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26.アリスとシアン

「シア……ご主人様ー!」

「!」

「!?」


 ピクニックさながらの用意をして外に出て少し歩いた。すると一頭だけの馬とシアンが仲良くそうに散歩をしている(後から聞くと、散歩ではなく調教というらしいのだがよく分からない)。シアンを見つけた喜びで私が並々ならぬ大きな声を出したことで、私の隣にいたアリス様は驚き、私と一緒にアリス様がいることにシアンは驚いたようだった。

 変な空気の二人を、同じ場に居合わせる。


「ご主人様、捜しましたよ~ここにおられたのですね!」

「へ、いや、お前、なんで……」

「どうかしましたか?(なんでアリス様が一緒なんだと言いたいんだろうな)」


 引きつったシアンは今までに見たことのない表情で、驚いてもいるが嫌悪感も交じっていた。どうやらそれはアリス様も一緒なようで「あら」とか「まぁ」などのお言葉も一切ない。気まずいのだろうか? まあそうだろう。アリス様はきっと、シアンは自分のことを恨んでいるに違いないと思っているのだから。


「実はご主人様に頼み申したいことがありまして、やって参りました」

「は? 頼みたいこと?」

「はい。実は私これからアリス様と内緒の話をしたいのでございますが、いい場所がなく……。王宮の中も人の目がありますし、かといって庭ではアリス様の身の上が心配です。なので、アリス様とお話ししているその間だけ、ご主人様にアリス様の護衛をしてほしいのです」

「はあ?」

「ちょっと、フランさん!」

「なんでしょう?」


 当り前のように、当然の如く、二人は異論をふっかけてきた。「わたくしなら大丈夫ですわ」とか「お体に障る。中へ戻れ」とか、私を挟んで正論を言ってくる。どんなけ犬猿の仲なんだこの二人……わかるけど、建前だけでも仲良くしてほしい。


「何も一歩たりとも離れず傍にいてお守りくださいなんて言っておりません。ご主人様はご主人様のしたいことをしながら、時たま気にかけてくださればいいのです。もちろん、私たちの会話が聞こえない位置にいてくださいね?」

「お前なぁ……主を顎でこき使うなよ」

「こき使っているのではありません、お願いしているのです。それとも、このアリス様のお顔を見ても、まだ中へ入れとおっしゃるのですか?」

「顔っつったって……」


 シアンがチラッと高速のスピードでアリス様の顔を見たのが分かった。同じように、アリス様も見られたのが分かったのだろう。悩まし気な顔をサッと下に隠した。それきり黙ってしまい、どうやらシアンに判断を委ねているようだ。なるほど、最後の一押しが必要と言うわけか!


「ご主人様」

「なんだよ」

「不敬罪ってご存知ですか?」

「はあ!?」シアンの顔がひどく歪む。

「王子の婚約者をそんな態度で追い払って、ただで済むと思っているんですか?」

「二度とお前が‟不敬罪”とか言うなよ!」

「本当のことを言ったまでです。ご主人様よりアリス様は身分が上の方ですよ――

 さて、どうするんですか?」

「あ~クソ、後で覚えてろよ!」

「ありがとうございました、ご主人様。

 さ、アリス様いきましょう!」


 そう言って、以前シアンが昼寝していた場所へ行く。高いブロックがあるので、私たちの姿は王宮から見えずすっぽりと隠してくれる、これでみんなの視線を気にしなくていい。

 急いでブランケットを草の上に敷き、アリス様を座らせる。そして膝と肩にさらにブランケットを重ね、私もその横に座った。当然、目の前にはお菓子が広げられている。


「すみません、こんな場所で。人目を気にしたほうがいいかと思いまして……それに、ここはとても気持ちが良いのですよ。今日は日当たりも良く風も少ないので、最高のおやつの時間ですね!」

「え、えぇ……確かに気持ちがいいわね。わたくし、こんな風に外でゆっくりするのはいつぶりかしら……でも、よろしくて?」

「何がです?」

「騎士様、物凄い形相でこちらを見ているけれど……」

「え」


 見ると、尚も馬の世話をしながら私たちを見ている――睨んでいる――シアンの姿。これは夜にこってり怒られそうだ。覚悟しておこう。


「ご、ごご、ご心配には及びません。主は顔は怖いですが、根はやさしい人なのですよ。

 っと、アリス様にそんなことを言ってはいけませんね。失礼しました」


 暴漢した相手のことを褒めているとなると、アリス様も気分を害するだろう。アリス様の中ではシアンは暴漢をした張本人だという設定になっているのだから、そのお心に合わせて会話しないといけない。む、難しい……。

 しかしアリス様は案外、平気そうな顔をしてシアンを見ていた。さらに、結構大胆なことを言ってくれるのだ。


「いいのよ。わたくしも、あの方は優しいと思っているの」

「その……ひどいことをされたのに、ですか?」

「えぇ。その時起こったことはひどく悲しかったけれど、それまでのあの方はとても優しくしてくれたもの」

「(へぇシアンが、意外)」


 あのぶっきらぼうでツンケンしたシアンが? 女の人に優しくする? 信じがたいエピソードだ。

 しかし、かくいう私もその優しさに触れている一人なのだと後から気づく。他の爵位持ちの人に牽制してくれたり、キャシーから守ってくれたり、ベッドに運んでくれたりご飯を用意してくれた――今だってどれほどブーブー文句言おうが、きちんと私たちを見守ってくれている。


「主は誤解されやすい人なのでしょうか?」

「ふふ、もしかしたら、そうかもしれないわね?」


 ここで久しぶりに柔らかくアリス様を見て、少し安心する。先ほど港を見ていた時は、あの強気なお姫様がどうした?とこちらが心配するような佇まいだったからだ。抜かれかかっていた牙を、急いで元に戻す。


「わたくしはね、このローフェン王国の隣、カラスナ王国の出身なの。ローフェンとカラスナは同じくらい大きな国で、同じくらい世界の力を持った国なのよ。だからこそなのかしらね、お互いを敵対するようになったわ。今よりずっとずっと前の話よ」

「アリス様がお生まれになってからですか?」

「もっとずっと前。仲の悪さは建国当時からとも言われているの。だから何百年と言う不仲なのよね」

「(同族嫌悪ってやつか)」


 分からないでもない。転生前の日本にいた時だって、中国とアメリカが仲悪いとか、ロシアとアメリカが仲悪いとか、そんな話はザラだった。大きな国だからこそ、守らなければいけないものが多いのだろう。


「どちらかがどちらかを飲み込めば、その王国は世界の覇者になる――それは誰が考えても明白だった。そこで痺れを切らせたカラスナがこの国に攻め入ったのよ。わたくしはまだ幼かったわ。けど幼いながらに、父が苦渋の顔で指揮をとっていたのを覚えているの」

「あの、アリス様のお父様って」

「国王よ」

「(あんた王女かい!!

 ん、待てよ。敵国の王女がいるってことは……)

 では、カラスナは戦争に負けてしまったのですね?」

「察しが良いわね。そう、長い長い戦いの末わたくしの国は負けたの。その頃にはわたくしも大きくなっていて、事態が飲み込めた。あぁ、負けたんだって。だから、現実を突きつけられた時は理解出来たことがあまりにも悲しかった。

 ローフェン王国の国王は、わたくしの父上を失脚させるだけでなく、処刑しろと命じたの」

「しょ、処刑!?」

「ひどい話だけど、それが戦争で負けたものの運命よね。父上は何も言わずに、その命を飲んだわ。わたくしも、そして母上も、泣きながら毎晩過ごした。既に幽閉されている父上にはもう会うことも叶わないんだって。このままさよならするんだって、そう思っていたの」


 今、アリス様の目の前には港が見えているのだろう。その瞳は切ない。


「だけど、事態は一変したの。

 わたくしの国に書簡を届け来た、ローフェン王国の王子によってね」

「王子?」

「前、王子ね。つまり、今のフランさんのご主人。シアン前王子よ。驚いたわ、お供の一人もつけずに、たった一人で敵国に城に来たんだから」

「(王子が敵陣地に殴り込みにいったんかい!!)」


 王子にしては少しハチャメチャ過ぎやしないか? いや、王宮の壁をよじ登った私が言えた義理じゃないけど……。


「わたくしと母上を前にして、シアン様は言ったわ。

‟わたくしと王子が結婚すれば国王を処刑にはしない、生かしてやる。この条件を飲むなら書簡にサインしろ〝と、そう言ったの」

「え……じゃあ、アリス様は」

「そう、政略結婚……もっと言えば保険ね。ローフェン王国はカラスナが悪さをしないように、わたくしを人質にしているのよ」

「そんな……」


 どれだけ意地っ張りな王女だと思っていたが、話を聞いているうちに少し可哀想な気がしてきた。だって、両親も国も捨ててたった一人で人質覚悟でこの王宮にいるのだから。

 身分が高いとそれはそれで大変なことがある――

 それは前王子シアンにも同じことが言えることだ。求婚した相手にはめられ、陥れられた。こうやって負の連鎖は続いていくのだろうか。悲しい世の中だ。


 ヒヒーン


 シアンの近くで馬が鳴く。それはどこかで聞いたような、懐かしい嘶きだった。

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