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29.シアンの野望

「お久しぶりですローランド国王。この度は俺と召使いを北棟へ移動させてくださり、ありがとうございました」

「ありがとうって、そもそも東棟に移動したのはお前の意志だろう? ワシはあのフランが可哀想だと思ってやったまでだ。反対に、お前からは文句を言われるかと思っておったぞ。余計なことはするなとな」

「いえ、そんな――国王はフランのことをご存じなのですか?」

「あぁ。東棟でしゃがみ込んでいるのが気になってな。あんな生娘をまるで暗闇に閉じ込めるなど、お前もまだまだ女の扱いを知らんのう」

「若輩者ですので……」

「なら今度はワシと夜の街に出るか? 王宮を出たところに良い店があるんじゃ」

「じ、時間が合えばぜひ……」

「よかろうよかろう、お前ももう大人だもんなぁ」


 意地悪そうに笑うローランド。そのサンタクロースのように伸びたヒゲが振動で揺れていた。どうやら久しぶりに会った息子を見て少々気分が上がっているようだ。ガチガチに緊張している息子とは見事に正反対である。


「しかし――お前がお礼のためだけにここに来たとは思えん。ルーファスも一緒の所を見ると余計にだ。二人して何の悪だくみをしているのだ?」

「じ、爺は何も知りませんからな!」

「よく言うぞ、その顔の悪さが何よりの証拠だ。

 さあ吐け、でないと店には連れて行かんぞ」

「正直に申し上げますと――」


 内心、別に女の店に行きたいわけではないけどと思いながら、シアンはルーファスに話たことにこの国の利点になることを付け足しながら話した。後ろで聞いているルーファスの顔は怖くてもう見られないが、ローランドの顔は彼ほど悪くなってはいなかった。


「なるほど。つまりお前は、アリスを疑ってるわけじゃな?」

「もともと敵国の王女です。故郷を強く思えば思う程、この国が憎くなるでしょう。その原因である王子が失脚でもすれば、この国にいる理由はなくなります」

「シアンが王子になってその嫁になる可能性だってあるだろう」

「俺とは一度破談になっていますから。それに、」

 シアンはフッと笑みを浮かべる。

「暴力された相手と結婚したいとは思わないでしょう」


 あの事件の翌日。城に帰ってきたローランドは事のあらましを聞いた。俄かには信じ難かったが、息子のであるライアンは「騎士がアリスを暴行した」というし、シアンは「やった」とも「やっていない」とも言わず黙秘を続けていた。どちらの息子を信じればいいか分からなかったが、しかし喋る相手と無口な相手、どちらを信用するかというと、それは間違いなく前者だった。

 もちろん、それが例え信用した「フリ」であっても。


「ワシはなぁシアン。お前が黙っているところを見てピンと来た。何か隠しているなと」

「そんな、俺は何も隠してなど、」

「ないかもしれん。あの夜に秘密などないかもしれん。けれど、その裏でやっぱり秘密はあるかもしれんのじゃ」

「どういう……?」

「つまりはの、物事には常に裏と表をあることを想像しておけということじゃ。

 ライアンはあの通り真っ直ぐじゃ。見たままを受け入れる。そこに裏があるとは思っておらん。見たままの表を事実だと受け入れる。

 けれどお前は反対じゃろう、シアン。

 ライアンが常に表を見るなら、お前は常に裏を見ている。

 黙ったままのお前を見て‟この事件には裏がある”と思ったのじゃ」


 初めて聞かされるローランドの真意。それはルーファスも初耳のことで、ローランド以外の人物はこの場で驚きのあまり大声をあげそうになっていた。ポーカーフェイスな二人はもちろん大声をあげることも、口をあんぐりと開けて放心することもしないが。


「だから……ですか?」

「うん?」

「俺を国から追放せずに騎士の役職につかせたのは、俺が何か鍵を握っていると考えてのことだったのですか?」

「まあ、そうかのう。表向きは」

「表向きは?」

「言ったじゃろう。物事には常に表と裏があることを想像しておけと。

 表向きだけを考えるならお前は間違いなく国外追放じゃ。婚約中であってもアリスを襲うことは人としてやってはいけないことじゃからのう。例えどんな理由があろうと罰は下さねばならぬ。でないと宮中の者も国民も納得はしない。しかし、追放した後は自由じゃ。犯罪者が自由になるのも、それはそれでおかしいじゃろう。ならばいっそ、宮中で虐げられながら、日々反省しながら一生を生きていく方が余程の罰のように思えたんじゃ。実際、この言い分をライアンに告げた。腑に落ちない表情をしていたが、それでも納得いく部分もあったんじゃろう。ワシの言い分を聞き入れた。

 しかし肝心なのは裏じゃ――ワシはな、お前をこの国から失くすには惜しい。そう思ったんじゃよ」

「へ……?」

「それがお前の有能さを思ってか、息子可愛さに思ってかはワシもよく分からん。けれどお前は城にいるべき人材じゃ。ワシの直感がそう言っておる。ワシはそれを信じた。それだけじゃ」


 シアンは言葉を失った。

「(まさか)」

 まさかあのローランドが自分をかっていてくれたなんて……。ただの親の情けで王宮に置いてくれていたものだと信じていただけに、その衝撃は大きかった。胸がひどく熱くなる。シアンはいま体中から、流れる血液から、毛穴の一つ一つからエネルギーが湧いていた。

 その時、後ろから声がかかる。それは仁王立ちしているが、しかし偉そうな感じは全くなく、むしろどこぞの銅像かというようにピクリとも動かないなんとも美しい姿勢だ。


「初耳ですな、国王」


 と言っても本人の顔色は全く美しくないが。


「そう言ったお考えがあるのでしたら、なぜこの爺に行ってくださらなかったのですか」

「お前もあの頃はピリピリしていたからなルーファス。口を開けば‟シアンは無実だ”と言っていたし」

「国王も同じ気持ちなら、そう仰ってくれれば爺も引き下がりましたのに」

「ならん。シアンだけを過信して周りをみていないお前に何かを言ったところで無意味だ。他の仕事に支障を来たすとマズイと思って内緒にしていたまでだ」

「そ、そんな……爺はまだまだ力不足ということですか……」

「そうとは言っていないぞ」

「そうやって人の心をもてあそぶのはおやめください!」

「まーたルーファスが癇癪を起したぞ。どうした仕事で切羽詰まってるんだろう? なんなら今から三人で夜の店に行くかの?」

「結構です!」


 二人のやり取りを聞きながら、ルーファスも己の味方をしてくえていたのだと知る。シアンの胸はまた熱くなった。


「ローランド国王、ルーファス公爵」


 熱くなった胸が、口を開ける。それはシアンが恐らく初めて口にするであろう、彼自身の野望だった。


「お二人にだからお話しできます。

 いや、お二人にこそ、知っていてほしい。

 俺の話を、聞いてくれますか?」


 いつになく真面目に言うものだから、二人とも言い合いをやめてシアンを見る。当のシアンはというと、いつもより元気なオーラが漂っている。少し顔が赤いせいかもしれないが、どの様子は誰が見ても「いつもの騎士ではない」というものだった。


「俺、今までは一人でこの国を守ろうと思っていました。アリスの件についても絶対に何かをつかんでやるって、その思惑を晴らせるのなら俺は周りからどう思われてもいいって、そう思っていました。

 だけど、違った。

 俺は、一人で戦っていたのではないのですね」


 すっきりした―‐

 というようなシアンの晴れやかな顔に、父であるローランドも気持ちが晴れやかになる。


「お前のようなひよっこに独り立ちをさせるほど、この父の目は弱っておらんぞ。お前らみたいな若輩者にネチネチ嫌味を言うのがワシらの仕事じゃ。自分の足で立って国を動かせるのはまだまだ先じゃよ、自惚れるでないわ」

「その通りですな騎士殿、今頃気づかれたのですか?」


 ローランドはともかく、あのルーファスまでもが笑顔でそう言ってくれるものだから、シアンは「夢でも見ているのだろうか」と思った。けれど、この身の燃えようは間違いなく現実で、今ここにある事実である。フワフワする心地に、しまいにはあの仏頂面で有名なシアンでさえも笑みが零れた。


「今頃大事なことに気付くとは、国王の息子がそんなことでどうする。教育係がなっておらんかったのう、ルーファス」

「あの時の教育係は、はて誰でしたかな?」

「ワシが全幅の信頼を置いているお前を差し置いて、他に誰を指名する」

「喜べばいいのか悲しめばいいのか、一体、もう爺にはわかりません」

「よいかルーファス。物事には何事も表と裏があることを想像するんじゃぞ」

「今の国王からは、爺をからかいたいという表裏一体の感情しか見えませんな!」


 お怒りのルーファスを横目にやり「それはそうなんじゃがの」と徐々に締まりのある顔に戻すローランド。その動作で〝話がアリスの一件に戻る”ことを他の二人は知る。


「どうなさるおつもりですかな?」

 慎重に尋ねるルーファスとはうってかわって、ローランドの口調は軽い。

「シアンの意見を採用するかのぅ」

「え」「は!?」

「あまり長い目で待っていても獲物が釣れなかったら意味はない。むしろ中から腐敗させられてしまったら取り返しのつかないことになる。それなら逆に、こちらから相手の考えを探りに行く方が危機回避できそうじゃ。それに、」

「敵情視察、ですか」シアンが問う。

「そうじゃ。現状を打破しようと武力を高めていないか、本当に我らに屈しているかを見極めるには相手の懐を探るのが一番わかりやすい。もしも反旗を翻す準備をしていたら、視察中にイヤでもその殺気がこちらにも伝わって来る。ならばこちらから〝牽制”をしておくのも手じゃ。

 なに。今まで長い間戦ってきたじゃ、心を通わせるのもそう容易くはあるまい」


 なんだかんだと理由を挙げればきりがないが、結局はローランドの最後の一言なのだ。

 長い間戦争をしてきた大国が手のひら返して仲良くできるか――

 もちろん簡単に頷ける内容ではない。ルーファスもそのことをわかっているのか、もう口答えはしないようだ。

 アリスの故郷――カラスナ訪問が現実のものになろうとしていた。


「しかし問題がありますな」

「ライアンか」

「ずばり、そうです」ルーファスは腕を組む。

「ライアン王子はアリス様にご執心な様子。アリス様のことを表しか見ていない‟良き婚約者”。しかし裏を返せば‟反逆者”かもしれない、そのことにまだあの方は気づいておりません」

「ワシに似て女の趣味が悪いからのう、ライアンは」

「奥方に怒られますぞ」ルーファスは眉間に皺を寄せる。ローランドは物ともしなかったが。

「して、どうやって説き伏せるべきか。結婚相手の親に現状報告、または結婚報告という形で挨拶に行かせるかのう」

「挨拶って……そんな一般人の結婚ではないのですよ。といっても、ライアン王子なら疑問を持たずにその案に乗りそうですが」

「いやいや騎士殿。そもそもアリス様が〝連れてって”といえばライアン王子は即座に頷くでしょうぞ」


 ルーファスの言葉に親子は「確かに」と頷く。


「ならば問題は、カラスナの国王ではないでしょうか? 本来ならば俺がアリスの婚約者。なのに、なぜ第二王子が王子に代わっているか……そこで本当のことを話すと、再び戦争になりかねません」

「そうですなぁ。娘が暴行されたとあれば国王が黙っておりますまい」

「そっちの方が懸念すべき事じゃのう。カラスナの国王はワシのように朗らかじゃないからのう、少々話すのが難しいのじゃ」

「足して二で割ればちょうどよくなりそうですね」

「今日のルーファスはいつになく饒舌だのう」

「お褒めに預かり光栄です」


「して」とルーファス。銅像のような佇まいは尚も継続中だ。


「アリス様には事前に前置きをしておいて、ライアン王子がもともと王子の継承者だということにしておきましょうか? それで彼女にも話を合わせてもらう、という」

「もともとの継承者、ですか……」


 シアンの胸にモヤがかかる。

 その顔は、どこか納得のいかないような面構えだった。


「どうした、シアン」

「いえ……ただ、元々ライアンが王子継承者だったとすると、俺が再び王子になった際に更にややこしくならないかと、そう思いまして」

「え」

「は」


「え――?」


 鶴の一声。

 まさかの大胆発言に、ルーファスは今日何度目かになる驚いた顔をし、ローランドはつまもうとしていた菓子を床に落とした。まさかあの、物欲も性欲も何もなさそうなシアンが王子に返り咲きたいと思っていたとは露知らず、話はアリスの一件から再び逸れる。


「お前、王子に戻りたいのか? 初耳だぞ」

「えぇ、前までそんなことは思っていなかったのですが、最近思うところがありまして……」

「で、でもライアン王子を玉座から降ろすなど、そんなことできますまい!? どうなさるおつもりですか!? まさか謀反……」

「そんなことしたら今度こそ国外追放ですよ」シアンはルーファスを宥める。


「大丈夫です。誰もライアンを引きずりおろしてやろうなんて企んではいません。ただ、ライアンの腕でこの国が揺らぐことがあれば俺が立て直したいと、そう思ったのです。反逆なんてとんでもない。俺はライアンが王子をしていることに不満はないのです。

 俺が動くときは国が危ないと思った時だけ。私利私欲で王子を失脚させようだなんて微塵も思っていませんよ」


 一番身近に「どうせ召使いをするなら王子がいい!」と豪語していた私利私欲の塊であるフランがいるが、しかし彼女だって元を辿れば、家族の安寧の暮らしを求めて言ったことだ。「王子」という肩書にこだわっているように見えるが、その実は両親が苦労することなく平和に暮らしていく未来の方に余程重きを置いているだろう。

 だからシアンは「自分は嘘は言っていないぞ」と確信し、改めて二人を見た。ルーファスは本当に銅像になってしまったのか、呼吸している動きさえ見えない。ローランドはさすがといったところか、落ちたお菓子を拾って、今度は確実に自分の口に入れていた。その表情は怒っているのか呆れているのか喜んでいるのか分からない。あのヒゲが無ければもう少しは表情が読めたかもしれないが……。


「国王、俺の言ったことはそんなにいけないことでしたでしょうか?」

 たまらず質問したシアンに、ローランドは二つ目の菓子を手に取る。サクサウッと可愛らしい音をたてているところを見ると、どうやらクッキーのようだ。

「いけないこと、ということではない。

 ただ――」

「‟ただ”?」

「どうしてお前がそう思うようになったか、心変わりをした原因については興味がある」

「(ギクッ)」


 ほんのり焦り出したシアンを見てローランドは疑念を確信に変えたようだ。「やはりフランか。やはり国民の意見は取り入れるものだなぁ」なんて言いながら。


「あのフランとかいう娘を大事にしろよ、シアン。あの子は普通の娘ではない。何かを持っているし、知っている」

「‟持っている、知っている”? 何をでしょうか?」

「そんなん決まっておるじゃろうが。

 ワシらの知らない何かじゃよ」

「はぁ」


 それ以外ないだろうが、という感じで言われれた。あの中身のなさそうな田舎娘が自分の知らない何を知っているのだろうかとシアンは父の言うことを疑いそうになったが、先見の明がある父にはきっと何かが見えているのだろう。となれば、自分はこれからもずっとフランを守っていかなければならない。夜にはベッドに移動をさせて、朝にはご飯を用意してやらねばならない……ん!?


「(俺が召使いみたいになってないか!?)」


 これこそ、シアンが今日一番声を大にして言いたい事だった。

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