宅配が届けるもの、終曲が届けるもの
【2ーD 宅配が届けるもの、終曲が届けるもの】
今、俺様は車を運転している。人間界に落とされた際、付属品として付いていたのだが、仕事で使うことになるとは思わなかった。事故を起こすと面倒なので休日の今日、練習中だ。
数日前のこと。
「ねぇねぇ、竹田さん。竹田さんって車もってますか?」
唐突な質問かつ予想だにしていない内容だったため返答に困ってしまった。
「エッ、あ、はい。もってますけど・・・」
「それって仕事で使うことできますか?」
ド直球に回答を求める姿勢は我が強いというかひたすらに一直線というか。とりあえず断る理由はない。
「別に構いませんよ。必要なら店まで乗ってきますし。」
「本当ですか、ありがとうございます。詳細が決まったらまたお伝えしますけど、荷物とか乗っけても平気ですか。」
とにかく自分の要望を通そうとする。その為に自分の意思や、自分の持っている情報を差し出してくる。
「大きな車ではないので沢山は乗りませんけれど、問題ありません。」
「おお、そうしたら万事OKですね。助かるな~。実はですね、配達するんです!」
嬉しそうに次なる使命を報告しくさった。次から次へと、仕事に事欠かない店舗であることよ。
ほんの10年前までは、コンビニが配達サービスを行うなどとういことは考えられなかった。チェーンによってはたとえ客から依頼があったとしても配達を禁止していた。確実な売上になる、にもかかわらずだ。何故か。理由のひとつは店内体制にこそ力を入れなくてはならないから。当時はまだまだ店外へ向かえる状況ではなかった。もうひとつは需要が少なかった為。換言すれば今ほど時間というものが高い価値を有していなかったということ。今ほど時間短縮の手段が多様ではなかった。コンビニだけではない。あのハンバーガーショップですらデリバリーサービスをする時代。ピザ屋のようなデリバリー専門店ではないのに、デリバリーの牙城を揺るがそうというのだ。それだけ小売業にとって厳しい時代。ただし配達、配達と口で言うのは簡単だが、事態はそう単純ではない。そもそも利益最大化の為にギリギリの人件費で店舗運営をしているのだ、外に出ること自体難しい。その場×2単発の配達業務ではなく、継続した配達体制を生み出すべくこの辺りを自店でもより詰めていかねばなるまい。とはいえ、まずは直営店で配達だそうだ。
「配達先は『ちろるの山』。老人ホームです。」いわゆる配達車として俺様の車を利用する訳だ。多分上からの指示だろう。直営店としての役割、まずはやってみろと。ただし谷口店長を動かした原因はそれだけではあるまい。彼女はもう少し緻密で計算深く、言い方は悪いが腹黒い。商売にはこれらも欠かせないものなのだろう。バカ正直なだけでやっていくには、人間族の経済は複雑になりすぎた。
まず老人ホームを選んだ理由であるが、こちらから出向かなければ自店の顧客になりえない対象だったこと。ここから『ちろるの山』までは車で10分。老人の足で歩くにはやや遠い。そもそも単独で外を出歩くことは許可されていないか。その者たちを客として取り込めれば確かなプラス要因になる。
もうひとつは配達先が個人ではないこと。自店はまだまだ店内体制の整備が満足いく所まで進んでいないと、谷口店長は考えている様子。だがしかしそれを織田SVに報告しても、いつまでにできますか、と問い返されるのがオチだろう。まだ配達に手を出したくないというのが本音だが、やらねばならぬのならと、効率の良い集団を客として選んだのだ。個々の配達依頼に細々と応じることは今のうちでは難しい。配達先の選択として正しかろう。
昼ピーク後、売上の本点検を終えた俺様と谷口店長は、車で老人ホーム『ちろるの山』へ出発した。どういうネーミングセンスをしているのだとも感じていたが、お得意様になる可能性もあるのだろうから黙っておいた。しかし、まぁ、駄菓子的な名称だ。ちなみに店の方はパート2名に任せている。夕方までは客数の少ない時間帯であるし、その内のひとりが水谷さんということで問題あるまい。もしかしたら通常業務+αまでこなしているかもしれない。水谷さんとはそういう人物だ。
車内にて。
「一応、注文のあったものは準備したけど、これで足りるのかしら。」
「あちらが何名くらい買い物されるか分かると助かるんですけどね。」
「そうですね。聞いておけばよかったわ。」
積んである商品は大した量ではないが、ジジババ相手であれば十分事足りるだろう。菓子にカップラーメン、パン、タバコ、ソフトドリンク。原則日持ちする物への注文が多かったのだが、はてさて、一体どんな訪問販売になるのか。そうだな、配達というよりは訪問販売に近いのだろうな。その分会計もイチから現地で行わなければならないのは手間である。
老人ホーム『ちろるの山』に到着した俺様と谷口店長は、ひとまず受付へ挨拶に向かった。するとそのまま会場へ案内されてしまった。一度車へ商品を取りに戻り、改めて会場へ。そこはいわゆる室内遊戯場というところなのだろうか。ガラーンとした小型体育館の様な場所へ通された。床も壁も木目調の、シンプルかつ清潔感のある空間に長机が4つ準備されている。
「それではこちらで準備の方を宜しくお願いします。ただいま呼んで参りますので。」
こちら側の主な事前準備は3つ。まずは電卓。ちょっと大き目のものが良かろう。店員はもちろん客も一緒に金額を確認し、つまらない間違いをなくすこと。どんな状況であろうと金が行き来する限りたった1円、消費税分の間違いも許されないのだ。
2つ目は釣り銭。特に小銭だ。まさか店からレジスターを店から運んでくるわけにもいかないので即席のレジカウンターを作らねばならないのだ。十分な小銭を用意しておかなくては非常に面倒なことになる。
そしてラベル。値札だ。こいつは少し手間がかかるが商品ひとつひとつにラベラーで値段を貼り付けておくと客にとって分かり易いし、こちらとしても精算時に間違いが少なくなる。逆にラベルがないと戸惑い手間取りの元になる。タバコには貼らない方がbetterだが、それ位の価格は頭の中に入るだろう、いくら低能な人間族とはいえ。どうしても心配ならカンニングペーパーでも用意しておくことだ。最低限この3つを抜からなければ大きな混乱は避けられるだろう。
見くびっていた。舐めていた。もっとヨボヨボだと思っていた。ボチボチ俺様の世話になるだろう人間族が雁首揃えているものだとばかり考えていた。実に元気じゃねぇか。ぞろぞろ入ってくるなり異様な熱気に包まれる室内遊戯場。怪我防止の為か歳のせいか、歩く速度は確かに遅いがその目の輝きは炯々(けいけい)としていた。どこか子供たち、あの悪ガキ3人組を思い出させる。
「あらま~、こんにちは。」の挨拶を皮切りにどいつもこいつも喋るは喋る、動くは動く。分からない商品や欲しいものについてどんどん問い合せてくるから必然的にこちらも巻き込まれてしまう。加えて耳が遠いのだろう、声がデカい、響く、やかましい。ものの見事にこの小型体育館に反響するからたまったものではない。そこに割って入って笑顔で応対、接客できる谷口店長は、根っから小売業が好きなのだと思う。テキパキと質問に答え、あろうことか雑談にまでお付き合いしてらっしゃる。俺様の表情は引きつって、作り笑顔で精一杯だというのに。
盛興ということで良いとは思うのだが、たかだか一時間の接客で随分と疲れてしまった。
「皆さん、とてもお元気でしたね。」
「ええ、本当に・・・こっちの元気が吸い取られてしまうくらいに――」俺様は素直な感想を吐き出した。
「ま~た竹田さんはそんなことを言って・・・」そういう谷口店長の顔には満足気な笑顔が浮かんでいた。今回限りの訪問販売に終わるのではなく、今後に結びつく手応えを感じたからだろう。2週間後、再び訪問販売を行う約束を取り付けていた。
今回の反省点としては、何がいくつ売れたかしっかりと確認できるようにしておかなくてはならなかったことか。店のレジスターを通さないので在庫の実数とGOTの数字が合わなくなってしまう。品減りになることはないが発注がやりづらくなるし下手すると誤発注につながってしまう。店に戻ったらきっちりと修正しておかねばなるまい。それ以外は大体うまくいったのではなかろうか。そんな満足感に浸りながら店へと車を走らせる。
車内のラジオからは、不審者による子供の被害がこの近隣で複数起きているというニュースが流れていたが、特に気に止めることはなかった。この時は。
数日後、店に複数枚の手紙が届いた。わざわざ老人ホームのスタッフの人間が持ってきた。『ちろるの山』からだ。代表者が執筆すればよいものを、ご丁寧に各々が認めたのか、全部で13通もある。手紙が届くや否や店長は目を輝かせて読み耽っている。
「こういうお手紙の中に売上を伸ばすチャンスが眠っているものなんです。」などと言う割には鼻歌交じりにじっくり、ゆっくり読んでいる。素直に嬉しいのだろう。商売のヒントなど探していまい。売上アップの手がかりを狙っているというよりは、思い出を反芻している体だった。そして、俺様にも目を通せというから面倒である。
『先日はお忙しい中お越し頂き、どうもありがとうございました。若いお二人から元気まで頂戴し若返った気がします。ぜひまたいらして下さい。』
ふむ、病は気から。若返りは完全な勘違いではあるが、悪い間違いではあるまいて。
『足が悪くてなかなか外に出歩けない私の為にわざわざいらしてもらい感謝致しますが、次回はぜひプディングを持ってきて頂けると嬉しいかなと存じます、というのも、お恥ずかしい話、私、昔からプディングが大好きでございまして、若い頃は自分で作ったりも・・・(略)。』
長い。それと文章を切れ。何より貴様のために出張販売をしたつもりは毛頭ないのだがな。とはいえ、だ。温度管理を要する商品の販売ができればアイテムの幅はウンと広がる。常温帯だけではなくチルド管理のものまで持ち出せれば需要は拡大することだろう。
『カップラーメンを初めて食べましたが、意外と美味しいものですね。思っていたよりも複雑な味というか、驚きでした。お湯を注ぐだけでこれだけのものができるとは。今度は別のラーメンを食べてみたいと思っております。』
こっちも驚きだ。そうか、その年で初体験とはさぞかし嬉しい刺激だったことだろう。高齢者とカップラーメン。意外と思われる組み合わせがウケることもあるようだ。
『歯が悪いとおせんべいを食べるのも大変なのですが、やっぱりおいしいですね。今でこそおせんべい屋さんは少なくなってしまいましたが、昔はおせんべい屋さんから香ばしい匂いが漂って、焼きたてのおせんべいをいただくことができたんですよ。そんな幼い日のことを思い出しました。ただね、長い年月が経過しまして、入れ歯なんですよ、私。その隙間にものが入ると痛くて痛くて厄介なのです。もしもそちらのお店にバリバリとした柔らかいおせんべいがあればお願いしたいものです。』
無理だ。そもそも柔らかいものにバリバリという擬音は使わない。堅いやつか柔らかい方かどっちかにしてくれ。それと俺様、せんべいは食えん。従ってどれが美味いとか柔らかいとかは分からん。さらに奇遇なことに谷口店長もせんべいが食えないと言っていたな。仕方ない、GOTで売れ筋を確認して持っていくことにするか。
『タバコね、タバコ。タバコだけあれば良いからさ、1箱、2箱じゃなくてカートンでよろしく頼むわ、カートンで。ただね~、宮内さんがうるさいのよ、宮内さんが。体に悪いとか、吸いすぎだとか、換気扇を回せとか。細かいことを細々と、私だって子供じゃないんだから、まったく。だから今度はバレないように持ってきてよ。』
だから無理を言うんじゃない。バレないように訪問販売はできんだろう。それと、吸い過ぎは宮内さんの言う通り体に良くないぞ・・・宮内って、誰だよ。
『お茶だけでなく、お酒が欲しい。ビールもいいのですが、ワインが私の好みです。ピノ・ノワールをご存知でしょうか。これをそちらの商品リストに載せてくださいな。』
だから、酒やタバコの類は老人ホームを通して注文してくれ。それこそ宮内とか言う奴に言ってくれ。それならば持って行ってやることもできようが、ピノなんとかというワインは見たことがない。アイスケースにピノはあった気がするが、ウチは酒屋ではない。ネットか何かで注文してくれ。
『パンの美味しさに驚きました。とてもおいしい。これでフランスパンがあれば尚良しかと思われます。』
フム、そういえばコンビニでフランスパンというのはなかなか見かけないな。パン屋しか置かないものなのか。それとも作り方が難しいのか、デカいからか。ま、せんべいを食えない者にフランスパンは難しいと思うが。
ニンマリする俺様の横顔を盗み見て満足気な笑顔を浮かべる谷口店長。ま、気付かぬふりをしておいてやろうか。
【2ーD 宅配が届けるもの、終曲が届けるもの 終】