28.一人の女として
先週は日曜と月曜、合わせて二話分を投稿しております。未読の方はそちらからお願い致します。
「お前、バッカか!? アリスがそんな可愛いことを本気で思うと思ってんのか!? あの顔に騙されやがってバーカバーカ! 思いっきり毒気抜かれてんじゃねーか!!」
「ば、バカってひどい! こっちは必死にシアンの初々しい話を聞いていたのに!」片膝をついて指輪を通す真似をする。シアンの顔は一気に暗くなっていった。
「おい、お前何聞いたんだよ……」
アリス様と二人で話していると彼女は急に「じゃあ事は早い方がいいから今から聞いてきて。わたくしはこれからマナーレッスンが入っているの」と言って、逃げる様にして去って行った。
「あ!!」
と叫ぶ暇があったが逃げられたものだから、仕方なく近くまで来たシアンに、事の事情を話したというわけだ。
「大体、お前は単純なんだよ! すぐ騙されやがって。ちょっとは相手の敵意も見てみろよ! さっきのアリスなんてビンビンだったろ!? お前なんて目だけで殺せるって顔してただろ!」
「え~さっきのアリス様からは何も感じられなかったよ。そうやってすぐ敵を増やしていくの、シアンの悪い癖だよ」
「お前が俺の何を知ってんだよ!」
「あんたの知らないことを知ってるよ!」
確かに私は知らないことだらけだ。認める。けれどさっきのアリス様の様子は、彼女と一緒に居た私にしか分からない。シアンは遠くで見ていただけだ、本質までは伝わらない。彼女の側にいて、思いが伝わってきて、そこで初めて彼女を少しだけしれたような気がするのだ。それに、悲しい人生を生きた強く立派な女の人として、その姿は本物だったと信じたい。
「(なにさ! シアンだって私に見せてない姿があったんでしょ。片膝ついてプロポーズって、どこかの王子かよ!)」
実際王子だったのだけど。
「(そんな甘いことしておきながら私には夢に浸っちゃいけないってどういうこと!? それに、アリス様と私に対する態度のあまりの違いにも腹が立つし……私だって女の子なんだからね!)」
わけもなくぷりぷり怒る(わけもなく、というところに私も戸惑っているのだけど)。
「はぁ~それで」
「ん?」シアンがため息にも似た声で話を元に戻す。
「それでお前は俺に、どうしてほしいんだよ?」
「え、どうしてって……」
「国王に進言してほしいのか? それとも、初めからなかった話として処理してほしいのか?」
「なかったって、それはひどいよ。ちゃんと国王に話してほしい。シアンさえ、良ければだけど……いや、やっぱり良くなくても話して!」
「どっちだよ……まあ、俺に話してる時点で十中八九こころが決まってんだよなぁ、お前は。
わかった、国王に言ってみる」
「え、本当!?」
みるみる明るくなった私に、シアンは思い切りデコピンをする。「みゃう!?」前髪がクッションになったが地味に痛い。
「その顔止めろ。許可がおりるとは思っていない。それに、ライアンも一緒に連れて行くってところが引っかかる」
「どうして? 夫婦で帰郷して何が悪いの?」
「まだ夫婦じゃない。それに、俺を失脚させた後ライアンも失脚させ、この国の事実上の次期国王をつぶそうとしているのかもしれない。次期国王をつぶすと言うことは、この国を揺らがせていることと一緒、反逆者だ」
「な、反逆者って、そんな一方的に」
「そうだ一方的だ。でも、立場が立場なだけに、そういう見方もしないといけねーってことだよ。お前が考えているよりも複雑なんだよ、色々とな」
「そんな言い方しなくても……」
まるで私には関係ないように、
まるで私には説明する気がないように、
その一言で片づけられる。
それがひどく悲しかった。
「なによ、アリスアリスって」
「んだよ、言ってねーよそんなこと」
「知ってるわよ!」
そうだ、シアンは全然そんなこと言っていなかった。私の頭の中で、シアンの声で勝手にハウリングされているだけだ。
「だけどね、あんた……あんたこそ、その根っからのお人よしやめなさいよね! 敵の懐に一人で入り込んで求婚したり、アリス様のいいように扱われて騙されたり、無意味に他の人に蔑まれたり……私はね、そんなあなたを見てるとイライラするのよ!」
「俺はお前にどう思われようが何ともねーよ。俺の好きにする。口出しすんな」
「するわよ!」
カチンと来た。
シアンのあまりのバカさ加減に、嫌気がさした。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、なんでこの人の生き方はこんなにも不器用なんだろう。
問題なのは、本人がそのことを一番理解していないことだ。しかも私の話は一切聞かずに、自分のことは全部自分でやろうとするそのスタンスも気に入らない。
他の人には頼らない。自分のことは自分でする。それが美徳だとでも思ってるのかな!?
もう怒った!
さすがに、カチンと来た!!
「あんたの召使いなんだから、心配くらいするわよ! 皆があんたの優しさを知ったら、あんたへの風当たりがどんなけ和むか……そうなってほしいと思ってるわよ! 当たり前でしょ! あんたは優しいんだから、私、そんなあんたを放っておけないのよ!」
「……は?」
「わかる!?」
「はい!!」
ビシッと姿勢を正したシアンに詰め寄る。
「いい!?」その言葉を紡いだ時、私とシアンの間にはそよ風がやっと通るくらいの隙間しかない。お互いの熱が、地面と空気を介して今にも伝わってきそうだった。
「シアンは立派な人よ! 優しくて強くて、すっごく頼りになるんだから! だからこそ、いつまでもこんな馬小屋で燻っていないで――
早く王子にでも国王にでもなりなさいよ!
バーカバーカ!!」
言ってダッシュで逃げる――もう全速力だ。
足がもつれてコケるんじゃないかと心配する程の速さで、私はその場を後にした。
会話の最中、馬の鳴き声が二頭分聞こえたように思えた。それはシアンを避難するヤジなのか、私を応援してくれているエールなのか──
「(頭の中お花畑はどっちだよ! あんたなんてねぇ、早く出世しちゃえばいいのよ!!)」
持ってきたピクニック準備一式を、手早く丸め込みその場を後にする。結局手つかずだったお菓子が可哀想で、食堂に物を返す道中にぼりぼりと食べてやった。
「え……ちょっと、あなたもう少しお行儀よく、」
途中でナカノ先輩の引きつった声が聞こえた気がしたが、そんなもの今はムシだ。ムシだけに、私は今、虫の居所が悪いのだ。ちょっと、いや、かなり!
「(くっそう~私だっていつかは誰かと結婚するもん! あわよくばアリス様を故郷へ返還して私がライアン王子の妻になるもん!! あ~いや、シアンが王子になるからライアンは王子じゃなくなるのか……でも、それでもいいもん! あいつを絶対王子にして私も幸せになってやる!!)」
真の反逆者は私なのかもしれないが、そこに国の滅亡だとか国王の失脚だとかは考えていない。ただ、女としての幸せを望んいるだけなのだ。
そうか――なるほど。
この時、遅ばせながら自分の気持ちがやっと理解出来た。
「やっぱり女の人って言えば、ジェラシーがつきものだよねぇ」
どうやら私は嫉妬しているらしかった。
片膝たててプロポーズなんて夢のようなことをされておきながら、夫を裏切り次の人へ――しかもその相手は王子という、これまた玉の輿で幸せ絶頂なアリス様がただただ、一人の女として羨ましかったのだ。
私は、女性としての幸せを手にしたいんだ──
「こちとら甘い高校生活も成就させてないってのに、やってくれんぜ女神さまはよー!!」
いつにもなく勇ましく歩く黒い召使いに、王宮のみんなは誰もが道を開けた。中には「騎士様が柔らかくなったと思ったら今度は召使いが怖くなっている。中身が入れ替わったのか!?」等と噂する者もいた。
それはライアン王子が出張に行った、一日目のお昼の出来事だった――
◆
一方、一人残されたシアンは頭を悩ませていた(といっても傍から見ると馬の調教をしているようにしか見えないが)。
悩ませているのは先ほどのヒステリックな召使いのことで、世間知らずなじゃじゃ馬かと思っていたが本当は生粋の暴れ馬だったことに今更ながら気づき、今後の自分を憐れんでいたのだ。
「お前のご主人様は、温厚なお前とは正反対だな」
調教している馬とは別の――小屋に蹲ったまま動かない馬に向かってシアンは言う。当の馬もその言葉を理解したのか「ブルル」とまるで溜息のように口を震わせた。
そう、フランがはぐれた馬(名前は奇しくもアリス)こそ、この一頭用の馬小屋に臨時で寝泊まりしている馬だ。居候の身で肩身が狭いのか、アリス(馬)は終始おとなしい。だからこそ、どうやらフランは気づけなかったみたいだが、シアンの他にもこのアリス(馬 )の存在を知っている者がいる。
ルーファスだ。
「おっと、噂をすればルーファス公爵か。ちょうどいい、今日はライアンもいないし、国王に直談判しに行くか」
ただし一人では心もとないので、ルーファスも一緒に──
遠くの方で、新兵の面接で全身の水分が失われゲッソリしたルーファスの姿が見えた。昨日シアンが夜通し手伝ったこともあって、ライアンが辞めさせた分の兵の補充は完了したらしい。しかし手伝ってこの様なのだから、もしも自分が手をかさなかったらどうなっていたのかと、シアンは心から心配する。ルーファスにはまだやってもらうことが山ほどあるのだから──と。
「これはこれは、ルーファス公爵」
「おや、お元気そうでいいですなぁシアン殿、さすがお若いだけはある……」
「シアン殿と呼ぶのは止めてくださいと言ったはずですがルーファス公爵」
「失礼。疲れがたまるとどうもいけませんな。
昨日は新兵の手伝いありがとうございました。シアンど、」
「……」
「ありがとうございました”シアン騎士”。
シアン騎士の助けがなければ、爺はもう枯れていましたぞ」
「そのようで」
ホホホと笑う声がしゃがれている。こんなルーファスに「これから頼むこと」は酷だと思ったが、国王がいてライアンのいない日は今日くらいしかない。一緒に地獄に付き合ってもらおうとシアンは声をかけた。
「歩きながら話をしませんか?」
「良いですな」
「その折に少しお耳に入れたい話がございまして」
「……」
声を潜めたシアンを見て、ルーファスの顔色は一層悪くなった。どうやら持ち前の勘が「ヤバい!」と判断したようだ。
「爺はこれからやることが、」
「おや、どちらに?」
「国王の元へ、ちょっと」
「それはよかった」
「え?」ルーファスの顔色が輪をかけて悪くなる。
「実はこれから国王へ会いに行こうかと。道中一緒にいさせてください」
「……」
国王の部屋に行くまでにルーファスが倒れてしまわないかと、シアンは少しだけ心配する。しかし乗りかかった船だ。それはもう出航してしまったのだ。
逃げ場はない──
国王へ会う道すがら、二人はフランとアリスの間でやり取りされた会話のことを話していた。
シアンはアリスが懇願した内容をルーファスへありのままに話す。顔色を伺いながら話していたが、アリスの願いを聞いた途端に、ルーファスの今まで悪かった顔色がもうこれ以上にないくらい悪くなった。見て分かる程に荒んでいる。年のことを考えると心もどんより荒んでいそうだが、今の顔色はそれの比ではない。
「そ、そんなこと無理に決まっております。アリス様はそんなことも分かっておられないのですか……」
落胆したルーファスがシアンの目の端に写る。
「そもそも、帰郷しないというのを条件に嫁がれているはずですが?」
「まあ、そうなんですが。しかし考えようによっては、アリス様の魂胆を見抜けるかもしれません。罠にはまったと見せかけて敵の懐に入るのも手かと」
「とは言っても、もしもその作戦を逆手に取られたらどうされるおつもりで? そこで王子が殺害されたらどうするのですか?」
「俺が同行するつもりですが」
「己の力をそう過信なされるな。あなたが全ての者を護れる保証はどこにもありませんぞ」
余程疲れているのか、ルーファスの言葉に棘がある。いつもはやんわりとしか注意されないためシアンも少々ビックリした。
「俺は、別に過信しているわけではありません。鍛錬は裏切りませんから――もしもの時は全ての力を発揮すると信じています」
「簡単に言ってくれますな……」
「ふぅ」というため息が聞こえてきた。それはルーファスの怒気なのか、それとも魂が出た音なのか。
「それで、この仕様もない案を国王に進言するつもりですか?」
「はい」
「一人では不安だから爺を誘ったというわけですな」
「……」
「やってくれましたな。まんまと巻き込まれましたわい」
「その言い方は語弊があります」
旅は道連れ世は情けです――
良い様に言い換えただけで、巻き込んだことには変わりますまい――
「国王が仰るでしょうが爺から先に言っておきましょう。この件は流した方が国のためですぞ」
「あのアリス様が野望をずっと胸に抱いたままとも思えません。いつか必ず事を起こします」
「それなら燻りが限界に達するのを待つのみです。アリス様は所詮は陸の孤島。更に未だ王子の婚約者という立場上、どのように策を練ったところでそれを実行する術がない。これが結婚すれば話は別ですがの」
「そうですね話が別です。戦況はいつ変わるか分からない。だから早く手を打つまでです」
「結局あなたにはこの一件を黙秘するお考えはないのですな。こんな幼稚な作戦に爺を囲うなど、この爺を殺す気ですか?」
ルーファスは自分で首を絞める真似をする。それを見たシアンは思わず苦笑が漏れた。
「息の根は止めないよう善処するつもりですが」
「例え息の根を止められずとも、この年になれば首に指を添えられただけでも死ぬのですぞ。まったく、来月には家内の誕生日だというのに、爺がいないとなればさぞ悲しむでしょうなぁ」
「過労死すること前提で話すのはおやめ下さい」
「これは遺言書をかかなければいけませんなぁ。シアン騎士の名前も挙がるかもしれませんが、そこは許されよ」
「それは、ちょっと……」
シアンの額に汗が光る。
いつもなら「仕方ないですな」とあらかたの事には嫌々ながらも賛同してくれるのだが、今日のルーファスはどうして機嫌が悪いらしい。なかなか「協力する」と言わないどころか、そもそもこの案件に便乗する気がないらしい。
「座礁する船には乗らないと、そういうことですか?」
「座礁? 寝言はおやめください」
ルーファスの僅かな笑みに、シアンもホッと一息をつく。
しかし彼はその笑みを向けたまま毒を吐いた。
「そもそも出向予定のない船にどうやって乗れというのですか。停泊している船に爺はてんで興味ありませんな」
「さようですか……」
シアンの安堵の息が溜息に変わったことは言うまでもない――
しかし口では否定的なことを言っているわりにはルーファスの足取りはブレていない。シアンと同じ方向を向いている。つまりは、国王に会いに行っているのだ。
「ルーファス公爵、この件を否定されているというのなら、これからどちらへ行かれるのです? 国王の元へは俺が一人で行くんですよね?」
「寝言を言うにはまだ日は高いですぞシアン騎士。無論、この爺も国王の元へ行っているのです」
「なるほど、つまりは、」
「あなたと国王の話を客観的に聞くためです。ご安心くだされ、二人の話に口は出さないつもりですぞ」
「さようですか……」
しかし感謝します――
そう言うと同時に着いた。
国王の執務室だ。
「国王は中におりますかな?」
ルーファスの問いに見張りの兵が「はい」と勢いよく答える。
「では――
失礼しますぞ、ローランド国王」
「あぁルーファスか。入れ」
中から聞こえた声に、シアンの背筋がピンと伸びる。どうやら実の父親といえど、国王と騎士の立場で考えると緊張せざるをえないらしい。もしもここにフランがいたのなら、今頃手の内に「人」という字を何百回と書いているに違いない。
しかしシアンは「人」という字を書くのではなく、頭を必死に整理していた。
考えていることをまとめて話すんだ――
フランの言ったこと、アリスの思惑、そして――ライアンの身の安全。これら三拍子が揃えば、きっと国王は「可」という。自分に似てどこか挑戦的な部分があることを知っているからこそ、自分の手八丁口八丁で結果はどうにでも転ぶと分かっているのだ。
大丈夫だ、よし――
シアンは「はぁ」と浅く息を吐くと、ルーファスに続いて中へ入る。扉から退き素早く横へ移動した兵に「下がれ」と言うと、執務室の前はもぬけの殻になった。代わりに、扉を閉めたルーファスがその内側へピタリと張り付きその役目を代わる。これを見るに、ルーファスは本当に口を挟む気はないらしい。
「まさか騎士も一緒か、珍しいな。どうした」
「折り入って、報告したいことがあるのです」
まさに一対一の勝負。
火蓋は切って落とされた。
さあ、どうやって船を出港させようか――
「人」に頼らず、シアンは真っ直ぐ国王を見た。




