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セーフティーステーションとは俺の土俵なり

      【2ーLAST セーフティーステーション ~ 俺様の土俵、そして・・・】


 「竹しゃ~ん、ジュース買いに来たよーん!」いちいち現状報告を口にしながら店に入ってくるなというのだ。水谷さんの予言通り、3人組が元気に現れた。剛、翔、拳である。がっちりした体格の剛、可愛らしい顔をした翔、お調子者の拳。保護者会とやらがあるということで小学校は午前授業、3人組がやってくるかもね、ということだった。うむ、的中!してしまった。やれやれである。谷口店長はバックルームでPCを打ちながら微笑み、水谷さんはレジ回りの仕事をこなしながら俺様を3人組への生贄とした。死神という立場上、人間族に嫌われることはあっても(なつ)かれるなどということは考えてもみなかった。夢にも思わなかった。


 「竹しゃん。俺、炭酸がいいな。」

 まずは剛からのリクエスト。

「じゃあ、こっから。この棚から選ぶんだ。」

「竹しゃん、僕はスポドリ!」

 続いて拳だ。

「ん、ああ、スポーツドリンクな。あまり種類は多くないが、この棚は全部スポーツ・・・スポドリだ。」

「竹しゃん、僕は、僕はね・・・」

 内気な翔は自分の思いを伝えるまでいつも少し間が空く。それでも俺様は待つ。必ず意思を表示するからだ。剛と拳も同様。悪くない3人組だと思う。こういうのを親友というの・・・違う!何、甘いことを抜かしているのか。いつもイライラしながら注文を待ってやるのだ。

「僕はね、お茶がいいな。」

「よし、一緒に選ぼう。ゆっくりでいいぞ。緑茶、麦茶、烏龍茶、ちょっと洒落た紅茶もあるぞ。こいつは微糖、少し甘い。無糖は甘くないやつだ。」

 

 死を覚悟した人間の目は、人の話を聞き流し、生を諦めているので輝きを失っている。しかし子供は違う。話を聞きながら、無論、己の興味ある話題に限定されるが、自らの意思を、選択を、次の一手を必死に考える。未来に胸を躍らせる。だから俺様の話に耳を傾けるのだろうか。


 ようやく翔の飲み物がピーチティー(可愛いではないか)に決まった時、剛が横槍を入れてきた。

「竹しゃん、コレ何だ?」

「コラコラ、それはビールだ。父ちゃんが飲んでないか?」

「違う違う、この『象』だよ。」

「象?」剛が指差したのは、リーチインケースのガラスに貼ってあるステッカー。確かに象だ。二本足で立つマスコットキャラ。あまり気にしたことはなかったのだが、まぁ、質問には答えてやろう。

「ふむ、象・・・長鼻目ぞう科。陸に住む動物の中で体は最大・・・」

「???」3人の頭の上に大きなクエスチョンマークが浮き出たところで谷口店長がヘルプを入れてくれた。3人組は満足気な様子で店を出ていった。


                      

                       〈セーフティーステーション〉

 CVSがお客様への良質な商品・サービスに加え、地域の皆さん・国・地方自治体のご協力のもと社会的責任の一環として「安心・安全なまちづくり」並びに「青少年環境の健全化」へ取り組む自主的な活動。

・防犯・防災対策

・安全対策 ~ 女性・子供の駆け込み対応 etc...



 「地域社会が地域社会として機能しなくなってしまった、と言えるのかもしれませんね。地域で子供を見守るにはあまりに人と人との心の距離が離れてしまいました。だからセーフティーステーションという役割が求められるのだと思います。女性や子供の駆け込み対応。24時間開いていて、誰でも入店可能はコンビニエンスストアはもってこいというわけですね。」

 どんな質問をしたのかも忘れてしまった。谷口店長はセーフティーステーションについて、人間族への皮肉ともとれる発言とともに説明してくれた。とはいえ武芸に秀でているとは思えないコイツらに守衛の役割を担わせるのはどうなのだろうか。こちらにも女・子供がいるのだが。


 

 ※本日14時頃、○○市にて・・・・・・・・・・・

  警察は連日操作を続けているものの未だ犯人逮捕には・・・・・・・・・

  近隣にお住まいの方は細心の注意を払って下さい。以上、ラジオニュースでした。



 断っておくが、セーフティーステーションの話題が出たからといって、早々に該当する事件が起こるはずもない。直近で起こった事といえば・・・


1 梅雨入りした ~ 詳しくは知らんが要するに雨季ということだろう。週間予報を確認しても曇りと雨しかない。特に雨が嫌いなわけではないので問題ないが、どうやら客足には悪影響があるようだ。


2 客が滑った ~ その雨のせいで床が滑りやすくなっている。そこを厚底サンダルで入店してきたギャルがツルッと滑った。

「超痛いんですけどー。」などと言っていたが、思いっきり知らぬふりをしてやった。床のモップがけは済ましてあった、10分ほど前に。『滑りやすくなっています。転倒注意』。の看板も出してある。何か文句を言ってきたらボコボコにしてやるところだったが、特に何も起こらなかった。俺様は、バカが嫌いだ。


3 バターがなくなった ~ 突然バターの発注がストップされた。ついこの間、昨年末も同様のことが起こった。政府は輸入で対応するという。遅くね?


4 Re:I am ~ 人間族の歌というものに興味はなかったのだが、こちらの世界に落ちてきて思わず聞き入ってしまう曲に幾つかめぐり合うことができた。声に惹かれる。一度死んで生き返ったような、不思議な魅力を感じられる声だと思う。嬉しい誤算といえよう。エメ・・・か。Re:I am・・・できるだろうか。


5 虫が多い ~ ()っこいやつが。どっから湧いてくるのかしらんが、よくよく見れは陳列棚にも虫の死骸がちらほらと。ちょっと掃除をサボれば悲惨なことになってしまうだろう。

 

 セーフティーステーションどころかコンビニ経営からも遠ざかっていきそうなので、この辺でやめておこう。



 雨の強い日だった。予報通り一日中、雨。時に店内でもはっきりと雨音が聞こえるほど強く降る時間帯もあった。軽めの昼ピークが終わり、売上本点検を済ませ、客数の少ないのんびりとした午後を過ごしていた。店内BGMが心を落ち着かせる。床掃除をいつもより時間をかけて行い、発注を通常よりも慎重にこなし、フェイスアップをしながら3便の納品を待っている穏やかな午後、となるはずだった。

 経験の浅い、もしくは人手不足、または育成・教育不足のみてとれるコンビニ経営者は時間的余裕が限られてしまう。自分が店にいないと回らないのだ。直営店については勤務時間の兼ね合いもあり拘束時間が長い。詰まる所、店にず~っといるのだ。だから天候気温については常時頭に叩き込まれているにもかかわらず、ニュースに疎い傾きがある。新聞の一面やテレビのトップニュースとして流される事柄ならばまだしも、そこまでが精一杯というオーナーは多い。紙面の片隅にある記事やラジオから流れる警報にまで意識が向かなくなってしまう。24時間年中無休のコンビニエンスストアだ、経営者の頭が店から離れることはないのかもしれない。元から人間族の事件なんぞに関心のない死神ならばなおさらだ。



 ※続報です。・・・

  依然として犯人は逃走を続けており、特に小さなお子様には注意が必要です・・・

  身長が165センチくらい、中肉中背で黒いキャップを・・・



 「た・・・たけ・・・しゃん。」

 直に3便の納品時間ということでトラックのエンジン音に耳を傾けながらフェイスアップをしていた俺様の耳に消え入りそうな弱々しい声が届けられた。耳を澄ませていなければ聞き逃していたかも・・・いや、死神の耳だ、聞き逃すことなどありえはしないのだが、反応は遅れたかもしれない。

「どうした、元気がないな。」

 背中越しの声に首だけ振り向くと、声の主は剛だった。あの剛には似つかわしくないか細い声。学校帰りだろうか、ランドセルを背負った姿で今にも泣き出しそう。常日頃の元気いっぱい、生意気で活きゝとした表情はなく、翔と拳の姿も見られなかった。剛から反応がない。剛が言葉を続けられない。

「んっ?」

 嫌な予感がした。俺様なりの優しい笑顔で剛の目の前にしゃがみこみ頭に手を当ててやると、目の焦点も合わない剛は黙ったまま店の外、駐車場を指差した。その先には腰を抜かして座り込んだ拳の姿と、そこから3.7メートル離れた駐車場のど真ん中に顔面蒼白の翔。加えて、翔を背後から抱え込んでいる43才の男。

「あの男は誰だ?」剛に尋ねた。

「分からない・・・」首を横に振る剛。

「翔を助けて、竹しゃん。」

 絞り出された声。恐怖に硬直する体に鞭打って助けを求めに来たのだろう。

「任せておけ、大丈夫だ。」

 偉いぞ、剛。片付いたら炭酸飲料をおごってやるからな。その時の俺様の笑顔は多分、今までで一番自然な笑顔だったのではないだろうか。谷口店長が見たら手を叩いて喜んだかもしれないな。


 扉が開くのもじれったかったのですり抜けてしまったが、誰にも見られていないので問題なかろう。ん、カメラか。あとからデータを修正しておこう。それよりもだ・・・翔。可愛らしい顔が涙でグシャグシャになっているではないか。男だろう、そう簡単に泣くもんじゃない。やられたらやり返せ。やられる前にやれ。自分の身も守れないようでは他人を守ることなどできまいて。とはいえまだ小学生、仕方ないか。待っていろ、すぐに俺が助けてやる。背後の男を、殺してやる。

 

 「竹しゃん・・・」

「翔、待たせたな。今助けてやる。」

「ンダ、テメェ!アッチイケヨ!!」呂律(ろれつ)が回っていない。酔っ払っているのかドラッグか。俺様は翔の目の前まで歩いていき、翔を抱え込んでいる男の両腕に優しく触れた。手に灯すは死神の炎。男は驚きの声をあげて手を離した。同時に翔が抱きついてきた。俺様は抱きしめてやるかわりに翔の耳元で、店に入ってろ、と告げた。走っていく翔、拳も一緒に駆け込んだ。

「ナニスンダヨー、テンメェー!」腕にはくっきり火傷の跡が残っている。ざまあみろ。そして冥土の土産に奴の問いに答えてやることにした。

「死神だよ。」俺様がこの左指をスナップさせれば奴は事切れる。その時だった。

「ローグ!!!」

「!!」言葉も発せずに振り返るとそこに立っていたのは谷口店長だった。何故俺の名前を知っている。



 「何で竹しゃんもパトカーに乗ってったの?」

「竹田さんからお話を聞きたいんですって。大丈夫、竹しゃんはすぐに戻ってくるわよ。」

「本当?」

「本当。」

 ローグ、必ず戻ってきなさい。貴方を待っている人間族がいるのよ。帰ってきて、これまで通り人間として働きなさい。


 谷口店長、いや、あの死神・・・一体何者だ。俺の名を知っているということは、俺に近しい誰か・・・か。さて・・・と、これからどうする・・・か―――


           【2-LAST セーフティーステーション ~ 俺様の土俵、そして・・・ 終】

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