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16.勝敗の行方

「あれ……?」


 私、今、何て言った!?

 正気に戻って狼狽したがそれは時すでに遅く、私が口走ってしまった言葉は、目の前にいたライアン王子の耳に確かに届いた。届いてしまっていた。もちろん、その事実に私も気づいている。だけど自分のような底辺の身分の者が王子に「抱きしめてください」などと、他の人が聞けばそれこそ不敬罪だと殺されかねない内容だ。


「す、すすす、すみませんでした!!」


 すぐに地面に土下座をし、ライアン王子に謝る。


「王子と親しくなれたような気がして、つい身分不相応なことを言ってしまいました! すみません、ごめんなさい……! 私は、なんてことを! お、お許しください! こんなこと、もう二度と言いません! 忘れてください! お願いします!!」

「……」


 謝罪を一通り聞いたライアン王子。その表情や佇まいは、怒っているという感情は見受けられない。「顔を上げてよ」と言う優しい声色も、変わっていない。


「そんな謝らなきゃならないことを、君は言ったの?」

「……言いました」

「なら、君の勘違いだよ。僕は何も思わなかった。それでいいじゃないか」


 さっきの言葉を聞いても、ライアン王子はライアン王子のままだった。


「(そっか……)」


 あぁさっきの言葉。私が震える体からようやく絞り出して言った「抱きしめてください」という言葉はライアン王子にとっては取るに足らないことだったのか――複雑な思いのまま、徐々に顔を上げる。すると、目の前に金色が現れる。

 いきなりだ。


「さっきの言葉で確認したいことが一つ。

 もし、僕と釣り合う身分だったら、僕に抱きしめてほしいってこと?

 本音は、僕に抱きしめてほしいんだ?」

「え?」


 改めて言われると、照れる。


「ど、どうなんでしょう?」

「僕に聞かないでよ。まったく、さっきの勢いが嘘のようだね」

「す、すみません……」


 本当、さっきの自分はどうしてしまったのだろう。紫音先輩のことを懐古してしまったからこそ出てしまった言葉なんだろうけど、王子の前でありのままに言葉を紡ぐなんて不謹慎すぎる。

 これではいつまで経ってもシアンにバカにされたままだ。

 お前には危機感が足りないのだと――


「あの、王子……私なんかが言うのもあれですが……私は王子に抱きしめられたいと思ったことはないのです」

「それ、僕の心を傷つけにきてる?」

「ち、違います! あの、そうではなくて!」


 えっと、上手く伝わらないな!

 気持ちばかりが焦る。

 焦燥感からか、特に必要ないが身振り手振りで何とか「本心を知ってもらいたくて必死なんです!」という様子を表現してみたりする。


「私は、その、所謂……恋愛感情で抱きしめてほしいと言ったのではなくて、一国民として、尊敬に値する人の懐に一度でもいいから入ってみたいと思った次第であります……だから、その……決して王子とどうこうなりたいと思ったわけでなくて! そんな大それたことを考えたわけではないということだけを、ご理解いただけたらと思います!!」


 言っている内に、どんどん泥沼にハマって行っているのでは?と思わなかったわけではないが、しかし、途中で発言を控えるのも変な事態になりかねない。

 そして全ての話を聞き終わったライアン王子と言えば「そう」とこれまた特に気にも留めていなさそうな表情で先ほどと変わらない姿で顔を赤くした私を見ていた。


「僕も婚約者がいる手前、例え君でも恋愛感情ありで抱きしめることは出来ないよ」

「し、知っておりますとも!」

「だけど、君から丁重にお断りされるのも……ねえ?

 王子としてのプライドが許さないなあ~なんてね」

「(なんてねって……)」


 お互いの感情が、お互い分からないまま、少しの時間が過ぎる。私はあいもかわらずライアンの前でタジタジだが、反対にライアン王子は何かを思ったようにまた「よし」と何かに区切りをつける。その表情はとても楽しそうで、金色の細い髪が僅かに揺れる。


「君の抱きしめたい発言はさておき――

 さっきの君が何を考えていたか、それを推敲することに戻ろう」

「え、はい……?」


 さっきって、いつのこと?

 私は何を思っていたっけ――?

 あぁ、ファンシーなベッドで寝るシアンを面白そうに見るライアン王子に見入ってたんだった。


「(まずいな)」


 だって、ライアン王子がこの問いに正解すれば私は彼の召使いを数日するようになるし、ライアン王子が不正解だとしても、私は彼に抱きしめられることになる。どちらに転んでもヤバイ予感しかない。自分が蒔いた種だが、それが実現されるのは非常にまずいことだ。かくなる上は、例えライアン王子が正解を言ったとしても「不正解だ」と言って逃れるしかない。

 はずだった。


「君、そういや名前はなんだったっけ?」

「えと、フラン・ブラウンです」

「フランか、良い名前だね。じゃあフラン。君は何をしている時が好きなの?」

「え? え~っと……私は、そうですね……家族と仲良くしている時、でしょうか」

「家族?」

「はい。今は離れていますが、両親と話す時も、料理をしている時も、どんなことをしている時も好きでした。私にとって、かけがえのない時です」

「そう言えば、最初フランに会った時もそんなことを言っていたね。フランくらいだよ、家族のことを思って直談判しにくるおバカさんは」

「(おバカさん!!?)」

「でも、そっか。家族ねえ……いずれ分かっちゃうことだから言うけど、僕にも家族がいるんだ。目の前にいる、この可愛げのない兄ね」

「(ぞ、存じ上げておりますって言うのもマズイよね?)

 え、そ! そうだったんですかー! し、知らなかったなー!!」


 ここで自分の演技力の無さを痛感する。と同時にどこかで「ふ」という音が聞こえたかと思ったが、ライアン王子は言ってないようだし(そもそも聞こえていなさそうだ)、風の音か――とライアン王子と再び向き合った。その時に見えたライアン王子の顔は、まさしくいじめっ子特有の悪い顔で、どんな野暮天でも「何か良くないことがこれから起きる」と瞬時に理解できただろう。


「その反応、僕とシアンが兄弟だって知ってたね?」

「う!」

「いいよ、この王宮は愚か、国民だって皆周知のことだからね。君だから知らないかな?って思っただけ」

「下手な芝居をして、すみませんでした」

「ううん、変な物が見れたから、いいとするよ」


 ニコと笑うライアン王子を前に、私はまた命拾いをする。王子が寛大な人でなかったら、私はもう何度死んだことだろうか。


「けど、いくら兄弟って言っても不仲でね。それに、兄である彼を差し置いて僕が王子でしょ? シアンは騎士だし、どうも気まずくてね。二人きりで話す時だって、場所と時を構わず“王子”と“騎士”の立場で話すんだ」

「そんな、でも、せっかく血が繋がっているのに……寂しくないですか?」

「寂しい、という感情はないかな。シアンもそれはないと思うよ、見ていて分かるんだ。彼の冷たい目を見ていると、いつ僕を王子の座から引きずり降ろそうかと虎視眈々と狙っている――まるで野心の目だ。彼は常に、僕をそういう目で見ている」

「……」


 最初こそ笑みを浮かべて話してライアン王子だったが、次第に顔は曇っていき、頭も垂れてきた。背中も少し曲がったその姿は、彼の自信の無さのように見える。

 だけど、ここにいる私だけは分かっていた。

 シアンは決して、己の利益のためだけに動く、軽んじた人ではないと――


「意外な一面を見た気がします」

「意外?」

「ライアン王子は、いつも自身に溢れていてキラキラと輝いていたから……心の内にそんな感情を抱いていたとは、知りませんでした」

「まあ、誰にも言ってないからね。でも、何でフランに言っちゃったのかは謎なところだけど。フランが聞き上手なのかな?」

「フフ、ご冗談を」


 クスリと笑みを浮かべた後は「やっぱり兄弟なんですね」と二人の兄弟を見比べた。


「シアン様の傍についてまだ数日しか経っていませんが、シアン様こそ、ライアン様の存在を畏怖されていたように思います」

「畏怖? シアンは僕が怖いってこと?」

「というよりは、ライアン様が王子を辞めることに恐れをなしているように思いました。シアン様はシアン様なりに、今の地位から国の繁栄を望まれているようでしたよ。決して王子をどうにかしてやろうとは、そんな風には見えませんでした」

「……ありえないね」

「なぜですか?」

「ありえないからだよ」

「だから、なぜ」思わず不機嫌な声が出る。

「その様子だと、まだシアンから聞いてないみたいだね。いや、そもそも言うはずがないか。言えば自分がどう思われるかなんて、分かったもんじゃないものね。詳しくは言えないんだけど、ある一件以来シアンは僕を恨んでいると思うんだ。僕はあの時、シアンをひどい扱いにしたからね」

「(アリス様への乱暴の件か)」

「それ以来、兄弟のように接したことはないよ。ずっと主従関係のまま、日々を送っている。寂しいとか、そんなことを言う気は毛頭ないけどね」


 ライアン王子は気の抜けた表情で、しかしどことなく憂いに満ちた表情で、シアンを見た。その瞳からは、先ほどシアンのことを悪く言っていた時のような醜い色は感じ取れない。その姿を見た私は「まただ」とポツリと呟いた。


「何が、また、なの?」

「へ? あぁ、すみません。声に出ちゃいました」

「いいよ、続けて」

「いえ、大したことではないのですが――ライアン王子がシアン騎士を見る時は、まるで兄を見る純粋な弟の姿なのです。こう言われると気分を害されるかもしれませんが……先ほども、兄にいたずらをする弟のような、そんなどこにでもいるような兄弟の姿を見た気がして、魅入っていたのです。王子の無邪気な姿を垣間見たような気がして、どこか嬉しかったんです」

「……」


 えへへ~と笑う私を、ライアンは見る。

 それこそ、釘付けになったように見た。

 そして――


「僕の勝ち」


 今までの暗い表情を一蹴し、ライアンはいつもの明るい笑みを取り戻す。

 その意味とは――


「へ?」

「フランがさっき何を考えていたか分かったから。だからさっきの賭けは僕の勝ち。

 約束通り数日間、僕のお世話をしてよね?」

「え、賭け? 約束?」

「忘れたとは言わせないよ。フランが分かりやすくて助かっちゃったな。」

 じゃあ明日から、朝から晩までよろしくね。フラン・ブラウン」

「へ?」

「♪」

「えー!!?」


 こうして私はあっけなく、ライアン王子に見事な勝利宣言をされたのだった。


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