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女性誌取り組みの巻

 【2ーC 女性誌の取組みなのだが、商品価値が全く分からん】


『行きつけの本屋』というものがあるだろうか。ここの本屋の品揃えがちょっとという不満を覚えたことはあるだろうか。それとも本屋などあろうとなかろうと自分の人生に何ら影響はないだろうか。

 人間界では年々本屋が減っているとのこと。小さな町の本屋は次々と姿を消し、新しく本屋が建てられることもない。それはそうだろう、供給は需要を土台に作られるもの。時代は移りゆく。娯楽の選択肢は倍増、活字を扱う媒体も紙ベースが主軸とは言い難くなってきた。本屋側からしたって経済的にやっていけるのか、儲かるのか、成長が見込めるのかという不安もあろう。期待が持てないのだ。夢が持てないのだ。先が見えないのだ。かつてこの国には歩きながら書物を読み(ふけ)る二宮金次郎という人物も存在したというが、今や本は電子機器に姿を変えてしまった。歩きながら自転車に乗りながら、電車で車で。別に人間族相手に助言も説教もするつもりは毛頭ないのだが、あれはやめたほうが良い。事故につながるとかそういうことは知ったことではないが、知能指数が低下する可能性が否定できない。思考能力と独自性の発育に悪影響を与え、集中力の高まりを妨げる。結果バカになる。あと見ていて不快というか、格好悪いという事実に気が付かないのだろうか。全くもってスマートではない。



 雑誌とかコミックは、コンビニで取り扱う商品の中では比較的管理しやすいアイテムだといえる。売れ残った雑誌は返品することができるからだ。発売日から一定の日数が経つと返本することができるので、弁当やカウンター商品のような廃棄ロスが出ないのだ。まぁ、この返本制度に関しては問題もあるのだが、店舗側としては売れた分だけ店の利益になるのだからなかなか美味しい話には違いない。ただし本当に売れる雑誌、毎週30冊も売れる週刊誌というのはごく一部の少年誌だけなのだが。

 

 バックルームで織田SVと谷口店長との間で打ち合わせがなされている。コンビニが町の本屋さんになるとか何とか・・・それは無理だ。たかだか百種前後の取り扱いでそんなデカいことを言うのは本屋に対して失礼極まりない。それならばネットの書籍販売の方が超がつくほど沢山の本を揃えることができよう。それでも本屋と違って手に取ることはできないし、自由に立ち読みすることもできない。偶然の出会いも運命の巡り合いも極端に少なくなってしまうだろう。尤も、それで構わないという人間族の答えが本屋減少に結びついているわけなのだが。

 それを踏まえた上で、良いとこどりという展開は可能だ。ロスの危険性なく売上を上げられるかもしれない。悪い話ではない。俺様の仕事が増えなければの話だが・・・



 ・・・増えた。

 「『定期改正』ですか・・・」俺様と谷口店長はバックルームにて雑誌に関する打ち合わせを進めていた。

「はい。雑誌、コミック類は原則自動納品です。黙っていれば決められた日に決められた冊数が深夜に納品されます。でもこの『定期改正』を使えば少しだけですが、こちらで手を加えることができます。」谷口店長はクルリと背を向けてSCの画面を開いた。

「1つは取り扱う商品について。例えばお客様からお店にない本を仕入れて欲しいという要望があった場合、この画面で納品可能かどうか調べることができます。ほら、結構多いでしょう。これだけの雑誌を仕入れることができるんですよ。こういう風にタイトルが上がってくれば納品可能です。納品日もここに出ていますのでお渡し日をお客様に伝えて下さい。ウチで取り扱っていなければ『×』が付いていますので、これをクリックして『○』にすれば次回から自動納品されるわけです。・・・ワッ、この少女雑誌懐かしいな~、小さい頃によく読んでたんですよ。お姉ちゃんと一緒にお小遣いを出し合って・・・」

 

 小さなことからコツコツと、というのは大事だ。しかしだ、谷口よ。小さすぎる。雑誌の取り寄せに関する問い合わせなど俺様は受けたことがない。滅多にあるものではないだろう。サービスの一環としてSCの活用方法を教えてもらうのは有難(迷惑)いが、この程度ではクソの役にも立たない。レベル20に到達する前の遊び人やトルネコと同レベルだ(ごめんなトルネコ。不思議のダンジョンは大好きだぞ)。売上の底上げになどなるはずあるまいて。そんな俺様の心理を察したかのように谷口店長は話を続けた。

 「2つ目。これは現在自動納品されている雑誌の納品冊数を増やすことができます。」ほぉ。当然、俺の頭には雑誌の中でも毎週抜きん出た販売数を誇る少年誌が浮かんだ。毎週30冊売れている雑誌が40、50冊と伸ばせれば、もしも都合よく伸ばせたとしたら確かにこれは利益の底上げとなるだろう。

「ただし条件があります。それは、納品分全てを売り切ることです。」そう言うと谷口店長はSCの画面を切り替え、ダントツに数字の高い少年誌のページを表示させた。

「この週刊誌は毎週35冊納品されて、だいたい・・・そうですね、30冊前後の販売があります。いま、この納品数を40に変えることもできるのですが―」コチっと納品数を35から40に増やした。ただし。

「多分自動的に『35』に戻されてしまいます。2週間、もしくは3週間連続して納品分全冊を売り切れば『40』が認められるはずです。最低陳列数とかサンプル陳列の都合もあるので1、2冊は大目に見てくれると思いますが、どちらにしても常時33冊以上の販売を立てなくてはなりません。」ふむ、なるほど。そういうことか。目的は分かったが、どうやったら販売が伸ばせるのやら。まさか平台に置くわけにもいくまいて。雑誌売り場を整理して、選び易く手に取りやすく、くらいしか手段はないな。突然読者が増えるわけでもないし。チャンチャン。

 雑誌の取り組みはこれで終わるはずだった。この日の話はこれで終わったのだが、この後もう少し雑誌を可愛がってやることになる。というよりも、主役は少年誌ではなかった。



 女性ファッション誌が苦境に喘いでいる。青色吐息、廃刊した雑誌も残念ながら少なくない。女性モデル、読者モデルといえば聞こえは華やかであるが、女性誌の実情は年々発行部数が落ち込んでいるのだ。これだけインターネットが普及している世の中、わざわざパソコンを起動させるまでもなくスマートフォンで調べもの。雑誌に頼るまでもなくということなのだろう。読者からすれば選択の幅が広がったとういこと。決して安いとは言えない女性誌と無料の動画や画像を天秤にかけた結果、女性誌の販売低下は必然と言えよう。ファッションに関心のない男共からすると、どれも同じじゃね、種類が多すぎるんだよ、も出える。モデルだからその服が似合うんだよという、女性陣から間違いなく反感を買ってしまう思いを胸に秘めている者も少なくない。とにかく、女性誌が苦しんでいるというのは事実である。

 ただ、そこで諦めないのがウチの店長というか、悪足掻きが好きというか、目の付け所がひねくれているというか(褒め言葉になっていないが)。どこでそんな情報を仕入れてくるのか(少なくとも織田SVからの情報提供ではなかった)、女性誌の陳列、品揃えを見直し始めた。



                 〈女性誌発行部数〉


順位      雑誌名      出版社           直近発行部数(毎月平均) (千)

    

1        S①        T社                237,―(302,―)

2        I         T社                224,―(288,―)

3        V①        K社                221,―(217,―)

4        N         S社                205,―(262,―)

5        M         S社               204,― (266,―)

6        V②        C社                184,― (211,―)

7        S②        S社              175,― (225,―)

8        S③        K社               172,― (168,―)

9        R         T社               168,― (216,―)

10       C       K社               166,― (116,―)



 「細かい説明は省きます。必要な点だけ()(つま)んでお話しますのでよく聞いていて下さいね。」

「はい。」

 なかなかに気合が入っているではないか、谷口よ。よかろう、しっかりと話を聞いてやる。

「まずはK社に注目して下さい。トップ10の中に3社入っているのですが、直近販売数を伸ばしているのはこのK社だけなんです。他社は販売が落ちていますよね、しかも大きく。」

「そうみたいですね。女性誌って厳しいんですか?ナンタラ雑誌の専属モデルみたいな人は結構テレビで見かけますが。」

「学生がモデルに憧れてキャーキャー騒ぐのと、実際に雑誌が売れるかどうかは別ですね。わざわざ安くはないお金を払って買うだけの価値を見出せて初めて手に取るものですから。」

「なるほど。」

「そこで、女性誌を絞り込みます。」

 おやっ、と思った。結論が俺が考えていたものと逆だったからだ。雑誌の中でも稼げる分類であるはずの女性誌を削るという。儲ける為の姿勢と言えるかどうか。

「女性誌の種類を減らすのですか?」改めて確認する俺様。

「ええ、そうです。」自信を持って頷く谷口店長。


 「雑誌の棚は今、女性誌で何列とっているか分かりますか。」

「確か4列、だったかと。」

「そうです、これを普段は2列。発売日の重なる日でも3列までとします。」

 こりゃ本気だな。谷口店長なりに考えた結果なのだろう。少年誌と女性誌は売場がまるで別だから、並行してできないことはない。とはいえ、だ。

「いくつか質問してもいいですか。」探ってみるか。

「手広く、色々な女性誌を入れた方がいいのでは。客の選択肢が増えるかと。」

「残念ながら選び辛いだけですね。見た目が乱雑だと売場が汚く見えて、結局販売には結びつきません。」

「女性誌の他にも絞り込みますか。」

「まずは女性誌だけにします。正直、男性がメインの週刊誌は適当に置いておけば売れますが、一方でどんなに整理しても販売はほとんど変わりません。売場の手直しで変化の可能性が最もあるのが女性誌だと思います。」

「すぐには動かないかもしれませんね。」

「そうかもしれませんね。気付かないくらいのスピードでゆっくり動くかもしれません。」

 その後もしばらく、俺様は谷口店長を問うてみたが、おおよそ前向きな返答だった。


 商品の少ないスカスカな売場は食品だろうと雑誌だろうと魅力はない。あまりに女性誌を削ってしまうと女性誌の売場をキープすることが難しくなってしまう。スカスカ、すなわち品薄な状態では売上アップどころか見向きもされなくなる。しかしそこは女性店長。女性誌はぶ厚く、時に付録や別冊がつくので重ねて陳列しなくても品薄な印象にはなりにくいとのことだった。むしろ付録があったりすると重ねて並べるのは難しいのだ。

 女性誌もターゲットとする年齢は細かく分かれていて、俺様の様に「若い()向けとおばちゃん向けですね。」などと発言すると頭を(はた)かれることになる。俺様としては未だに何が悪かったのか理解していないのだが。谷口の作戦は、一般的には年齢別に区分けされる女性誌を出版社で分けてみるというもの。もちろん躍進中のK社を最前列。常時一番目立つ位置に陳列するという。

「あ、K社で集中陳列している。」「K社の特集かしら。」などと気付く者などいないと思うが、やってみるそうだ。

 さて、問題は販売総数が伸びるかどうか。はっきり言ってK社が売れようが売れまいがどうでもいいのだ。女性誌の販売を底上げできるかどうか。それができなければ取組は失敗ということになってしまう。そのことに関しては、

「うまくいくかはわかりませんが―そもそも白か黒かグレーゾーンかも、織田さんに聞いてみないと判断できない部分もあるのですが・・・」

 谷口店長には企みがあるようだった。


 ある日俺様が出勤すると女性誌の売場にちょっとした変化が生じていた。女性誌の目玉のひとつである付録が飾られていた。現物を飾るわけにはいかないようで、告知欄を器用にコピーして掲示してあるようだ。今月のおまけはミニバッグだそうで、こんなものが客引きになるのかどうかが知らないが、BOSSが動き始めた。おまけの付録で購入を促すことができるのだろうか。

 もうひとつ。こちらは客からしたらナンノコッチャわからない、下手したら来店客が誰も気付かない変化ではあるがK社の女性誌が最前列を独占していた。それだけではない。心なしか雑誌売場全体が小綺麗になった。見やすくなったというか選びやすくなったというか、そうか、返本作業を少し早めたな。本来、雑誌の返本業務は日付が決まっている。SCでそれを印刷して雑誌売場からバックルームへ本を引いていくるのだ。時々、コンビニの店員が雑誌売場をウロチョロしているのを見たことがないだろうか。もしかしたら返本する雑誌を探していたのかもしれない。谷口店長はその返本日を前倒ししたのだろう。殊に週刊誌・月刊誌の寿命は短い。発売後ある程度の日数がたっても残っている雑誌は売れない。どう頑張っても売れ残ってしまう。置いておくだけ無駄だということだ。売れる新刊にとって邪魔以外の何者でもない。まっ、これは雑誌に限ったことではないのだが、本気で雑誌の販売を伸ばしにかかったようだな。


 雑誌取り組みの成果は長期間で見ていかなくてはならないが、ひとまず短期の結果を報告しておこう。人間界では経過報告というものが必須のようで、さもなくば何もしていないのと同等に扱われてしまうようだ。継続的な成果が必要だと分かっていながらも随時報告が要求されるのだ。

 まず少年誌に関しては納品数を40冊まで伸ばすことができた。どうにかこうにか毎週の販売数が35冊以上立っている状態で今のところ減冊されるには至っていないものの、油断はできない。週刊誌を売り込むということはなかなか難しいが、今後も売場の整頓は欠かせない。販売を維持し伸ばしていく為に。

 そして女性誌。打合せ後初めての女性誌集中発売日。K社が自店の雑誌ラック最前列を専有し、付録が彩りを添えた。けれどもその変化に気付く客などほとんど誰もいない。気付いても購買行動を変える者などほぼ皆無。それでも、である。K社の女性誌は完売した。付録目当てかどうかは知らないが、とにかく無くなった。ひと工夫としてビニール袋で美しく包装したのが功を奏したのだろうか、誰の指紋もついていないからな。それとも元々OLが狙っている雑誌だったのか。もしくはたまたま、偶然か。何はともあれ、結果が出たのだ。都合の良い展開となった。ただしどれくらい売上が上がったかというと、1ヶ月で2千円ちょっと・・・か。う~ん、小売業というのは効率が悪いというか、コツコツと言えば聞こえは良いが、苦労がなかなか金銭につながらないことが宿命であるようだ。


                【2ーC 女性誌の取り組み、とはいえ商品価値が全く分からん 終】

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