3.王宮の秘め事
この小説では名前+爵位で呼んでいます
「今日は嫌な天気だ! 国王様がいらっしゃらないからだな!」
「ランスロット男爵……いつもの国王溺愛癖、出ちゃったね」
「国王溺愛で何が悪いか! 俺はいつも不安で不安で……今日だってお供したかったのに、どうして俺を連れて行ってくれなかったのか無念でならない! キンバリー準男爵は気にならないのか!?」
「心配無用でしょーあのライアン王子が一緒に行かれているってのに。心配するだけ時間の無駄無駄」
「国王のことを考えて無駄な時間など一秒足りともない! なぜそんな空のような広い心でいれるのだー!」
「うっさいな~ランスロット男爵!しかもそれ、褒めてるの!? 褒めてないの!? どっちかにしろっての!」
「なにを!?」
と椅子に座ったまま喧嘩をし始めるキンバリー準男爵とランスロット男爵。その声量は会話が進むごとに大きくなっていき、しまいには近くにいるというのに廊下にまで響く大きなものになってしまった。これには控えている兵もメイドも召使いも苦笑いを漏らすが、しかし「お静かに」なんて言えるわけもなく、皆仕事に励んでいた。なのでこのケンカの終わりは見えなかったのだが、
「”二人とも”煩いのだが?」
三人のうちの一人が、これを制した。大きな目をしてはいるが睨んでいるためかなり鋭く、そして細くなっており、まるで蛇が蛙を睨んでいるようだ。準男爵であろうと男爵であろうと、この眼差しには思わず閉口してしまった。
「伝令兵は何も言ってこない。それに、ルーファス公爵殿も一緒なのだ。理由はどうであれ、キンバリー準男爵殿の言うように心配ないだろう。手練れが三人揃い踏みで何かが起きるとは思えない。それが例え、この前まで戦争をしていた相手でもな」
「カラスナ王国、ね」
「うむ……だからこそ心配していたのだが」
「問題ないだろう。男爵は大きい図体をしていながら心が小さすぎるのだ。もっと体に見合ったゆとりを持て」
「ぷ!」
「りょ、了解した」
「よろしい」
そうして、音もたてずに紅茶を飲む男。
それを見守るランスロット男爵とキンバリー準男爵。二人は顔を見合わせ、ここで初めてニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「伯爵、なんかいいことあったのか!?」
「なぜ?」
「いつもより饒舌な気がするよ、ね、男爵?」
「うむ!」
「いつもこんな感じだ、失礼な」
そう言い、また、紅茶を一口。
しかし飲んだか飲まなかったという時に「でも」と口を開く。
「先ほど王都に出た時、面白い奴に会った」
「面白い女? 男?」
「どんな人なのだ!?」
「お前たちも会えば分かる」
「俺は王都にあまり出ないからねぇ」
「俺もだ!」
「フフ、そうか。残念だな」
そうして今度こそ、紅茶を一口。
その時の伯爵は、満足そうにカップを置く。そして席を立ち、あることを聞いた。
「そう言えば、今日騎士殿はどこにいる?」
「あぁ~今日は馬の調子が悪いから、山の方に行って、そこでしか取れない草を食べさせてくるとか言ってたような~」
「そうか、では外には出たのだな。馬を連れて」
「騎士だからな! 馬にも乗る!」
「でも、もう帰ってるっぽいよ~? 馬の調子が悪いとかで、引き返してきたとか」
「その馬の調子を良くする為に出かけたんだろうに……にしても、そうか、馬の調子が悪くなったか、そうか――――重量オーバーの人数を乗せて馬が腰でも痛めたか? フフ」
「……」「……」
「悪い邪魔したな、それでは失礼する」
「またねー」
「うむ!」
カツカツ――
伯爵が席を外した途端、残った二人が顔を寄せる。その顔はどちらとも驚きで目を大きくしていた。
「笑った!? 今、笑ったか!?」
「笑った~見た見た! これはなんかあったね!」
「よい、今日は祝いだ、飲め飲め!」
「ティーを!? 酒じゃなくて!?」
「まだ夕方だ! 飲むには早いだろう!」
「だからってティーをそんなに飲めるか、バカなの!?」
「仮にも爵位が上の者にバカとは! 言葉を慎まんか!」
「うっさいなー!」
王室の一角はこうして賑やかなのだが、王宮内の違う場所では、冷たく静かな交戦が始まっていた。
「今日はいつも巻いている上質な布が見えないがどこに落とされた?
騎士殿――――」
だけど、それはまた別の時に。
フォーカスを変えて、別の人物を追うとしよう。
◆
「つ、ついた……」
深見翔子、改め、フラン・ブラウン。
あれから歩きに歩いて、なんとか無事、王宮目前まで到着しました!
「もう完璧に日が沈んで、今は夜。当たり前だけど門番がいるなぁ。こんな夜にこんなボロボロの私が‟国王に会わせて”なんて言ったら絶対逮捕エンドだよ!怪しさ満点の星空だよ!」
靴底の抜けた私に何が出来る!
スカートがボロボロになって、あのマフラーがなければ下着が丸見えの私に何が出来る!
明日を待つしかない、朝日を待つしかない!
どうせ懇願するならまだ朝の方が爽やかで部が良い気がする!
ということは――私一人で、この夜を乗り切るしかない!!
「でも、せめて、野宿するなら王宮の敷地内でお願いしたいです! そこなら安全だろうから! 襲われるのなんて真っ平ごめんこうむります!」
とんでもなく高い柵が私と城を阻んでいるけれど、それを乗り越えればなんか中庭っぽいところがある。あそこは安全に決まってる! まさか地雷なんてないだろうし!
「よし、登るか!」
恐る恐る、柵に触る。もしかして電流が流れているかもしれないと思ったけど、その心配はなかった。わーい、後は乗り越えるだけだ!
がんばれ、私の握力ー!!
と握って登り始めて、はや数秒――
「誰だ!!?」
「ですよねー!!」
そうして柵から引きずり降ろされ、ある意味、堂々と、王宮に入ることが出来た私なのでした。
しかし呑気にしている暇はない。
そこから先は何もかもが早かった。
私を引きずり下ろした兵が王宮に入った途端、背中から私を蹴った。結構な力だ。
「い!?」
「お前、どこに誰だ、どうしてあんな所にいた!? 何をしていた!?
答えろ!!」
ジャキッと音を立てて、剣の切っ先が私を向いた。それはキラリと光り、私を殺したがっているように見える。いや、実際殺したがっているのだ。ここにいる兵は、私を殺したがっているのだ。
剣で殺される。
痛そう、苦しみながら死にそう。
そんなの、嫌だ――
初めて悪寒が走った。
初めて死ぬことに恐怖を抱いた。
初めて戦慄を覚えた。
それらは一度死んだ私が経験していない感情たちで、今までの死の恐怖と比べようがないくらい怖いものだった。その恐怖に、田舎娘は簡単に飲まれる。
「殺さないでください……!」
けれどいくら懇願したところで現実は上手くいかないもので、見た目も汚いし、髪の色も違って異国人と思われているしで、事態は思わぬスピードで悪い方向へと向かっている。
「殺さないで、殺さないで……!」
さっきまでの威勢のよさはどこにもなく、私はただポロポロと泣くことしかできない。それでも、もし事態が改善するならと、謝罪の言葉と、自分がなぜここにいるかの理由をとりとめもなく話した。
「勝手に入ってごめんなさい、私、ただ!」
でも、これがいけなかった。
「私はただ、国王に一言、書状を撤回してほしくて!!」
「なに!? 国王に会おうとしただと!? お前みたいな異国の者が国王に会おうなど!
無礼だ! 不敬だ! 不敬罪だ!!」
「そんなっ……!」
混乱した時に重要なことを伝えてはいけない。周りが熱くなってる時こそ、自分が落ち着いて、事態を上手く運ばないといけなのだ。だけど、そんなこと今分かったったところで仕方のないこと。私はもう、だいぶピンチになっているのだ。
「不敬罪は死罪だ! 今ここで死をもって償え!」
「や、やめてください!」
この状態を覆す力は残念ながら私にはない。
ならばせめて、私の胸の内を聞いてほしい。
なせばならない、私なりの並々ならぬ決心があるからだ。
「私、国王とケンカしに来たんじゃありません! ただ話を聞いてほしくて、ただ、おじさんとおばさんを幸せにしてほしくて! あの二人だけには、辛い思いをさせたくないの!!
あの二人には大恩がある!
その恩を返さないまま、私は死ねないの!!」
言い終わった後、少しだけ首を動かすといつの間にか兵は増えていた。この騒ぎをききつけてやってきたのだろう。兵と言う兵が私に剣をつきつけているけれど、しかし攻撃することもなく剣で刺すわけもなく、みんな黙っていた。
「ハア、ハア……」
私の息遣い以外は、全て静寂に包まれていた。
もうこのまま、みんな息が止まって死んでくれたらいいのに――そう思わずにはいられない程、自分の身の上が危ない。まだ全然、改善出来ていない。
このままでは私は、死刑だ。
まだ足りない。
この命を繋げるには、まだ言葉が足りないのだ。
「国王に危害は与えません。何か変な動きをしたその時は、私の首を差し上げます。
だけど!
国王に何も伝えないまま帰ることは出来ない。私は二人の、家族の幸せを守りにここにいるんです! だからわざわざここに来たんだ! 心から伝えたいことだから国王の目を見ながら話したいんだ!
だからお願いします!
私を殺す前に、国王に会わせてください!!」
また身分不相応な事を言ってしまったかもしれない。だけど、後悔している暇はない。私はここにいる人達を説き伏せて、生き延びて、それから、国王に――
「殺せ」
「!?」
国王と話して、また、三人で幸せに暮らしたかっただけ。ただそれだけなの。
“殺せ”
偉そうな人がそう口にした途端、周りにいた兵の動きが速くなる。まず、少しでも動けないように私を縄で羽交い絞めにし、瞬き一つも許さないように、顔のすぐ近くに剣を構えた。流れるようなその動きを見ていると、彼らが日ごろしている練習の賜物のようで、私の命が消えることなんて何の意味もないようだった。マニュアルに書いてあるからそうする。上が殺せと言うから殺す。練習のように、いつものように。
「ここでやりますか?」
「構わん、やれ。こいつは異国の者だ。移動している時に変な術でも使われたらかなわん」
「分かりました」
そう、私の命など何の意味もなかったのだ。
私の首に剣の切っ先があてられる。ひやりとした感覚と、火傷をした時のような熱い感覚が同時に私を襲う。
冷たい、熱い、痛い――
もうまもなく死ぬという事実が、リアルが、私の心を恐怖で埋め尽くす。ここまでくると、もう抗うことは出来ない。だんだんと首にかかる圧を感じながら、目を伏せ、今までのことを思い出す。プツプツと鳴る音は皮膚の裂ける音か血が噴き出す音か――
「私、幸せだった。毎日、ずっと、幸せだったよ。
デビィおじさん、バベッドおばさん、拾ってくれてありがとう。
そして、ごめんなさい――
さようなら」
ジャキと剣の音がし、私の命のともし火が消えかかった、
その時だった。
「そこで何をしているの?」
その穏やかな声は、意識が朦朧としていた私の脳に、確かに響いた。
「(どこかで聞いたことのある、大好きな声)」
死の淵で聞こえる幻聴?
そう思った中で聞こえた、二度目の声。
「ここをどこだと思っているの? 神聖なる王宮の入り口だよ。
そこで君たちは、何をしようとしているの?」
「(あぁ、そうか。思い出した。紫音先輩だ。
私の大好きな紫音先輩の声なんだ)」
幻聴ではなかった。
覚え違いでもなかった。
その穏やかな声は、優しい声色は、昔聞いたことのある声。
大好きな声――
「その子を離せ。王子命令だ」
私が好きだった、先輩の声。
今も焦がれてやまない、愛しい人の声。
「(紫音先輩……っ)」
彼が間違いなくそこにいる――
私の頬を、温かな涙が流れた。