4.国王に、一目
「その子を離せ――王子命令だ」
「紫音先輩……っ」
昔、同じ生徒会で生徒会長をしていた紫苑先輩が好きだった。
だけど、私が死んでから先、先輩とはもう長いこと会っていない。
そもそも、会うことだってありえない。
生きる世界が違っているのだから。
だから、ふと、本当に時々、思っていた。
この世界で先輩が生きていたら、私たちはどんな出会い方をしたんだろうと。
そんな馬鹿なことを思っていた。
馬鹿なことだと、思っていた。
だけど、この状況はなんだろう?
「その子から退け、武器も下ろすんだ」
先輩の声が降ってくる。
心地いいその声が、私の心に直接訴えてくる。
生きろ
あなたがまた、私に喜びを、与えてくれる――
「紫音、先輩……っ!」
体全体から声を出したつもりだったけど、憔悴すきっている私の声は誰の耳にも届かなかったみたいで、誰一人として私を見ない。そこは、私抜きの会話が続いていた。
「ラ、ライアン王子、お戻りは明朝のはずでは?」
「うん、ちょっと所用でね。急ぎ戻って来たんだ。だけど戻ってきて正解だったかな?
このお嬢さんは一体誰なの?」
緩んでいた空気が再び張り詰める。
その雰囲気は、私よりも周りにいた憲兵の方が緊張しているようだった。
「さ、柵をよじ登っていたのです。なんでも国王に会いにきたとかで」
「国王に? 何の用が合って?」
「書状について話があるとかで、すみません、詳しくは……」
「なるほどね」
「怪しいと思い捕まえ、不敬罪で処罰しようと、」
先ほど私に”殺せ”と命じた兵が、しどろもどろに説明している。紫音先輩は「ふんふん」と言っていたけれど、途端に「わかった」と言って歩き始めた。私はまだ気力がなくて顔を上げることができないけど、その靴音からして、こちらに近づいている。
王子と呼ばれていたし、まさか直々に殺されるのかな――?
そのような一抹の不安を抱いた時だった。
「大体の事情は分かった。君たちがこの子のことを知りもしないくせに殺そうとしていたことが。本当によくわかったよ――王族の質の悪さがここまでとはね。野蛮で、荒んでいて、全く以てこの王宮にふさわしくない」
「へ?」
彼の言葉は想定外だったようで、兵たちは素っ頓狂な声を出す。よくよく耳を澄ますと、カチャカチャと細かい音が幾重にもなって聞こえている。察するに、ここにいる兵の震えだろう。そこまでに、王子に恐怖を抱いている。その恐怖は先ほど私が抱いたものと同じくらい、大きいものらしい。
「よし、こうしよう!
ここにいる兵士を全員解雇とする。今すぐ王宮を出ていけ。そしてこれから先、二度と兵士出願に名乗り出るな」
「な! どうしてですか、王子!!」上ずる兵の声に対し、
「分からないのか?」と低くなった先輩の声。
「ならば教えてあげるよ。至極簡単なことだ。
理由もなく一般市民を殺そうとした君たちには、兵士としての素質がない。むしろ皆無だ。処罰の理由はそれだけで充分だろう? さあ、分かったかな? 分かったなら荷物をまとめて今すぐ立ち去れ。このライアン王子が許可しよう」
最初こそ恐ろしい声色だったけど、話すにつれて氷が溶けたような優しい響きになっていく。と言っても、最後のほうは楽しんでいるようにしか聞こえない、弾みのある声だったが。
「チッ!!」
一人の大きな舌打ちが聞こえたのが最後、多くの足音はこの場を去って行った。少し前から自由になっていた私はやっと起き上がる気力が戻ってきて、ゆっくりだけど顔を上げようと動いていた。そんな時にかかる、ある人の声。
「それで――君は、本当のところどうしてここに来たの?」
「!」
紫音先輩だった。
「わ、わたし……」
顔を上げるのをやめて、まるでひれ伏すように再び身をかがめる。先ほど剣をあてられた首がピリッと傷んだけど、痛みも呼吸も――何もかもを無視して先輩と全力で向き合った。
こんな好機、もう二度とやってこない。
「先日、私の家に国王様から書状が届きました。農家をやめて、各々が別の屋敷に行き働くようにと。両親はもう年で、よそ様の家に出向き奉公出来るような年ではございません。それに、今まで住み慣れた家で最期までいさせてあげたいと思うのです。ですので、その書状の撤回をお願いしたく、不躾ですが本日、急遽参りました。
しかし、このように皆様をお騒がせしてしまい、そして、このように不埒な格好で参上してしまったこと、申訳ありませんでした。心より深くお詫びいたします」
すべて言い終わった後、先輩が「ルーファス、この子の家を調べて。顔だけでわかるよね?」と誰かに伝えた後、一つの靴音がここから去る。どうやら調べに行ったらしい。
では先輩は何をしているかというと「不埒ねぇ」と笑いながら私の言葉を反復した。
「自分でその服選んでおいて、不埒も何もないでしょ?」
「こ、これは! 道中いろいろありまして……」
「いろいろって?」
「う、馬に、逃げられました……」
「え、馬!?」
ハハ!と先輩は高らかに笑う。
なんだ、馬がそんなに面白いのか!?
「君、まさかその服で馬に乗ろうとしたの?」
「は、はい……馬が唯一の移動手段でした」
「馬の経験は?」
「初めて、です……」
「プ、馬に乗ったことないのに、どうして馬を移動手段に選んだの。君、本当に面白いね」
「は、はぁ……」
馬鹿にされているようにしか聞こえないけども、どうやら楽しそうにしてくれているらしい。反応に困っていると一つの足音が近づいてくる。どうやら、先ほど離れていった人が戻ってきたらしい。
「ライアン王子、戻りました」
「ご苦労様。で、どうだった?」
本当に今の短時間で私のことが分かったのかな? だとしたら相当怖い!
聞き漏らすことがないよう、耳を傾ける。
「家はシルベ山脈の山間部ですね。かなり山奥ですが、家が一軒あります。もともとダビイ・ブラウン、バベット・ブラウンの老夫婦しか住んでおりませんでしたが、約一か月ほど前からこの娘、フラン・ブラウンが養女として王宮に申請が来ていました。そして、このブラウン一家に書状がいったのも事実で、税金の額が低いことを理由に他の家へ手伝いとして、一週間後から働くよう国王から命がくだっています」
「なるほど」
「(なるほど)」
私の家はシルベ山脈というのか、初めて知った……じゃなくて!
やっぱりウチは悪くない! ダビイおじさんも、バベッドおばさんも悪くない!
間違っているのは、この王国そのものだ!!
「ぜ、税金は滞っていたわけではありません! 農家をやっておりまして、自給自足の生活をしておりますゆえ税額は低かったかもしれませんが……父も母も一生懸命やってまいりました! もちろんこれからもそのつもりです! ですのでどうかお慈悲を!」
王宮の高い天井の隅々まで響いたと思われる私の声は、またしてもこの場を沈黙させる。この声が王子の心にも響けばいいと願うけども、彼の口から出たのはこんな言葉。
「そうだねぇって言ってあげたいけど、このローフェン王国も人口が増えてね。だからと言って国を豊かにするために回すお金もトントン拍子で増えるわけではないから、ひとまず納税者全員から貰える額を一律して上げるしかないんだ。いわゆる増税だね。でも、自給自足だと増税は厳しいでしょ? だからそういった家には、ひとまず労働してもらって稼いだお金を国に納めてもらうことにしたんだよ」
「な……」
「だから、君みたいな人はたくさんいる。辛いのは君だけじゃないよ。むしろ、みんなでこの苦しみを乗り越えていこうと国が今一番踏ん張っている時だ。君にはどうかそれを分かってもらって、一緒に幸せな王国になるように努力してほしい」
「……」
「わかってもらえたかな?」
先輩の言っていることは、なんとなく分かる。どんな人であれ税金は平等におとずれ、国民であれば当然、税を納めなければならない。それが国民の義務だからだ。けれど、どんな手段を使ってでも税金を払えと言うこの国のやり方が気に入らない。
「(生活保護なんて対応はこの国にはない。だから、何が何でも税金を納めてもらうために強制労働に至ったんだ。猶予なんてない。慈悲もない。あるのはただの暴力だ)」
王国が幸せになる前に、国民一人一人が幸せにならないと意味がないだろうに。
私は、この国の乱暴な政策に反対だ。
だけど、この国では税金を納めないわけにはいかないらしい。
ならば、私にやれることはただ一つ。
唯一できる、一つのこと――
「私が両親二人分の税金を納めます!
ちゃんと働いて、稼いで、二人を養います!
だから、両親を今の家にいさせてあげてください!
お願いします、二人を離さないでほしいのです!」
体を売らないといけない未来が頭をよぎったけれど、道は一つではないはず!(たぶん!)
この王国の時給とか知らないけど、きちんと稼げる職業はあるはず!(たぶん!)
すると王子。尚も土下座をする私に向かって、今度こそ困ったような声を出した。
「……どうして」
低く落ち着いた声色に負の感情が混ざっている。そう思える。
「どうして彼らのためにそこまでできるの? 君は二人と一緒に過ごした時間が長くないでしょ? 情もそこまで移らないと思うけど」
「どうしてって……家族だからです。情とか関係ありません。家族はこういうものなのです」
「家族?」
「はい。家族は支えあって生きていくのです。私は両親に支えられた、だから今度は、私が両親を支えます。確かに情はありますが、それ以前のところで繋がっているのです」
「ふーん、そういうものなんだ」
「はい……あの、何かおかしいでしょうか?」
「ううん、そういう意見もあるんだなって思っただけだよ」
先輩の言葉、なんだか歯切れが悪い。
何か気に障るようなことを言ってしまったかな?
だとすればヤバイ。また殺されてしまうかもしれない!
今度こそ助けはこない! なんとかしてこの場を脱出しないと!
「あの、それで……」
「あぁ、うん。そうだったね。
せっかくの申し出だけど、そういった特例は認められていないんだ。今まで例のないことだから、対応のしようがないんだよ」
「え、では……」やっぱり書状に従うしかないのだろうか?
「だけど、僕としては君の考えを採用してあげたい。今後の王国に、市政に活かしたいしね」
「本当ですか!?」
「ただ、すぐにとはいかない。こちらとしても充分に話し合わないといけないんだ。だから、それまで待てるかい?」
「は、はい! いくらでも待ちます!」
「本当? 牢屋の中で――だけど」
「はい!?」
空耳だろうか? そうであってほしい。
「いや、実はね。
なぜ君が一か月前にこの王国に来たのか、っていうことも、話し合いたいことの一つなんだ。不思議に思ってね」
「不思議に?」
「うん。黒い髪の持ち主――それは異国の者であったとしても、例をみないことなんだ。不思議に思わなかったかい? 賑わう王都にきても黒い髪が一人もいなかったことに。たくさんの人がいる中で、君が一人黒髪だということに」
「この王国の地毛が黒ではない、それが理由かと思いますが」
「この国はね、観光客が多いほうなんだ」
「え……」
「世界のどこを見渡しても、黒い髪は君一人を除いてどこにもいない。
君は一体何者なんだ――?
それを、僕たちは知りたいのさ」
「!?」
神様、私は命を無駄にしているわけでは決してありません。むしろもっと粗末にするようなことをしておけば良かったと後悔すらします。例えば、お母さんが産んでくれた体にピアスを開ける。例えば、一重を矯正して二重にする。そして、
校則だからってカラーを諦めるのではなく、一回くらい派手な色に染めていればと、今、すごく後悔しています。




