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32.キャバクラのバニーちゃん

『じゃあ詳しいことはこの子に聞いてね。日ごろは召使いをしているけど、一発飲屋♡誘快の店長も兼任しているから、何か困ったことがあったらこの子に相談するんだよ。

 じゃあ、僕はこれからカラスナ王国への派遣について国王と話してくるから。今日はここまででいいよ。また明日ね、フラン』


 一通りのことを述べて、ライアン王子はこの場を去る。私と‟この子”は既に執務室の外におり、私は妙に気まずくて既に施錠してある扉を見つめ続けた。動かない二人を周りも不振に思ったのか、行き交う兵やメイドがチラチラと視線を寄越してくる。

 その中で、勇敢にも私に向かって話しかけてくる兵がいた。


「騎士殿の召使いフランブラウンとお見受けする」

「あ、はい。私ですが、何か?」

「騎士殿から伝言を預かってまいった」

「伝言?」

「うむ」


 ヘルメット(というのか分からないが)を目深にかぶっているため顔は良く見えないが、本当に伝言を伝えるためだけに来たらしい。用事が済んだらすぐに帰ります、というオーラがバンバン出ている。つま先は私に向いておらず、明後日の方向だ。しかも、その兵が何を言うかというと……


「今日の夜は帰らない、との伝言だ」

「はい、それで」

「いや、それだけだが」

「(それだけ!?)」


 全く不必要な伝言を置いていくのだった。


「そ、そうですか。それはわざわざありがとうございます」

「いや、それでは失礼する」


 踵を返してこの場を後にしようとする兵に「ちょっと待ってください」と引き留めた。帰らない、と伝えられたが、当の私だって帰れそうにないのだ。夜の街に働きに出るのだ。しかも今日から。


「私からも伝言を頼んでいいですか?」

「これからも騎士殿に会うから差し支えない」

「ありがとうございます。では――

 私も今日から誘快で働くので帰れません、とお伝え願います」

「分かった……それにしても、誘快か」


 上から下まで舐めるように私を見た兵は「ちと足りないな」と言ってこの場を後にした。おい、どのへんだ。どのへんが足りないんだよ。答えによればぶっ飛ばしますよ!?


 ──当然だが兵がいなくなった後は、またもや気まずい時間が流れる。その場の沈黙に耐えかねて、勇気を振り絞ってナカノ先輩に声をかけた。


「あ、あの!」


 その声に、腰まであるツインテールがピヨンと反応する。召使いの服は紅色なのに髪の毛は水色なので、全体的に見ると今更ながらすごくアンバランスだ。

 あれ?

 小さな顔に眼鏡が乗っている。今まではかけていなかったのに、急に視力が悪くなったのかな?


「なんです?」

「いや、あの……」


 いつもと変わらない坦々とした話し方。この人、以前私にしたことを覚えているのだろうか?


「イーノ伯爵の元へいかなくてもいいのですか――ナカノ先輩?」


 すると呼ばれた張本人は「行きたいのは山々なので」と冷たくあしらわれる。くそう、完璧にバカにされている。


「ナカノ先輩、この間の出来事を覚えていますか?」

「この間? それはあなたがお菓子を食べながら歩いていたこと? それとも、私がフラン様に話しかけたにも関わらず無視されたこと? 一体どちらかと」

「昨日は無視していません。ちゃんと挨拶しました!

 じゃなくて!

 ナカノ先輩がいくらイーノ伯爵の召使いだからと言って、私が伯爵に首を絞められているのを黙って見過ごすなんてひどすぎます。それに、まるで私が伯爵にこびたかのような言い方……全て不愉快でした」



『爵位ある方は常にお忙しいお方。それを、自分の都合で立ち止まらせるなど言語道断。加えて、話す時は一歩引き、歩く時は背中を見なければ。

 それに――主人以外の方にすり寄ろうなど他の召使いが聞けばこれまでに無い笑い者。今日はいらない隙を作ってないで部屋に篭っておくべきかと』



 あの時私がどれほど傷ついたか、ナカノ先輩には知ってほしい。あの時私は絶望したのだ。まるで渡っていたつり橋のロープを切られたかのような、唯一の望みを絶たれたかのような――本当に心が凍てついた。ナカノ先輩の言動がどれほど私を落ち込ませたか、あなたはきちんと知るべきだ。

 だけど私の意に反して、ナカノ先輩の反応は「あぁ」と表情変わらず薄いままだった。


「あれは私の責任ですか?」

「はい?」

「フラン様が我が主に言い寄られていたこと、知っている。

 フラン様が主に必要とされたこと、知っている。

 だけど、フラン様は主の要求を飲まなかった。それに対し、主は怒った。それによる行動――となれば、主を怒らせたあなたに責任があるのであり、それを私に転嫁するのは間違いかと」

「な……!」


 いけしゃあしゃあと!――歪んだ顔でナカノ先輩に一歩近づく。その際に彼女の腕を引っ張って、壁に押し付けた。


 ダン!


 ナカノ先輩から少しずらして、壁を蹴る。幸いなことにスカートが長いため、はたから見ればただスカートが変に盛り上がっているだけに見えるのだ。その中でお下品なことになっているとは誰も分からない。


「お言葉ですが、いくら主と言えど間違っていることは間違っていると言うべきです」


 まるで私に壁ドンされているナカノ先輩はやっと顔を歪めたが、声を荒げることはなかった。もしかしていくら脅しても意味ないのかな。この人には感情の起伏がないのだろうか?

「お言葉ですが」ナカノ先輩が高く上がった私の足をペシッと叩いて反論する。


「主が間違っていないから、主を止めなかったまでです。そもそも、我が主に間違いは起こりませんが」

「示談が失敗したから逆上して私の首を絞めた人を、間違いではないと? 道徳的には完璧に外れていますよ、あなたの主」

「我が主を侮辱するのは、軽率かと」


 眼鏡の奥に、闘志をむき出しにした目が見える。私を敵視する目だ。


「我が主は完璧な方です。そのように言われ続けますと……私もどのようになるか分かりませんよ」

「どのようになるんでしょうねぇ~っていうか。

 っていうか!」

「……」ナカノ先輩の顔に煩いと書いてある。

「ナカノ先輩と主従関係を結んでいるのに、独断で私を引き抜こうとした行為――それもあなたは正しい行為だと思うのですか?」

「!」


 この時初めて、ナカノ先輩が「チッ」と舌打ちをしたように悔しがった。顔も、口も、眉も、すべてが歪んでいる。

 なるほど、分かっているのだ。この人は。主が自分を裏切ろうとしたことを分かっているけど、でも、それが現実だと認めたくないから、イーノ伯爵を正しいと自分に言い聞かせている。自分の中に出来たイライラを消化不良できずに、それが煩わしくて私に八つ当たりしている。

 まったく。

 身勝手な話だ。

 本当に。


「ナカノ先輩、私は騎士が間違った道を進んでいたら指摘します。その道は違うと、あなたの行く道はこっちですと。それも召使いの立派な仕事であると思っています。そうやってお互いを切磋琢磨し合うことも立派な主従関係だと思います」

「だ、誰がそんなきれいごと……それに、あなたはまだ召使いになって数日。そんな方に、私の何が分かると」

「分かります」

「だから、何が」

「あなたがイーノ伯爵をとても好きだということが」

「え……」


 壁から足を下ろす。すると、ナカノ先輩はズルズルと床に突っ伏した。それはまるで、イーノ伯爵に首を絞められ、ナカノ先輩に助けをもらえなかった、あの時の私のようだった。


「ナカノ先輩はイーノ伯爵が本当に好きなのですね。だからこそ、大切にしすぎてしまうのです。たまには、ご自分の本当の想いを打ち明けてみたらどうですか?

 イーノ伯爵が好きだと。

 あなたの傍を離れるのは寂しいと。

 ずっと、傍でお仕えしていたいと――」

「そんな、こと……」


 顔を両手で覆うナカノ先輩は、今や淡々と業務をこなす鉄人のような凄さもなく、触れたら壊れてしまいそうなほど、可愛らしい女の人になっていた。そうか、これが恋をする女の姿なんだ。私も、紫音先輩のことを考えている時はこんなにしおらしくなっているのかな。

 花を背負った可愛いふわふわの雰囲気を?

私が?

 この私が?


 ――いやいや、ねーよ!


 シアンの声が聞こえて、熱が冷める。くそ。どうせナカノ先輩のようには可愛くなれないよ! どうせ騎士の召使いをするのがいいとこだよ!


「私はイーノ伯爵の召使いにはなりません。ずっと騎士の傍におります。ナカノ先輩は私なんかよりも、ずっとその思いが強いでしょう。それはイーノ伯爵にとって、何にも代えがたい心の強さになるはずです。どうかこれから先もずっと、二人で紅の服を着ていてください。ナカノ先輩には、その色が似合います!」


 笑いかけて、ナカノ先輩の前に手を差し出す。すると手の隙間からそれが見えたのか、ナカノ先輩は素直に手を乗せてきた。思いの外順応なので、少し怖くなったのは内緒だ。


「ハンカチ、いりますか?」

「泣いていませんから。いらないかと」

「そ、そうですか……」


 さっきまでの可愛らしい姿はどこにもなく、一度立ち上がったナカノ先輩はいつもと変わらない言動だった。この人は座っている時しか巣の自分を出さないのかな──鉄壁だ。


「だけど」そう言って、ハンカチを握っていた私の手を引っ張るナカノ先輩。そして器用に、ハンカチだけを掠め取って、後はどうでもいいというように潔く私の手を離した。


「あれ?」

「これは好意としていただいておきますので。気が向いたらお返しします」

「は、はあ。どうぞ」


 どうせ召使い準備室で調達したものだし……いるというならあげるけど。


「友情の証に、今度は私のハンカチをフラン様に差し上げたいと思うので」

「へ、友情?」

「私たちの、友情です。

 嫌ですか?」

「う、嬉しいです!」


 鉄人がそんな悲しそうな表情をするんじゃない!

 思わず返事しちゃったじゃないか!


「(まぁ、でも)」


 チラリともナカノ先輩を盗み見ると、雰囲気はいつもと変わらないけれど、表情がどこか柔らかい。つまり、本当に私のことを友人だと、友達だと思ってくれてるのだろう。


「(可愛らしい人だな)」


 好きな人のために一生懸命になる姿。

 それは誰がどう見ても、必死に恋を叶えようとする女の人の姿だった。


「ナカノ先輩、もしも恋の相談とかあるんなら、私乗りますよ? こう見えても、いろんな経験をしてきたんです!」

「あら、じゃあ一度に10人以上と付き合ったことがおいでで?」

「はい!?」


 十人!?

 そんなバカな!


「ナ、ナカノ先輩って意外に……」

「意外に?」

「(おっかなくて言えねー!)」

「主に不服申立てていた兵から謀反の可能性があるかないか探っていたもので。一人一人とお相手するのは面倒だっただけのこと。それに……」

「それに?」

「私は男の人にサワれませんから」

「え……」


 男の人に触れない?

 それってつまり、怖いってこと?

 でも、イーノ伯爵は男の人だよね?

 慣れた人なら平気なのかな?


 様々な想像が頭を駆け巡る。だって、こんな鉄人みたいな人に欠点があるなんて思えないんだもの! それに、今までの言動が自然すぎて、男の人が苦手だなんて全く思えない。となると……


「う、嘘ですよね?」

「想像にお任せします」フッと笑うナカノ先輩が悔しくて「じゃあどうやって男性と付き合ったのですか」というと「私くらいになれば文通で内情を吐露させることが出来る」とのこと。

「目がついている男性であれば、何人であろうと落とすことが出来ますけど、なにか」

「全然純粋な女の人じゃない!むしろ汚れてるよこの人ー!」


 私よりも想像以上に濃い恋愛話を聞きながら、王宮の外へ出る。店の看板、道の色、建物の形――全然纏まっていないこれらの中で、たくさんの人々が生活して生きている。生きるために、生きている。どこからか聞こえる賑やかな音楽が、人々の人生を照らしているように思えた。

 久しぶりの王都に、思わず胸が弾む。


「わーやっぱり活気がありますよね! 王宮の中はエレガントって感じですが、王都は賑やかです!」

「えれがんと?」

「噛みました! すみません! 華々しいって言おうと思ってたんです、はい!」



 あ、危ねー! 気が緩むとすぐ漏れ出ちゃう! 私のアホさが滲み出ちゃう!

 ナカノ先輩も今は機嫌がいいのか、私の失態に言及することはしなかった。助かったけど、これがもし膠着状態のままの鉄人ナカノ先輩だったら……考えただけでも恐ろしい。おそらく私は拷問にかけられていたことだろう。


「(どこの世界に置いても、好感度って大事なのね)」


 また一歩、大人になった。

 そして、今からまた一歩、大人になる。


 嫌でも──


「あの、ナカノ先輩。私はライアン王子から、やましくない店だと聞いていたのですが」

「実際やましくはないと。個室はありませんし、お客様を接待するだけです。まぁ……店が終わってからの行動は知りませんが」

「(それ完璧にキャバクラじゃん!!)」


 アフターとか、そんな言葉を聞いたことがあるぞ!

 それってつまり、そういうことなんじゃないの!?


「(綺麗なドレスを着た人が出入りしてるし、その人の髪はとても派手派手しいし! ってか名前が一発飲屋♡誘快の時点で明らかだよね!?)」

「フラン様、こちらに」

「は、はぁ」


 入口に招かれて、なすすべもなく素直に入店する。ネオンで輝く店名が、反対に私の心を影らせた。


「あ、店長! おはようございます」

「まあ店長だわ、珍しい」

「眼鏡なんて珍しい。店長、まだ老眼には早いですよ」

「眼鏡は気分だ。本当に目が悪くなったわけじゃない」

「(そうなんだ)」


 入店すると、ナカノ先輩を見つけた女の人や男の人が笑顔で挨拶をしてくる。その様子を見ると暗い雰囲気は全くなく、むしろ和気あいあいとしていて楽しそうな職場だった。

 しかし私は店の雰囲気よりももっと言及しないといけないことがある。それは、店の中にいる男女比率が同じくらいだということだ。


「あの、ここって、女の人が男のお客さんを接待する場所ですよね?」


 ナカノ先輩に聞いたのだけど、答えてくれたのは近くにいた若い男の人だった。この人も例外なく、ビシッと決まったスーツを着て髪の毛も綺麗にセットされている。さながらホストのようだ。つーか背が大きいな! 何センチあるの!?


「君の言う事だと半分正解だね」

「半分、ですか?」

「そう。半分正解で、半分不正解。

 ここでは男の人も女のお客さんを接待するんだよ」

「へ? 男女共同ってことですか?」


 キャバクラとホストが合体しているってことか、なるほど。それは入りやすいかもしれない、色んな意味で。

 ってか、ナカノ先輩はやっぱり普通に男の人と話している。クソ、やっぱり嘘だったのか! 踊らされた自分が悔しい。


「聞いてますか、フラン様」

「へ!? あ、すみません……」


 呆けていた私を見たナカノ先輩と、さっきの背の高い若い男の人は互いに溜息をつく(もちろん私に聞こえる様に)。まるで先が思いやられると言わんばかりだけど、悪いけどそれ私のセリフだから!


「じゃあもう一度いいますよ? あなたには我々男性陣の方で働いてもらいます。女性のお客さんの相手を我々がしている間、食事やら飲み物の配膳をしてもらいたいのです」

「え、私が男性客の相手をするのではなく?」

「表役者ではなく、裏役者でお願いしたいです。それに、あなたでは……」


 上から下まで舐める様に見つめられる。あれ、デジャブ?

 背の高い若い男の人(もう‟セタカ”でいいや)は「では、中を案内します」と言って私の手を取る。おお! やっぱりホストはレディの扱いに長けてるぜ!


「あ、ナカノ先輩は、」

「店長は売り上げを確認しています。あなたのことを任されましたから」

「あ、そうなんですね。では、お願いします」

「はい、喜んで」


 そう言ってニコッと笑うセタカ。キチンとしているが、その薄い目……どこかで見たことある。どこで? はて、どこでだろう。

 疑問を覚えつつ、手を引かれるまま奥に行く。

 すると、そこで目にしたのは――


「すっげー際どいバニーちゃん……」


 どこのコンパニオンかというくらいの、露出の高いバニー衣装が飾ってあったのであった。

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