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33.心からの仲間?

 目の前にあるバニー衣装を、私はどう扱えばいいのだろうか?

 布団として使う?

 ブランケットとして使う?

 マフラーとして使う?

 それとも――


「まさかこのバニーちゃん、私が着るってことはないよね?」


 恐る恐る確認すると、セタカはコクンと頷いた。どうやら、このハイレグは私に着てもらうためにここに掛けてあるらしい。バニーちゃんは胸の布面積が随分と小さいが、そんなハレンチなバニーちゃんがいていいのだろうか? しかもホストの裏方で。キャバクラのお客さんを取りそうな気がしてならない……。

 っていうか、着れないからね?

 こんな服、着られるか!!


「せっかく用意してくださったみたいですが、ごめんなさい。無理です。私はこの格好のままでいいので、平和に裏方をさせてください。こんなバニーちゃん無理です」

「こんなバニーちゃんだからこそ、あなたに似合いそうだと思ったのですがねぇ」

「残念ながら、服に着られてしまいます……」


 こんな可愛い衣装の前に、私なんかが太刀打ちできるはずがない。悲しいけど、それほどコスプレの威力は高いのだ! ネコミミならまだ耐えられるけど、全身ウサギになるのは耐えられない。

「(っていうか)」

 さっきセタカの口から「バニーちゃん」と聞こえた気がしたけど、気のせい?

 いや、間違いなく言ったよね!?


「あなた、さっき‟バニーちゃん”って言いましたよね?」

「はい、申し上げました」

「やっぱり!

 えっと、この国では〝バニーちゃん”という言葉は使われているのですか?」

「使われていませんよ、私が知っているだけです」

「な、なんでですか?」


 不安げな私とは別に、セタカは薄い目をさらに薄くしている。もう白目がどこで、黒目がどこにあるか分からない。りっぱな糸目だ。故に真意が全く読めない。

 だけど――

 セタカが何か知っていることは理解できた。

 セタカは何かを知っている。

 私の知らない、何かを――


「ちょっと、聞いてもいいですか?」

「さっきから質問されっぱなしですがね」


 フフと笑いながらも、しかし私の本気具合を察してくれたのか、休憩室の扉を閉めてくれた。バニーちゃんの件がなかったら、こんな狭い部屋に男の人と二人きりなんて緊張するだろうけど、今は「これからどんな真実が見えるのか」ということの方で心臓がバクバク言っている。

 セタカはのほほんと口角を上げているが、私の顔はガチガチに固まって動く気配はなかった。


「あなたはさっきの言葉を、どうやって知ったのですか?」

「私は元々知っていたのです」

「へ……? じゃ、じゃあ、あなたは一体どこから来たの? ここの国の人には、その言葉は通じなかったでしょう?」

「そうですねぇ。だから、先ほどあなたが遣った時は驚きましたが――そうですね。あなたと同じ経路で、私は今ここにいると言ったら、驚きますか?」

「へ?」


 それは、セタカも転生してきたってこと?

 セタカも元は日本生まれで、何らかの原因があって、異世界に転生されたってこと?

 それは、すごく……


「驚きます」

「でしょうねぇ」


 セタカは口に手をもっていき「フフ」と笑う。同時に、並べられているソファに座り、私にも座れと促してきた。隣に座るのもどうかと思い、セタカと向かいあうように、銀色のテーブルが間になるように座った。


「では、順を追って説明しましょうかねぇ」

「(ゴクリ)」


 セタカはワックスで固めた栗色の短髪を後ろに搔き上げると、小さな顔の前で指を組んだ。前のめりになって、今度こそ小さな黒目を私に向ける。


「私はもともと教員をやっていてね」

「教員?」

「そう。日本で」

「日本で!?」久しぶりの単語に思わず噛みそうになった。

「そう長い教員生活をしたんだ。五十年、立派に勤め上げたよ」

「ご、五十年……」


 それは、立派だ。


「え、でも、五十年? 最も早くて十八歳で就職したとしても今六十八歳ってこと? え、どれだけ若く見えるんですか、あなた!」

「いやいや、さすがに今は六十八じゃないよ。多分二十歳くらいじゃないかな? 正確なことは分からないから、体の元気具合で予想しているだけだけど」

「じゃあ、元の世界と今の世界じゃ年齢が違うってことなんですか!?」


 勢い余って、つい大きな声が出てしまった。セタカも「シー」と人差し指に息をかける。


「じゃ、じゃあ私も高校三年生じゃなくて、十八歳じゃなくて? もしかしたら違う年齢ってことなんですか?」

「それは分からない。それこそ、体の調子で検討をつけるしかないよ。ほら、女の子なら、おっぱいの成長具合とか」

「最低です。セクハラで訴えますよ」

「ま、まあ冗談として!」


 本気で焦っている雰囲気が伝わった。この人、いくら日本人だからって気は抜けない。所詮は男なんだ!


「ちなみに、日本での私の年齢は七十八歳。退職して日がな一日を過ごしていたんだけど、ある日突然心臓発作になっちゃってね。そこで私の人生は終わってしまったんだ」

「やっぱり、死んじゃったんですか」自分と同じ切り口で安心し、そしてまた不安になる。

「あ、今、死んだ人はみんなこの世界に来たんじゃないかって思った?」

「思いました」

「たぶんだけど、それは違うと思うよ。現に、家内も私が死んだ翌日に、それこそ追うように病気で死んでしまったけど、会えず仕舞いだ。だから、皆が皆ってわけじゃない。それに、ここが死後の世界っていうなら、ここの世界が地獄でも天国でもいいじゃないか。どうしてわざわざ違う舞台を用意する必要がある?」

「確かに、そうですね。じゃあ、大抵の人はちゃんと極楽浄土に行けるんですね、良かった」


 ここで初めて、ホッと息をつけた。皆が皆、私みたいな順応力は持ち合わせていないから、この状況に置かれたら発狂すると思うんだよな。確実に!


「で、あなたは一体いつからここにいるんですか? 何年前からこの世界で生きているのですか?」

「私はそう長くないよ、二年前くらいかな」

「二年もここにいたんですか!?」

「うん。たぶん死ぬまではずっとここにいると思うよ? もちろん、フランもね」

「そ、そうでしょうけど……」


 飄々と話すセタカを前に、私は途方に暮れた。この夢みたいな毎日が、今度はこの命が尽きるまでずっと続くのだ。まさにセカンドライフ。私の第二の人生だ。

 毎日毎日が果てしなく疲れるから、私の寿命はそう長くないと思う。だけど、それでも、心臓が燃え尽きるまで、この訳が分からない異世界で頑張っていかないといけない――そう思うと、途方に暮れた。分かっていたことだけど、いざ現実を見せつけられると困惑する。


「私、毎日毎日、死にそうなんですけど」

「そりゃそうだろうね、兵に斬られそうになったり騎士の召使いになったり、今度はカラスナ王国へ遠征に行くためにホストクラブでバイトするようになったり。そりゃ、命削ってるよね」

「そうやってニコニコ笑っている内は一切私に同情していないことを、私は知っていますからね。覚えていろよ……」

「おお怖い」


 セタカは降参のポーズをするものの、その実は一切怖がっていない。くそう、やっぱり年食っているだけあって簡単に手の内は見せてくれそうにない。


「それで、フランさんは……えっと、一応、本名聞いておきましょうか?」

「あ、はい。こっちの世界ではフラン・ブラウン、日本では深見翔子と言います」

「そうですか、なら私だけでもあなたの本当の名前を知っておきましょう。バレるとマズイですから、フランさんと呼ばせていただきますがね」

「分かりました。では、私も聞いてもいいですか? あなたの二つの名前を」

「こちらではロイ・フェイ。日本では佐々木源三と言います」

「(名前の差!!)」


 つい吹き出しそうになるのをこらえる。いや、だって、あまりにも高低差があって……ププ!

 だけどセタカ――改めロイの次の言葉を聞くと笑っていられなくなった。

 それは、


「東京にある海山高校というところで、長い間校長をしていてね」

「へ?」

「ちなみに、フランはどこの出身なのかな?」


 東京。

 海山高校。

 それこそ、私が通っていた学校。

 紫音先輩と楽しく日々を過ごしていた、母校なのである。


「お、おおおおお、同じですよ!

 私、海山高校三年生でした!」

「え! そうなんだ!!」思わぬ吉報に本当に嬉しそうな顔をするロイ。どちらともなく、私たちは手を取り合った。ガッチリと。

「残念ながら塚本校長だったので、同じ時を過ごせてはいませんが……私たち先輩と後輩の仲だったんですね! スゴイ偶然!!」

「本当だよね! まさか、ここまで一緒の境遇だなんて思わなかったよ!

 そうだ! この前改築工事したって言ってたけど、どこがどう変わったの?」

「あれはですね、旧校舎の耐震工事が不完全ということで、これを機に立て直したんです。ほら、旧校舎は音楽室とか美術室、技術室、理科室、家庭科室、とか、いろんな教室があったじゃないですか。だからいくら古いといっても取り壊すわけもいかず、長い時間かけて工事してたんですよ」

「へぇ、結構大がかりだね」

「大がかりでした」

「それ、フランが卒業するまでに終わったの?」

「えっと~……」


 話に咲いた花が、一気に枯れた。

「私は完成した校舎を見られなかったです。というか、卒業する前に事故で死んじゃいましたから」

 どうも自分の顛末を話すのは気が滅入る。


「そうなんだ、それは残念だったね」

 心の底からそう言ってくれたようだけど、場が暗くなるからやめてほしい。いや、初めに暗くなったのは私だけどさ!


「あーあのお気遣いなく! 今はこっちで楽しんでますから!」

「じゃあバニーちゃん着る?」

「それはお断りします」


 ちぇーと唇を尖らせるロイに「というか」と疑問に思ったことを口にする。


「私もですけど、よくロイさんってこの世界に順応出来ましたよね?」

「そこは教員で培った度胸が物を言ったかな」

「そうですか……」


 見た目は二十歳だが、中身は八十歳近いおじいちゃんなのだ。しかも長年教員で校長の座についていたとなれば、確かに渡世術には長けていそう。


「私よりもフランさんだ。よくもここまでたどり着けたね。その年齢であれば、どこかで行き倒れていてもおかしくないよ」

「最初は本当に行き倒れかけましたよ。その時に拾ってくれた方がいて、今はそこの養子になって奉公をしに王宮で働いているんです」

「それもまた、大変なことだろうにね」

「本当に。それにしても、ロイさんはよく私のことを知ってましたね。殺されそうになっただとか、騎士の召使いをしているだとか……まるで王宮で見聞きしたかのような正解ぶりです」

「ここは王宮から近いからね。それに、王宮勤めの方も多くいらっしゃる。そういった面白い噂は特に回るのが速いんだよ」

「面白い、ですか……」


 確かに他人から見れば波乱万丈で面白さマックスかもしれないけど、こちとら必死なんじゃい! 今だってこんなバニーちゃんを着ろと言われてるんだぞ! 全然笑えないよ!!


「前校長から見てどうですか? こんないたいけな少女がこんなバニーちゃんを着ることについては」

「まあ、さすがに笑ってはられないよね――見過ごせないよ」

「(ほ、よかった)」


 ここで「何事も勉強だから」と言われたら殴ってるところだった。危ない危ない。

 狭い部屋を見回すと小道具やらロッカーがあるばかりで、バニーちゃん以外に服がありそうにない。となれば、私は是が非でもこのバニーちゃんを着るか、騎士の召使いが誘快で働いているという汚名をさらけ出すかの二択になる。

 どちらも心苦しいが、私は後者を選ぶしかない。

 バニーちゃんは御免だ。


「あの、もうこの格好のままでいいのでフロア出ます。いいですよね?」

「仕方ないよね。他に服がないんだもん。私のスーツを貸してあげてもいいんだけど、そうしたら私がバニーちゃんを着ることになるしなぁ。ナンバーワンホストがこれじゃあいけないよね」

「ですよねぇ。聞けばこの店は人気らしいじゃないですか。そこのナンバーワンホストがバニーちゃんなんて……いや、それはそれでお客が来るかも?

 って、え?

 ナンバーワン?

 ロイさんが?」


 信じられない。いや、だって、この何を考えているか分からないような影のありそうな糸目で小顔のロイさんが!? 見た目は若いけど、その実は高齢者のロイさんが!?


「ナンバーワン~!?」

「そうだよ? 私もこの店で頑張っちゃってね! 今も昔も妻一筋だけど、今は仕事のために仕方なく女性を接待しているんだよねぇ。仕方ないよねぇ」

「まあ、物は良いようですけどね……」


 前は教卓の前で教鞭をとっていたのに、今じゃ女の人相手に愛の教鞭をとっているのか……教師の職業って、まさか万能なんじゃないの!? 将来夫になる人には教師以外の職業にしないとダメかな!?


 百面相をする私の横で、ロイさんは「仕方ないよねぇ~」とさっそく髪をセットし始めた。今でさえワックスのような油でべたべたになっているのに、この先どうしようというのか……。


「あの、私がセットしましょうか?」

「え、髪を?」驚いて私を見るロイさん。余程意外だったらしい。

「自分の髪が長かったこともあって、髪の毛のアレンジ本はよく見ていたんです。男性ものも少しだけかじりました。今はオールバックにするよりも、少し崩す方がモテるんですよ?」

「へえ、そうなんだ! じゃあお願いしようかな?」

「任されました」


 既に塗ってあるベタベタのワックスをその辺にあった布でふき取りながら、ロイさんの顔にあったように髪を乱し始める。鏡を見ながらしているものなので、私が手を加えると「なるほど」や「いいねぇ」とロイさんが感想を口にした。


「確かに、ピシッとやりすぎると多少の圧迫感が出るね。こっちの方が客に受けがいいかもしれない」

「でしょう? フレンドリーな接し方の前に、第一印象である身だしなみも大事ですよ」


「まあキッチリしていたのが悪いとは言いませんが」と言うと、ロイさんは鏡越しに私を見て「ではフランさんも崩さないとね」と言いだした。


「私の何を崩すんですか? 体裁ならもう崩れてますよ」

「そうだね」

「‟そうだね”!?」

「じゃなくて、服だよ、服! 遊びに来ている客にその召使いの服はカタすぎ! しかも黒色でしょ? もうちょっと肌を見せた方がいいって」

「でも、バニーちゃん意外に服はないんでしょう? なら、これで出るしかないじゃないですか」


 小部屋を改めて見回しても何もない。この召使いの服以外に選択肢がないのだ。

 ――と諦めていると、ロイさんが提案した。


「その服をアレンジすればいいんだよ!」

「えぇ!? 無理無理むり、ムリです!!」


 これは支給された服で、万が一にもこの形を崩そうものならナカノ先輩あたりに何を言われるか分かったものじゃない――必死に腕を振って断ったが、ロイさんは結構本気らしく、後退する私をジリジリと追い詰めた。


「すこーし手を加えるだけだから、ね、ほんのちょっと!」

「いや、ダメですって! ただでさえ私周りから疎まれているのに、変に目立つとこれ以上何をされるか分かったものじゃな、」

「でも騎士が守ってくれるでしょ?」

「や、まぁ、今まではそうだったですけど……」


 私のピンチがあるところに騎士もあり。

 今の私が無事に生きているということはシアンの力があってこそだ。それこそ何度となく助けてもらったけど、いつもいつも都合よく助けてくれるとは、さすがの私も思っていない。

 ってかロイさん本当に詳しいな! ひょっとして、私がシアンに甘やかされているということも、王宮の内外で噂になっているのかな? だとすると、シアンの威厳に傷がつくので、その噂は払拭したいところだ。


「そんなに深く考えないで! 大丈夫! ちょっと手を加えるだけだから!

 ほら、鏡を見て~。

 例えば、このスカート丈をこんな風に短くして、裾もフリルをふんだんに使う! もちろんニーハイタイツにガーターベルトつけてね! それで靴は……まあ今のパンプスでいいか!」

「えらく女性のファッションに詳しいですね!?」

「イメージはこんな感じだよ、どう!?」

「人の話きいてます!?」


 変質者を見るような目はロイさんを向いていたが、鏡に視線を戻してみる。

 すると、なんということか――

 さっきまで重たい黒が全身を覆ていたのに、今となっては、ロイさんの言った通りの、

 つまりは――

 超ミニスカートの裾に広がるフリルからガーターベルトが伸び、そこからニーハイストッキングが繋がっているという、なんともブリブリのゴスロリ服を着た私が映っていたのだった。


 それを見た私は、心の中でひっそりと思う。


 こいつは仲間じゃない。

 ただの変態オヤジなのだ。

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