2.王都に到着②
私の前に立つ人は長い剣を振りかざし、不良にわざと見せつける様にちらつかせ、そして、ぎらつかせた。剣に怯み不良はだいぶ怖がっているのか、先ほどまでの覇気がない。蛇に睨まれた蛙――今の関係がピッタリ当てはまった。
「その刈り上げ……先ほど王宮にいたな? 開放されているところを見れば釈放されたらしいが、もう一度その身、国王の名の下に裁いてやろうか?」
「……っく、覚えてろよ!!」
「(おお!)」
会話をしただけで不良にここまで言わせるなんて、この男の人すごい!
不良が走り去ったのを見届けた後、「さて」と振り返る目の前の人。あ、今更だけど、この人男の人なんだ。背中を見る限りはどっちつかずな性別だったけど、顔を見れば確かに男の人だった。大きくもキリッとした鋭い目が私を捉える。
「おいお前」
「はい!」
「王宮に行きたいのか?」
「えっと、あの……はい!」
「何故、行きたいのだ?」
「えっと、」
思ったよりも高い声でされた質問に、正直に答えようかどうか迷う。ここはもう王都だし、その辺に憲兵と言う名の見回り兵とかいるんじゃないかなぁ。ならば、嘘をつくのが得策だ。
「か、観光で」
「観光? 王宮への一般出入りは制限されている。今の時期は入室が許されていない」
「えー! 知らなかったあ! そうなんですか!?」かなりの棒読みになってしまったが、眉間に皺が寄っただけでなんとか誤魔化せたようだ。
「お前、黒髪のところを見れば異国の者と見受けるが、その格好で来たのか?」
「その恰好?」
「組み合わせが気持ち悪いその服のことだ」
「どうせ汚いワンピースですよう! 身分不相応なマフラーをつけてますよう!」
シンデレラが姉たちに意地悪されていた時に着ていた様なワンピースに、先ほど男の人がくれたマフラーを巻くと言うのは確かに不自然すぎる。だからって、そんなズバズバ言われると傷つく。こういうのは着ている当の本人が一番傷ついているものだ。
「今まで山奥でしか生活してこなくて、こういう所は初めてなんです。だから格好とかも気にせず来ちゃって……」
「そういうことではない。お前が何の服を着ていようが構わないが――
その布は誰にもらった?」
「ここに来る途中ある人に助けてもらって……顔は見れなかったんですけどね。服が破れている私に、その人がこの生地をくださったんです。服を買うお金もないし助かりました。本当に優しい人でした」
「ほう。少し拝見しても?」
「は、はい!」
私から生地をとり、隅から隅まで目をやる男の人。その間私は離れた所で待っているのだけど、風が吹くと腿まで破れた服がフワリと浮いてしまうため押さえつけるのに大忙しだった。
だけど、その忙しい中でも、風が声を運んでくる。
どうやら、女たちの声のようだ。
「黄色い声?」
私たちの周りにはいつの間にかギャラリーがいて、ボクシングのリングを囲むようにズラッと人の壁が出来ている。しかも全員女性で、みんな同じように頬を染め、あの男の人を見ていた。丹念にマフラーを観察している、あの男の人を。
「(この国の人はああいった可愛い顔がタイプなのかな? 背もそこまで大きくないし、細いし……あまり男らしくないのになぁ。あ、でも剣は強いか!)」
腑に落ちないため、暫く彼女たちの声に耳を傾ける。
「やだ、すごい偶然! どうして彼の方がこんな場所へいらっしゃるの!?」
「護衛をつけていらっしゃらないわ、握手してもいいのかしら!?」
「おやめなさい。爵位を持たれている方に、私たちのような一般市民がお手を触れるなんて……そんな大それたこと出来ないわ」
「そうよね、彼の方は――――――でいらっしゃるものね」
「ん? 爵位?」
だけど肝心な部分が聞こえなかった。
それは「聞えなかったから、まーいーや」で納まる事ではなく、私が聞いておかないといけないもののように感じた。だからこそ、ギャラリーに「もしもし」と話を聞きたかったけれど、私が声をかける前に、男の人に声をかけられる。
「すまない、返そう」
「いえ。そもそも、私も”もらった”とは言いましたが、もしもまた出会えるのであればぜひお返ししたいのです。高級そうだし」
「そうか」
瞬間、男の人の顔がゆるやかになる。少しだけど笑ったような気がした。
もしや今なら聞けるかも? 怒らないよね、たぶん!
「あの、聞いてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ、なんだ」
「はい、では――
あなたのお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「……」
「あれ?」
尋ねた瞬間、男の人だけではなく、周りにいたギャラリーも声を失った。誰も一言も話さず、ギャラリーに至っては顔を青くしている。まるで私を恐ろしい者を見るような眼差しだ。
「え、え!?
すみません、私、何か失礼なことを言いましたか!?」
「いや……何でもない。周りも気にするな」
「で、でも!」
「ふふ、お前は面白いのだな」
「へ?」
まさかの一言。
私のどこが面白いのかな? まさか、服が捲れてパンツが見えてるとか!?
素早く確認するが風はふいておらず、私の綻びかけのパンツも見られていない。いそいそとマフラーを腰に巻き恥部をさらさまいと風から守る。その一連の動作がまるで貧乏人を体現しているかのようで尚こっぱずかしかった。名前を聞いたら早くこの場から立ち去ろう!
「そ、それでお名前は教えていただけるんですか?」
「構わぬ。が、私の名前を聞いてどうする? 何に使うのだ?」
未だ笑みを浮かべてはいるが、まるでおもちゃで遊んでいるような顔をしている。
「つ、使うも何も、助けてくれた人の名前くらい知っておきたいじゃないですか! そういうものは、ずっと覚えているものです!」
「ほう、そういうものなのか?」
「そ、そうです! あなたは違うんですか?」
「私は誰かに助けてもらった記憶はない。だからお前の言うことは分からない」
「い、一度も?」
「ない」
「へ、へ~……すごい」
本当は記憶がないだけじゃないかと思っていたが黙っておく。
「じゃあ、あなたはしっかりしているんですね。羨ましい」
「“羨ましい”? それは違うぞ」
「何が違うのですか?」
「自分一人の力で何とかしないといけなかったから、誰かの力を借りなかっただけだ。そうでもしないと伯爵になどなれないからな」
「へ……?」
「そうか、私の名前を知りたがっていたな。
名乗るとしよう――
オセロ・イーノ。伯爵だ」
「えぇええええええぇぇー!!!?」
伯爵!?
そりゃキャーキャー言われるって!
そりゃ一般市民には手の届かない方ですって!
「(わ、私、とんでもない失態犯しちゃったんじゃ!!?)」
爵位の詳しい順位は分からないけど、伯爵ってよく聞くし、有名だし! よく恋愛小説に出てくるし! ほら、頭がきれるとか、そういう頭脳明快タイプの人が多い、あの伯爵よね!?(※フランの見解です)
「す、すみませでした! 私、伯爵様になんたる無礼を!」
急いで土下座をしたけれど、当の本人には伝わっていないようで「変わったポーズだな」と笑われた。クッ、誠意とは!!
「私などめが伯爵様と対等にお話ししてしまい、申し訳ありませんでした! 助けてくれてありがとうござました! この御恩は一生忘れません!!」
ガバア!と効果音が聞こえてきそうなほど地面に頭をつける私。下がゴツゴツしたコンクリートなだけに辛い!
「おい、いつまでそうしている見苦しい。起きろ」
「許されるまで起きません! 豚箱行きだけはご勘弁を!!」
「誰がそんな野蛮なことをするのだ。ふふ、お前は本当に面白い女だな」
「きょ、恐縮です」
それでも頭を上げない私を、もうどうでもいいと思ったのか「またな」と伯爵様は私の横を通り過ぎる。するとその際に、屈んでくれたのだろう伯爵様は私の耳元でこんなことを囁いた。
「私はこんな身の上ゆえ、普通の考え方を知らない。
だからお前が言うような”何かをしてもらったら覚えておきたい”という感情こそ、私にとっては珍しく羨ましくそして――面白いのだ」
「へ?」
顔をあげるともう伯爵の姿はなかった。どこへ行ったのかも分からないところを見ると、とんだ早歩きの名人だ。
「ってか、伯爵って……いきなり伯爵って……!」
思い返してみれば、なんか上品そうなイメージだった。紅の軍服も良く似合っていたし、様になっていた。
「素敵なお召し物ですねって言えばよかったのかな、いや、でも、それはそれで違う気がする……」
なにはともあれ、おじさん、おばさん。
フランはなんとか命を繋ぎとめましたよ!
できれば褒めてください!!
「って誰もいないけどさ~」
ちぇ~と言いながら足元にあった石ころを蹴る。コロコロと転がる先には、誰もいなかった。
「これから、どうしよう……」
太陽は少しずつ傾き始めている。早くしないと日が沈んで、真っ暗になってしまう!
十八歳の女が一人。
もう大人と言われれば大人だけど、未成年だし知らないことも多い発展途上の子どもだ。そんな子供がさすがに宿無しはマズイ。なんとかして王宮までたどり着き、出来れば客室に案内していただき、そこで一夜を過ごさせてほしい!むしろ泊まることが第一目的になっている感も否めないけれど!
「さっきの伯爵様も言ってたよね、自分一人で何とかしないといけないから誰かの力を借りれなかったって。それって今の私にピッタリじゃん! 誰かに出来て私に出来ないことはないと思うし。よし、がんばるぞ!!」
ギャラりーのいなくなった周りを三百六十度よくよく見ると、際立って大きなお城があった。間違いない、あれが王宮だ。どうやら誰かに聞くまでもなさそうだ、私はあそこに向かってただ歩けばいいのだから!
「がんばるぞ! うし!!」
靴の底が薄くなっていたけれど、気にしない。
小石を踏んだ程度で素足で踏んだかのような痛みだったけれど、気にしない。
デビィおじさんやバベッドおばさんの心の方が痛いに決まってるんだから。
「うおおお~!!」
体力のある限りダッシュする。
目の先にはお城、そして沈みかけの太陽。
負けないように、地面を何度も蹴りつけた――
◆
そのころ王宮では、いつもと変わらない日常が送られていた。
兵士やメイドが忙しなく行き来する廊下を無視し、何段にもなる階段を上へ上へと上がっていくと、まるで豪華な応接室のような部屋に行きつく。その部屋の扉は普段閉じられているのだけど、今日はどうしたことか両側において開いている。
その部屋には大きな広いテーブルが置いてあるものの、その背は低く、子供でもよじ登れてしまうほどだ。つまり、食事をするテーブルではない。
そしてテーブルの周りには、まるで社長椅子のような大きさの椅子があり、それらは装飾で煌びやかにあしらわれているだけでなく、どれほど羽毛が入っているかという程クッションの部分が厚く豪華なものだった。見ただけで「気持ちが良さそう」と思われる椅子が、ここには十個ほどある。
現在、その椅子には三人の男が座っている。
彼らの年齢はさまざまなものの、不思議なことに会話が成立している。それは彼ら全員が似たり寄ったりの役職についているからだ。