17.フランの本心
それからライアン王子は上機嫌で部屋を後にした。私はと言うとは往生際悪く「本当ですか?」とか「奥さんいるんですよね?まずくないですか?」とか、何とか回避しようと言葉を投げたが、彼は前言撤回の余地はまるで持ち合わせていないらしく「じゃあね!」という言葉を残して去って行ったというわけだ。
「信じられない……なんで、分かったの?
は! まさかこれが王子の能力!?
まさかMPカンストしてるんじゃ……」
と地面に両手をついて愚痴を零していた時だった。
「ほんとお前、バカだな」
顔をみなくても分かる。
その声の主は今ベッドに寝転んでいるはずで、表情は「ハン!」と勝ち誇った様であることを――
「し……シアン、起きてたの?」
いつから?と聞く私に、
「あいつが部屋に入った時から起きてたっての」
と、明後日の方向を見て答えるシアン。
その姿だけで充分に分かった。私はかなり恥ずかしいことをやってしまったのだと。
今までのバカみたいな芝居も変な賭けの内容も、王子のライアンに「抱きしめて」とお願いしたことも、全て筒抜けだったのだ。恥ずかしい! 穴がなくても今から掘って埋まりたい!!
「わ、忘れて! 今までのこと全て忘れて!!」
「忘れろって、無理だろ。あんな大根芝居、今日の夢に出てきそうだぜ」
「だ、大根芝居ってひどい! 全部心がこもってたわよ失礼ね!」
「へーじゃあお前はさっきのが全部本音だっていうのか?」
意地悪く笑うシアン。その髪のうねり方はさっきまでいたライアン王子とうり二つで、髪の毛だけ見ていたら、私はまだ王子と話をしているみたいだった(ほかのパーツは少しずつ違っているのだ)。
金髪に茶色い瞳――だまされるなフラン、これはただの騎士だ!
「確かに王子に〝俺たち兄弟って知ってた?”って言われた時は芝居をしたけど、でも全部本音ってわけじゃないのよ! まさか信じてくれないの? シアンって本当にヒドイ人ね!」
「ああ!? お前の俺への扱いの方が数倍ひどいわ!」
シアンはいつもの無駄のない動きでむくっと身を起こす。その際に「なんだよこのベッド!!」と声を上げたものの、そこから先は文句を言わなかった。なぞの気まずさが二人を包む。
「(なによ、さっきは皆の前でだ、抱きしめるようなことしておいて、それに加えて私を庇って自分が怪我したっていうのに……だから私、お礼が言いたくて、ちゃんとシアンにお礼を言わなくちゃって……)」
頭がこんがらがって何が何だか分かっていないが、つまりはこうである。
さっきまでの優しい雰囲気を纏ったシアンはどこに行った?
なんで起きた途端そんなに不機嫌なんだ?
こっちがどれだけ心配したと思っているんだ!
――この気持ちを箇条書きするといやに単純なのだが、しかしそれを今の私に口で説明させるのは難しそうだ。
「うっ……」
「な、何泣いてんだよ! 泣きたいのはこっちだっての! こんなファンシーなベッドに寝かされて、起きたらライアンはいるし、しかもお前はライアンの召使いになるっていうし! わけわかんねーよ!」
「だ、だってそれは仕方がなくて!
って、え? 今、何て言ったの?」
耳がバンビになる。まさかの騎士の言葉に浮かれた。思わぬ僥倖だ。
「は? なんも言ってねーよ」
「嘘、言ったわよ! 私がどーのこーのって」
「だから、言ってねーっつってんだろ! お前がどこに行こうが俺には関係ねーよ! せいぜい可愛がってもらうんだな!」
「ほら、また」
ジッとシアンを見ると、シアンは「しまった!」と顔を歪ませて明らかに失態を犯したような顔をした。その焦りは行動にも表れていて、気を紛らわせようとしているのか足をトントンとさせている。どうにもシアンらしくない行動に、思い当たるところがある。さっきシアンが漏らした言葉――その真意をハッキリさせなければ!
「私が王子の召使いになるのが気に食わないから、不機嫌なの?」
「は!? お前、ちょっと頭大丈夫かよ。何の役にも立たないお前を起用して、こっちに何の得があるってんだよ」
「なによ、その言い方!」
「行きたいなら行けよ。そりゃ騎士に仕えるのと王子に仕えるのでは、お前の大好きなお給料にも差が出るってもんだぜ」
「私がお給料目当てであなたに仕えていると思っているの?」
「違うのかよ?」
「お給料が全部ってわけじゃないわよ!」
「少しは入ってんじゃねーか」
「なによ、もう……」
私が無言になっていることに、私の表情が曇っていることにシアンは気づいていた。だが、それに気づかないフリをしたのはシアン自身だ。その証拠に、彼の口はどんどんと言葉を紡ぐ。
「お前がライアンを好きなことは分かっていた。俺は別に身分不相応だとか、そんな階級の差は気にしない。お前の好きにすればいい、好きなところへ行けよ」
「私がいなくなってもいいっていうの……?」
「止める権利は俺にはねーよ。事実、王子からの引き抜きに俺が待ったをかけることは出来ない。主従関係っていうのは、そういうことなんだよ」
「だから、私が言いたいのはそうじゃなくて」
「じゃあ何だよ」
「だから――!」
ああ、もう、なんでこう上手くいかないのだろうか――
それは私が思ったことか、はたまたシアンが思ったことかは分からない。しかし、この重い空気を最初に打破したのは、未だ不機嫌な表情をしたままの私だった。
「食堂に入る前、あなたにあった全てを聞いた。大変なことがあったんだって、バカな私でも分かった」
「(自分でバカって言った)」
「私、王宮に来て日が浅くて、国のことについてもまだ何も知らなくて、浅い知識しかないけど……シアンがこの王国のことを心から想ってるってことだけは理解出来た。あなたにとってこの国は自分の地位のためにあるんじゃない、この国にいる全員の幸せの上に成り立っている唯一無二の大事なものなんだって……だからこそ、今、思うの」
「なんだよ」
「この国を統べる、本当の人よ」
「国を統べる人? 王子であるライアンだろ? あいつに任せておけば上手くいく。心配すんじゃねーよ」
「違う」否定する。
「何がだよ」
「彼じゃない」全身全霊をもって否定する。
「お前なぁ……」
シアンの「頭大丈夫か?」という視線が来た。とても熱烈にだ。焦げるほどにだ。
けれど、前言撤回する気はない。
むしろシアン、あなたには前言撤回をする権利がある。さっきの言葉が違うこと、あなた自身で証明して――
「この国は、あなたにとってこそ……」
「は? よく聞えねーよ」
「だから!!」
煮え切らない思いと、まとまらない言葉が私の足を動かす。未だに足をトントンとさせているシアンの足を思いきり蹴り払うと、バランスを崩した体は大きく揺れる。機を逃さずその体を片手で軽く押すと、シアンは成すすべなく倒れていく。すると、まるで釜を落とした時のような鈍い音を立てて、彼の体は再び床と対面した。
ドンッ
「いって! なにお前足払いしてんだよ! さっき頭やられてんだぞ!? もうちょっと労わりの精神とかねーのかよ!!」
叫ぶシアンをそのままに、私はゆらりと近づきシアンの体の上に跨る。やらしいとかやらしくないとか、そんなの関係ない。こうでもしないと、私の中にある思いはシアンに届かない気がした。こんなに近くにいるのに、だ。
「え、ちょっとお前待てよ……発情期か? ほんとは誰でもいいのかよ?」
予想だにしない出来事だったのだろう。顔を近づける私に対して、シアンは「おま、ちょ!」と必死で口を隠している。キスをすると思ったのだろうか? この人、私が本当に発情していると思っている? 呆れた。結局、男の人というのは一番にそういうことが頭に浮かぶのだ。
「まったく」
発情期はどっちだ。
「じゃあ、そのままでいいわ。でも、聞くだけは聞いてよね」
「……」
「聞いてよね?」
「……わかった」
「私、この王国を纏めるのは――あなたがふさわしいと思うの」
「!?」ビクッと体が跳ねる。シアンの体だ。
「シアン、あなたが王子をやりなさい。
あなたは騎士なんかじゃなくて、王子をやるの」
皆に聞こえる様にではなく、シアンの耳元で内緒話をするように言った私の目は、自分でもわかるほど今まで見せたことがないような闘志を燃やしていた。それだけで分かる、私の本気の度合い。
これは――――マジだ。
「お前、さあ」
「なに」
ここで初めて、シアンは私の目を見る。茶色の彼の目と、髪の毛と同じく黒色の私の目がぶつかる。他の人の目に自分が映り込んでいる瞬間を初めて見た。ビー玉のように私が映っている。その顔は自分でも同じくらい真剣な顔だった。
「とりあえず、退けよ」
「いやよ。退くとあなた逃げるじゃない。反論があるならこのまま言って」
「どんな女だよ、お前は」
至近距離だったから驚いたものの、笑みを浮かべていない私を見て何か思う所があったのだろう。シアンは少し考えた後「どけ」とも「夢見てるな」とも、そんな否定的な言葉は一つも言わなかった。
代わりに――
「根拠はあんの?」
自分の価値を問うように、私に聞いてきた。
「俺が王子になってこの国を良くするだろうっていう根拠はあんの?」
「根拠って、そんなものないよ」
「そっか、ねーか……っておい。お前、根拠なく俺を推すだけ推してんのか」
てきとーな奴だな、という批判の目を、これまた至近距離で受ける私。しかしそれにもめげずに「私はね」と反論する。
「あなたとだから、あの食堂の扉をくぐったの。シアンの背中を見ながら入った食堂に、怖いものはなかった。私は、あなたと組めば最強だと思ってる。この国で虐げられているあなたを見ているだけなんて嫌。あなたを王子にしてあげたいの」
「な、んだよ急に」
「確かに普通に働くよりも騎士の召使いはお給料がいいかもしれない。だけど私は〝騎士の召使い”でおさまるような器じゃないわ。せめて王子くらいじゃないと、私の実力派発揮できないし、お給料も満足にもらえない。あなたが王子である召使いをやってみたいと、心からそう思うの。
だから、そうね。
私の言いたいことって、たった一つなの――
王子になりなさい。
騎士なんておやめなさい!」
言い切った私の目を、今度はシアンが釘付けになったように見ていた。距離は相変わらず近いままだ。恋愛漫画なら確実にこの後キスしている。その先をいっている。だけど私が思っていることと言ったら、私の目の中にいるシアンを、シアンは見ているだろうか?ということだった。
「賭けに負けたから王子の召使いするけど、数日よ。ずっとじゃないわ。それは別にライアン王子が好きだからとか、王子の召使いが給料いいからとかそういう理由じゃない。仕方がなくやるのよ」
「とか言って、手が給料の数を数えているぞ」
「え」
本当だ。日数と日当を計算していた。
なんとうっかり!
「とりあえず――私はね、あなたの王子姿が見たいの。そのために暗躍する覚悟はあるわ。シアンは影で国を支える人じゃない、皆の前で堂々と賽を投げる人よ。私のことはどう思われてもいいけれど、自分の価値だけは見誤らないで。
あなたは誰かを守れる人よ。私をキャシー達から守るだけじゃない。この国の全ての人を守れる。あなたなら、できる。その器を持っている」
「本当に、そう思っているのか? たった何日かしか見ていない俺を?」
「そう思っている。それに、人を見分けるのに必要なものって日数じゃないわ、想像なのよ。私には、あなたが王子となって皆の前に立つ姿が見える。ライアン王子よりも濃く、鮮明にね」
「(まさか……)」
野心に満ちたギラギラした瞳。そんなものをこのわけのわからん田舎娘が持っていたとは――
シアンの目に焼きつく私の闘志の炎。それは彼の心の中を久しぶりに熱くさせ、水では満足できない“何か”の渇きを覚えた。
「そこを退け」
「まだ話は、」
「終わった。分かった、理解した。だから、そこを退け。
俺にはやらないといけないことがある」
騎士は奮い立つ。
そして頭の中で駒を使って戦略を練るのだ。
今は自分が騎士ではない、王の駒となって――




