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24.同じベッド

「ありえねぇ!」


 結構な量の本を持ちながら、騎士・シアンは腹を立て、それと同時に頭を悩ませていた。大量の本を持って移動している召使のフランを助け、ついでに部屋までと一緒に向かったはいいが、新居に足を踏み入れた瞬間に後悔した。


「なんなんだこの部屋はー!!」


 どこかの研究室みたいな雰囲気に入るとすぐに自分たちの部屋がある。無機質な感じはいかにも‟囮用”ではあるが、中は侮れないもので決して狭くない。むしろ二人なのに広すぎるくらいだ。

 そう、広いのだ。

 広いはずなのだ。

 しかし、どの部屋を見ても、どの部屋を覗いても、各部屋に道具が二人ずつ分用意してある。歯ブラシも、お皿も、何もかも。しかし丸い大きなお風呂とキングサイズのらベッドだけは一つしか存在しなかった。まるで新婚のような佇まいの部屋に、思わずシアンは叫んでしまう。


「ちょ、なによシアン。いきなり大きな声を出されるとビックリするじゃない」

「いや、これは、だって!」

「あ、本はとりあえずそこの机に置いておいて。後で片づけるから」

「あ、あぁ……」


 じゃなくて。


 これでは、まるでマイホームに荷物を搬入する新婚だ。夫婦だ、カップルだ。主人と召使の関係なのに!? とんでもない、それは本当にとんでもない。


「お前、この部屋見てなんとも思わないのか!? ちょっと、冷静すぎだろ」

「シアン」

「そうだ、待ってろ。今、上の奴に掛け合って、」

「シアン!」

「あ!?」


 必死で解決策を探していると言うのに、そのシアンの思考を阻むようにフランは大きな声を出す。それに、睨んでいる。その表情は呆れているようだ。


「シアン、落ち着いて。しっかりしてよ小心者」

「な、誰が小心者だって、」

「私なら大丈夫。だって、昨日寝ていたところなんてカビの匂いもするし、息をすれば塵も埃も吸うしで

、ひどい環境だったんだから。それに比べたらここは天国! 私寝相悪くないし、ベッドもこんなに大きかったら端と端で寝てれば問題ないって」

「な……あ、あ……ぁぁ、まあな。それは、そうだ」

「お風呂だって壁が透けているわけでもないし、部屋だって何個もあるんだからもしケンカしても頭冷やせるし、大丈夫。もしも本当に嫌になったら、その時はシアンか、ダメ元でライアン王子に折衷案頼むから。

 だから、ね。落ち着いて?」

「……」


 女の方がこんなに落ち着いているのに、男のシアンが狼狽えるわけにもいかない。それこそ恥と言うものだ。

 少し呼吸を整え、もう一度部屋をグルリと見る。この部屋に何か仕掛けがあるのか、今一度詳しく探ってみなければダメだ。隠し仕掛けとかあるかもしれないし、ここは丹念に探らなければ。


「そうだな、悪い。お前とこの閉鎖的な空間の中に閉じ込められると思ったら、いてもたってもいられなくなってな」

「あぁん?」

「でも確かに、これだけ部屋数があれば問題なさそうだ。その本も、どこかにしまっておけよな」

「分かった、勉強部屋みたいなところで翻訳するから、部屋一つもらうね」

「あぁ。俺も一つもらおう――一番手前でいい」

「へ、手前? もっと奥の部屋もあるよ?」

「いい。ドアに近い方が移動しやすい」

「そ、そう? 分かった。なら私は一番奥の部屋もらうわね」

「好きにしろ」


 確かにドアに近い方が移動しやすい。が、それだけではない。


「(もしもドアから何者かが入って来た時、そこにフランがいるよりは俺がいる方が対応できる。あいつが傍に居たら迷惑だしな、奥にでも押し込めておけばいいんだ。その方が邪魔にならない)」


 適当に決めたかと思いきや、そうではないのが騎士のシアンなのである。戦争の際は先頭に立って指揮をすると言われているだけあって、彼の頭の中は常に何かを考えている。それを無表情にすることによって、いかに相手に自分を悟られないかを常に気を配っている。

 何とも疲れそうな生活の仕方だが、こうでもしないと今の彼はないのだろう。ランスロットに‟憎たらしい顔つきになった”と言われたのも、きっと化けの皮を被ることにだいぶ慣れたからである。完璧に、自分の心を押し殺す。そして無表情を貫き、周りの者に自分と言う人物を、考えを、気取られないようにするのだ。

 だからこそ、不思議なのだ。

 このフランの前では、ありのままの自分をだせていることに。

 いや、出してしまっていることに。さらけ出してしまっていることに。

 シアンは少しだけ、不安を覚えた。


「ん、どうしたのシアン?」

「いや……なんでもねぇ」

「ふーん、そう」


 深く追求されなかったことに安堵を覚えたシアンは窓の外を見る。月明りだろうか、いつもは真っ暗な外が少しだけ和らいで見えた。


「仕事、戻るか」

「え、また行っちゃうの? まだ休憩していけばいいじゃない。そんなに働き詰めでも、体が持たないわよ」

「こっちはお前と会う前からだってずっとこんな調子なんだよ。ほっとけ」

「何よその言い方。心配しているのに」

「ふん」


 自分を守ろうとし、これ以上化けの皮をはがされないように防御力が働いたのか、ツンケンな態度をとってしまう。心配してくれているというのに、素直になれなかった。


「鍵、は一応はあるみたいだな。お前こそ早く寝ろよ。と、その前に晩御飯か。食堂行くか? お前ひとりだけでも」

「ちょっと、私は召使よ? 無理よ。なんで主なき私が一人であの食堂で食事が出来るのよ。二人一緒に食べるならここじゃないと」

「何も一緒に食事がしたいわけじゃねーよ」

「し、知っているわよ。ただ、あなたもあの食堂には行きにくいでしょ? だから二人そろってここで食べればいいじゃない……って思っただけよ、悪い?」

「悪いってわけじゃねーけど……そもそもお前、食事作れんの?」

「……」

「……どっからか食事を持ってきて用意しろ。まだ死にたくない」

「わ、分かったわよ……じゃあ、シアンの分も用意しておくから、帰ったら食べなさいよね」

「おう」


 なんとか命は繋がれた。正直、あの食堂に行くのは疲れるし、またどんなど突き合いが始まるか分からない。余計なケンカは避けたい――珍しく素直に頷くシアンに、フランも満足げだ。


「じゃあ、残りの仕事も頑張ってね」

「おう」

「いってらっしゃい」

「……お、おぅ」


 それこそまるで新婚生活のような会話を終えて、シアンは外へ、フランは中へ残る。


 パタン


「さて、食事の準備に、翻訳の開始――私も忙しくなりそうだな!

 と、何後もなかったように振舞えてたらいいんだけど……私、上手く演技できてたかなぁ~……っ!?」


 思い切り感情を表に出したシアンとはうってかわって、何事もなかったように振舞っていたフラン。しかし胸の内は、なんでこんな奴と新婚生活のようなままごとを!!と叫び続けていた。が、あまりにもシアンが狼狽するものだから、「先越された!」となるべく穏やかな後手に回っていたのだ。


「ああぁぁぁああ~どうしよう! 同じベッドとか無理だよどうしたらいいのー!!

 ってか部屋を決めたのはライアン王子って言ってたよね!? あんにゃろう、なんつー部屋をあつらえてくれてんだこんちくしょう! こんな状態で、何が‟翻訳は夜中にでもしてよ”だ! 夜中にこんなベッドですやすや寝られるわけないでしょ!! あーあ翻訳がはかどるわー!


 あんのクソ鬼がぁー!!」


 だだっ広い部屋に一人――先ほどのアリスと同じ境遇になっているフラン。心情が穏やかではないのも酷似しており、メトロノームのような一定の振りではない、陣痛の際に赤ん坊の心音がドコドコと聞こえるような、そんな忙しない感情だった。


「ど、どうしよう、吐きそう! でも、とりあえずご飯、用意しなきゃ!」


 忙しない感情を抱えたまま、フランの足は忙しく動くのだった。



 ◆



 翌日、私は昨日と同じくライアン王子の執務室にきていた。昨日会ったばかりなのに、しかし明らかに昨日とは違う私の様子を、王子は目ざとく見つける。 


「あれフラン、随分眠そうだね? もしかして自分のベッドじゃないと眠れない体質?」

「それを言うなら‟枕”でしょうライアン王子。

 違います、もう。王子も人が悪いですよ、主と同じベッドでなんて眠れるわけないじゃないですか」

「あれ? ベッド一つしかなかった?」

「(し、しらじらしい!)」

「あーそうか、兵に‟ここ騎士の部屋だから準備しといて”って言ったから、騎士一人が住むと勘違いしたのかなあ?」

「それならそれで、ダメでしょう」

「ダメ? なんで?」

「あれが一人暮らし専用の部屋なんて、贅沢すぎます!」

「あ、そういうこと」


 納得をしたのか、ライアン王子は執務机を綺麗に整理し始めた。私が部屋を綺麗に整頓したから、もう汚すまいと決心したのだろうか。それならそれで有り難いんだけど……。


「それで? 寝れない夜は翻訳が進んだ?」

「え……や、その……昨日は翻訳をしてないんです、すみません」

「してない? 寝れなかったのに? 今の話の流れだと一章くらい終わってるかと思った」

「(不眠不休でやれってか!?)」


 言いながらライアン王子は机上に置いていた真っ白の手袋を持ち、手にはめる。その際一つが床に落ちたので、私は慌てて拾い上げた。そして王子に差し出しながら、「違うんです」と遠慮がちに言う。


「その、ベッドには入らなくて……入れなくて」

「入れなくて?」

「そう、入れなくて!

 翻訳の仕事をしようと、思って自分の部屋に行って……机に突っ伏して寝てました」

「え? なんだ、じゃあ寝たんじゃない。むしろベッド以外で寝られるのがすごいよ」

「ありがとうございます……」


 不機嫌な顔をしている私だが、しかし王子に話したことと現実は少し違う。

 昨日、私は確かに寝たのだ。自分の机にもたれて。

 けれど、朝起きると違った。

 私がいた場所は、ベッドの上だった。


「(しかもきちんと布団をかけていて……ひょっとすると、いや、ひょっとしなくても、夜遅くに帰ってきた騎士が私の部屋まで来て、そしてベッドまで運んでくれた?)」


 しかも更に驚くことは朝ごはんが既に用意されていたことだった。昨日、私が召使準備室から用意してきたパンとミルクの二品だけではなく、昨日あの豪華な食堂で見たような豪華な食事が、机の上に並んでいた。

 もちろん、しっかり食べた。

 それはライアン王子と一緒に食べたビュッフェと同じくらい美味しく、食堂から用意してきてくれたものだとすぐに分かった。ということは、シアンがわざわざ食堂に行って持ってきてくれた? あの食堂嫌いなシアンが?


「(どういう心境の変化なんだろう……なんだか、私の方が主みたいな……)」


 朝起きるとシアンは既にいなかった。いなかった……が、私が寝ている間には一度はこの部屋に帰ってきたということだ。うん―――なんだろう、忙しすぎてすれ違っている夫婦のようだ。


「(そもそも、なんでシアンは奥にある私の部屋を訪ねたんだろう? 私が逃げていないか心配になったから? それとも、きちんと生きているか確認するため?)」


 今までの態度が態度だっただけに、シアンの行動が分からない。怒ったり、優しくなったり、よく分からない。


「(だけど取りあえず、あの部屋を家だと思ってはくれている。それは、なんか、嬉しい。だって一人だけの生活なんてつまらないもの……ん?)」


 突然、視界が暗くなる。目の前に何かがある。それはまだ手袋をしていないライアン王子の片手だった。


「ライアン王子、どうしたんですか? いきなりビックリするじゃないですか」

「してないでしょ。だってフラン、僕を見ていなかったじゃない」

「え?」

「どこか違う所を見てた。意識も、ここにはなかった」

「まぁ、そんなこと」

「ある。誰を思っていたの?」

「誰をって……」

「嘘つかないで」

「……」


 昨日からつくづく思うのだけど、ライアン王子はかなり面倒な性格だ。自分の気になったことは、真実が分かるまで粘り強く果敢に攻める。そして必ず答えを見つける。そしてどうやら私は、その‟気になること”によくあてはまるらしい。

 現に、今も――


「すみません、やっぱり机ではよく眠れなかったみたいです。頭がボーッとしてて」

「そう――じゃあ今日は早く家に帰してあげるね。僕もこれから城を出るし、フランはこの部屋の掃除が終わったらもう翻訳していいよ」

「え、いいんですか?」

「今日中には帰れそうにないし」


 ライアン王子は手袋を受け取り、手にはめる。机の後ろにある窓から外を一望した。その目は、目の前の景色を見ている目ではなかった。もっと遠くに、もっと違うものを映している目だ。


「お仕事、やっぱり忙しいのですね。王子なら当たり前ですが……」

「僕はまだまだだよ。僕よりも父上、国王の方がもっと忙しい。僕がもっと支えてあげられたらいいけど、逆に支えてもらうばかりでね。現に今日も、他国へ行くのに国王が同伴だ。もっと、しっかりしなきゃなぁ」

「そんな」

「騎士なら、もっとうまくやったんだろうけどなぁ」

「騎士……ですか」


 なぜいつも騎士と比較するのだろう?

 疑問を持つ。そして確信した。

 王子は騎士を恐れているのだと――


「ライアン王子、」

「あ、ごめんね。変なこと言っちゃったな。もう、フランの前だと口が軽くて困るよ」


 窓の横にあるコートハンガーにかかっているマントをとる。国王であれば赤いマントなのだろうが、王子は青色だ。もしこれが騎士なら黒色のマントだろうか?


「(いや、待てよ。赤いマントのようなもの、どこかで見たことあるような……)」


 記憶の断片をひっかき回しても完璧に思い出せることはなく、「じゃあ僕は行くよ」と言ったライアン王子の声で我に返る。窓から入る光が、王子の金髪をキラキラと照らしていた。細そうな髪の毛が、柔らかく動く。前髪がかかった青色の瞳は、私を再び捉えた。


「僕は行くよ?」

「はい」

「……行くってば」

「はい。あの、何か?」

「え、いや……だから、‟行ってらっしゃい”とか‟頑張って”とかないの?」

「(んん!?)」


 私はあなたのお母さんでもなければ奥さんでもありませんけど!?

 ただの召使なんですけどー!!?


「あ、すみません。そうですよね、私ったら――

 お気をつけていってらっしゃいませ」

「なんか義務感というか、召使感があるなぁ」

「‟感”ではなくて、本物の召使ですから」

「そうだけど」


 まったく何が気に食わないのか。青い瞳は「期待外れ」とでも言うように、私から視線を外す。どうやらさっきの一言で無理やり納得してくれたらしい。


「じゃあ明日昼頃にここにきて。たぶん、その頃には帰って来てるから」

「分かりました。ではそれまでは翻訳の仕事をしております」

「うん、お腹空かせてここに来てね」

「と、言いますと?」

「ここで一緒に昼を食べようよ。昨日フランと食べたお昼は美味しくて、楽しかったんだ」

「……」


 ニコニコと話す王子の姿が、とても可愛かった。正直、母性本能が働いて胸が疼いた。けれどそれ以外に、胸が高鳴り、ドキドキしたのも事実だ。

 紫音先輩――

 目の前の人物を見て、もう一人の異性が重なる。

 大好きだった人。

 大好きだった先輩。

 紫音先輩。


 目が少し潤むけど、ここは執務室。今の私は召使。

 心を入れ替えて対応しなければ、また王子から長い質問を受けそうだ。


「は、はぁ……分かりました。ではお昼はお作りして……あ、えっと、ご用意しておきます」

「うん、頼んだよ!」

「はい」


 そうして、やっとのこと、青色のマントは執務室から姿を消した。

 あ、あぶねー……。

 命からがら頭を上げ、一息つく。


「まったく、イジワルするのはやめてくださいよね、紫音先輩」


 化けたようにでてくるなんて、怖すぎます――

 フフと笑い、思わず明日のお昼を想像した。確かに、楽しそうに笑う私と王子の姿が浮かぶ。そう言えば昨日も楽しかった。美味しかったし、話も弾んだ。うん、明日が楽しみだ。

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