っているようだ。単純に考えれば人口が減れば小売の売上げも落ちる。それに反抗するというのだから簡単に答えが見つかるものでも導き出せるものでもあるまいて。
「分かりました。考えてみます。」
「お願いしゃす。じゃあ、後日アイデア持ち寄りということで。」
「分かりました。」
朝方、自宅に戻り考えてみた。深夜帯に売込みは難しい。これは葵副店長の言う通りだ。客単価が高いとはいえ、ピークを終えてしまえばそもそも客が来ないのだから。それと客単価が高いからといって財布の紐が緩いということではない。要は朝飯と夕飯のどちらに多くの金をかけるかとういこと。各自の頭の中に予算が組み込まれていることに変わりはない。また、朝食を抜く人間族はいるが夕飯を食べない者は多くないはずである。では昼と夜の違い、夜の強みは何かといえば、アルコールが売れるということ。けれども取組みに酒を入れるのは好ましくなかろう。それに勧めたからといって販売の伸びる品かと問われれば難しい。価格面ではドラッグストアや専門店に引けを取る。品揃えに関しても同様。加えて、間違って未成年のガキに売ってみろ。大問題もいいところだ。そうだな、夕方から遠ざかるほどに顧客の平均年齢は高くなる。そして誰しも皆、逸早く家に帰りたい、一日を終えたいという心境で店を訪れている。買い物を楽しんでという奴は少ない。とにかく早く家に帰りたいと思いながらわざわざコンビニに足を運んでいるのだ。お風呂に入りたい、テレビ始まっちまう、眠~い等々、この時間帯の客が考えていることはこの程度。それならば、望み通り早く帰らせてやればいいのだ。こっちだって暇じゃない。レジ打ちの時間が短くなるに越したことはない。利害が一致した。最小限の時間で事を済ませば宜しい。
ターゲットは商圏内において、22時~23時に店仕舞いする営業所。近隣のスーパーは21時で営業を終えるので、食料を購入するには自宅の冷蔵庫かコンビニ、あるいは24h営業の牛丼店。夜帯は客数が大きく減少すると同時に、競合店の数も削減される。一人暮らしで料理ができない、もしくは帰宅しても調理する気力が残っていない者にとっては死活問題である。そこの需要に対してアプローチできれば売上になるのではないか、というのが俺様の答弁である。さすがに配達までは手が回らないので、予約と店での取り置きという形式になるだろう。予約であれば廃棄が嵩む心配もない。果たしてこの案が採用されるかどうかは知ったことではないが、下準備くらいはしておいてやるか。ただ店で待っていても予約など取れはしない。店内でチラシを配ったりPOPで告知しても同様。店から出て初めて期待が持てる。人間族であれば1件1件訪問したり電話をしたりするのだろうが、そこは死神。俺様の目をもってすれば建物内の人の動きなどどうにでも調べがつく。可能性のありそうな所に目星をつけておいて、あとは昼間の人間に訪問させればいいだろう。俺様が手を貸すのはここまで。詳細は店長と副店長で詰めることだろう。俺様はあくまでアルバイト。本部社員の取組みにまで首を突っ込むつもりはない。
誤算だ。結局、面倒事が増えてしまった。
俺様の目で確認した22時以降も人の動いている事業所に谷口店長が予約を取りに行ったそうだ。手ぶらでの御用聞きではなく、店のPCとプリンターで弁当と惣菜の予約表(写真付)を作って持っていったという。この辺は抜かりない。パチンコ店、不動産、菓子製造工場や鉄道部品工場など。その場で予約を取るというスタンスではなく、こんなサービスやっていますという告知、お知らせという心意気で足を運んだと言っていた。その結果どうなったか。成果は即座に出るものではないというのは言わずもがな。また次の機会にでも話してやろう。
仕事で帰りが遅くなってとか、たまにはコンビニの弁当でもとか理由は何でもいいのだが、何を食べるかも特に決めることなく最大限までストライクゾーンを広げた状態でコンビニに入ってみたら弁当が何もない、という経験が誰しもあるだろう。入口から正面に見える弁当ケースが見事にスカスカ。
「なんだよ~、何も無いじゃんかー。」と心の中で文句を垂れながらサンドイッチでもおにぎりでも、パスタでも惣菜でも、最悪カップラーメンでもと食べられるものを探す。拡大したストライクゾーンはもうボール球でも大暴投でも呑み込んでしまう。そして大なり小なり店の信頼が失墜する。この店は品揃えが悪い。この時間帯は弁当がない。店に行っても食べられるものがない。それならば他の店に行くか。こうして客と店を結んでいた導線が断ち切られ客足が遠のいていく。売りげが落ちていく。もしも他店が客の欲求を満たしてしまえば戻ってくることはない。
例えば一回の買い物で500円使う客がいたとしよう。月に20日回を利用すると1ヶ月で壱万円落としてくれる。1ヶ月でたかだか壱万円であるが、これが10人、20人となると馬鹿にならない数字になってくる。いかに常連客が店の売上げを左右するかの一端である。では何故、店側は悪循環を招くにもかかわらず機会損失を出してしまうのか。店のオーナー、店長だって、好きで弁当ケースをスカスカにしているわけではない。
自店では弁当などの米飯1便納品が21時30分である。夜の小ラッシュに納品時間が間に合うのはなかなかの幸運。もし売れ残っても、どうにか朝方の販売にて挽回できるチャンスがある。しあkしこの2回の販売チャンスをものにできないと廃棄処分が待っている。残念ながら弁当の売れるチャンスの最も大きい昼ピークまでは鮮度が持たない。ここが発注担当者の悩み所。夜も朝も弁当が大きく動く時間とは言い難いのだ。占いではないが、売れる時もあれば売れない時もある。売れた経験もあるし痛い目を見たこともある。にもかかわらずオーナーの頭を過ぎるのは廃棄金額のことばかり。弁当だから金額は当然デカい。最近コンビニ弁当の値段が上がった、ワンコインでは買えないじゃないか、と感じたことはないだろうか。高品質&高価格で売上を伸ばすという戦略が誤りということはない。けれども廃棄処分の金額も大きくなる点も加味して真剣に考察したかは定かでない。価格のマトリックスを見て見ぬふりして政策を押し通しはしなかっただろうか。店の発注は、廃棄の恐怖に負ければ消極的になってしまう。
ちなみに、ではあるが、実は夜帯の売上げを上げること自体はさして難しいことではない。ぶん殴るぞと思った者もいるかと思うが、もう少し聞くが良い。弁当の発注数を増やせばほぼ間違いなく売上はアップするだろう。ただし察しの通り、利益を上げることは容易でない。過剰な廃棄はいとも簡単に利益を吹き飛ばしてしまう。
廃棄を出すことなく確実に販売を伸ばす方法、それが予約である。今回の活動報告は別の機会にするとして、奇妙だったことは夜帯に弁当がないという店側の悪を客が「致し方ない」と理解を示していたことだ。そして「我が意を得たり」ではなかろうが、弁当を予約する客が複数人存在した。客の立場からすると、何時になろうと確実に食料を確保できることが便利だということだった。最近はお食事配達なるものも流行っているが、夜の遅い時間は利用できない。弁当と合わせてサラダや惣菜を予約する客もいた。結果だけ言えば大きな金額ではないが、夜帯の利益向上には成功した。
愚かな失敗例も教えておくか。同地区の直営店で無闇矢鱈と発注を増やした店舗は廃棄が膨れ、売上げアップ・利益ダウンという絵に描いたような悲劇を生み出したそうな。
「うふふふ・・・葵 蒼太くんか――面白い子。入社時の筆記試験は満点。あれって、満点とれるような試験だったかな~。何でコンビニエンスストアを就職先に選んだんだろう。就職活動がうまくいかなかったのかな。でも面接ウケは良さそうだし、大学も随分といいところ。国立大生か。アッタマいいんだ。それとは不釣合なあの性格。掘ったら色々と出てきそうだなー。」
【3-B 夜勤への宿題 終】