5.王子の困った顔③
一部始終のことを話すと、ライアンは椅子に座りつつも前かがみになり、笑い声を押し殺していた。
「ぷ、ぷぷぷ……っ」
「王子、笑いすぎでは……」
「いや、空から落ちてきて拾ったって……ぷぷ」
「そして王宮に行きたいというので、とりあえず王都に連れてきたまでです。俺も王宮に帰る途中でしたので。かと言って王宮まで連れていくわけにはいきませんし、とりあえず王都に置いておこうと」
「布をあげてね?」
「腿まで切れた服のまま放ってはおけませんから」
「なるほど、そういうことかぁ」
残念!という言い方ではないが、「それが理由かぁ~」と肩すかしを食らった様子のライアンに、シアンは一言付け加えた。
「しかし王都にでさえ連れてくるべきではありませんでした。そのような訳の分からない行動をとるとは……そしてそこまで田舎娘だということも知らず――申し訳ありませんでした」
「いや、仕方ないことだよ。僕だってあの子を見ると牙を抜かれた感じになってね――両親を守りたいとひたすら言うし、何だか調子を狂わされるんだ」
「……」
まるで自分はそう思っていないかのような言いぶりだ。これにはシアンも小首を傾げ「王子はそうじゃないのか」と訝しんだが、当の本人は「でね」と喋りだして取りつく島もない。
「素性が分からないから牢屋に入れてるってさっき言ったけど、その素性も解明できそうにない。
ならいっそ、
殺そうかなって」
「へ?」
なぜ?と、
どうして?と。
狂気じみたことを言うライアンに、シアンはその二つの言葉しか抱かない。
「殺されそうになっていたから助けたのでしょう? それなのに殺すのですか?」
「う~ん、だって仕方ないよね? 黒髪な異国の者なんて手に余るし、どうしようもない。それは新たな脅威かもしれないし、この国を脅かすものかもしれない。なら早めに手を打っておくのが得策ってもんでしょ?」
「ですが……」
さも当り前のように話すライアンは、自分がおかしいことを言っているとはちっとも思っていないみたいだ。と言っても「慎重派」からすればライアンの意見は全うで、正しいのかもしれない。しかし、シアンにはどうも納得がいかないことだった。
「布のことがあったからさっきは見逃しただけで、騎士と何の関係もないのならもういらない。さっさと消すのが得策だ」
「確かに俺と関係はないですが……」
いま彼の頭の中にあるのは、いかにライアンの意志を変えられるか。
それだけだ。
「ライアン王子。その娘を殺そうとおっしゃるのは即ち“不要の者”だからですよね?」
「そうだよ」
「ならばその“不要の者”を俺にください」
「君に? 何に使うの?」
ニヤっと怪しく笑うライアンに「変な想像はおやめください」と釘をさす。
「俺は明日から不足した兵力を補いに東奔西走することでしょう。しかし、その事態が三日も続くとなればサポートが必要。ですので、そのサポート役にその娘をつかせたいのです」
「サポート? 君にそんな助力がいるとも思えないけど?」
「最近は馬の数も増えております。そちらの手伝いをさせるという点だけでも、騎馬隊は助かります」
「と言っても兵士にはなれないよ、女だからね。しかし給仕もダメだ、黒髪が表立つことは避けたい」
「おまかせください――
『騎士の召使い』として置いていただければ、俺が上手く使いましょう」
「騎士の召使い、ねぇ……」
「どうでしょうか……?」
言いくるめたつもりだ。
これでNOと言われればほかの手はない。
シアンの頭がフル回転をして、やっとこの策にたどり着いたのだ。
この案が蹴られれば、フランは今度こそ――死罪だ。
「よし」
「っ!」
頼む! シアンの額に汗が滲む。
「確かに兵を解雇した僕にも責任がある。その責任をとるという形で、騎士の召使いを許可しよう」
「では、」
「あぁ安心しろ。殺しはしない」
「ありがとうございます」
ここでふと、「なんであの女の為に俺がここまでしてるんだ?」という疑念がシアンの中で湧いていたのだが、今は野暮なことは捨て置きだ。取りあえず、無駄に命が削られなかったことが何よりなのだ。
「ではあの女――フランをお前の傍におかせよう。部屋もお前が好きに設けてやると良いよ。幸い、いま部屋はかなり開いているしね。その中から選んでもいいよ。シアン騎士は滅多にお願いをしてこないからサービスだ!」
「ありがとうございます」
そのセリフを聞いたら、今死に物狂いで兵力を補充しているルーファスが怒りそうなものである。誰のせいで空室が増えたと思っている、と。
「では俺はこれで、遅くにすみませんでした」
「呼んだのは僕だから。あ、そうそう。フランは今牢屋にいるからね、迎えに行ってあげて。ご飯も食べていないようだし、何かあげると喜ぶかも」
「王子、犬じゃないんですから……にしても、なぜ直接迎えにく必要があるのですか? 兵に行かせようと思っていたのですが」
めんどくせーなぁ――というシアンの心の声が聞こえてきそうだ。ライアンもその声が聞こえたのか、苦笑した後に「頼むよ」と手を合わせる。
「約束しちゃったんだ、だから行ってあげて」
「……分かりました」
納得のいかない顔のまま退室するシアン。王子の考えていることはサッパリだと頭を数回横に振る。その際、柱にいた兵が見えたので「おい」と声をかけると、夜も更けゆき眠いのだろう。その兵は上の空だったのか数秒遅れて「はい!」と返事をした。
「ルーファス公爵がどこいるか知っているか?」
「先ほど馬小屋をしきりに見ているのをお見掛けして最後です」
「馬小屋の中を?」
しきりに?
ザワッと嫌な予感がした。まさか、アレを見られたのだろうか?
気づかれないようにと、馬に興味を示されないようにと、馬の作業を中断し急いで階段を上ったと言うのに。
「シアン騎士、いかがされました?」
「いや、なんでもない。情報感謝する」
「はい!」
ビシッと気を付けをする兵を後ろに、シアンの足は速くなる。やはり白と茶色の馬は暗闇でも目立つらしい。
「もしや連れていかれているかもなぁ……」
行き先を牢屋に変更し、急ぎ足で廊下を歩く。その際、腰にあるポケットに手を入れて何やらまさぐり始めた。そして十センチほどの細長いものを取り出すと、何やらこんなことを呟く。
「“武器を持たない市民”ねぇ……」
持っているそれはどうやら小さなナイフのようで、柄の部分には何やら文字が彫ってある。
それはどうやら名前のようで、しかも、先ほどライアンから聞いた名前だった。
「フラン・ブラウン――落馬の次は不敬罪か。どこまで型破りな奴なんだ」
ナイフをポケットに入れ直し、再び牢屋に向かって歩き出す。その胸中は複雑で、これから必ずよくないことが起こるという予感を抱いている。
なんせ空から降って来た奴だ。馬に乗れないのに、馬を移動手段として選ぶバカな奴だ。騎士の召使いと言ったが、ほぼ使えないのは目に見えている。
しかし、それでもシアンは助けた。
とんでもないバカな奴かもしれないと知っていた上で、フランを助けた。
それは誰が聞いても驚く話で、今自室でライアンが笑いやまないのもそのことが原因だ。
「シアンをあそこまで行動力ある奴にしてしまうとは、田舎娘も侮れないねぇ」
そうしてまた前かがみになって笑われていることを、シアンは知らない。
「……はぁ」
これから迎えに行く娘は”ライアンに迎えに来てもらいたがっている”ことを知らない。
そして渦中の人物は、
「お腹が空いたなぁ~」
馬もナイフも、バベッドおばさんから託された全ての物を失っていることを、まだ知らないのだった――