36.シアンの言い訳
「ロイさん聞いてよー!!」
シアンと分かれたその後。店の奥に閉じこもった私は、たまたま休憩で休んでいたロイさんを捕まえて、事のあらましを説明した。
「ふーん、あの騎士がねぇ」
どの騎士を知っているのかは知らないけれど、目を開いていかにも「意外だ」という表情をするロイさんを、私は当然不思議に思う。
「あれ、ロイさんって騎士と面識有りましたっけ?」
「まあ、すれ違うくらいには。いや、袖振り合うくらいには?」
「袖振り合うも他生の縁ってやつですか? いいですよ、今。そういうロマンチックな答えはいいですよ」
「男同士でロマンチックもなにもあったものじゃないけどね。
にしても、なんだいその体たらくは。
まるで失恋でもしたかのような表情だね?」
「え!?」
ロイさんに言われて初めて気づいた。
私、そんなにヒドイ顔になってるの!?
「(とは言っても)」
ロイさんこそ、開店からまだ数時間ほどしかたっていないのに、髪は乱れて顔にもたくさんのキスマークが施されている顔を見ると、戦場に、しかも最前線に行ってきたのかと心配するほどだ。さすがナンバーワンは伊達じゃない。彼の活力が衰えているのも、人気がありすぎてのことなのだろう。
「私は、あなたはもっとアッサリした人なのかと思ったけどねぇ。見込み違いだったかな?」
「ロイさん、もっと主語を明確にしてください。文章だけの世界で〝私”と〝あなた”を乱用されては、どっちが喋っているのか分かりませんよ」
「これまたメメタい」
「おめでたい、みたいに言わないでください」
「誰もそんなことは言っていないよ。
むしろ、フランさんの頭の方がおめでたいんじゃないの?」
「はあ?」
私の?
どこが?
この状況でそんなことを言われるとカチンとくる。いくら同志と言えど、言っていいことと悪いことがあるだろうロイさん! しかも私何もおめでたくないし! むしろ変な光景を見さされた被害者だし!?
「私に非はありません」
「ほら、そういうところだって」
「どういうところですか!」語気が強まる。
「だからね」ナンバーワンホストの吐息が漏れる。エロティックを感じたのは、悔しいから伏せておこう。
「フランさんは今こそ誘快の裏方をしているけど、本業は騎士の召使いなんだよね?」
「そうですが」
「言ってみれば召使いの仕事はフランさんの中で一本筋みたいな基盤を作っていて、所詮裏方はその基盤にコケが生えた程度じゃないのかな?」
「言い方があれですけど、まあ、重きを置いているのは召使いですよ。ここへは旅費を稼ぎに来ているだけですし、短期バイトのつもりで来ています」
「そう。それが分かっているなら、話は早いと思うよ」
「どういう?」
まるで学校の授業中みたいな光景になってきた。ここにホワイトボードがあれば、ロイさんは源三さんになって教鞭をとっていただろう。その証拠に、心なしか疲れた表情が見えなくなっていた。生き生きしているというべきか――その一コマを見ただけでも、この人は本当に教師だったのだと確信出来た。
「フランさんは騎士の召使い。ということは、あなたの主は騎士。つまり、騎士の命令は絶対。さらには騎士を護るのがあなたの務めになる。いくら、フランさんが毎度毎度騎士に助けられていようと、根底はそういう契約になっているんだよ?」
「し、知ってますとも!」
「忘れかけたりとか、そもそも忘れたりとか、」
「してませんとも!」
「じゃあ、なんで逃げて来たの?」
「え……」
「主である騎士がこのお店に来た。その理由は何?
もしかしたら、フランさんを心配してきてくれたって、そうは考えなかった?」
「ま、」
まさか――
「あのシアンが? あ、ありえないですよ。私が誘快に飛ばされようとも、例えお客をとる仕事であっても、彼なら黙認して、私を見て見ぬふりをして……」
「本当に?」
「……」
違う。
シアンがそんな男でないことは、私が一番よく知っていた。もしもシアンが私の言う最低な男だったなら、今頃私はこの場に立っていない。五体満足で存在していない。服だって、髪だって、体だって、こんなにきれいじゃないはずだ。
今の私が私でいられるのは間違いなく、シアンの優しさがあったからなのだ。
「でも私は、シアンのことが分からないんです。なんでキャバ嬢とキスしなきゃならなかったんですか?」
「そりゃ、綺麗な女の人を前にしたら、誰だって狼にな、」
「正論を言わないでください!!」
私のあまりの剣幕に、ロイさんの顔から人の良い笑みが消えた。言い過ぎた、と思っているも、言葉が口を割ってどんどんと溢れてくる。
「でも、それよりも気に食わないのが、シアンが誰とキスしようと構わないはずなのに、こんなにも腹を立てている私です! もうやだ、わけわかんない。私は、シアンのことなんてどうでもいいんです。私は、シアンが目的を達成できれば、それで……」
「目的って?」
「今は言えません」
「チッ」
警察の尋問みたいになってきたこの現場。ロイさんを引き留めたのは私だけでも、今はここから早くいなくなってほしい。私さえも知らない私の感情が伝わってしまいそうで怖かった。
本当、自分勝手だな私って。
みんなを振り回してばかりだ。
「店長、すみません……今日、大事な用があるので早退してもいいですか?」
「店長じゃないんけど……仕方ないね。皆には私から言っておいてあげるよ」
「使えないコマだと罵ったらビービー泣いて本当に使えなくなったから海に行って頭冷やして来い帰ってこなくてもいいからなって店長が言ったと、それで私は帰ったと、そういうことにしておきましょう。それなら体裁が保たれます」
「フランさんの体裁だけだよね? 私の立場はないよね?」
ロイさんの言葉を聞き流しながら、自分の荷物はないので部屋にあったお菓子を二、三個拝借して店を出る。その際、もちろん泣く演技は忘れずに、だ。
「ありがとうロイさん、恩にきります!」
店を出た時はもう真っ暗。
その中に、一人だけ紛れた人物を探しに地面を蹴る。履き慣れない靴が土にめり込むが構ってられない。「私のいう事を聞かないとひどいわよ!」靴にそう告げて、たったさっきこの場を去った人物を追いかけた。
そうして、一分。
いや、十秒ほどのことだろうか。
空中に浮かぶ「顔」とバッチリ目が合ったのは――
「んぎゃあああああぁぁ!!?」
「うおい! ビックリした!!」
お互い意味の分からない奇声を発しながら、驚きで目を丸くする。といっても、私は驚きのあまり腰が抜けてしまい、思わず地面にへたり込む。前にもこういうことがあったが、二度あることは三度ある。私が三度目の腰を抜かす前に、やっぱり軍服の色を変えてもらいたい。
「そうだ、軍服で思い出した……許可、ください」
「許可? なんのだ」
「召使いの服、もう一度もらえないか申請するための」
「なんだ、破いたのか?」
プッと吹き出す彼――シアンは、さっきまでトランポリンが置ける距離にいたにも関わらず、私が腰を抜かしたのを目ざとく見つけると、息がかかるくらい近くにいた。あまりの早業に、またも腰が抜けそうになったのは黙っておこう。からかわれて今後連発されては敵わない。
「今着ているこの服が、その召使いの服なんです。あの服で店に出るのは不謹慎だとか何とか言われて、無理やり裁縫されちゃったんです」
「男に? 無理やり?」
「男の人に、無理やり。
と言っても、その間一秒みたいなものでしたが」
「なんだそれ、無理だろ」
嘘の話をしているのかと思ったのか、シアンは「プハッ」と吹き出した。確かに聞けば子供の嘘話のようだけど、本当に現実に存在しちゃったんだから仕方がない。これは後々シアンに相談してみるべきかもしれない。もしかしたら、強力な助っ人になってくれるかも!
「(じゃなくて)」
頭の中が妙に冷静だ。さっきロイさんにブチ切れた後だからかもしれない。お客さんにからは言い寄られ、休憩室では新人にキレられ、今日のロイさんは全く以てついてなかっただろうな。明日ちゃんと謝ろう。
「ねぇ、シアン。さっきのことなんだけど……」
ロイさんの力を借りて、勇気を出す。
もしもシアンが本当に私のことを心配してきてくれたなら、私は彼を歓迎しなければいけなかった。それを、手のひら返したような態度をとって……悪いことをした。心から反省している。
「私、」
「悪い」
「え?」
謝る前に、謝られた。
しかも頭にはシアンの手が乗っている。
大きくゴツゴツした手。
私にはない、男の人の手だ。
「お前に不快な思いをさせたな。悪かった、俺の危機管理が足りなかった」
「危機管理?」
「まぁ……俺が悪いと言うことだ」
「シアンが悪いの? シアンが、あの人に迫ったの?」
「……そうだ」
「……」
暗くてよく見えないけど、シアンの瞳がユラッと揺れた。気がした。
実際は瞬きさえもしていないのかもしれないけど、そう見えた。
それは彼の心が揺れている――そうにも見てとれた。
「嘘」
「嘘じゃない」
「嘘だよ。なんでシアンがあの人に迫る必要があったの? なんで押し倒す必要があったの?」
「彼女がキレイだったからだ」
「うそ……それは本当か」
しかも妙な色気もあった。あんな人に、私だって一度でもいいから迫られてみたいものだ。勉強として!
だけど、シアンの言ったことは嘘だ。なにが「俺が迫った」よ。そうする理由がないし、なにより――シアンは嫌がる女の人に無理強いはしない。
「じゃあシアン。どうしてもあなたがやったっていうなら、私にもしてよ」
「は? なにを?」
「さっきあの人にやったように。私を押し倒して、唇を塞いでよ」
「はあ!?」
「シアンが欲情するんなら、私にだってするわよね? だから、ほら、やってみなさいよ」
「いや、それは……」
私から距離をとり、背中を向けるシアン。
ほら、やっぱり。
シアンにそんなことが出来るわけないもの。
「ほらね、シアン。あなたはやっぱり嘘をついているのよ。あなたは女の人にそんなことしない」
「いや、無理だ。出来ない。だってお前……キレイじゃないし……」
「はあ!?」
たそがれて何を言うかと思ったら、そんなこと!?
この人は、私を女の子だって理解してないの!?
さっきのお姉さんとは別の人種だと思ってるの!?
本当、良い恥さらしだわ!
「いい加減にしてよ! シアンはね、そうやって自分に非がないことも黙認するからドンドン悪者になっていっちゃうの! 自分のやったことじゃないなら〝違う”って言わないと、誤解は解かないと! みんなにずっと勘違いされたままだよ!?」
「俺はそれでも、」
「私が嫌なの!!」
腰も正常に機能するようで、私は立ち上がりシアンの傍にいく。そして人気のない路地裏に連れて行き、今日何度目かになる壁ドンをしてみせた。もちろん、足で壁を蹴ることも忘れずに、だ。
「いって、お前、本当に女かよ!」
「騎士がこれくらいで〝イタイ”なんていうんじゃないわよ! あんたの姿を見てるこっちの方が、胸が痛いのよ!」
「なんで」
「なんでって……そんなことも分からないの?」
こんなに頑張っている人が評価されない世間が、社会が、人間が――憎くて悲しい。
だけど「自分はこんな人間だ」と諦めてしまっている人を見る方が悲しい。
抗ってほしい。
自分を世界に認めさせてほしい。
あなたはこんな暗闇で終わるよな人じゃないって信じてるから――
「なんで、お前が泣いてんの?」
「誰が泣かせてると思ってるのよ」
「まさか俺って言いたいのか? これだから女は嫌なんだよ」
「さっきは襲ってたくせに?」
「そう、だけど……あーあ」
シアンが深いため息をついた。そして「下着見えてるぞ」と短くなったスカートをぴらりとめくった。「げ!?」そうだ、ロイさんに丈を短くされたんだった! すっかり忘れてた!!
「へ、変態!」
「バーカ、何が変態だよ。俺をこんなとこに連れてきて、迫って来て。襲われるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
笑みを浮かべてそう言う者だから、こちらの怒気も緩んでいく。けれどその瞬間に、私の腰を掴んでグルンとシアンは反転した。もちろん、私も一緒に。
すると、今まで壁にいたシアンは私を壁に追い詰めた形に。
今までシアンを問い詰めていた私は壁とシアンにサンドされていた。
「し、シアン?」
いきなりの行動に――思ってもみなかった展開に胸が高鳴る。こんな男らしい彼を見るのはきっと初めてで、昨日抱きしめられた時よりもかなりドキドキしている。というか昨日は親にハグされた感覚だったから、ドキドキもなにもないが。
「何してるの?」と問う私に「教えてやろう」の一点張りのシアン。
「俺は女であれば誰だってああいうことが出来る。抱いてと言われれば抱くし、いわれなくても気分がそうなら迷わず抱く。そこに女の意見はいらない。俺の気持ちが全てだ」
らしくもないことを言う者だから、考えなしに、ほぼ反射で「それもウソ」と言ったら、シアンも何を観念したのか「当たり」と笑った。
「真っ赤なウソだ。俺は女に興味はない」
「じゃあ男の人に、」
「違う。今は仕事が充実していてそれどころではない、と言う意味だ」
「あ、なるほど」
少しほっとしたと共に「やっぱりな」という確信が全身をめぐる。シアンは人の嫌がることは決してしない。絶対だ。
「じゃあ、なんでさっきは嘘ついたの? あの綺麗な人に襲われたんでしょ?」
「それじゃ男の面目が立たねぇだろ……女に唇奪われた、なんて」
それは、確かに。
周りからみれば、貧弱な男に思われるだろう。男としてそれは哀れな気がする……。
「それに、あそこは王宮の奴らがよく出入りする店だ。故に羽振りもいい。だからこそ、嫌々ながらもあんな店で働く女のも多いと聞いたことがある。もしも爵位ある奴に無理強いしたと世間に広まってみろ。あいつに指名なんて来るかよ」
「(来たとしてもドエムか……)」
「そんな噂を、俺の根性がなかったせいで世間に広めるわけにはいかねんだよ」
「根性?」
「抵抗なりなんなりすればよかったんだ。それをしなかった」
「(出来なかったの間違いでは……)」
「いずれにしても俺の落ち度だ。そんな中でどう言い訳しようと、それは重要じゃない。その事実がバレないことの方が大事なんだ」
「……」
全く、この男は――
というのが私の意見だ。
飽きれてものも言えない――という言葉があるけど、今はまさにその最中。こんなに自分のことを邪険に扱う人は、後にも先にもシアンしかいないだろう。
「シアンってさ、結構バカだよね」
「はあ!?」
「だって、仮に事実を隠避出来たとしても、女の人を護れたとしても、シアンはどうなのよ? 自分のとは顧みずって考えは美談だけど、でも、今よりももとヒドイ沙汰がくるわよ?」
それはいいの?
壁ドンされているため、またしても目と鼻の先にシアンの顔がある。その距離に慣れてしまえばこっちのもので、「どうなのよ」と挑発的な態度をとっても平気になってきた。
と言っても。
「お前、俺は女に興味はないと言ったが、」
「え、ん!?」
まさか本当にキスされることになろうとは、この時の私は予想もしていなかったのだった。




