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43/49

31.身売りされました

 目が覚めてからの私たちは恐ろしくギクシャクしていた。いわゆる夜中の変なテンションに身を任せて抱き合ったりなんかしていたけど、考えると全身の鳥肌が総出で起立する。最初に抱きしめたシアンもシアンだが、その後「抱きしめて」なんて言った私も私だ。バカか、私は。バカか!!


「おい、朝ごはん持ってきたぞ」

「あら、ありがとう」パンとスープをテーブルに置いたシアンは踵を返して部屋を出る。

「シアンは食べないの?」

「歩きながら食べた」

「お行儀悪いわね」

「お前だって昨日、お菓子を食いながら歩いてたんだろうが。苦情が俺の所に来たぞ」

「げ!」


 見られてた!


「急いでたのよ」

「俺も一緒だ。今日から新兵の教育でな――そういうことだから、もう行くぞ」


 着ていた軍服をパタパタと払って(埃が飛ぶから迷惑だ)、シアンは忙しなく部屋を出る。その際に黒い帽子を手に取っていたけど、正解だと思う。なぜなら彼の髪には大きな寝癖がついていたからだ。


「私も寝癖をチェックしなきゃなぁ、王子の前で寝癖なんて不敬罪だもん」


 傍にかけてある鏡を見て確認する。「よし大丈夫!」そして、一人で食べるには多すぎる朝ごはんに手をつけた。固そうなパンとクラムチャウダーのような温かなスープの組み合わせが限りなくグッドだ。手ごろな大きさにパンを切り、スープに浸して食べて、パンが柔らかくなったところ、硬くなったところを交互に楽しむ。はぁ、空いた胃に幸せが落ちていく。それがまた幸せ――


「パン、スープ、美味しい食事だなぁ〜。お昼もこのメニュー食べたいなぁ……ん?

 食事?

 お昼?

 あれ、なんか忘れている気がする。なんだっけ、あれ?」


 一瞬よぎる、ライアン王子の顔。


『ここで一緒に昼を食べようよ。昨日フランと食べたお昼は美味しくて、楽しかったんだ』

『は、はぁ……分かりました。ではお昼はお作りして……あ、えっと、ご用意しておきます』

『うん、頼んだよ!』


 カランッ


 木のスプーンを落とす。

 そうだ、私、忘れてた……!

 王子のお願いをすっかり忘れてた!


「今日のお昼、ライアン王子のご飯を用意しないといけないんだったー!」


 アリス様の一件でバタバタして、王子との口約束なんてとうの昔に忘れていた。そう言えば、かなり嬉しそうな顔でライアン王子はお昼を所望されていた! 私も「楽しみだなあ」とか言ってたのに見事に忘れてたよ! ごめんなさいライアン王子ー!!


「食堂に行けばまだ間に合う! 頼む、朝ごはんの残りを私に恵んでくれー!!」


 スープに浸かってしまったパンを吸い出す。落ちてしまったスプーンを拾う余裕はもうない。私の吸引力を酷使して、残りのパンも残りのスープも全て飲み切った。くそ、これじゃあ行儀の悪いシアンと変わらないじゃないか!

 うわあー!──変な声を上げながら、髪を溶かして服をはたく(これもシアンと変わらない)。切っていない残ったパンに布をかけて、部屋の鍵を持って外に出た。まだ朝早いというのに、みんな右往左往と素早く動いている。恐ろしい。


「じゃあ、誰にも会わないように願いをこめて食堂に行きますか!」


 ――その後無事に食堂についたものの、伯爵のご飯を取りに来たナカノ先輩とすれ違う。その時「昨日はよくもムシしてくださって」と言われたけど何のことか分からなかったので挨拶だけしておいた。すると「またムシですか、念の為あなたの主に直接苦情を言っておいて良かったです」と言われたので、今度からナカノ先輩の扱いにも充分気を付けようと思う。あいにく今はそれどころじゃなくて……すみません!

 そして――


「ただいま~フラン、ごはん出来てる?」

「ライアン王子! 遠いところまでお勤めお疲れさまでした。もちろんご飯の準備は出来ておりますよ、一息ついたら食べましょう」

「あぁいい匂い、楽しみだな! 手を洗ってくるから待っててね」

「(子どもみたいなことを言う人だな)」


 その後無事にライアン王子と食事を済ませ(パンとスープとサラダだけでもえらく喜んでくれた)、穏やかに話しをしていると、外からのノック音が部屋に響く。


「王子、国王がお呼びです。至急、部屋へ来るようにと」


「お父上が? なんだろう?」と首を傾げるライアン王子に、

「(きた! アリス様の一件だ!)」と確信を持つ私。


 これから国王は王子にアリス様への帰郷を命ずるに違いない。そうか、王子はまだ知らなかったのか。

 王子はどんな反応するだろう。少なくとも、反応はあっても反発はないことは確かだ。


「(王子のことだからアリス様のことを思って‟よかったねアリス!”とでも言うだろうな。満面の笑みが目に浮かぶ)」


 目の前で「ごちそうさま」とお行儀よく手を合わせる王子。すぐに部屋を出るかと思いきや、さっき部屋に持って入った鞄をゴソゴソ物色し始めた。「鞄も持って行かれるのですか?」と問うと「違う」の一言。大きな鞄には余程たくさんの荷物があったのだろう。長い間探した後「あった!」と私に向かって笑った。


「これをフランにあげようと思ってね」

「私に? なんでしょう?」


 なんでしょう?と言っている割には胸が高鳴る。だって、小奇麗な包装紙に包まれている小さな箱――それは誰が見ても明らかなプレゼント!


「アリスへのお土産を買っている途中、急にフランの顔が浮かんでね。君に似合うかなーって思ったんだ。開けてみて。きっと喜ぶと思うよ」

「あ、ありがとうございます!」


 箱を開けて震える手の上に落ちて来たのは、リボンのついた髪留めだった。ピンクの淡いリボンに、黒色のゴム。一見、百均に売っていそうな代物だけど──さすが王族、侮ることなかれ。


「キレイ……リボンを見る角度によって、色が変わって見えます……ピンクなのに、青。あ、緑。今度は黄色になった!」

「ね、キレイでしょ?」


 ただの髪留めではなかった。それは七色に変わるリボンがついていた。光の加減で変わっているのだろうか? だけどここは室内で日は当たっていない。それにリボンはガラスで出来ているわけじゃない。スパンコールでもない。本当にただの布だ。


「僕はね」


 私の手から髪留めをとり、私の背後に回るライアン王子。何をするのかと思えば、この国の人から一目置かれている私の黒い髪の毛を一つにまとめ始めた。


「中途半端に切られている髪の毛が可哀想でならなかったんだ。幸いにも君の髪は長い。一つにまとめてしまえば、不揃いな髪も隠せるだろ?」

「それで買ってくださったのですか? こんなお高い物……」

「フランの服は地味だしね、こんぐらい派手な小物があったほうがいいと思って!」

「(ナチュラルに地味って言われた!)」


 高くもなく、低くもない位置にとめられた私の髪は、嬉しそうにユラユラと揺れていた。キンバリー子爵によって短くなっていたあの髪はもうどこにあるか分からないほどに全体に埋もれていた。あ、首に風が通って気持ちが良い〜。


「はぁ、楽です。手入れも面倒だし、もう切ってしまおうかと思っていたので」

「それはダメだよ。せっかくの黒髪だからね。伸ばせるところまで伸ばそうよ」

「さすがに腰を過ぎれば切ります」


 ライアン王子はしょぼくれた風をしてみせたが「似合って良かった」と満足そうに頷いて私の頭を撫でた。


「じゃあ行って来るね。たぶんすぐ帰って来ると思うから、この部屋で待ってて」

「分かりました、片付けておきますね」

「頼んだよ」


 青い瞳が私を捉えた。硬直した私を面白がるその顔には笑みが浮かんでおり「じゃあね」の動きをした口から、白い歯がチラリと見える。頭に置かれた手は滑り落ちる様に離れていき、私をこの部屋に一人にした。


「び……っくりしたぁ」


 ニコニコしていた顔がしまらない顔に戻る。色々な事態についていけていないが、取りあえず私はうまく演技出来ていたように思う。

 いや、だって、プレゼントとか!

 私の髪の毛を気にしていてくれたとか!

 いや、そもそも!

 出先で私を思い出すとか!!

 この色男ー!

 叫んでやりたい衝動に駆られながら、余ったスープに顔を映す。角度を変えるとかなり首が痛いけど、あのリボンが見えた。今はスープの色が映って白色だ。


「こんなの、嬉しくないはずがないじゃない……めちゃくちゃ動揺するくらい嬉しいよ……!」


 しかも今はライアン王子が結んでくれた髪だ。いつもは鬱陶しかった髪が百倍愛おしい。面倒だけど、頑張って伸ばしてみようかな!


「よし、これで今日の私も頑張れる!

 明日の私も頑張れる!

 この先の私も頑張れる!

 ライアン王子、クソ鬼なんて言って本当にすみませんでした!!」


 後半はスープを飲みながら喋ったので問題ない。もう今までの私とは違うのだ。不敬罪を意識した音漏れ対策をなめないでほしい!


 だけど、人を上げて落とすというのは世の中の常らしく――


 思ったよりも遅く帰ってきたライアン王子が、思ったよりも深刻な顔をして部屋に戻った時。私の背中を冷や汗が流れる。もはや勘が勘ではなく予知なのではないかと疑う程、私の本能はこれからの未来予想図を当てていた。


「アリスが一時帰郷することになった。一週間ほど、カラスナ王国に帰るらしい」

「一週間ですか、随分長いですね」

「僕にとっては帰郷することの方が驚きだけどね。それでだ、その帰郷に僕も同行する」

「婚約者ですものね」

「そしてフラン。君も一緒に来ることになった」

「召使いですものね……へ?」


 驚きの表情でライアン王子を見ると、コクンと頷いてどうにも嘘をついている素振りがない。

 え、いやいや。

 そんな、まさか!


「私、今回の件に全く関係がないと思うのですが」

 アリス様から依頼されシアンに頼み国王まで話をもっていかせた立場としては、むしろこの件の張本人である。はっきりと黒幕だ。


「僕もそう思ったのだけど、なんせお父上がフランも連れて行くようにと言うんだよ。と言っても、数日僕の召使いをしていることは知らないだろうし……あ、騎士も連れて行くらしいから、それでかな? でも遠征に召使いが付いていくなんてのは異例なんだけどね」

「異例、ですか……」


 確かに妙な抜擢だ――どうして私の名前が挙がったんだろう。国王は一体何を考えているんだろう(何も考えていないのかもしれないけど)。


「お父上……つまりは、国王とは知り合い?」

「いえ、まさか」


 ここで私は、自分が国王に会っていたとは露知らず、


「一度もお会いしたことはありません」


 真っ赤な嘘をついていたのだった。



 ◆



 その後、ライアン王子にカラスナ王国への概要を色々と聞かされた。出発は一週間後、それまでに準備をしておけとのこと。といっても私は荷物なんて荷物はないので、ただ出発日を待てばいいだけである。とっても簡単な荷造りだ。


「王子は色々持って行くものがありそうで大変ですねぇ」

「そんな荷造りもフランにしてもらうけどね」

「え!?」

「通常はアリスにしてもらうけど、今回はアリスのための帰郷だからね。お土産を買ったりなんやりで暇がないらしいんだ。だからフランに頼もうかと思ってね」

「はぁ、そういうことなら……」


 それって婚約中の彼らの部屋に入るということだろうか……いや、さすがにそれはないか。きっと自分の物とかは部屋と別に管理しているんだろうな。それをいつも召使いやメイドに持ってきてもらっているんだろう。


「でもフランにも忙しくさせちゃうね」申し訳なさげなライアン王子。

「いえいえ、私は特にやることがないので。昼は王子の荷造り、夜は翻訳に勤しみます」

「あ、そうか伝え忘れてた」

「え」不安げな顔をする私。

「護衛の兵とかは予算の内なんだけど、その……召使いにあてる資金が足りなくてね」

「えぇ?」

「フランの分の遠征費が足りないんだ。でも今はまだ給料が出ないだろうし……だから、夜に仕事をひとつ増やしてもらおうという案が出たんだ」

「えぇ!?」


 それってダブルワーク!?

 なんなら今の状態もダブルワークなんですけど! 騎士の召使い、王子の召使い、それに加えてまだ働けと!? ってか一人分くらいの旅費くらい出せや! 王子やアリス様が好き勝手にお土産を買っている余裕があるなら、そこから捻り出せや!!


「ど、どこで働けばいいんですか! え、だって昼はライアン王子の荷造りですよね? だったら夜に働くしかないですよね!? なんですか? 保存食をとってこいと!? 熊の餌にでもなれと!?」

「ま、まぁまぁフラン、落ち着いて。

 大丈夫、混乱すると思ってね、国王が君の勤め先を決めておいてくれたよ」

「国王~!」


 意外に良い所あるじゃないか! なんて気の利く! これで探す暇が省けたぞー!

 で、どこなんですか? どこなんですか!?


 息つく間もなく王子にせがんでいると、王子は一枚の紙を差し出した。

 これは、名刺?

 かなり申し訳なさそうな王子の顔が気になるが、仕方ない。裏表を確認して書かれている文字に目を通す。


「あ、ここに伺えばいいんですね。住所も電話番号も書いてあるや。えっと、なになに……

 一発飲屋♡誘快ユウカイ


 ん?

 一発飲屋?

 ハートマーク?


「あの、王子、ここに未成年の女の子に勧めるべきではない派遣先が書かれていますが、私の就職先は本当にここで合っているのでしょうか?」

「え、うーん。まあ……らしいよ」

「(らしいよって!)」


 待て待て待て、本当に待って!

 なんで国の勝手でカラスナ王国へ連れていかれて、しかも旅費は出さないと言うし、挙句の果てには自分で稼いで旅団について来い!? 国が指定した夜の店で!? この私が!?


「(ふざけんじゃねー!!)」


 こんなの国総ぐるみのイジメにしか思えない。よく国王も許したな! っていうか、国王が提案したんだった! もうダメだこの国……!

 意気消沈して思わずその場に座り込む。「フラン、大丈夫!?」ライアン王子の声が今は遠い。いや、だって、未成年の私が、ろくに恋愛もしてこなかった私が夜のお仕事って……。

 目に涙がたまる。昨日流した涙とは全く違う、冷たい涙だ。希望が持てない涙だ。無色透明なんかじゃない、真っ黒の感情が私を支配する。

 リボンは今、何色なんだろう――


「フラン……」

「ライアン王子、私、嫌です! だって、このお店の名前からして男の人にいいようにされる所じゃないですか……。女たちの競争だってあるし、売り上げの目標だってきっと高い」

「ず、随分詳しいね」

「そんな荒波にもまれるなんて、そんなの私無理です! 行きたくありません!」


 ポロポロと泣き出す私に、ライアン王子は「心配しなくても」とさっきぶりに頭を撫でてくれる。見上げると、夕日を背負った王子の姿があった。逆光で全く顔が見えないが、だけど彼の手つきでわかる。王子は今きっと私に微笑みかけてくれている。


「心配しなくてもいいよ。飲屋と書いてあるし、色々な人が夜にお酒を飲むところだよ。配膳とか、そう言った仕事を任されると思うよ」

「でも、一発って! このハートが意味するところも!」

 あ、ハートって言っちゃった! 通じるかな!?


「お茶目で使っているだけだから、怖い想像はしないで」

 通じた!


「それに、このお店の場所知ってる? この王宮を出てすぐの所なんだ。あまり大きな声では言えないけど、お父上も通ってるみたいでね。結構贔屓にしている店らしい。となると、きっと悪いお店じゃないと思うんだ」

「い、今‟あまり大きな声では言えないけど”って……やっぱりそういうお店なんじゃないですか……!」

「それは言葉のあやだから! 違う違う、大丈夫だから」


 かなり焦っている彼を見て思う。

 なるほど。私は本当に、


 身売りされてしまったらしい――

  

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