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19.変な男

 アリスが私への警戒心を徐々に高めていたころ、私は自分の部屋の前に立っていた。自分の部屋といってもたった一日寝ただけの、何の思い入れも未練もないただの部屋だ。しかしここへ帰って来たということは、荷物を取りにきたということ。といってもシアンのことを偉そうには言えない。私の荷物だって少ないことに気付いたのだ。そう、あの誰からか貰ったか分からない上質なマフラーだ。私は新しい部屋へ移動するために、東棟へマフラーを取りに来ている。

 のだけど――


「マフラーを取りに来たは良いけれど、これを一体どうするか……」


 マフラーを取るために東棟へ戻って来たはいいが、シアンが部下に打たせた釘があるため扉が動かず中へ入ることが出来ない。しかも一本ではなくて何本もあるものだから、奇跡で一本とれたとしても、残りの釘の全てにその奇跡を起こさないといけないので、女一人の力で開けるのは到底不可能である。


「となると、正攻法では不可能なので……よし、窓を割るか! マフラーがとれればいいのだから!」


 問題を早期に解決しようとする私の心意気は見事なものだが、その発想は意外にぶっとんでいたりする。けれど私自身は何も間違っていないと思っているのだから止める人がいない今、即、有言実行するのみである。


「倉庫って呼ばれているくらいなんだから、少々風穴があいたって問題ないでしょ」


 さっさく垣根を越えて裏へ行く。高すぎる程の垣根を過ぎると、以前見た光景がよみがえってきた。


「そう言えば、ここでシアンと出くわしたこともあったなあ、その時は踏んじゃったけど」


 まだこの垣根の背が低かった頃、この垣根を飛び越えて昼寝をしていたシアンを踏んづけた。その時のシアンの無愛想さと言ったら、挨拶をしても返してくれなさそうな冷酷な雰囲気を纏っていた。


「それがどうして、人って短時間でも変わるものだね。私のことを皆に紹介してくれたり、守ってくれたり、一致団結しちゃったりね。無愛想な顔してなきゃ、シアンだって疑われることなく皆にもてはやされると思うんだけどなあ。本当、損な性格だよね」


 言いながら、地面を見ながら手ごろな石を見る。そして自分の手よりも一回り大きい石を持ち、何の脈絡もなくその手を窓へ押しやった。当然、倉庫代わりにしている東棟の窓は防犯ガラスなどの細工はしておらず、むしろどんな小さな石ころでも割れてしまうのではないかという脆さの方が勝っていた。


「えい」


 その声と窓に石が当たるタイミングが同じかと思われたその時、パシッと窓が割れたにはいやに軽い音がする。


「ん?」

「はい?」


 自分の手を見ると、そこには制止をかける他人の手があった。どうやらこの手の阻止のおかげで窓は割れなかったようだ。


「ど、どなたですか?」

「さあ、どなただと思われますか?」

「え~さ、さあ、皆目見当もつきません」

「そうですか。ならばそのままでお過ごしください。俺のことは知らないまま」

「は、はあ……あなたはそれでいいんですか?」

「まあ実際、名乗る程の者ではないのです。けれどあなたの前に姿を現したということは、あなたにこの窓を割ってほしくなかったから、ですかね」

「そ、そうですか」


 流暢に喋るその人だが、何だかつかみどころのない喋り方である。

 見た目はヘラヘラと笑っている。同い年くらいの好青年なのだけど、その薄い目は何を見て何を思っているのかうかがい知ることは出来ない。といっても、帽子を目深にかぶっているものだから、単に目が見えにくいだけかもしれないが。


「あなたは、爵位もちの方、ですか?」

「爵位? とんでもない。俺なんかがそんな恐れ多い。

 見てください、これが爵位の恰好に見えますか?」

「み、見えますかと言われれば、み、見えないです」

「でしょう?」


 ハハと笑う青年の恰好は、帽子にサロペット、足には長靴と、とても爵位もちの着る軍服には見えない。ばかりか、どこをどう見ても庭師に見えるのだ。身長が高い分、「カッコいい庭師」というレッテルがピタリと似合う。


「こ、ここの垣根の背を高くしたのはあなた、ですか?」

「おや、よく分かりましたね。昨日騎士様に言われたもので、僭越ながら俺が手を入れさせて頂きました」

「主が? その命は急にですか?」


 尋ねると、青年は何かにはじかれたように私に更に身を寄せ「そうなんです!!」と訴えかけるように声を荒げた。


「偉い地位に着いていないとはいえ、俺だって日々忙しいのに、それに付け加えて急なご命令! 一瞬どうしようかと迷いましたが、しかしさすがの俺ですね! 見事にやってのけましたよ、どうですか!?」

「い、良いと思います!!」


 ここで「主はなぜ高くしたんでしょう」と聞けばまためんどくさそうなのでサラリと嘘をつく。しかし青年は「どうもね」と私の疑問に答えてくれるようだ。


「この部屋に新たに住人が加わったようで、カーテンも何もない所だから垣根で外から見えないようにしてくれってことだったらしいんですよ~。〝どれくらい高くしたらいいですか?”と聞いたら〝お前くらいだ”ってね。そりゃ俺は身長が二メートルくらいはありますし? 俺くらいの背になれば他の誰もが覗けないですもんね」

「え、主が、本当に?」

「ええ! 短時間で終わらせろって言われたのはそういうことだったんだと思いますよ~俺も作り終えてやっと理解できましたもん。そりゃ、たくさんの部屋があるのに、ここだけ外から見えないなんて変ですもん。間違いありませんって」

「そうなんですね、主が……」


 シアンの命令は、間違いなく私を思ってのことだった。

 まさかの事情に、息をのむ。嬉しくて、心が軽やかに跳ねているのが分かった。


「主、ありがとうございます」

「というと、あれ? ここはあなたの部屋ですか?」

「ええ、そうなんです」

「それなのになんで窓を割ろうとしてたんですか? 今度は騎士様に窓を補強しろとか言われたらかなわないんですけど~?」

「す、すみません。どうしても事情がありまして……」

「事情?」

「中に入らないといけない事情が、あるんです」

「まあ、自分の部屋ですもんね」

「そうなんですけど……その、移動になりまして」

「は、移動!?」


 庭師は目をひん剥いて私に詰め寄る。垣根をバシバシと触りながら「これがあるのに、移動!?」と何度も私に聞いてきた。悪いとは思うが、しかし責任は私にない。


「北棟に移るんです。だから荷物を取りにきたのですが……ドアに釘が刺さってまして、開かないんです。抜くこともできないし、なら窓を割って入っちゃおうかなーって思いまして」

「それで窓を割るなんて、結構大胆な行動に見えるんですけど。ってか俺初めて見ました。いるんですね、召使いでもそういうことする人が」


 キョトンと青年は小首を傾げる。たぶん貶されたのだろうけど、私は愛想笑いで凌いだ。女性としても召使としても失格の烙印を押されたようでならない。恥ずかしくて顔を上げることができなかった。

 しかし意外なことに「俺が見ても良いですか?」と庭師は表へ向かった。その時になって、やっと離された私の手はだらりと下がり石を投げ捨てる。そして早足で彼の後ろを追いかけた。

 しかし――


「取れましたよ」

「へ!?」


 何十本もあった釘が、庭師の手により全て抜かれていたのであった。


「い、今の間に全部抜いたんですか?」

「抜きました。だってこれ、軽く打ちつけてあるだけなんですもん」

「いやいや、それにしても量がすごかったでしょう! 一気に抜かないと無理なくらいの速さでしたよ!」

「そうですか? まあ女性は非力ですからね。驚くのも無理はないのかもしりません」

「そう言う意味ではなくってですね……ま、まあもういいです。何はともあれ、ありがとうございました」

「いえいえ」


 何だかキツネにつままれた感覚だが、中に入れるのならば言うことはない。それに何より、窓を割ることなく入れたのだ。この庭師には感謝しないといけないのだ。疑うなんて失礼な!


「本当にありがとうございました! このマフラーが取りたくて」

「マフラー? それって、あなたの、ですか?」

「いえ、これは預かり物で」

「へえ~その持ち主のことはご存じで?」

「分からないんです。どうしてもお礼がしたいことがあって、お会いしたいんですが」

「そうですか、俺が教えてあげましょうか?」

「へ!?」


 し、知ってるんですか!?

 ぜひぜひ!

 教えて下さい!!!!


「お願いします!!」


 知ることが出来ればそれにこしたことはない。「教えてくれ」と懇願し、庭師に近づいた。しかし反して「どうしよっかなー」と庭師は体をクネクネとさせてもったいぶっている。


「ちょ、ちょっと! なんで教えてくれないんですか!」

「えー。知りたいですか?」

「知りたいです! 隠す必要もないでしょう、教えてくださいよ」


 多少のいらつきを垣間見せると、庭師は更に気を大きくしたようで「じゃあやっぱり内緒で」と、手のひらを返したような態度だ。さっきまでの「かっこいい庭師」のレッテルが剥がれ落ちた。


「あの、それを黙っておくメリットがあなたにあるんですか?」

「大ありです」


 楽しそうに言う庭師。

 これは埒が明かないと、大きなため息をついた。


「じゃあもういいです。あなたの気が変わった時に尋ねるか、今まで通り自分で探しますので。

 釘、抜いてくださりありがとうございました。助かりました。

 またご縁がありましたらどこかでお会いしましょう。それでは」


 フイと怒ったような顔をしてその場を去る。しまった、さっきまで持ってた石をこの男にぶつけて吐かせても良かったな、なんて物騒なことを思案しながら。

 しかし、部屋を出ようとしたその時に、庭師が私の手をパシッと掴む。それは先ほど窓を割るのを阻止した時とは違う。今度は優しく、まるで包み込むような柔らかい感触で私の手を覆っていた。


「……何ですか?」

「実はというと、またあなたとお話ししたいから教えないだけなんです。

 そう言うとあなた、どうしますか?」

「どういこと……?」

「どういうことだと思いますか?」

「からかってるだけ?」

「さあ」


 楽しそうにする姿は、ズバリ私をからかっているようにしか見えない。性根が悪い奴に会ってしまったなあとがっくりと肩を落とした。いや、でも彼にガックリするのはお門違いかもしれない。なぜなら私は隙あり娘なのだから――


「あなたはもっと大人になるべきだわ。もし上に上り詰めたいのならば、そう言ったお子ちゃまな考えは捨てる事ね。これ以上時間を無駄にしたくないんで。それじゃあ」


 掴まれた腕を振りほどいて部屋を後にする。ずいぶん背が高い彼を睨むのは骨が折れたが、それでも睨まずにはいられなかったので目の血管が切れるくらいには睨んでおいた。「おお怖い」と答えたその声に全く恐怖心がなかったことだけは、伝えなくてもお分かりいただけるであろう。完全になめられているのだ。


「変な人にあったなぁ~やっぱりここって変な人しかいない! 無事に部屋までたどり着けるか、一気に不安になってきた……」


 意気消沈している私を、きっと庭師は見ているだろう。それは私にも分かった。だけど、


「本当はその布の持ち主をただド忘れしただけって言ったら、あんなに怒られなかったかな?」


 楽しそうに笑う庭師がそう呟いたことは、私には分からなかったのだった。

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