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34.やらしい接客

 ゴスロリの人――

 東京にいる時は、たまに道ですれ違ったりしていた。

 遠巻きに見ながら「よくあんなの来て街を歩けるな」と悪態をついたが、女の子であれば一度はあんなお姫様みたいな恰好をしてみたいもの。だけど服もなければ勇気もない。要は、自分には何一つないモノを持って大手を振って歩いている彼女たちが、私はひっそりと羨ましかったのだ。


 鏡をもう一度見る。

 よくよく見る。

 そこには、ゴスロリの服を着た私がいる。

 間違いない。

 これは、私だ。


「ちょ、ちょちょちょ、ロイさん!!

 あんた何やってくれてんですか!?

 これ、完璧に原型をとどめてないじゃないですか!!」


 っていうか、あの一瞬でどうやって裁縫したの!?

 布もレースも、何もかも、どこから準備したの!?

 さっきこの部屋には何もないって言ってたよね!?

 ん!?

 ってか前にも一度、こういった類の早業で驚いたことがあるよ!

 あ、部屋のドアに打ち付けた大量の釘を一瞬で取ってもらった時だ!

 あの時もかなり早くて驚いたな~!


 じゃなくて!!


 私の混乱をよそに、ロイさんは私を軸にグルグルと回転して、色んな角度からの私を楽しんでいた。私を、というよりはゴスロリ服を、と言う方がいいかもしれないけど……。


「片膝をカクンと曲げてみて? そうそう! そんな感じ! あと、アンニュイな感じで少し後ろ見てみて! あ~目は流し目の方がいいね、色っぽく! うん、いいね!! いいよいいよ!!」


 細かな注文に応えてポーズをとる私も私だが、カメラを片手にあらゆる私をフィルムに収めるロイさんもロイさんだ。二人してコスプレ大会を開催しているこの光景は、異常なものだった。


「は! 何をしているんだ俺は!!」


 先に疑問を言葉にしたのはロイさんだった。

 その声に私もハッとして我に返る。

 何をモデルみたいなことをしているんだ私は!

 一方、彼は力強い目で私を見て、大きく首を振る。

 ん? 首を振った?


「この格好にパンプスはやっぱりオカシイ!

 かかとの高いショートブーツじゃないと決まらないじゃないか!!」


 そうして私が再び鏡を見た時は、この身長は十センチ程高くなっていたのだった。


「うおおおぉぉぉぉー!!

 変態ロリコン親父―!!」


 我慢ならなくなって、ロイさんの頭を持って鏡にぶつける。ガシャンと割れてしまったけど、ロイさんはこんなことで死ぬタマじゃない。少なくとも、私がもう一枚脱ぐまでは、絶対に死なない。


「イタタ、ちょっと何するの! この世界で唯一の味方を殺しちゃうつもり?」

「この世界で唯一のド変態が味方なんて嬉しくありません」

「え~そんなこと言われると俺寂しいよ!」


 出会った時のことを考えると人が変わったようにキャラが濃くなったロイさんに、疑惑の目を向ける。


「大体あんた、ここに布も小物も何もないのに、どうやってこの服を仕立てたんですか? 第一、服を繕うにも時間が短すぎます。魔法使いでもないと、この偽シンデレラは出来ませんよ」

「自分のことシンデレラだと思ってるの?」

「だから‟偽”って言ったじゃないですか!」


 鏡はもう使い物にならないので、自分の目で直接自分の服を見る。下を見ると大きすぎるフリルが邪魔で足元が見えないが、スースーと風通しが良くなっていることから、きっとミニスカートに変えられていることは間違いない。それに、視界が全体的に高くなっている。靴も間違いなく変えられている。


「この国に魔法はないはずです。だけどこんな早業、魔法でもない限り無理です。ロイさん、あなたは一体何者なんですか?」

「何者も何も、さっき話した通りだよ。死後この世界に来ちゃったしがない旅人。魔法なんて、そんなそんな~」


 と言っている笑顔がかなり怪しい。だけどよくよく目を凝らしてみると彼の周りには裁縫道具が並び、靴が収納してあっただろう真新しい箱が転がっていた。ハサミもある、針もある、メジャーもある。ないのは時間だけだった。


「どんな早業でやってのけたんですか。インド人もビックリですよ」

「フランさんって案外古い言葉知ってるよね」


 パシャリというシャッター音と一緒にロイさんが喋るが、そのカメラが気になって会話どころではない。そもそもこの世界にカメラなんてあったのか……。


「カメラは希少価値が高いんじゃないですか? ここにきて初めて見ましたよ」

「希少というか、たぶん俺しか持っていないよ。なんたって、この世界に来た時に僕が身に着けていたものといったら死装束とこのカメラだけだったんだから」

「なにそれ怖い!」


 じゃあ写真をとったところで現像できないじゃないかと言ったが、彼はカメラの液晶で見るから形にしなくてもいいのだという。名前が佐々木源三なのに現像しないのは名折れではないかと尋ねたら「フランさんからオヤジ臭がする」と言われた。お前にだけは言われたくない。


「とにかく、服はなんとかなったし、これで裏方に従事出来るね。よかった!」

「何にも良くないですよ。召使いの時の服がなくなりました」

「これで働けばいいじゃない。こんくらい肌色が見えた方が良いって!」

「こんくらいって、太ももが僅かに見えただけじゃないですか!」

「フランさんいいこと教えてあげる。

 量より質――

 いくらオフショルダーの服を着られても、胸がないんじゃ意味がない。

 反対に、僅かな肌面積でもそのムチムチの太ももを見せられたら、男の人は黙っていないよ。俺が保証してあげる!」

「その一言が免罪符になると思ったら大きな間違いですからね!」


 釘を刺していると、外からノック音が聞こえた。

「準備は出来まして?」ナカノ先輩だ。


「できて、」

「店長、いいのが出来ましたよ」

「(出来ていません!)」


 私の返事を遮って、ロイさんが扉を開ける。中に入ることなく私を見たナカノ先輩は、隅々まで私を見た。途中、壁にかかっているバニーちゃんを一瞥したが、今の格好の方がいいと思ったのか「ロイご苦労様」と満足そうに頷いた。


「随分、見栄えが良くなって」

「本気で言ってますか?」

「私、嘘は言いませんので」

「そうですか、う、嬉しいです……」


「だけど」と私が遠慮がちに言うと、ナカノ先輩は首を傾げた。


「実はこれ召使いの服なんです。そちらの方に勝手に服変えられてしまって……明日から何を来て仕事をすればいいでしょうか?」

「おや、これが召使いの服ですか。どうりで似ていると思いましたが」

「私は反対したんです」声を大にする。

「にしては着こなしているように見えますが」

「大反対したんです!!」更に声のボリュームを上げる。あまりの剣幕にあのナカノ先輩が顔を引くつかせた。僅かにだが。


「ま、まあ、してしまったものは仕方ありません。服の至急は基本一度だけと限られています。損傷してしまったら自分で直すのが筋――ですが、再発行を申請しましょう。これは致し方ないことですから」

「さ、再発行できるのですか!?」なにそれめちゃ有り難い!

「できます。が、まずは主にその話を通すこと。そして王子が許可しなければ申請は通りません。早めに騎士殿とお会いし、初めの申請をするべきかと」

「な、なるほど……」


 シアンには今日は会えないから、少なくとも明日以降ということになる。でもモタモタしていたらカラスナ王国への遠征が先になってしまうかもしれない。それだとかなり遅れてしまうから、是が非でも明日中にはシアンとライアン王子に許可もらわなきゃ!

 この時初めて、ライアン王子の召使いをしていて良かったと思った。直談判出来ることと、人づてに王子のところまで話が回るのとでは、許可の早さが段違いだ。


「では今日はこのままで我慢します。

 お店はあと何時間で開店ですか? 何かやることはありますか?」

「あと十分で開店です」「はや!」

「それまでは、お店の人に挨拶周りでもした方がいいかと。フラン様は男性陣の裏方ですが、一応女性陣にも挨拶はしておいてください。控室に全員集まっています。部屋はこの部屋と反対方向にあります」


「では」と言って私に礼をし、ロイさんに「頑張ってください」と声を掛けるナカノ先輩は、どうやらこれで退店するようだ。え、本当に? こんな状態の私を一人にさせるの!?


「ナカノ先輩~! これまでの仲じゃないですか! 私を一人にしないでくださいよ~寂しいじゃないですか!」

「残念ながら私も主のお世話をしなければならないので。悪しからず」

「え~薄情なぁ! やっぱりナカノ先輩はイーノ伯爵が一番なんですね! 妬けちゃいます!」

「いえ、決してそのようなことは……」


 褒めたつもりなのにナカノ先輩は目に見えて落ちこんでいた。どうやら、自分はイーノ伯爵に好かれていないと思ったみたいだが、それでも、逆恨みで私を妬ましく思うだとか、そういうことはもうなくなったらしい。薄ら笑みを浮かべて「それでは」と本当に店から去ってしまった。


「訳あり?」


 私たちの様子を見て何かを察したロイさんだが、残念ながらもう彼女と揉めることはない。私たちは復刻したのだ。友情を再構築したのだ。ナカノ先輩が私のことをどう思っているかと不安を抱くことはない。


「訳なんてないです。

 ほら、そんなこといいですから私をキャバ嬢の所へ案内してください」

「え、部屋の場所教えてもらったじゃん」

「見くびらないでください。道に迷うとか、一人じゃ心細いとかじゃないです。

 ホストナンバーワンのあなたが、私をキャバ嬢たちに紹介することに意味があるんです。なるべくぞんざいに扱ってくださいよ。多少の暴力は許します。なるべくキャバ嬢たちが私に同情するよう仕向けてください」

「え~それって俺を悪役にするってことだよね? 自分の品格を下げるのは好きじゃないなぁ」

「キャバ嬢の前だけでいいですから。客の前では常に優しくてもいいですから」

「それでもなぁ~」


 渋るロイさんに「私の話、聞いてましたか?」と念を押す。


「私はさっき、ぞんざいに扱ってもいいと、そう言ったんですよ?」

「それって、お尻を叩いてもいいってこと?」

「叩く‟フリ”ならいいですよ」

「その時に‟ヒャンッ///”って鳴いてくれる?」

「‟なく”のニュアンスが違うように思いますが、声くらいは協力してあげましょう」


 この時、ロイさんの断末魔の声で協力します――と心の奥底で呟いたのは秘密だ。


「じゃあ滑ったフリをして胸に手をあてても、」

「私はね、ロイさん」

「あ、遮った」

「異世界まできて女同士で争いたくないんですよ。

 こんな可愛い格好をした女の子がホストの中に紛れてチヤホヤされていたら、キャバ嬢だっていい顔はしないでしょ?」


 真剣にロイさんに忠告すると、ロイさんもハッと気づいたように真剣なまなざしを向けてきた。

 そして私の手を握って「フランさん」と焦ったように言うと、


「自分が可愛くてチヤホヤされると思ってるの!?」


 と本気で諭してきた。

 さっきはカメラを持ってどの私だって「素晴らしい」と褒めたたえてたのがこの様だ。


 私は一生ホストなんて信じないと心に決める。



 ◆



「は?」


 フランがキャバ嬢に上手く取り入っていた頃――

 その身の上を今知った者が一人いた。


「‟誘快で働く”?

‟今日は帰らない”?」

 

 そう。

 フランの主、シアン・ベイカー。

 この国の唯一の騎士である。


「あいつがそう言ったのか?」

「はい。伝言を頼まれました」

「なんだってあんな店で……」

「何やら急いでいるようで、他の召使いとすぐに出かけるようでしたが」

「ライアンの召使いをしているんじゃなかったのか?」

「ライアン王子は会議があるとかで、今日はひっきりなしに国王の所へ足を運んでおいでです」

「会議……あぁ、カラスナ王国のことか」


 合点がいったシアンだが、フランのことだけはそうもいかない。

 なぜ自分の召使いがあんな淫らな店で働くと言うのか?

 それは本人が希望したのだろうか?

 いやいやまさか――

 疑問は増えるばかりだ。


 ちなみに、なぜシアンが淫らな店という情報を得ているかと言うと、誘快の店事情は兵士の間でもっぱらの噂になっているし、第一国王がひっきりなしに誘って来るのだ。この前だってルーファスと三人で入店する事態になりそうだった(何とか阻止したが)。自分の父のことを悪く言いたくはないが、国で一番偉い人であると同時に国で一番のスケベ魔だったりする。その父が気に入って通う店なのだから、大体の雰囲気は分かって来るというものだ。


「まさか王子が命令した? フランに働けに行けと?

 いや、でも、何のために……」


 ライアンがフランを名指しで召使いに指名したところを見れば、フランのことを少なからず気に入っているということだ。そんな相手を身売りさせるようなことをするだろうか? もしかして、相当の性格悪い奴に変わってしまったのだろうか?


「兄として苦言すべきかどうか……」

「あ、あの、シアン騎士?」

「悪い……何でもない」 


 アリスとの一件で一度は王宮中から嫌われ疎まれたシアンだったが、その腕だけは確かなので、当時から密かなファンは多い。付け加えて、最近のシアンの仕事への力の入れようから、堂々と公言するファンも増えているのだ。主に兵からだが――しかし、‟騎士”の身分が部下に慕われることの重要さといったらない。戦場で指揮をとることが多いシアンは、まず部下に慕われていないと話にならないのだ。


「今日の仕事、力入れて終わらすぞ」

「はい」

「みんなでやれば早く終わる。明日も疲れるだろうし、早く休もう」

「はい!」


 部下からは慕われていないといけない――そのことを良く理解しているシアンは、自分の仕事を部下に任せて、今すぐにフランの元へ行くことはしなかった。それでは「ただの押しつけ」になってしまうからだ。ただの横暴な上司になってしまうからだ。せっかく回復してきた部下からの信頼も一気に底につくだろう。

 となれば、自分の仕事をいかに早く終わらせるかにかかっている。


「(あんな女どうでもいい……が)」


 ついこの前「フランは借り者だから傷はつけられない」と言った手前、身売りされそうになるのを黙って見過ごすわけにもいかない。


「(あいつに指名が入るまでにこっちの仕事を片付けないとな……)」


 目の前にある新入兵士を見る。この前大量に辞めた(クビにされた)兵のかわりに入った、まだ市民のオーラが抜けないホヤホヤの兵士だ。今日はこれから「兵と言う仕事がいかに危険で重大で、しかしやりがいがあるか」というテーマに沿って訓練をする予定だったのだ。言ってみれば、基礎中の基礎であって当たり前のことを教えるのだが、裏を返せば肝心要のことを教えるわけであって疎かにも出来ない。しかし悲しいことに、ゆったりもしていられない。


「(クソ! だからなんだってライアンの尻拭いをしなきゃいけねーんだっての!!)」


 この惨劇を招いた張本人、ライアンへの思いは募る。もしも立場が対等であったら散々に怒って怒って「この落とし前はお前一人でしろ」くらいは言っている。しかし、それが出来ないのが今であり、現在だ。王子と騎士の身分の差なのだ。

 要は、結局はシアンが苦労を背負うしかない――。


「まず初めに知っておいてもらいたいことがある。

 王宮を護る兵と言うのは――」


 理解しやすい様ゆっくりと喋っているが、内心はハムスターが回し車を高速で回転させているくらい心がせいている。シアンはもちろん感情を表に出さないが、色んな感情が頭を回って今にも文字が飛び出しそうだった。

 人間、悩みつくした境地はこんな風に地に足着かないものだろうか――地面にのんびりと立った影が他人事ヒトゴトの様に喋った気がした。


「(あぁ、分身したい。俺が二人いればいいのに!)」


 シアンは喋る。

 しかし頭の中は、半べそをかきながら男性の接客をするフランの想像でいっぱいなのだった。

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