20.ピンチ再び
北棟に行くまでの道すがら、さっきの長身庭師が頭から離れなかった。
なんなんださっきの変な奴は!
ここには変なやつしかいないのか!?
「確かにそうだけども!
ここには変なやつしかいないけども!!」
だからって、こんなに立て続けにこなくたっていいじゃないか!
「今日一日でどんなけの災難が私に降りかかるっていうのよ、まあシアンほどじゃないけどさ!」
さすがにプロレスラー並みの女子に体当たりされて倒れるほど不運ではないが、私だって疲れているのだ。今現在は気力と体力でなんとか北棟に移動しているものの、まだ夕方に差し掛かっている今を思うと今日の終わりはまだまだ先に思えて残りの体力が心配でならない。
「えっと、北棟の私とシアンの部屋を確認した後に、ライアン王子のとこにいけばいいのよね」
しかし、呟いた後にふと思う。
「本当にライアン王子の召使いになっちゃったのかな〜私。出来れば避けたいんだけども……だって絶対嫁さん怒るじゃないか、こんな特例で召使いなんかが側にいたらさ〜。しかも王子もなんだか素直そうじゃないしさ〜。紫音先輩の方が断然優しい。
うん、そうよ……!
あの人は紫音先輩なんかじゃない!
ただの雇用主!
お給料くれる偉い人!
それだけ!!」
先ほどの一件でライアン王子の性格が一般人よりもややひねくれているということと、結構な意地悪だということを見抜いた私は、その人格者の下で働くことに抵抗があった。
一国の王子――ということなら私も「仕事だ」と割り切って職務を果たすだろうが、昔の想い人と瓜二つと言うのであれば話は大きく変わってくる。しかもその人が意地悪であれば、「好きな人に手のひらで転がされ抵抗できずに思いのまま」という結果は簡単に予想できる。
「遊ばれないように気をつけなきゃ……!」
両頬をパァンっと勢いよく叩いく。するとちょうど、北棟の入り口にいる兵を見つけた。無事に目的地まで着いたのだ。
ここから先は王族しか入れない場所――そのことを思い出して気を入れ直す。
「あの」
「なんだ」
お前なんかがこんなとこにいていい場所ではないぞ――
そんな声が聞こえてきそうな鋭い目つきを持つ兵は、小娘を隅々まで見た後にそう短く答えた。一声かけただけでこの“優遇”具合だ。果たして今日中に北棟へ入れるだろうか。
「連絡が来ているとは思いますが、今日からこの北棟でお世話になることになりました、騎士シアンの召使い、フラン・ブラウンと申します。部屋が用意されたと聞いて伺ったのですが、中へ入れていただいてもよろしいでしょうか?」
「その話なら聞いている。しかし騎士様のみではなく、召使いも一緒にか?」
「はい、私の部屋もここに変わると聞いております」
すると兵は一瞬「ふむ」と考えていたが「まあいいか」と開き直る。この場合何を開き直ったかはもちろんわからないが、もしも不備があったならきちんと伝えてほしい! もちろん理由はただ一つ。この先での間違いは命の存続に関わるからだ!
「重ね重ねお尋ねしますが、主と私は北棟に入ってもよろしいのですよね?」(もちろん”私”の部分を強調した)
「もちろんだ、入れ。許可は降りている。部屋の場所は知っているか」
「いえ、まだ何も知らされておりません」
王子も国王もいる棟だ。当然、偉い人が奥で自分たち新人は一番手前に決まっている。その考えがあったため案内には困らないと思ったが……部屋について話す兵の言葉に耳を疑う。
「ここを入って一番奥、突き当りにある部屋だ。真っ直ぐ進め、行き止まりになった部屋がお前たちの部屋だ」
「へ? 一番奥? 私たちがですか?」
「そうだ」
「何かの間違いでは?」
「なんだと?」
ギロッと音がするほど睨まれる。背が高いその兵はただいるだけで迫力があるというのに、今では目力が手伝ってとてつもない圧力をかけている。
が、ここで確認を怠るわけにはいかない。奥がもし国王の部屋だったら即死刑だ。
「(不敬罪で殺される!
それだけは避けなければ!!)」
第一、この兵が嘘をついているということもある。充分にあり得る。この王宮に来て何度となく騙されてきた私は最早疑心暗鬼の塊で、自分の目で確認しないことには信用できないくらいになっていた。
「私は間違っても国王の部屋をノックすることは許されない。不敬罪で殺される……だからといってこの人の言葉を信じるのも……でもでも、こんなとこでマゴマゴしてたら夜になっちゃう! どうしよう!!」
「だからさっさと入れと言っている」
「そうだけどそうじゃなくて!」
葛藤に悩む。悩み続ける。兵はとうに扉の前から退いているというのに、自分の踏ん切りだけが付かず前に進むことができないでいた。
けれど、ここでガッツを見せるのが私の長所だ。
私は強い子だ!
「ええぃ南無三!!」
唱えながら、兵が開けた扉の中に吸い込まれていく。目をつむって中に入ったものだから、開いた双眼に一気に映った景色に、ただただ驚かされた。
「ほわ〜なんじゃここは……!」
足を踏み入れたそこは、今まで見てきた王宮とはかなり違っていた。
高級そうなシャンデリア、上品な花瓶、明るすぎず仄かに輝く天井の光――そんなものはここに何一つなかった。あるのは白、真っ白。それだけだ。
「もっとこう、美女と野獣のようなお城の内部を想像していたんだけど……なにこの近代化……」
言ってみればここはアーティスティックな建造物に近く、とても国王や王子が通る場所には思えない。どころか、どこかのラボラトリーではないかと思える程だ。まるで自分が実験されるネズミの気分で、今だけは黒の服が嫌に映えて見える。
「まさか私また騙された? この部屋に入った時点でアウトなの? 何かされるの?
後ろから何かが攻めてくるとか!
落とし穴があるとか!
横から槍が出てくるとか!!」
しかし何も起こらない。歩いても何も起こらない。試しにジャンプをして、グリコをして、そしてでんぐり返しまでしてみたが、何の音沙汰もなかった。構えていただけに拍子抜けを食らう。
不思議に思い歩みを進めると、確かに行き止まりはやってきた。真っ白な壁一面しかないのかと思いきや、胸の高さあたりに輪っかが張り付いている。それはどうやら引っ張ることができそうだけど、まさか、まさかねぇ?
「これがドアノブだったりしちゃうのかな?」
確かにここには部屋はありそうだ。だからこそ、このドアノブがあるのだろう。しかし、なんだこの違和感。
「胸騒ぎの理由はわからないけど、とりあえず……良い気はしないわね」
警戒度をマックスにしてドアノブを捻り、押し込んだ。すると壁の一部がズズッと移動し奥に吸い込まれる。
「ほう」
どうやらそれは確かに扉らしい。
どうやらこの先には確かに部屋があるらしい。
どうやらあの兵の言うことは本当らしい、が、真相はいかに――。
「まさかだまし絵? 隠し扉? ここに部屋があることを隠したいのかしら……けど、逆にすごい分かりやすいんだけどこの部屋。扉もドアノブをつけてあからさまだし、まるで誘導されてるみたい……ん?」
言って、気づく。
気づいてしまった。
そして再び疑問を持った。
なんなんだ、この「わざとらしい」部屋は。
「思いたくはないけど、いや、違っていてほしいけど、もしかして私たちがこの北棟に呼ばれた理由って……」
「へえ、もう理由が分かったの。さすが、あの騎士が見込んだだけの人材だね」
「!?」
考えに没頭していたので気づかなかった。
自分のすぐ後ろに人がいることに。
今まで密かに距離を詰められていたことに。
そしてその人物は――
少し前までは会いたくて会いたくて仕方がなかったが、この世界での彼を知る度に距離を置き、しかし無意識に近づいてしまっている人物――その人物の気配に、私は全く気付けなかった。
「こんにちはフラン。よく来たね」
「ら、ライアン王子……」
暑いほどの気温ではなく、むしろ快適な温度だというのに薄ら汗をかいているライアン王子を一瞥した後、溜飲を下げたように私は部屋の中に入る。それはもうアッサリと、観念したようにだ。
「あれ? 部屋に入るのを躊躇していたのに、素直に入っちゃうの?」
「いつからご覧になっていたんですか……ストーカーで訴えますよ」
「すとーかぁ?」
「コホン!」
危ない危ない。
「王子がここにおられるということは、ここは国王の部屋ではない。もちろん、王子の部屋でもありませんね」
「僕の部屋じゃない? どうして」
「ここは正真正銘、騎士と私の部屋です。北棟に入ってきて”一番目立つ所”。その部屋が私たちの部屋」
「ふぅん、その含みのある言い方きになるなぁ。何が言いたいの?」
「いえ、特には……。ただ、北棟に忍び込んだ敵のカッコウの餌になるには充分すぎる部屋だなぁと思った以外には特に」
言っているうちに、だんだん腹が立ってきた。フツフツと怒りが湧いてきた。なぜなら、てっきり騎士が王宮に認められたから、あの倉庫のような東棟から北棟に移ってこれたのだと思っていたからだ。けれど、蓋を開ければ単なる囮。偉い人がいるだろう奥に騎士を置き、万が一の時は身代わりになってもらおうと王宮は思っているのだ。
「あれ、怒ってる?」
「怒ってません」
「アリスもそうだけど、そういう時に女性は大抵おこってるよね」
「なんの話ですか。言っておきますが、謝罪なら聞きませんから」
「そう、それはよかった。僕も謝る気なんて一切ないんでね」
「……どういうことですか」
彼のハッキリとした言い方が、癇に障った。
「確かに君たちをここへ呼んだのは父上だが、君たちの部屋を指定したのはこの僕だ。ここに来たからには、ここでできる仕事をしてもらう。騎士は腕も立つのだろう? ならもしもの時にちょうど良いじゃない」
「“ちょうどいい”!?」
自分の身代わりに兄が殺される危険性があるこの状況を“ちょうどいい”といったライアン王子の感覚が分からない。今更ながら、シアンとライアン王子は本当に血縁関係があるのだろうかと疑った。先程の兄弟独特の温かな時間はなんだったのだろうか。記憶にモザイクがかかってくる。
「心配しなくても、主がやられる前に私が盾になりますから。それに、主はそうそう窮地に立たされませんのでご安心を!」
半ば投げやりに言葉を発して中に入る。その際に扉も閉めようとしたのだが、何者かの手により微動だにしない。何者か――と言っている時点で分かりきっているのだけど。
手の元を探ると、王子がニッコリと笑っていた。王子が「部屋に入れてくれ」と言わんばかりのこの光景に戦慄が走る。これは入れなきゃダメなのだろうか? いや、入れてはダメな気がする!
「ちょっと、王子いい加減に、」
振り向いて注意しようとした。
その時だった。
「君も、シアンの方がいいんだね。僕のことはいつも名前で呼んでくれないのに」
「へ――?」
私の体にいきなり負荷がかかる。今までとは明らかに違う重量に、思わずドアノブから手を放した。すると「好機」とばかりにライアン王子は私をかわして部屋に入り、遂に二人きりの状態ができてしまった。扉は隙間風がとおれないくらいにピッタリと閉まっている。
今、私は部屋にいる。
ライアン王子と同じ部屋にいる。
そして数時間前にこの兄にされたことと同じことを、今では弟にされていた。ライアン王子は私の背中を抱き寄せ、その体を己の体で包み込む。右手で私の体を抱き寄せ、そして左手は――
「ちょっ、王子、何して!」
「静かに。誰かが来ちゃうよ?」
「むしろ来てほしいんですけど!」
左手は私の腰を、背中を、お腹を、肩を、そして顔を――まるで撫でるように這っていた。そのいやらしい手つきに思わず身悶えるも、ライアン王子は一向に離す気がないようで自分の意の向くままに左手を遊ばせている。
「や、だから、王子!」
「黙って。このまま」
「王子……? なんですか、一体。からかうのもほどほどにしてくれなきゃ私、」
「……」
「……」
「私……なに?」
「いえ、特に。何も」
からかうのもほどほどにしてくれなきゃ私、流されちゃいますよ――
危なかった。口から言葉が滑り落ちるところだった。
自分を制御できていないことに気づき、焦燥感と高揚感に包まれる。体が熱い、全身が火照る。ライアン王子に触れられたところは、まるで電流が流れたようにビリビリする。それに彼の吐息が耳に直接響いて、自分もそれに合わせて呼吸をしてしまうくらいだ。
ヤバい
抗えきれないことを悟った本能が声を上げる。
目を覚ませ――と。
見えない速さで警鐘のベルが全身を駆け巡る。
「フラン」
「(今名前で呼ぶか!?)」
青い瞳が見える。金色の髪をかき分けて、青い瞳に私が移る。ビー玉のような丸い瞳に映る私の顔――その顔は真っ赤に染め上がり、まるで愛しい人に抱きしめてもらっているようだった。さっきまで茶色の瞳に映っていた私の顔とは正反対だった。こんな顔、とてもじゃないがシアンには見せられない。
「(いや、違う)」
シアンの前では決して見せることはないだろう。だって、私にこんな顔をさせるのはライアン王子だけ。紫音先輩とうり二つの顔をした、ライアン王子だけなのだから――




