30.初めての添い寝
結局、
「ではライアン王子付きアリス様帰郷については、明日ライアン王子が戻られた際に国王からお話しください。きっと了承を得られるでしょう。爺はカラスナ王国へ送る文書を作って参ります。騎士殿とアリス様との間については‟価値観が合わない”とのことで、アリス様のためにシアンを失脚させライアンを王子につかせたとでも言いましょうか。アリスのためまで王子まで変えた、その後二人はうまくいっている、アリス様も幸せそうだと言えば、カラスナの国王も悪くは思いますまい」
「はは。むしろなぜそこまでしてくれると、疑問を持たれそうだがな」
「呑気に笑っている場合ではありませんよ、国王。あなたには、この話の辻褄を合わせるようアリス様に伝えていただきます」
「ライアンに任せておけばよい」
「そんな勝手な、」
「ライアンの言うことならアリスは言うことを聞く。それに、一生帰れないと思っていた故郷へ帰れるのだ。どんな条件であってもアリスはこれを呑む」
「まあ、そうでしょうね」シアンが割って入る。
「アリス様にとっては千載一遇の機会。これを逃すはずありません。例え歩いて帰れと言っても、かかとの高い靴で成し遂げるはずです」
まったくアリスを信じていないシアンの良い様に、ローランドは呆れた声を出す。
「シアン、お前にも再度言っておこう。
物事には表と裏があることを常に想像するんじゃ。
一つのことにこだわっていれば、それが表であれ裏であれ、必ず寝首をかかれることになる。いかなる方向からもしつこいくらいに推察することが大事なんじゃよ」
「はい……」
「分かったならもういけ。後はワシとルーファスで処理しておく。お前も出立する日まで鍛錬を怠るなよ」
「分かりました。それでは、失礼します」
いつもの仏頂面に戻ったシアンが一礼して扉を開け廊下に出る。その靴音が遠のく音を聞いて、中にいる二人はどちらともなく息をついた。
「ふうー」
ローランドは三つ目のお菓子を手につけ、ルーファスは再び扉を閉めて再び直立不動になる。両者何かを考えているようであり、お互い口には出さないもののお互いの心情は手に取る様に分かり合えていた。
「ルーファス、どう思う?」
「シアン殿が王子になりたいと申されたことですか?」
「うーん……まさかそのように思っていたとはなあ。全く欲がない子じゃと思っていたから、意外でならん」
「さすが国王の子とでもいいますか。貪欲なのは親譲りですな」
「褒めるな」
「褒めていません。だから爺はあの時ライアン様を王子にするのは反対だったのです。そうコロコロ王子が変わっていたのでは、国の品位が問われます。それに、」
「まだあるのか」
「ありますとも。
現にこの間のカラスナ王国との会合。あの時にライアン王子を同行させたものの、きちんと‟現王子”と紹介されていないそうではないですか」
「この間の会合?」
ローランドとライアンがカラスナへ会合をしに王宮を留守にしていた時、寂しくなったアリスが「帰って来て」と伝書鳩を飛ばして仕事中のライアンを強制帰国させたあの会合――別名、フランが不敬罪で死にそうになった夜の出来事。別名、ライアン王子と言う紫音先輩と瓜二つの人物とフランが出会った記念日、である。
「紹介する前にライアンは帰ってしまったのじゃ。しかし国王にライアンを紹介しなくてよかった。婚約者に呼ばれて帰る様な男を王子としては、それこそこの国の品位が問われる」
「カラスナ王国としては大事な娘の願いを叶えた立派な王子として映っているでしょうがね」
「それでも王子としては失態じゃ。あってはならぬ。その日はワシ一人で来たことにしたわい」
「なるほど」
「だからこそ思うのじゃ。これがシアンならあんな失態はなかったのう、とな」
「でしょうなぁ……」
本当は二人とも気づいているのだ。
王子にふさわしいのはライアンではなく、シアンだと。
しかしあんな事件が起きてからと言うもの、シアンを王子のままにしておくには辛い時期が続いた。いわゆる苦肉の策でシアンを騎士に、ライアンを王子にしたが、その時はそれでよかったと思ったのだ。シアンは何を考えているかも分からなかったし、やる気がある方を採用するのは例え正社員だって王子だって同じことだ。
しかし今になってシアンが「やはり王子になりたい」と言うとは思わなかった。本音を言うならば「ぜひシアンが王子をしてくれ!」というところなのだけれど、それは世論が許さない。誰が犯罪者を王子にするかと否定されるに決まっている。
「頭が痛いのう。もっと早くシアンがやる気をだしていてくれれば、事はそう大きくはならんかったのに」
「爺も国王も諦めておりましたからな、シアンはもう王子で居続けることは不可能だと。しかし、シアン殿だけはまだ諦めていなかったというわけですか……本当、あのフランという娘がどうやって焚き付けたのか」
「気になるか?」
「気になりますねぇ」
ニッと笑ったルーファスから意地悪そうに歯が光る。「これだから頭脳派は」とローランドは首を振る。
「何も探らんでも、直接フランと話せばよかろう。あの娘は良い子じゃよ?」
「お医者さんごっこをしていた人に言われたくありませんな」
「それほどいい子ということじゃ――にしても、そうじゃのう。
アリス帰郷の連絡のみをカラスナ王国にするんじゃ。王子がライアンに変わったことは、ライアン本人に国王の前で説明させる。それでよかろう。どうせ訪問するんじゃ、なにも手紙で伝えることはない」
「分かりました、ではそのように」
「頼んだぞ」
ルーファスも部屋を去り、ローランドは一人きりになる。色々な報告を聞いて、二人が来る前に何の仕事をしていたかすっかり忘れてしまった。「寄る年波には勝てんな」と言いながら、今日いくつ目になるか分からないクッキーを手に取る。
まさがシアンが――
もう何度目になるか分からない気持ちが全身を駆け巡る。それこそもう何週目かというほどに、その気持ちはローランドの体内ををフルマラソンのようにずっと走っていた。
だけど、彼はパッタリと考えることをやめる。
思い返せば、シアンはライアンが王子をやることに不満はないといっていた。自分が動く時は国が揺らいだ時だけ――ならば裏を返せば、この国ほど安全な所はないということだ。国王がダメだった時は王子がいる、王子がダメだった時は隠し玉の騎士がいる。この三人が倒れて、国は初めて危機に陥るのだ。国を救うチャンスが三回あるなら安心だ。
将来どちらが王子になるかは分からないが、結局は実力のある方が王子になる。シアンが王子になりたいと思った時、反発する国民を説き伏せられなかったらその時まで。いわゆる実力不足だったのだ。
「ならば、ワシは今まで通りこの国の王であり、二人の親であろうかのう」
そこまで考えてようやく、口の中にクッキーの味が広がる。上品な甘みが口からじわじわと広がっていき、久々に酷使した脳に到達した。その瞬間、肩の力が抜けていき鼻から思わず息を吐いた。やはり甘い物は疲れに効くらしい。
「んーうまい!」
ローランドの顔に幸せな笑みが零れる。それはフランとお医者さんごっこをしていた時の表情に似ていたのだった。
◆
「というわけで、アリスの願いは叶いそうだから」
その言葉をシアンから聞いた時「ええ!?」と叫ぶだけでは驚き足りなかった。だって、アリス様の願いは理解できたけども、シアンにあれだけ反対されたのだ。望みは薄いかと半ば諦めてしまっていた。
「え、えぇ? 本当に言ってる? 国王が了解したの?」
「した」
「帰郷してもいいって?」
「言った」
「ウソ」
「本当」
「またまた~」
シアンをパシパシと軽く叩く。現在は夜でお互い珍しく部屋に揃っていて、部屋のど真ん中を牛耳っているベッドに座るシアンを、立っている私が上から叩いているという図だ。下から「何をする」というシアンの視線が刺さる。出会った時よりも表情は幾分か穏やかになっているが、その目つきの悪さは変わらない。一言でいうと、泣く子も黙る眼力だ。
「そ、そんな怖い顔で見ないでよ」
「じゃあ叩くなよ」
「ご、ごめん……って、えっと、それで……。
ほ、本当なんだ……アリス様帰郷が許されたんだ……よかった」
本心だ。
港を見つめるアリス様の横顔はあまりにも寂しかった。家に帰れない私の身の上と重なって同情する。だから帰郷させてあげたかった。それが叶ったとなれば、素直に嬉しい。
「ただ問題は色々ありそうだ。契約でアリスは帰郷しないと決めていたところ、それを破ってまで帰郷させるんだ。それに、王子は俺ではなくライアンになっている。向こうがこちらに探りをいれるのは目に見えている。つけいる隙を見せないように、万全の態勢で臨む必要があるな」
ツラツラと、よくもそんな難しいことを話していられるな。感心すると同時に耳を塞ぎたくなった。
シアンの座る隣りへ、私もゆっくりと腰かける。結構いいベッドなのか、フカフカの座り心地だ。柔らかい、そりゃ昨日よく寝られたはずだ。
「ねぇシアン。難しい問題はあるみたいだけど、一番重きを置くのはアリス様の気持ちだわ」
「もちろん考えている。何かを企んでいるようなら、その芽は早く摘まねーとな」
「そうだけど、そうじゃなくて」シアンの方へ顔を向ける。
「今日たくさんお話しして、アリス様に何かあるようには思えなかった。もちろん、素人の意見だけど……だから純粋にアリス様に帰郷させてあげてほしいの」
「ふーん」
ふーんって。
力ない回答に、私は思わず後ろに倒れこむ。ボフッといい音を立ててダイブできた。
落ち着いたら思い出したけど、そういえば晩御飯がまだだ。この後食堂に行って何かもらってこようかなー(お菓子をもらっている内に食堂に行く耐性がついてきたのだ)。
頭の中で「食堂から何をもらおうか」と悩んでいると、上から声が降ってくる。
「おい」「はい」――まるで熟年夫婦のそれだ。
「お前もさ、帰郷したいのか?」
「え、帰郷? 私が?」いきなりの質問だ。
「だって、稼ぎに来てるんだろ? 田舎の方からワザワザ。だったら、家も恋しくなるだろ」
「まあ、そうね。両親に会いたいわ」
「ナイフ見て泣いてたくらいだからな」
「泣いてないもん!」
怒った私とは対照的に、シアンの目がスッと柔らかくなる。その目に何もかも見透かされていたようで、いたたまれない。話題をそらすように、気になっていたことを聞いてみる。
「前に食堂で、みんなを牽制してくれた時にシアン言ったじゃない?」
『これはある方からの〝借り者″でして、壊すわけにはいかないのです。なので、誰であろうとこれに何かをしたその時は――俺が黙っていません、忘れないでください』
あの時は色々なことが重なって流しちゃったけど、本当は心の奥でずっと気になっていた。シアンがどういう意味で言ったのか、はたまた意味なんてなかったのか。
「あれって、どういう意味なの? 私、誰からか借りられてるの?」
聞くと、シアンは思い出すのに時間がかかったようだが「あぁ」と納得した。どうやら思い出してくれたらしい。座ったままシアンは器用にこちらを向いて話してくれた。尚も寝転がったままの私に「チッ」と舌打ちをしてから、だが。
「あれは、それこそお前の両親のことを言ったんだよ」
「私の両親?」
「ここで働いているとはいえ……いくら俺が雇用主とはいえ、お前は俺のものじゃねーだろ。お前はお前のものであり、その両親のものだ。そんなお前が、こんな王宮でケガでもしてみろ。両親が悲しむだろーが」
「へ……」
まさかの言葉に開いた口が塞がらない。
え、本当にそんなこと思っててくれたの?
そこまで私のことを考えていてくれたの?
「(シアン……)」
それなのに私はお昼に彼に当たり散らして、理不尽に怒った。「バカ」って何回も言っちゃったし、傷つけたかもしれない。くそう、あの怒ったような顔が悪いんだ、紛らわしい。そんな優しい気持ちがあるならもっと笑えるはずでしょ!
「シアン、ごめんね……その、ありがとう」
「別に」
「(だーかーらー笑えっての!)」
だけど、ふいにシルベ山脈にいる両親のことを思い出した。
おじさん、おばさん、私、優しい主の下で働けているよ、心配しないでね――心の中で何度も、何度も何度も呟く。きっと心配しているであろう二人に、どうか私の思いが届きますように。
「あれ、なんか涙出てきた……」
「ちょ、お前泣くなよ。布団が濡れるだろ」
「そっちの心配じゃなくて、私の心配してよね!」
近くにあった枕を目の上にあてる。あ、そういえば化粧をしていない、花の女子高生がなんたる不覚。まあ枕は汚れなくて済むけど。
「バベッドおばさん、デビィおじさん~っ」
「うっせーなあ、泣き止めって」
「そっちが思い出させといて、無責任な!」
すると、ふいに枕が重くなった。かと思えば、頭もお腹も、少しの重みとともに温かくなった。まるで布団をかぶったみたいだ。不思議に思って枕をズラそうとしたけど重くて動かない。恐らくも何も押さえつけられているのだろう。視界は暗闇しか映さない。
だけど私は、今の状態が理解できる気がした。
ううん、理解しているのだ。
わかっているのだ。
私の主は、案外にも抱きしめる癖があるということを――
「シアン、重いよ」
「重いわけねーだろ。ただ抱いてるだけだっての」
「ベッドの上で〝抱いてる”なんて言わないで、やらしい」
「お前なあ……こっちは慰めてやってんの。それぐらい分かれバーカ」
「はいはい、ありがとうー」
私の横にシアンは寝転がっている。そうして、片方の腕を私の頭に、片方の腕を私のお腹に回し、優しく抱きしめてくれている。触れ合う部分が温かい。ライアン王子にも抱きしめられたけど、その時とは全然違う。私を思ってくれるシアンのそれは、指先まで私に優しかったからだ。
ん!?
頭とお腹と枕と?
手が足りなくない!?
「ねぇ、枕はどうやって押さえてるの?」
「顎」
「あっそ……」
大切にしてくれているのか、邪険にされているのか――全く掴み所のない男である。
「シアン、私ね本当は寂しいの。帰りたいの。だけど、私がここを抜けると二人は一緒に住めなくなるわ。だから、ここで頑張るしかないなってそう思ってる」
「そうだな……」ポンポンと頭に乗る手がリズムを刻む。
「だけど、ううん……だからこそ、あなたを王子にするために頑張るの。そうして、私のような貧困層の人たちが幸せに暮らせる国にしてもらうの。そうしたら私は、大手を振って二人のもとへ帰れると思うから」
「あぁ」
俺が頑張るよ――そんな声が聞こえた気がした。だけど、シアンは絶対そんなことは言わない。彼はこういう気持ちを表に出さない、不器用な男なのだ。心の中で思い、口にはしない。それがシアンだ。
「シアン、お願いがあるの」
「なんだよ、離れてほしいのかよ。鼻たれ娘が」
「もう泣いてないわよ。その逆、抱きしめてほしいの」
「いま抱きしめてるだろ」
「もっと強く」
「とんだ我儘だな」
ブツクサ言いながらも、シアンは私を包み込むように抱きしめる。さっきよりも幾分か強くなった力の強さと、温かさが、私を幸福に満たしてくれる。
「ありがとう、シアン。私、がんばるから、ね……」
「げ、寝やがった……寝たいのは俺の方だっての。こっちがどれだけ不眠不休で働いてるか知ってんのか? あ~クソ、眠くなってきた」
枕が邪魔でシアンの顔は見えなかった。だけど、きっと怒った顔じゃない。かといって優しい顔でもないだろう。ただいつもよりかは柔らかくなった顔で、私のような弱者を見るのだ。それはきっと王子がするような自愛のこもった目に違いない。
――結局私たちは、晩御飯も食べずにベッドで眠り続ける。
そしてまぶしい朝日とともに目を開けるのだった。
「何抱き着いてんのよ、この変態!」
「お前が抱きしめてって言ったんだろうが!」




